医療業界と個人主義及び自己責任

 久々のアップロードです。今回はぐっとお堅く個人主義、自己責任と医療業界の関係について若干の考察を加えたいと思います。この表題だとなにかちょっとよくわからんという人もいますので、具体的なところも入れてまず患者さん側から。

患者さん及び家族の方に手術の説明をしていると本人は病気のこととか一生懸命聞いているのに次第にまわりの人間の雑談が多くなる現象がまずあげられます。手術というのは受ける人にとっても全く個人的な問題です。痛いのは自分ですし、しばらく絶食しなければならないのは自分ですし、合併症が起きてそれに苦しむのも本人一人なのです。確かにまわりの人間も心配はしますが、心配している人たちは実際苦しいわけでも痛いわけでもありません。これが借金とかだと保証人の方とかは直接請求がきますし、下手をすると家族で夜逃げと言うことになりますから、まわりの方もかなり本気になります。でも医療だけは違います。手術や治療を受けるのは本人一人なのです。ですからどうしても周りの人はいわゆる野次馬状態になりがちであちこちで聞いてきた話などよくされます。脱線しますが、素人の方が素人の方に話を聞いてきてそれを専門家に聞き伝えで質問することがあるんですが、これは解答が出来ません。私は少なくともその旨をはっきり言っています。例えば隣の患者さんから聞いた話で食事を6回もしなければいけないと聞いたが、うちの母も6回食事をしなくていいのかとか。ちなみに隣の患者さんは胃の手術後で、あなたのお母さんは大腸の手術で、全然別の病気です。こういった親類縁者や友人の話を持ち出してくるのはたいがいは家族です。本人は滅多にこういう話を持ち出してきませんし本人の場合には誤解を解くためにいろいろと説明をする必要もあります。病気というのはこれを見ても本当に全くその人個人の問題というのがとても大きく、家族ですら他人扱いになってしまうことが理解していただけると思います。痛いのは自分、手術して死ぬのも自分(他の人が何分の1かを背負ってくれるわけではありません。)と言うことを考えるとこの業界はとても個人主義になりやすいといえます。
 もう一つのケースがあります。家族が全く本人の病気を気にしていない場合です。最後まで気にせずにいてくれればいいのですが、普段顔も見せない、説明も忙しいからと言って聞きに来ないこういう人に限って容態が悪くなるととても困った人たちになります。まず病棟に電話を延々とかけて病状を聞きたがる人。電話では誰からの問い合わせか分かりません。守秘義務がある以上電話で家族にあれこれ説明するというのはちょっと常識をはずれています。次に悪くなると騒ぎ始める人。日本の医療訴訟の何割かはこのパターンだと思います。説明を普段聞きにも来ないのに悪くなると医療事故だと責め立て、訴訟、マスコミへの暴露など色々やってくれます。
 結論として言えるのは本人と一緒に説明を受けている場合あくまで本人の意志が大事なものになります。家族が勝手にお任せしますなどと言っては誰に責任があるのか分からなくなります。逆に聞きに来ない場合は本人に一任したと私は見なしています。ですから辛い病状であっても全てお話しするという方針を取っています。というのは普段病状を聞きに来ない人はいざとなると騒ぐだけで全く病状の理解ができず、最初の最初からまた延々と話をしなければなりません。でお任せしますという言葉を信じるとあとでえらいことになります。こうやって騒ぐ人たちはなぜか自分で勝手に病気についての絵を描いています。そのとおりにならないと医者が責められる羽目になります。例えば新聞についていた遺伝子治療がなぜここでは出来ないとか、(これはまだ限られた施設での実験段階です。)末期状態にある患者さんに対しどうして新しい抗ガン剤を使って徹底的に治療しないとか。医者の説明は聞いて無くても新聞のまだ実験段階の記事は信用するのですか?自分がそれで治療されると仮定してみて下さい。実験受けますか?家族でも他人事になってしまう、これが医療業界です。

医療業界側の個人主義についてはまた別の機会に。チーム医療と言う名の無責任について。