廃線探訪

森ヶ内森林軌道(その1)

2004年4月4日訪問

森ヶ内森林軌道
高知県の森林鉄道では、魚梁瀬(やなせ)森林鉄道や、大正森林軌道の下津井めがね橋などが有名ですが、ここ窪川(四万十町)にも松葉川から影野の間に森林軌道があったと聞き、ちょっと調べてみました。

明治41年(1908年)、松葉川山に窪川小林区署(後の窪川営林署)森ヶ内斫伐(しゃくばつ)事業所が設置され、天然林の伐採が始まりました。
それに伴い、松葉川から下呉地までの約17km区間に森林軌道が設置されました。
軌道の敷設は明治33年に始まり、明治43年に工事が完了しています。
最初は人馬によりトロッコを転がしていたが、間もなくディーゼル機関車により搬出されるようになりました。
最後は昭和26年に剥上げ改良され、車道となりました。
現在の県道松原窪川線や県道作屋影野停車場線などがその軌道跡です。


影野駅
松葉川で切り出した材木は、影野駅あたりまで軌道で運ばれていました。
森林軌道で運ばれてきた材木は、影野から国鉄をで運び出されていたそうです。
国鉄線は土佐久礼−影野間が昭和24年に開通していますから、森林軌道と国鉄の関係は晩年の短い期間だったようですね。

駅構内には貨物用ホームだったと思えるようなものが残っています。
これが材木の積み込みに使われていたものかどうかはわかりませんが、写真中央部の建物のあるあたりが材木を下ろす場所だったようです。


影野小学校付近
影野小学校の手前で森林軌道が国道56号の上を横断していたと聞いたので、注意して見てみると橋台が残っていました。
片側のみ残っています。
後ろ側は影野小学校のグラウンドで、敷地の隅にこれだけぽつんとあります。
路床などは残っていないのでルートはたどれませんでした。
軌道跡は小学校の敷地造成で消えてしまったのでしょうか。

影野小学校の体育館の裏に小道があります。
どうやらこれが森林軌道跡のようです。
高度を保つためなのか山に沿って谷をぐるりと遠回りしていたようです。

注)国道の歩道拡幅により現在この橋台は撤去されています。


下呉地付近
下呉地では、国道56号線の山側、一段高いところに森林軌道跡が残っています。
小学校裏あたりから続いている道を下呉地方向にたどっていくと、こんな場所に出ました。
このあたりは軌道跡らしい特徴がよく出てる風景です。
国道は下呉地から影野に向けて上り坂になっていますが、森林軌道は道路のような急な勾配では上がれないため、山に沿って高いところを走っていたようです。

窪川町史などによると森ヶ内で伐り出され、森林軌道で搬出された木材は、下呉地の貯木場へ集められたとありますから、下呉地から影野までのこの区間が使われたのは晩年のことだったんでしょうね。


桜並木(魚の川付近)
ここらあたりの森林軌道跡は、現在は県道作屋影野停車場線として道路に姿を変えています。
停車場線という名前にもなんとなく軌道の名残が感じられます。
ここは緩やかな坂道になっており、軌道の特徴が出ています。
手前が影野側で奥が松葉川側で山越えの坂道です。
この坂道は桜の名所です。


笹之越隧道(ささのごえずいどう)
桜並木の坂道を登っていくとトンネルがあります。
ここは森ヶ内森林軌道で唯一のトンネルがあった場所です。
森林軌道だった当時は岩盤をくりぬいただけの小さなトンネルがあったそうです。
現在のトンネル「笹之越隧道」は森林軌道のトンネルを道路用に拡幅したもののようです。
ちなみに「隧道」とはトンネルの日本名で、「ずいどう」と読みます。
このトンネルには、汚れてよく見えませんが昭和23年竣工と刻まれているようです。
写真は森ヶ内側の坑口です。
このあたりは勝賀野(しょうがの)という所で、材木を積んだトロッコは笹之越坂を登って、ここで峠を越え魚の川・下呉地方面へ下っていきました。