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| トンネル | |
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第三香東川橋梁跡から廃線跡の道をしばらく行くと、またトンネルがあります。 今度のトンネルはさっきの中村トンネルよりも長く、カーブしています。 同じように道路トンネルとして使われており、照明が取り付けられていました。 写真は塩江側の坑口で、なぜかこちら側は塗装されていたのか壁面が黄色でした。 |
| 第4香東川橋梁跡 | |
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トンネルを抜けると廃線跡の道路は香東川に沿って続いています。 しばらく行くと川沿いに第4香東川橋梁跡の橋脚がずらりと並んでいます。 ずんぐりむっくりした円柱形の独特な橋脚が6本並んでいて、ちょっと面白い風景だと思います。 先ほどの第三香東川橋梁に比べると随分低いところを走っていたんですね。 6本のうち手前2本の間は他よりも間隔が広く、柱頭部の形からも、この間は厚い桁が架かっていたことがわかります。 部分的に橋台も残っていました。 |
| 岩部(いわぶ)駅跡 | |
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第4香東川橋梁跡を過ぎるとやがて水田風景が広がる広いところに出ます。 地形図を見ると廃線跡は川沿いを通っていたようなので、位置としては写真の方向がそうだと思います。 地元の人の話では、写真中央の民家のある辺りに岩部駅があったということでした。 その向こうに見えているのは勤労者体育センターで、そこを過ぎたところから山に向かって、左にカーブしていたようです。 地元の人からは、戦争でガソリンがなくなったことや、レールが台湾に持って行かれたことなども教えてもらいました。 |
| 岩部トンネル | |
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廃線跡は勤労者体育センターのところから香東川を離れ、水田の中を左にカーブして山の方へ向かっていたようです。 水田部分のルートははっきりしませんでしたが、山に入ると切通しが残っています。 その切通しを上っていくと岩部トンネルがあります。 岩部トンネルは、この廃線跡にいくつかあるトンネルの中で最も長いトンネルです。 この辺りは放置された状態で、この路線で最も廃線跡らしい場所だったと思います。 トンネルを抜けた先はさらに荒れており、山を降りると国道193号へ出ますが、廃線ルートははっきりつかめませんでした。 写真は仏生山側坑口です。 |
| 橋梁跡 | |
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岩部トンネルの塩江側から山を降りると、国道縁に高い橋脚が1本そびえ立っています。 塩江温泉鉄道は岩部トンネルを抜けると、ここで香東川を渡っていました。 遺構としては橋脚1本しか残っていませんが、その高さや対岸までの距離からして、かなり規模の大きい橋が架かっていたようです。 橋を渡った先は塩江美術館がある辺りを通っていたようで、そこから終点塩江までは香東川の左岸を走っていました。 写真は国道から塩江側を見た様子で、対岸に見えているのは塩江美術館の建物です。 |
| 塩江駅跡 | |
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香東川をさかのぼり、支流の内場川を渡った先に終点の塩江駅がありました。 地元の方の話では「いこい食堂」の川下側、駐車場になっているあたりに駅があったということです。 この橋は道路橋に架け換えられていますが、ルートは一致しており、線路は現在の駐車場に向かってまっすぐ延長していたそうで、この駐車場を舗装する前までは現在倉庫が建っているところにホームが残っていたとのことです。 |
| 国道側から見た「いこい食堂」の様子です。 「いこい食堂」の看板の下には石積みの橋台が残っていますが、これは香東川を渡っていた古い橋の名残で、鉄道とは別のものです。 |
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| <参考文献> ・鉄道廃線跡を歩く/宮脇俊三/JTB ・週間鉄道の旅 No.23/講談社 ・DVD埋れた轍 中国・四国編/ビコム |