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| 過去の記事から | |||||
リハビリテーションからみた疾病・障害の受容の諸段階 難病といわれる疾病や障害の受容に至る道は決して平坦ではなく、さまざまな段階をへて達成されるものである。はじめの「ショック期」は、いわば生物学的な防御反応で、重大な病気や事故を受けたことが頭ではわかっていても、心の中は意外に平穏で無関心な時期である。 しかしこれは長くは続かず、障害がそう簡単に治らないらしいことが本人にもうすうすわかってくる。この時に起こってくるのが、心理的防御反応としての障害の否認である(「非認期」)。患者はある朝目覚めたら忽然と、元の体に戻っているのではないかと夢のような希望にすがり、日常生活行為(ADL)回復訓練にも熱心でない。自分を難病患者や障害者とみられることを嫌い、同室の同疾患患者とも、口を利こうとしない。逆に家族に甘えるなど、退行的行為になる。これは医療従事者の非難の的になりやすいが、このような非認は弱い自我が圧倒的に不利な現実の前でとらざるをえない防御反応だということを理解し、「依存のニーズ」をある程度満たすことが必要である。
しかし圧倒的な現実を非認し切ることは不可能で、疾病や障害が長く続く、下手をすると一生続くといことを認めざるをえない時がやってくる。これが「混乱期」であり心理的攻撃性が高まり、怒り、根拠のない恨みがちょっとしたきっかけで爆発したり(外的攻撃性)、逆に自分を責めて(内的攻撃性)悲嘆、抑うつに暮れたりする。この時期医療者は怒りに怒りをもって応えたり、抑うつの患者を無責任にはげましたりというマイナスの役割を果たしがちなので自戒しなければならない。また、この時期の患者は、自殺予備軍だということを肝に銘じていなければならない。 しかし悲嘆は無駄ではない。「自立のニーズ」が優位となって、自分の責任でなんとか解決しょうという解決への努力期がやってくる。これは価値観の転換への努力であり、一進一退しながら進む。そうして遂に「受容期」に達して「ふっきれた」と感じる。 この受容も一回到達すれば終わりではなく、より高い課題に挑戦する中で一時的に自身を失いまた取り戻したりというように、「仮の受容」(大江健三郎)の段階を経て真の受容へと一進一退しながら着実に進んでいくものである。医療従事者や周囲の者の役割は希望を揚げ続け、客観的QOLを着実に高めていくと共に、段階に応じた正しい心理的対応を続けることである。 引用参考文献 上田敏『リハビリテーションの思想―人間復権の医療を求めて(第2版)』医学書院 |
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