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トイレ考え(「はじめに」から)
(たんぽぽVOL13(2003年6月)より)

はじめに                                             藤原 勝
 IBD患者が外出を苦手とする一番の原因はトイレの問題ともいわれています。まず、第一に行きたくなったときに、「すぐいける環境にいるか心配」、「もし失敗したらたいへんと思うと外出ができない」ということですが、第二に「外出先でうんちをすることそのものがいや」、または「恥ずかしくてできない」ということにあるようです。音やにおいもそうですが、もっと掘り下げて考えるとその根底に排泄物への嫌悪感が指摘されています。むかしは、排泄物は農地で肥料として使われ貴重な資源でしたが、現在は水洗トイレの普及で、排泄物は出した瞬間に水を流せば消えてしまい、その行方を考えることもなくなったといいます。

ここ数年、子供たちが「学校でトイレに行かない」「学校ではなるべく排泄を我慢する」という調査結果が出てきたことから、学校トイレを改修するところが増えてきているそうです。しかし施設をきれいにすれば解決とはいかないようです。IBD患者にかぎらず、排泄は生きていく為に必要な大切な行為ですから、子供たちの「排泄は恥ずかしい」という意識から排泄は「べつに恥ずかしいことではないんだ」という肯定的な気持ちへの働きかけが大切でしょう。特に小・中学生という低年齢でIBDを発症された場合、学校トイレの問題は深刻な悩みではないかと察しします。また職場でのトイレに気を使っている方も多いのではないでしょうか。

 最近は、音消しの擬音装置や脱臭装置を設置するトイレが増えていますし、一部の地域には豪華な有料トイレの設置もみられます。たしかに施設が快適になることは歓迎ですが、その反面、人間の排泄行為を恥ずかしいこととして極力隠す手段のようにも思えます。一方、山岳地では、登山者の排泄物が環境破壊問題になっていることから、使用済みテッシュペーパーはもちろん、うんこも登山者自身がしかるべき場所まで持ち帰ることをマナーとしたり、し尿を炭酸ガスと水に分解するバイオトイレの設置が試みられているようです。

 いずれにしても、たかがトイレされどトイレ。人間が生きる為の生理的行為の一つとして、肯定的に受け止められれば、もっと気持ちが開放されるのかもしれませんが。



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