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拙著「組織の不条理」ダイヤモンド社2000年では、日本陸軍の不条理を分析しました。ここでは、企業の不条理を分析します。今日、問題となっているコーポレート・ガバナンス問題を考える上で、組織の不条理現象を研究しとくことが必要だと思います。

 

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http://cabdav.nifty.com/cabinet/@nifty/@homepage/sakusaku/images/Block_Button/1107.gif 不条理現象を分析する理論的フレームワーク

 

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以下の小論は、「組織の不条理:限定合理性からのアプローチ」「ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー」 20016月号 131-13頁とは、別バージョンのものです。ダグラス・ノースについて書いています。関心のある方は上記も読んでみてくだざい。

          組織の不条理を理解するために
        ―なぜ組織は不条理に導かれるのか―
                  中央大学大学院国際会計研究科教授 菊澤研宗
1 現代企業の病理としての組織の不条理
 バブル経済崩壊後、日本では企業の不祥事が続発している。最近でも、雪印の食中毒事件、三菱自動車のリコール隠し、核燃料加工会社JCOの臨界被ばく事故などとどまるところを知らない。これら日本企業の一連の不祥事は、今日、いずれもマスコミから全く無知で非合理な行動として非難されている。
 しかし、これら一連の事件は、はたして無知に起因する事件だったのだろうか。本当に、非合理だったのだろうか。確かに、無知で非合理なために起こった事件もあるかもしれない。しかし、現代の日本企業で発生している不祥事のほとんどは、実は不正であることを知りつつ企業組織のためと思って発生した事件が多いように思われる。つまり、社会利益よりも企業利益を優先したために起こった事件が多いのである。
 今日、われわれは、しばしば企業利益と社会利益や社会倫理と一致しないような状況に置かれる。そして、企業人は、社会利益や社会倫理を捨てて、企業利益を優先することになる。それは、社会にとっては不利益で不正であるが、企業にとっては合理的な行動なのである。このような合理的な不正あるいは合理的な非効率が、今日、多発する不祥事の本質であると思われる。
 私は、このように合理的に不正に導かれたり、合理的に非効率に導かれる組織現象のことを、拙著「組織の不条理」(ダイヤモンド社 2000年)で、「組織の不条理」と呼んだ。そのような不条理に陥った組織は社会的に不正で非効率なので、やがて不正は暴かれ淘汰される。以下、現代の組織に宿る組織の不条理を理解するのに役立つ名著4冊を紹介したい。

2 人間の合理性には限界がある
 われわれは、いろんな広告や雑誌から情報を集め、ある店でブランド品を安く購入し、いい買い物をしたと思っても、後で同じブランド品が別の店でもっと安く売っていたという苦い経験があるだろう。また、この商品は絶対に売れると思っていたのに、実際にはそれほど売れなかったり、逆に全く売れないと思っていた商品が売れてしまうこともあるだろう。さらに、電車の中で座っていて前に立っている年輩の方に席をゆずるべきかどうか悩んだ末、実際にゆずってみると、その年輩の人は私は年寄りではないという顔で逆に迷惑がられた経験もあるかもしれない。
 このように、人間が頭の中で合理的、効率的、正当だと考えていることと実際に合理的、効率的、正当だということが必ずしも一致しないことを、最初に経営学分野に明示的に持ち桙qだのは、ノーベル経済学賞を受賞したハーバード.A.サイモンである。
 サイモンは、彼の著書『経営行動』で人間の能力には限界があり、限定された認識能力の中でのみ人間は合理的であること、つまり人間は意識的にあるいは主観的に合理的にしか行動できないとし、このような人間の限定合理性を学問の出発点にすることを主張したのである。
 この全く当たり前のことを学問上に持ち出すのに非常に時間がかかったのは、経済学において経済人という完全合理的な人間が仮定され、この完全合理的な人間の立場から現実を分析するというスタイルがすでに確立されていたからである。
 しかし、このような神の立場からの分析では、現実の行動はすべて非効率なものとして認識されることになる。しかも、この分析から導き出される政策提言は、結局、すべての人間は今後より完全合理的に行動すべきであるというほんとんど実行不可能で空虚な内容になってしまうのである。
 サイモンは、より意義ある政策を展開するために、限定合理的な人間の立場に立って現実を分析する必要があると主張した。この意味で、サイモンは著書『経営行動』を通して組織論研究を神の立場から人間の立場に戻したのである。

 3 取引コストが合理的に非効率な制度を維持する
 このサイモンの議論に影響され、限定合理的な人間はすきがあれば相手の不備に付け込んで、悪徳的に自己利害を追求すると考えたのは、オリバー・E・ウイリアムソン(『市場と階層組織』)である。そのために、市場取引する場合、駆け引きが起こり、この取引上の無駄つまり「取引コスト」が発生すると考えた。そして、この取引コストを節約するために市場取引に代わって組織的取引が制度として発生するとしたのである。
 しかも、ウイリアムソンは組織内部でも取引コストは発生すると考え、組織は組織内取引コストを節約するために仲間組織、階層組織、事業部制組織、コングロマリットなどの様々な効率的組織制度へと発展するとした。このように、ウイリアムソンは取引コストが様々な効率的な組織制度を生み出す原動力だと見なしたのである。
 しかし、このウイリアムソンの議論に歴史的立場から疑問をもったのは、ノーベル賞を受賞したダグラス・C・ノースであった。彼は、著書『制度・制度変化・経済成果』において、ウイリアムソンがいうように取引コストを削減する効率的制度を形成して発展している経済もあるが、取引コストを削減する制度を形成できずに停滞している経済もあるとした。なぜ貧しい国が豊かな国の制度を採用できないのか。この問題をウイリアムソンは解いていなかったのである。
 ノースは、企業組織が従う「ルール」のことを「制度」とよび、歴史的に効率的な制度だけでなく、非効率な制度も存在してきたとする。たとえば競争状態よりも独占状態を作り出すような制度あるいは機会を拡大するよりも制限するような制度は、それが社会的に非効率であったにもかかわらず、存在してきたのである。そして、ある国ではなおこのような非効率な制度のもとに置かれているのである。
 なぜこのような非効率な制度は消滅しないのか。なぜより効率的なものへと変化しないのか。ノースによると、制度はいかに非効率で非民主的であっても、それによって私的利益をえる人々が存在し、制度が変化することに抵抗するのだという。つまり、制度を変化させるためには、これらの利害関係者との間に取引コストが発生するのである。そして、このような取引コストがあまりにも大きい場合、社会は非効率な制度を維持することが合理的になるのである。
 このように、ノースは取引コストによって合理的に非効率な制度が維持されることを歴史的立場から明らかにしたのである。

 4 取引コストが合理的に非効率な(不条理)行動に導く
 取引コストが非効率な制度を合理的に維持するだけではなく、取引コストが組織を非効率に導くことを理論的に説明していたのは、ロナルド・H・コースだった。ノーベル経済学賞を受賞したコースは、ウイリアムソンやノースよりもずっと前になぜ組織は存在するのかを問い、人間の限定合理性を認識し、取引コストの存在を指摘して、すでにこの問題を解いていたのである。この組織の存在問題を解いたコースの著名な論文「企業の本質」ともう一つの彼の革新的論文「社会的費用の問題」を含む論文集が、彼の著書『企業・市場・法』である。
 コースは、後者の論文で取引コストがどのような非効率な効果を生み出すのかを説明するために、取引コストのない世界と取引コストのある世界を比較してみせた。この比較から導き出されたコースの議論は様々に解釈されているが、以下のような解釈も可能である。すなわち、取引コストがゼロの場合、社会的効率性と私的効率性は一致するが、取引コストが発生する場合、社会的効率性と私的効率性は必ずしも一致せず、個人は社会的効率性を無視して私的効率性を合理的に追求するということである。したがって、私的には効率的であるが、社会的には非効率な現象が起こるということである。
 このことを、コースを説明する際のおきまりの事例、すなわち企業と公害の例を用いて説明してみよう。いま、排煙を出す工場とそれに悩まされている近隣住民との間に紛争が発生しているとする。一方で企業は自己利益を追求するために環境を無視して過度に生産し、他方で住民は健康を考えて過度に企業の生産を抑制しようとしている。
 ここで、取引コストゼロの場合について考えてみよう。もし企業と住民が取引コストなく自由に交渉取引できるならば、一方で住民は企業にお金を支払って生産を減らしてもらい、公害による損害を減らそうとするだろう。他方、企業も住民からお金の支払いがあれば、生産を多少削減しても同じ収益をえることができる。このように、もし企業と住民が取引コストなく自由に交渉取引できるならば、企業は私的にも社会的にも効率的な生産に導かれる。
 しかし、実際には、人間は限定合理的なので、住民と企業との交渉取引には絶えず駆け引きや嫌がらせや感情的な問題が起こる。そのために、両者の交渉には取引コストが発生する。とくに、企業が市民を無視して公害を出し続ければ、市民の反感は高まり取引コストは増大する。また、企業も現状の生産体制にすでに多額の投資を行っていれば、簡単に後もどりできないので、取引コストは高まる。こうして、企業はたとえ社会的に悪といわれても、取引コストを考慮すると、公害を出し続けながら生産した方が合理的になるといった不条理に陥ることになる。
 このように、取引コストが発生する場合、私的効率性と社会的効率性は必ずしも一致しない場合がある。この場合、企業は、社会効率や社会倫理を無視して、私的効率性を合理的に追求するという不条理に陥ることになる。もちろん、このような企業行動は客観的には効率的ではないので、やがて淘汰されることになる。

5.いかにして組織の不条理を回避できるか―閉ざされた組織と開かれた組織―

 以上のように、サイモン、ウイリアムソン、ノース、コースの議論から、人間の限定合理性と取引コストが経済や組織を進化させるだけではなく、逆に経済や組織を不条理に導いて淘汰させる原因でもあることが理解できる。それでは、不条理に陥らずに、経済や組織を進化させるためには、どうすればよいのか。
 それは、われわれが限定合理性とどのように向き合うかにかかっている。もしわれわれが限定合理的であることを忘れ、あたかも完全合理的であるかのように傲慢になって内外からの批判を拒絶したり、あるいは逆に限定合理性のために極端に失敗を恐れて批判を拒絶するような「閉ざされた社会」や「閉ざされた組織」が形成されるならば、そのような経済社会や組織は非効率や不正を排除できない。時間とともに非効率は大きくなり、結局、変革よりも非効率な現状を維持する方がコストが安いといった不条理に陥ることになる。
 これに対して、限定合理的であるがゆえに経済や組織は進化できると考え、経済や組織に発生する非効率や不正を解決する案を提案し、内外からの批判を積極的に受け入れる「開かれた社会」や「開かれた組織」が形成されるならば、そのような社会や組織は絶えず非効率や不正を排除するので、不条理に陥ることはない。そのような社会や組織の未来は開かれている。
 このような開かれた社会や開かれた組織では、非効率や不正が発生した場合、まず批判的議論の前提となる独創的な解決案が提案される。例えば、それは新しい戦略かもしれないし、新しいビジョンかもしれない。しかも、それはGEのジャック・ウェルチのように強いリーダーによって提出されるかもしれないし、ゴールドマン・サックスのスチィーブ・フリードマンのように「暴れん坊たち」の委員会を設置して分権的に提出されるかもしれない。
 いずれにせよ、提出された解決案は常に批判にさらされることになる。そして、もし解決案に問題があれば、解決案は修正されるかあるいは別の解決案が提出されることになる。もし問題がなければ、真理ではなく、いまのところ問題がない解決案として組織メンバーはそれに自発的に従うことになる。このとき、その解決案にもとづく上からの命令はメンバーにとって強制ではなくミッションに変わる。このような組織や社会には、「強制」という概念は成り立たない。この意味で、開かれた社会や組織は自由人のための社会であり、組織である。それは、不条理にとらわれない進化する組織であり、成長する経済社会なのである。
 さて、あなたは、人間の限定合理性とどのように向き合うのだろうか?
 


 

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http://cabdav.nifty.com/cabinet/@nifty/@homepage/sakusaku/images/Block_Button/1107.gif 不条理現象のケース・スタディ1(雪印・三菱自動車)

 

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以下の小論は、「学者が斬る 雪印・三菱自動車で発生した組織の不条理」「週間エコノミスト」 2001213日 58-61頁の草稿文です。


      雪印・三菱自動車で発生した「組織の不条理」
                 中央大学大学院国際会計研究科教授 菊澤研宗
 1.雪印・三菱自動車事件は非合理な現象か
 2000年、夏、雪印は、食中毒発生後、短期間に組織的隠ぺいを行い、被害を拡大させた。同じ夏、三菱自動車は長期間にわたって組織的隠ぺいを行い、事故を発生させていたことが明らかになった。これら二つの伝統ある企業の行動は特殊なケースとして取り上げられ、マスコミから全く無責任で非合理な行動として非難された。
 しかし、これらの事件は、二つの企業に固有の特殊な事件だったのだろうか。これら二つの企業は本当に非合理だったのだろうか。ひょっとしたら、別の企業でも、十分起こりえた現象ではなかったのか。
 これから説明したいのは、これら二つの事件が非日常的で非合理的な現象ではなく、実は日常的に発生する合理的な現象であるということである。もしそうだとすれば、われわれはこのような不条理な現象からいかにして脱出できるのだろうか。以下、拙著『組織の不条理―なぜ企業は日本陸軍の轍を踏みつづけるのか―』(ダイヤモンド社)で展開した最新の組織の経済学理論の光に照らして、これら二つの経済事件を分析してみたい。 

 2.雪印事件と三菱自動車事件のあらまし
 さて、雪印事件が発生したのは、2000年6月末である。和歌山県の消費者から、雪印低脂肪乳を飲んで、3人の子供が食中毒症状を起こしたという苦情電話が雪印に入った。翌日、大阪市が雪印大阪工場へ立ち入り検査を行い、雪印西日本支社が記者会見を行って、食中毒事件が発覚した。
 事件が発覚した時点で、すでに発症者は200人を越えていた。その後、被害者は増加し、一挙に3700人へと拡大した。雪印によると、原因は大阪工場の低脂肪乳工程のバルブに黄色ブドウ球菌が発生していたことにあるとし、大阪市が工場を無期延期の営業禁止にした。こうして、事態はいったん収束するかに思えた。
 しかし、その後も雪印の別の製品にも問題があることが判明し、しかも大阪工場だけではなく、別の工場でも問題があることが明らかになった。さらに、大阪工場のバルブからは、実は黄色ブドウ球菌だけでなくセレウス菌も検出されていたことも後で明らかになった。
 こうして、事件発覚後、雪印が公表してきた一連の事実がいずれも不正確であり、しかも立ち入り調査の際に組織的に嘘の報告と情報を流し続けていたことが明らかになった。こうした雪印の対応の遅れと組織的隠ぺいのために、被害者は1万人以上に膨れ上がり、過去最大級の食中毒事件となったのである。
 同様に、2000年7月末に、三菱自動車事件が発覚した。7月上旬に、匿名情報を機に運輸省が三菱自動車に特別監査を行って、長年にわたる三菱自動車のクレーム隠し・リコール隠しが明らかになった。隠していた情報は、98年4月以降だけでも6万5000件にのぼる。
 三菱自動車は、1977年以来、運輸省の定期検査に対して、ユーザーからのクレームの書類を意図的に隠し続けてきた。クレーム情報は、「秘匿」「保留」を意味する「H」マークを付けて秘密扱いとし、運輸省の定期検査の際、その書類を社内のロッカーに大量に隠していたのである。また、リコール隠しについても、1969年から30年以上にわたって恒常的に実施されてきた。三菱自動車は、ユーザーから寄せられた欠陥車情報を運輸省に届けずに、内密に車を修理してきたのである。
 このような長年にわたる隠ぺいは、リコール制度導入以来なされてきたので、現在の部長だけではなく、部長から昇進した歴代の役員も薄々知っていたとされる。この組織的な隠ペイによって、人身事故を含むいくつかの事故が起きたといわれており、社会に対して大きな不安を与える大事件となった。
 以上、いずれの事件も、事実を早急に正直に公表し合理的に対応していれば、問題は拡大しなかった事件である。しかし、このことを理解できないほど、雪印や三菱自動車の社員は非合理で非倫理的な人間集団だったのだろうか。伝統ある二つの企業には、多くの有能な人材が存在したはずである。それにもかかわらず、この日本を代表する企業は、なぜこのような非合理で非倫理的な行動をとり続けたのであろうか。

 3.なぜ組織は後もどりできないのか―組織の不条理を説明する理論―
 さて、伝統的な新古典派ミクロ経済学によると、すべての人間は完全合理的と仮定され、企業が競争的に生産効率性を追求し、生産販売することによって資源は効率的に利用されることになる。このような世界では、常に効率性と正当性と合理性は一致する。
 しかし、組織の経済学と呼ばれている取引コスト理論によると、すべての人間は限定合理的であり、そのために人々は相手の不備につけ込んで自己利害を追求するものとされる。それゆえ、取引を行う場合、相互に駆け引きが展開され、取引上の無駄、つまり取引コストが発生する。この取引コストのために、企業は不正な行動から正当な行動へと合理的に修正できなくなる。何よりも、不正で非効率な行動にとどまることが合理的になるといった不条理に陥ることになる。
 たとえば、いま、ある企業経営者が無知なためにいくぶん不正な戦略を選択したとしよう。経営者はこの戦略を進めるために、多額の投資を行い、活動し始めたとする。事業が順調に進む中、経営者は不正に気づき、しかもそれが漏れたとする。この場合、明らかに不正を公表し、いったん後もどりして、新たに正当な戦略のもとに出直した方が倫理的である。しかし、企業は不正を公表し、後もどりできるだろうか。
 取引コストが発生する世界では、経営者は不正を公表し、後もどりするには、多大な取引コストが発生する。もし不正を公表すれば、取引関係が解消され、これまで投資してきた資金は回収できない埋没コストになる。このコストを負担し、正当な戦略のもとに事業を再開するためには、さらに様々な取引上の嫌がらせや駆け引きを経験することになるだろう。そのために、多大な取引コストが発生し、このコストのために事業再開は絶望的となるかもしれない。これに対して、もし漏れた不正を企業全体で何とか隠し、既存の戦略を維持できれば、これら莫大なコストは発生しない。隠し通せる可能性も、ゼロではない。
 この場合、企業にとって、既存の戦略をめぐる不正を公表し、新しい正当な戦略へ移行するよりは、不正が広まらないように隠ぺい工作を駆使した方が合理的となる。こうして、企業は後もどりすることなく、合理的に不正を重ねて行くという不条理に導かれるのである。これが、取引コスト理論の考えである。

 4.後もどりできなかった雪印と三菱自動車の合理性 
 このような観点から、改めて雪印と三菱自動車のケースをみてみよう。まず、雪印では、中毒被害が拡大する前に、一部の社員は既存の生産システムに重大な問題があることに気づいていた。しかし、雪印はすべてを公表し、リセットできない状況にあった。すべてを公表した場合、あまりにも膨大なコストが発生する状況に置かれていたのである。
 とくに、雪印のような食品会社では、事実を正直に公表すれば、即座に取引関係は解消され、これまで投資してきた巨額の資金が回収できない埋没コストになる。そして何よりも、これまで築き上げた伝統と信頼がもたらしたベネフィットも失うことになる。しかも、これらコストを負担し、新しい生産システムのもとに再び良好な信頼ある取引関係を回復するためには、膨大な取引コストが発生する状況にあった。つまり、事実を公表すれば、一から出直すのではなく、マイナスからはじまるような状況に置かれていたのである。もしかして生産再開は絶望的となるかもしれない。これに対して、もし事実を隠し、現状を維持できれば、これらのコストはすべて回避できる。しかも、隠し通せる可能性もゼロではない。
 こうした状況に置かれたために、雪印は後もどりできなくなったのである。つまり、事実を公表し、後もどりするよりは、事実が広まらないように隠ぺい工作を駆使し、このまま不正に生産を再開した方がはるかに合理的となる状況に陥ったのである。
 同様に、三菱自動車でも、顧客のクレームから社員は自動車に欠陥があることを早い時期から気づいていた。しかし、三菱自動車もまた事実を公表し、リセットできない状況にあった。つまり、リセットするには、あまりにも膨大な取引コストが発生する状況に置かれていたのである。
 たとえば、三菱自動車が事実を公表すれば、これまで築きあげてきた多くの良好な取引関係を喪失し、投資してきた資金は回収できない埋没コストになる可能性があった。事実、この事件発覚後、防衛庁と郵政省等との良好な取引関係を喪失し、膨大な埋没コストを生み出した。また、事実を公表すれば、再建をかけて、外国企業と良好な関係を形成する必要のあった三菱自動車にとって、この関係に特殊な投資も埋没コストになる可能性があった。したがって、もし事実を公表すれば、これらのコストを負担し、新しい戦略のもとに生産を再開し、信頼ある取引関係を回復するには、膨大な取引コストが発生する可能性があった。これに対して、もし事実を組織的に隠ぺいし、不正に生産を続けることができれば、これらの膨大なコストは発生しない。しかも、隠ぺいできる可能性もゼロではない。事実、これまで隠ぺいしてこれたのである。
 こうした状況におかれたために、三菱自動車はリセットできなくなったのである。つまり、事実を公表し、後もどりするよりは、現状を維持し、事実が漏れないように、不正に生産を続けた方が合理的だったのである

 5.いかにして組織は不条理を克服できるか―閉ざされた組織から開かれた組織へ―
 以上のように、雪印も三菱自動車も実は非合理ではなく、取引コストの存在のために、後もどりできず、合理的に事実を隠ぺいせざるをえない状況に陥ったのである。それは、非合理ではなく、合理的な不正という不条理な現象なのである。しかも、このような不条理な現象は特殊な現象ではなく、条件さえ整えばどこでも発生する現象なのである。しかし、なぜ雪印も三菱自動車もこのような後もどりできない状況に陥ってしまったのか。それは、両企業とも内部で批判的議論を拒絶する「閉ざされた組織」だったからである。
 閉ざされた組織では、各メンバーがあたかも完全合理的であるかのように振る舞うので、批判的議論は展開されない。与えられた戦略は無批判に受け入れられ、正当化され、たとえ不正や非効率が発生していても、見て見ぬふりをする。
 しかし、やがて不正や非効率は組織にとって無視できないほど大きくなる。不正は漏れるかもしれない。このとき、不正や非効率を排除するために、不正を公表し、新しい戦略のもとに出直そうとしても、組織はもはや変化できない。というのも、変化するにはあまりにもコストが高いからである。
 それゆえ、組織は現状の戦略を維持し、不正を隠し続け、非効率を放置しておく方が合理的となる。こうして、閉ざされた組織は不正と非効率を排除できないまま、不条理に陥り、やがて淘汰されて行く。
 このような組織であったために、雪印は事前に参天製薬の目薬のようにすぐに回収した事例があったにもかかわず、その事例から学ぶことができなかったのである。また、三菱自動車も事前にダイハツ工業のリコール届け出の遅れや富士重工のリコール隠し問題などが先行例としてあったにもかかわらず、学べなかったのである。
 これに対して、内部で批判的議論を認める組織では、メンバーは自らが限定合理的であり、無知であることを自覚しており、どんな戦略も決して完全ではないことを知っている。与えられた戦略には権威があり、その権威に抵抗できないかもしれない。しかし、それが不完全な人間が考案した戦略であるかぎり、一度は問うことが人間としての責務なのである。
 そして、もし戦略に問題がなければ、他でもなく自らの責任においてその戦略に従う。もしそこに不正や非効率がみいだされれば、様々な新しい戦略が提出される。どの戦略が選択されるかは、発生するコストよりもえられるメリットが大きいという条件を充たすかどうかにかかっている。 こうして選択された新しい戦略は、メンバー各自の責任をもって遂行される。必要とあれば、いつでもその戦略は批判的に議論される。そして、再び不正や非効率がみいだされるならば、様々な戦略が提案される。
 こうして、組織は絶えず非効率や不正を排除しながら進化して行くので、不条理に陥ることはない。このような組織には、「強制」という概念は成り立たない。それは自由人からなる組織であり、絶えず未来に向かって進化する「開かれた組織」なのである。
 幸い、今回の事件によって、雪印も三菱自動車も致命的な状態に陥っていない。むしろ、今回の事件から、二つの企業は勇気をもって批判的議論を進めれば、大いなる企業進化の機会をえたことになるだろう。

 

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http://cabdav.nifty.com/cabinet/@nifty/@homepage/sakusaku/images/Block_Button/1107.gif 不条理現象のケース・スタディ2(エンロン)

 

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以下の小論は、「効率重視経営の限界―効率性をめぐるふたつの不条理―」「TRI-VIEW」東急総合研究所 2002年6月号 Vol.17-No.1 9-14頁の草稿文です。
          エンロンの不条理
            ―効率性をめぐる二つの不条理―
                    中央大学アカウンティングスクール会計専門大学院教授 菊澤研宗  1.はじめに
 長く続く不況の中、今日、日本では効率重視経営が叫ばれている。それが、日本企業を復活させる経営とみなされているからである。確かに、そのような経営は日本企業を再生させる可能性をもつかもしれない。しかし、効率重視経営を進めて行くと、経営者はいくつかの不条理な事態に導かれる可能性がある。最近、経営学や経済学分野で注目されている新しいアプローチにもとづいて、効率重視経営をめぐる限界を明らかにしてみたい。

2.効率重視経営
 さて、効率重視経営、とくに資本効率重視経営とは、資本を効率的に運用することによって企業を加速度的に成長させる経営のことである。この経営に成功すれば、以下のような良好なサイクルが生まれる。(1)まず、高収益の事業へと資本を効率的に集中し、低収益の事業から資本を引き上げる。(2)これによって、企業の利益は上昇する。(3)企業の利益が高まると、投資家の投資インセンティブが高まる。(4)こうして、企業にとって有利な資金調達状況が作りだされ、(1’)再び企業は新しい高収益の事業へと資本を効率的に集中する。このサイクルを通して、企業は加速度的に成長することができるのである。
 こうした効率重視経営を実践するためには、義理や感情に流されて特定の事業に固執してはならない。ある事業が低収益であるにもかかわらず、伝統的という理由で継続することは、この経営では許されない。何よりも、低収益の事業は徹底的に廃止され、資本は高収益の事業に集中されることになる。
 また、効率重視経営では、リストラを従業員重視に反するものとして躊躇することは許されない。この経営では、人員削減が避けられない場合、感情に流されることなく、すみやかにレイオフが実行されることになる。従業員も、明確な方針のもとに準備された早期退職等のベネフィットを自ら選択する必要にせまられることになる。
 さらに、効率重視経営では、投資家にアピールするために、投資決定、利益計画、業績評価、そして報酬制度等について、わかりやすい指標を使う必要がある。従来、日本企業が重視してきた売上高や経常利益等だけでは、投資家だけでなく経営者自身も錯覚する恐れがある。それゆえ、効率重視経営では、経営指標として株主資本利益率(ROE)、総資産利益率(ROA)、割引キャシュフロー(DCF)、経済的付加価値(EVA)等を組み合わせる必要にせまられることになる。
 以上のような経営が、今日、注目されている効率重視経営の概略である。このような経営が標榜されているのは、米国を中心に展開されてきた市場経済主義が今後世界の共通のルールになるといった認識にもとづいている。効率重視経営を展開しないと、グローバルな市場経済で企業は生き延びることができないのである。しかし、このような効率重視経営を進めて行くと、以下のように経営者はいくつかの不条理な事態に出くわすことになる。

 3.効率性をめぐる第一の不条理―資本効率性と生産効率性の不一致―
 さて、経済学では、これまで人間は完全合理的であるという「完全合理性」の仮定に立って理想的な市場経済モデルを作り上げ、このモデルにもとづいて現実の非効率性を分析してきた。しかし、最近では、より現実的に人間の情報収集能力は限定されており、限られた情報の中でしか人間は合理的に行動できないという「限定合理性」の仮定に立って、現実の市場経済の分析が進められている。
 この限定合理性アプローチによると、人間はすきあらば相手の不備に付け込んで自己利害を追求するものとみなされる。そのため、市場取引を行う場合、互いにだまされないように駆け引きが起こり、無駄な取引コストが発生するものとされる。それゆえ、市場取引は常にスムーズに行われるわけではないことが明らかにされてきた。
 確かに、ごく一般的な製品を企業間で取引する場合、それほど多く駆け引きは起こらないかもしれない。というのも、多くの企業がそのような製品を簡単に生産できるので、駆け引きを行う企業は取引から排除されるからである。それゆえ、このような状況では、企業はより安く製品を供給してくれる企業を自由に探索でき、そのような企業が見つかれば、資本を効率的に利用するために、これまでの企業との取引を止めて、新しい企業との取引に資本を集中させることができるだろう。しかも、より安い値段で製品を調達して生産すれば、生産効率も高まることになる。それゆえ、ここでは効率的に資本を利用することと効率的に生産することは矛盾しないのである。
 しかし、非常に特殊な製品を取引する場合、取引相手を見いだすことは難しい。たとえ見いだしたとしても、相互に駆け引きが起こりやすく、最悪の場合、取引自体が成立しない場合もある。このような事態を避けるためには、市場取引よりもはじめから特定の取引相手と組織的に取引していた方がはるかに効率的に生産できる。しかも、このような取引関係のもとでは、この関係に固有な特殊な機械設備、特殊な技術、特殊な知識が相互に形成されて行くので、いっそう生産効率は高められることになる。
 こうした状況で、もし資本を効率的に利用するために、その時々に低収益の事業から撤退し、工場を閉鎖し、従業員を解雇し、高収益の事業へと資本を集中すれば、このような特殊な資産は容易に破棄されることになる。それゆえ、このような経営のもとでは従業員は生産効率を高めるために特殊な設備、特殊な技術、特殊な知識を形成しようといったインセンティブをはじめからもたない。そのため、企業にとって本当に必要な人材は育成されず、たとえ育成されたとしても、そのような人材は長く企業には留まらないだろう。
 このように、限定合理的な人間世界では、資本効率の追求と生産効率の追求は必ずしも一致しない。それゆえ、効率重視経営を進めて行くと、経営者は生産効率を無視して資本効率だけを追求してしまうという不条理に導かれる可能性がある。ここに、効率重視経営の限界が潜んでいる。しかし、効率重視経営を進めて行くと、経営者はさらに別の不条理にも導かれる可能性がある。次に、このことを、最近話題になっているエンロン事件を取り上げながら、明らかにしてみたい。

4.効率性をめぐる第二の不条理―私的効率性と社会的効率性の不一致―
 1)エンロンとは
 さて、効率重視経営を展開してきた典型的企業が、米国のエンロンである。エンロンは、1985年に米国内の2社の天然ガスパイプライン会社が合併してできた新しい会社であった。テキサス州ヒューストンに本社を置き、当初はパイプラインの敷設運営をベースとし、天燃ガスや石油を電力会社や工場に販売する事業を行っていた会社である。
 しかし、1994年から米国で電力自由化政策が始まると、エンロンは戦略を変え、保守的経営から効率重視経営へと移行した。エンロンは、徹底した効率重視経営のもとに、電気取引市場を自ら開設し、これまでの固定料金に代わって市場価格で電力売買を開始した。しかも、エンロンは、単なるパイプライン、貯蔵タンク、そして発電所などの施設を保有してエネルギーを供給するだけでなく、様々な分野に資金を効率的に集中して、急成長していったのである。そして、わずか15年で全米7位、世界16位の巨大多国籍企業に登りつめたのである。
 しかし、こうした栄華を極めたエンロンも、昨年12月2日に日本の会社更生法にあたる米連邦破産法第11条の適用をニューヨーク破産裁判所に申請した。その負債総額は、400億ドル(約5兆円)を超え、米国史上最大の倒産となった。そして、この倒産によって、エンロンのスキャンダラスな実態が明るみにでてきたのである。
 2)エンロンの効率重視経営
 さて、エンロンは効率重視経営のもとに様々な分野に進出していたが、その主要分野は三つに整理できる。まず、天然ガスとパイプライン業であり、エンロンの伝統部門である。エンロンは高収益が期待できる地域に積極的に発電設備や水道設備の建設に投資していた。
 また、エンロンは規制緩和以後、エネルギー価格が固定価格から市場価格へと移行すると、いち早くエネルギーの小売・卸業分野に進出した。とくに、エンロンのドル箱は、石油、天然ガス、そして電力の先物販売であった。
 さらに、エンロンは、IT関連分野にも積極的に進出していった。たとえば、取引にインターネットを活用した「エンロン・オンライン」という名の独自のネット取引市場を開設し、130品目にも及ぶ商品を扱って、爆発的な売上高を実現した。そのため、一時、エンロンは米国エネルギー関連ネット市場の90%を独占し、最も成功したIT企業といわれた。しかも、パイプラインに敷設した光ファイバーを積極的に活用して「ブロードバンド業」である通信事業にも進出していたのである。
 このように、エンロンは規制緩和にともなって多くの市場に参入するとともに、自ら新しい市場を積極的に創造した。そして、高収益事業に資金を効率的に集中して利益を高め、これによって株価を上げ、再び調達された資金を効率的に利用するという効率重視経営を展開していたのである。
 3)エンロンスキャンダル
 しかし、1990年代末から米国の景気が後退すると、米国のエネルギー需要は急速に縮小し、しかも原油価格の低下によって、エンロンの損失は膨らみはじめた。また、米国ではIT不況が始まり、エンロンの通信事業部門での損失も拡大していた。しかも、エンロンは先物契約が取れた段階で利益を計上していたが、実際には相場が予想とは逆の方向に動いたりして、多大な損失を抱えはじめていた。さらに、エンロンの伝統部門である発電や水道部門も、次々と赤字を記録しはじめていたのである。したがって、エンロンは、1997年以降、実は利益がでていなかったのである。
 しかし、この経営の事態は、一般に公表されることはなかった。エンロンは、3000社もの決算に反映させる必要のない関連会社・子会社を作って、損失を子会社間で移動させ、利益部分だけを外部に公表していたのである。そして、このような操作に加担していたのは、世界最大の監査法人アーサー・アンダーセンだったのである。
 アンダーセンにとって、エンロンは第二の顧客であった。デビット・ダンカン以下80人の会計士が担当し、エンロンの簿外債務を故意に見逃し、そして虚偽の会計報告を続けていた。しかし、エンロンが倒産し、この事実が発覚したとき、アンダーセンは担当者であったダンカン個人の仕業として、彼を解雇した。 
 また、カリフォルニアで電力自由化が行われた後、2000年末に電力価格が異常に値上がりし、電力を確保できない地域では何回も停電し、社会問題となった。このとき、エンロンは電力相場を高騰させるために、意図的に売り惜しみを行っていたといわれている。とくに、エンロンが所有していたカルフォルニア州最大のパブリックガス電力会社を通して供給が操作されていたとの疑いがある。
 しかも、このような電力相場の高騰に悩むカルフォルニア州からの規制要請を、ブッシュ政権は無視し、緊急対策や規制は展開されなかった。その理由は、エンロンがブッシュ大統領をはじめ、政府関係者や政治家に多額の献金をしていたからだと噂されている。
 以上のように、エンロンは経営が良好なときには効率重視経営をを行っていたが、経営不振になってからは多くの不正で非効率な経営を行っていたようにみえる。しかし、実際には、エンロンは一貫して効率重視経営を行っていたのである。なぜか。ここに、以下で述べる効率重視経営をめぐる第二の限界がある。
 4)社会的効率性と私的効率性の不一致
 さて、先に述べたように、今日、経営学や経済学分野では人間は完全合理的ではなく、情報の収集、処理、そして伝達をめぐる能力が限定されており、限定された情報の枠内でしか合理的に行動できないという「限定合理性」の立場に立って現実が分析されている。この限定合理性アプローチによると、人間同士が市場取引する場合、相手の不備に付け込んで相手をだましても自己利害を追求するものとみなされる。
 このような限定合理的な人間世界では、企業経営が良好なときには、経営者は市場を利用して資金を容易に調達できるので、投資家の不備に付け込んで嘘をつく必要はない。正直に経営の実態を市場に公表することによって、より多くの資金をスムーズに調達できる。そして、この資金を再び効率的に利用することによって、さらに多くの資金が調達されることになる。このように、経営が良好なときには、効率重視経営のもとに経営者が追求する私的効率性は社会的効率性と一致し、企業は加速度的に成長することができる。まさに、エンロンは、経営が良好なときには、忠実に市場メカニズムにもとづく効率重視経営を展開していたのである。そして、その行動は私的にも社会的にも効率的だったのである。
 しかし、経営不振に陥ると、経営者が追求する効率重視経営の意味は大きく変化する。経営不振にあえぐ企業は、資本を効率的に利用できないので、その実態を市場に公表すれば、資本は引き上げられ、別の能力のある企業へと資本は移動する。そして、企業は市場からの退場圧力にさらされることになる。事実、1997年以降、効率的に資金を運用できなくなっていたエンロンは、その実態を市場に公表すれば、市場メカニズムによって淘汰される危機にさらされていたのである。
 このような市場からの圧力を避けるために、経営者は投資家の不備に付けこんで投資家をだますことが、社会的には非効率であるが、企業にとっては効率的になるといった不条理に陥ることになる。それゆえ、1997年以降、経営が悪化していたエンロンは、成功したときと同じように資金調達するために、様々な方法で市場を欺いていたのである。それは、社会的には非効率で不正であったが、エンロンにとっては効率的だったのである。

 

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しかし、このような社会的効率性と一致しない、そしてまた社会倫理とも一致しない企業は、結局、社会に適応できず、社会によって淘汰される運命にある。ここに、効率性重視経営のもう一つの限界がある。

 5.結び―効率重視経営が導く二つの不条理―
 以上、近年、経営学や経済学分野で注目されている限定合理性アプローチにもとづいて、今日、広く業界で注目されている効率重視経営を分析した。その結果、そこには少なくとも二つの限界があることが明らかにされた。
(1)一つは、限定合理的な人間世界では、資本効率の追求と生産効率の追求が必ずしも一致しないということ、それゆえ効率重視経営を進めて行くと、経営者は生産効率を無視して資本効率だけを追求するという不条理に導かれる可能性があるということ、
(2) もう一つは、限定合理的な人間世界では、私的効率性の追求と社会的効率性の追求
が必ずしも一致しないということ、それゆえ効率重視経営を進めて行くと、経営者は社会的効率性を無視して私的効率性だけを追求するという不条理に導かれる可能性があるということ、これである。
 いずれも企業を危機的状態に導くものである。それゆえ、効率重視経営を進める場合、経営者は常にこれら二つの不条理に出くわす可能性があることを覚悟する必要がある。
(参考文献)
菊澤研宗著『組織の不条理―なぜ企業は日本陸軍の轍を踏みつづけるのか―』ダイヤモンド社2000年。

 

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http://cabdav.nifty.com/cabinet/@nifty/@homepage/sakusaku/images/Block_Button/1107.gif 「日経コンピュター」の論稿とは別のバージョン版

 

http://cabdav.nifty.com/cabinet/@nifty/@homepage/sakusaku/images/common/spacer.gif写真 引用サイト堺市夢見頃様 http://www.yume21.org/SensouPoto/GSN.HTM

「不条理なコンピュータ」に宿る旧日本陸軍の病

太平洋戦争の中でも最悪の戦いといわれているガダルカナル戦で日本陸軍は近代兵器を具備した米軍に向かって3回にわたって白兵突撃を繰り返し、壊滅した。日本軍は、日露戦争以来、銃の先に剣を付けて敵に体当たりする肉弾突撃を得意としていたのである。今日、この日本陸軍の行動は無知で馬鹿げていたと酷評されている。しかし、この同じ馬鹿げたことが現代企業でも起こってはいないだろうか。実は、よく似たことが本誌連載の「不条理なコンピュータ」で紹介された事例に見いだせる。いずれも無知で非合理なために起こったように思えるが、実は合理的に失敗するという不条理に陥ったのである。以下、旧日本陸軍の事例と比較しつつ現代企業に宿る病「不条理」について議論してみたい。

1 日本陸軍にみる不条理な行動
さて、ガダルカナル島は、オーストラリア近海の孤島であり、太平洋戦争初期に日本海軍が占領し、当時、飛行場建設を進めていた。米軍は、この島が日本本土攻撃にとって重要だと認識し、2万人の兵士を動員し、一挙に占領した。この米軍上陸を知った日本陸海軍は、島奪回のため、逆上陸し、ここに日米最初の地上戦が始まった。
 当時、大本営は米軍を過少評価し、一木清直大佐率いる部隊にガダルカナル島奪回を命じ、先遣隊として916名を島に上陸させた。米軍は、現地住民から日本軍上陸の情報をえており、塹壕を掘って待ち伏せしていた。このことも知らず、一木支隊は昭和17年8月21日未明に突撃した。日本軍は敵に気づかれないように、銃を撃たないで、銃剣突撃した。これに対し、米軍は、機関銃、自動小銃、戦車などのあらゆる近代兵器と圧倒的多数の兵力のもとに、日本兵を迎え撃った。夜が明けると、河口と海岸は日本兵の死体で埋まっていた。これが、1回目の白兵突撃の結果であった。
 この結果を受け、大本営は今度は川口清健少将のもと4千名からなる川口支隊を形成し、ガダルカナル島へ上陸させた。川口支隊は、一木支隊と同じ失敗を避け、別のルートを通って米軍が守る飛行場の背後にある高地へと行軍した。そして、昭和17年9月13日、夜、突撃した。戦術は再び白兵突撃であった。翌朝、丘全面に日本兵の死体が折り重なっていた。これが、2回目の白兵突撃の結果であった。
この2回の戦果を受け、大本営は丸山政男中将を師団長とする約2万人からなる第二師団を送り込み、しかも大本営から辻政信中佐が作戦参謀として派遣された。前回の指揮官川口少将から、同じ戦術では同じ失敗を繰り返すという進言があった。しかし、昭和17年10月24日夕刻、辻政信によって選択された戦術は白兵突撃であった。日本軍は三度近代装備の米軍に撃滅され、数万人の兵士が戦死した。
なぜ日本陸軍は非効率な白兵突撃戦術を変更・中止できなかったのか。

2 現代企業にみる不条理な行動 
この日本陸軍と同じ馬鹿げた行動が、実は「不条理なコンピュータ」で扱われた事例に見いだせる。例えば、日系企業のCIOがIT化を進めるため、ベンダーから派遣されたコンサルタントに従い、ソフトとハードを導入したケース。当初、企業内の情報システム部門がその導入に疑問をもっていたが、意見が無視されたため、批判しなくなった。ところが、実際にシステムを導入してみると、機能に問題があるとともに入力にも時間がかかり、しかも利用各部門でも様々な疑問が発生したため、新システムが以前より非効率であることが判明してきた。コンサルタントも、それに気づいていた。しかし、このプロジェクトは打ち切られることなく、そのまま進行し、結局、失敗した。なぜ中止できなかったのか。 
同様に、外資系企業で本国で成功した同じ生産システムを日本でも導入したケース。当時、日本の現地法人は日本的生産方式を展開していたが、本国と同じコンサンルタント会社の助言により本国と同じ生産方式への変更が決定された。これにより販売システムの再構築も必要となり、このシステム担当のSEが現場の調査を行ったところ、新生産システムは非効率であることが判明した。これを現地法人の担当者にも説明したところ、担当者もそのことをすでに知っていた。それにもかかわらず、プロジェクトは変更されることなく進められ、結局、失敗した。なぜ中止できなかったのか。
 さらに、行政組織が様々な情報を迅速に市民に伝えるため、交流センターにタッチパネル式の情報端末を導入したケース。当初、機密情報の漏洩を避けるため、インターネット接続を認めず、通信コストの高いダイヤルアップ接続が採用された。しかし、端末が稼動した後、月平均の電話代が高いため、行政のシステム担当者はその非効率性に気づいた。上司もその非効率性に気づいていた。しかし、システムを改善し、リプレースすることなく、電話代を経理操作で目立たないように努力した。なぜ変更できなかったのか。

3 不条理発生のメカニズム
 いずれの事例にも共通するのは、現状が明らかに非効率であるにもかかわらず、この状態を中止・変更しえなかった点にある。なぜか。もし人間が完全合理的であれば、人間はコストをかけることなく、容易に非効率な状態を変えることができただろう。
しかし、人間は不完全で限定合理的である。そのため、取引する場合、相手の不備に付け込んで自分に有利になるように互いに駆け引きする。それゆえ、だまされないように互いに取引契約前に相手を調査し、契約後も監視する必要があり、取引には多大な取引上の無駄「取引コスト」が発生する。
この取引コストの存在を考えると、以下のような「不条理」が発生する。すなわち、全体的にみて明らかに現状を変化させたほうが効率的だとしても、変化させるには多くの利害関係者と交渉取引する必要があり、膨大な取引コストが発生するため、個人的には変化しないほうが効率的となる現象である。換言すると、取引コストによって全体効率性と個別効率性にズレが生じ、個々人は全体効率性の達成を諦めて個別効率性を追求してしまう現象である。
このような不条理な現象がガダルカナル戦であり、「不条理なコンピュータ」に登場した様々な事例なのである。
例えば、ガダルカナル戦で日本陸軍が白兵突撃という非効率な戦術に固執したのは、参謀たちにとってこの戦術を変更・放棄した場合、日露戦争以来この戦術に投資してきた巨額の資金が回収できない埋没コストになるとともに、その変更に反発する多くの利害関係者を説得する必要があり、そのために膨大な取引コストが発生する可能性があったからである。
同様に、「不条理なコンピュータ」に登場した日系企業も、導入したシステムの機能をめぐる諸問題を修正しようとすれば、高い交渉開発コストが発生し、合計すれば新規開発よりも高くなるという状況にあった。この場合、たとえ現状が非効率でもこのまま進むことが担当者にとっては合理的となる。
 また、外資系企業の事例でも、なぜ本社の命令に従って現地法人が非効率なシステムを導入したのか。現地法人の従業員は、外資系の企業風土では本国の決定に異議を唱えて方針を変えるには、あまりにも交渉取引コストが高いことを知っていた。このコストを考えると、たとえシステム導入が非効率であっても、このまま導入したほうが担当者にとっては効率的なのである。
 さらに、行政組織のケースでも、ダイヤルアップ接続からインターネット接続への変更はシステムの基本構成に関わるため、高いコストが発生する。さらに、変更すればシステム導入の失敗が判明し、担当者はその責任を問われることになる。このコストを考えると、たとえ現状が非効率であってもこのまま進行させたほうが担当者にとっては効率的となる。
 いずれも限定合理的な世界では取引コストが発生し、そのために全体効率性と個別効率性にズレが生じ、全体効率性を棄てて個別効率性が追求された不条理なケースなのである。それは、無知で馬鹿げた現象ではない。

4 不条理回避のヒント
それでは、不条理に陥らないためにはどうすればよいのか。それは、人間の限定合理性とどのように向き合うかにかかっている。もし組織メンバーが限定合理性を無視し、傲慢にも内外の批判を拒絶する「閉ざされた組織」ならば、そのような組織は固定的となる。それは一見安定しているように思えるが、実は時間とともに組織内部で非効率が増加し、変化する環境との乖離が大きくなり、淘汰の危機にさらされる。この状態から脱出するためには、組織は大変革が求められる。しかし、その大変革コストは余りにも大きいため、逆に非効率な現状をそのまま維持したほうが合理的になるといった不条理に陥ることになる。
まさに、日本陸軍は「閉ざされた組織」であった。日本陸軍は太平洋戦争開始前に、満州とソ連の国境付近で発生したノモンハン事件から学べなかった。第1次世界大戦を経験し、近代兵器を装備したソ連軍に、日露戦争以来の白兵突撃に固執した日本軍は惨敗した。このとき、現場から白兵突撃の非効率性が叫ばれ、より近代的な戦術への移行が嘆願された。しかし、この意見は無視され、白兵突撃戦術は太平洋戦争まで持ち込まれていった。
 これに対して、もし組織メンバーが不完全で限定合理的であることを意識し、積極的に内外の批判を受け入れる「開かれた組織」ならば、組織は積極的に内外の批判を受け入れ、絶えず非効率を排除しようとするので、社会的効率性と個別効率性を一致させる方向で絶えず変動することになる。このような組織は変化を繰り返すので、一見、不安定に見えるかもしれない。しかし、内外の批判を受け入れ、絶えず変動しているため、変動コストも低く、不条理に陥ることなく、安定的に環境変化に対応できるのである。

 

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