廃線探訪

土佐石灰工業専用線(その1)

2005年5月15日訪問


住友大阪セメント(旧大阪セメント)高知工場
高知県須崎市の須崎港には巨大な要塞のような工場があります。住友大阪セメント高知工場です。
ここにはかつて、佐川町の大平山鉱山から大阪セメント須崎工場(現在は住友大阪セメント高知工場)へ石灰石を運ぶ貨物線が存在していました。
廃線跡をたどって、工場敷地の外から中を見た様子です。
かつて貨物列車が出入りしていたと思われる場所はフェンスと植木で閉ざされていましたが、敷地内にはまっすぐ道が続いているので、このあたりに列車が入っていたんでしょう。
この工場から順に廃線跡をたどってみました。
川をはさんで対岸から工場を見た様子です。
写真は廃線の方向をまっすぐ撮っています。
かつてここに貨物線の橋梁がありました。
橋桁はもちろん橋台も橋脚もきれいに撤去されていました。
橋台を撤去した跡は、護岸部分をコンクリートで復旧しているようで、その部分は色が違っているのでわかります。
また橋台の両サイドを囲む古い石積については、そのまま残っているようでした。


工場−多ノ郷
工場から川を渡った後は道路を横断し、再び小さな川を渡ります。
ここには橋台とその両サイドに取り付く石積が残っていました。
川を渡ってから多ノ郷までの間は広範囲で造成工事が進んでおり、廃線の痕跡はすっかりわからなくなっていました。
ここだと思う辺りで工場の方向を撮りました。
古い地図を見るとこのあたりでは、工場からまっすぐ線路が伸びていたようです。
180°向きを変えて多ノ郷側を見た様子です。
この高架橋は工事中の高知自動車道です。
古い地図を見ると線路はこの高架橋の少し手前から右にカーブして多ノ郷のほうへ向かっていたようです。
多ノ郷駅裏の住宅地と公園のフェンスは緩やかなカーブを描いています。
廃線跡は造成工事で跡形もなく消えていますが、フェンスの外側に水路を挟んで築堤があったようです。
もともとこの辺りは水田が広がっていました。
専用線のカーブに沿って現在の住宅地などができているのですね。


多ノ郷
専用線は緩やかにカーブして多ノ郷で国鉄土讃本線線(現JR土讃線)と合流していました。
貨物列車はここ多ノ郷から斗賀野までの間は国鉄土讃本線(現JR土讃線)を走っていました。
廃線跡をたどっていくと草に埋れて貨物用のホームが残っていました。
斗賀野側(高知側)から多ノ郷駅の方向を見た様子です。
2000系特急「南風」が多ノ郷駅を通過中です。
手前の草むらにホームが埋れています。
この辺りから左にカーブして土讃線から分かれていたようです。
多ノ郷駅のホームは写真奥の方に位置していますので、専用線は多ノ郷駅の少し手前で分かれ(又は合流し)ていたようです。