勤務医の話
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このところどこどこの県では小児科医が足りないとか産科医が絶滅状態だとかマスコミの要らないあおりが増えています。また実際県庁によっては県のホームページに募集を載せたりしています。しかし厚生労働省は今回の点数改正で勤務医に有利にしてやったと言わんばかりの改正をもくろんでいます。でも多分全く効果がないでしょう。何がいけないのでしょうか?
きっと厚生労働省はこんな事を考えているのでしょう。「勤務医にかかわる点数を上げてやったぞ。この予算のない時に。ありがたく思え。これで勤務医が増えなかったら病院の怠慢だ。」点数の改正などという姑息な手段で勤務医が増えるとでも思っているんですねえ。第一勤務医は経営者ではありません!いくら点数が増えようが給料は増えません。医療事務を増やすと点数は上がるよなど誘導しているように見えますが、院内で員数合わせして研修を受けた人間を増やせばそれだけで病院の収入は増えます。勤務医の負担は何も変わりません。同僚の医師から「この制度が出来たんだから事務に診断書やらカルテ記入を頼んじゃえば。」との意見がありましたが、そもそもそれで飯を食っている人間では無い人に書類を任せて大丈夫なのでしょうか。だいたいカルテの記入方法についてもなんら規則がない状態です。帰国子女のある救急科のドクターは英語で電子カルテに書き込みます。読めないわけではありませんがとっさの時に漢字とアルファベットでは明らかに伝達速度が違います。漢字は表意文字なので一字だけでも(例えば危険の危の字だけでも用が足せます。)情報を伝えることが出来ます。さらに母国語でないアルファベットは読むのに時間がかかる上意味を取るのにも手間がかかります。一応うちの病院では電子カルテは日本語でという不文律はありますが、別に規則ではなく罰則もありません。さらにうちの電子カルテは薬剤師看護師の記録も同一画面で見られるのですが、しばしばとんでもない誤解や記載ミスが見られます。医療従事者ですらこれだけの間違いを犯しさらに訂正するのも大変なわけです。これを医療従事者ではない事務職が請け負ったら。多分悲惨な状況になるでしょう。やることに反対しているわけではなくもっと専門的に習熟した人間にやらせるべきだと思うのです。ミスだらけの原稿にサインする手間を考えるとこの野放図な状況では医師が書類を書くしかないかと思われます。むろんもうスタートしている病院もあり大変助かったという意見も聞きます。もう少し書くべき人間の振り分けを考えて欲しいものです。ただし残念ながらそういう専任の人間がいればいるほどコストは上がります。日本の医療が安いのは前にも記載しましたが、お互いがユーティリティプレーヤーで他の職種の仕事もある程度こなしてしまうことで人手が少ないことをカバーしています。
厚生労働省が(わざと?)見逃している勤務医のもう一つの最悪な状況があります。それは労働環境です。特に救急を引き受けている病院においてそれはひどいように見受けられます。私が研修医の頃救急の当直をやっても当直あけの休みは公然とはありませんでした。まあやること無いから研修医室で寝ているという状況でした。(研修にもなっていない状況も分かってしまう)各科の当直も夜中仕事をしていても休みは全然ありませんでした。翌日の勤務に来るのが当然という状況。「人手が少ないから」とか「担当の患者の手術があるから」でごまかしていたわけです。もしそんな状況なら手術やめちゃえばと今では思ってます。延期すればいいわけです。患者さんのニーズにとか言う人間はよほど間抜けです。当直明けで注意力の落ちた医師に処置を受けるということが危険をはらんでいないとあなたは断言できますか?ミスが起きたら訴訟だ。などと反論するのは医療が無くなってしまっても良いということと同じ事です。たとえラッキーなことに各科当直で呼ばれなかったとしても満足には眠れないのです。呼ばれるかもしれないと思いながら安眠できるなら相当な大物です。同様のことは患者さんが最終段階になって無くなった場合も起きます。明日手術だというのに夜中に「先生の担当の誰々さんが無くなりました。」と呼ばれます。さすがに最近死亡確認は当直医が行っているケースが多いように思えますが、とある病院では主治医が死亡確認に来なかった(死に際に間に合わなかった)といって担当医に土下座させた事があったそうです。こんな状態では無理かもしれませんが、お見送り(患者さんが亡くなって搬送されるときに病院関係者が出口で頭を下げるという宗教的儀式)だってもう勘弁して欲しいものです。次の日に休みが確定している当直医師が行って何が悪いのでしょうか?弔問まで行う医師もいるとは聞きます。それによって遺族の癒しになるからと進めている団体もあるようです。しかしその時間を仕事として勘定してくれない今の医療体制ではほとんど余分な仕事になってしまいます。先日のテレビ番組で日本にも主治医制の導入をと情報操作をしていましたが、どんな国よりも日本は主治医制です。死のうが生きようが徹底的につきあうことを余儀なくされ代理は許されない状況です。そうではなくてもう日本の医療制度も分業制を取らねば勤務医はやっていけないのです。当直医が死亡確認をして診断書を書いてお見送りをして翌日はしっかり休む。こんな単純な分業さえ許されていない状態で医療は続けられるのでしょうか?遺族の感情を考慮してとマスコミを含めあらゆる団体がコメントを述べますが、このマクドナルド店長以下の勤務医の待遇はどうでも良いのでしょうか?癌で死んでしまったからかわいそうとかありますが、人間天寿があります。50かも60かも80かもしれない。でもいつかは人は死にます。何が原因でと言うともう癌位しか残っていません。憎まれる言い方をすると生きているうちは我々治療医はその人の意思を尊重した治療を全力を挙げて行いますが、死んでしまった人に何もすることは残されていません。遺族の感情をおもんぱかるならそれは僧侶の仕事です。
結論;まとめると研修医には次の日の仕事がハードワークになるように今のローテーション研修で各科の仕事がしっかり身に付く位の義務を課するべきです。産科ならお産が1人で手伝えるとか消化器科なら胃透視、胃カメラがいっぱしに出来るくらい。それで翌日は休みというか休まないともたないくらいトレーニングを行うべきです。教えているスタッフは勤務時間の上限を決めさらに当直あけにはしっかり休みを確保し余裕を持って教育診療に当たれるようにしてあげるべきです。このような労働環境の整備を厚生労働省主導で行わないと学会(文部科学省支配下の大学の先生なので研究成果が評価の対象。臨床医を何人育て上げようが成果にならない。)や医師会(主体は開業医で何らかの理由で勤務医を辞めた人が多い。勤務医のことなど考えたくもないと思っている人は少なからずある。)の横やりで小手先の改革に終わってしまう可能性大です。現場が解らず想像だけで考え自分の企業の利益だけ考えている中医協などに任せてしまったら地獄です。