新聞記者ともあろうものが:古森義久氏に告ぐ
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「大学病院で母は何故死んだか。」という本を最近になって読みました。実際に初版が出たのは1995年ですから5年前です。今頃何をという感じではありますが、あまりにも医療に対する認識がゆがんでおり、正義の味方気取りで的を得ない業界の批判をしているので、一言。
大学病院で母は何故死んだか:古森義久著、中公文庫
普段グータラで滅多に付箋など本に張らない私ですが、この本には付箋を貼りまくっちゃいました。まずタイトルだけ見たところ手術後に合併症で亡くなったのか?と思っていました。大概もめるのは術後の(これは内科でいうと検査後ですが)トラブルによるもので、事前によく説明していないと後から家族に抗議されます。読んでいくうちに「術後の合併症ではなさそうだ。」前半は病院の施設に対する文句で、「おっしゃるとおりでごぜーますだ。」としかいいようがない。個室料金を取りながらサービスが悪い、というのは大部屋で赤字になってしまう埋め合わせと考えてね、としかいえません。保険の支出を抑えるために異様に低く設定されている保険点数では改装したくても出来ないのが実状でしょう。前にも書いたとおり食道癌手術(早くて5時間、長くなると10時間を超す胸も腹も開ける大きな手術)で50万円くらい。ただしここで自動縫合器を使いますが、この料金はコミです。(何本も使うと赤字になります。)美容整形の豊胸術、あれが50万円。5時間も10時間もかかりませんし、医者の人手も殆ど一人か二人で済みます。(食道癌手術では最低4人。途中交代などもあると5−6人になります。)
さて後半です。まずは彼は手術に関する謝礼金の話を始めました。「何万包んだが、反応が冷たかった。」要約するとこれだけです。中に彼の知人の話で「どんどん金を渡してカネづけにしてしまえば医者も手を抜かず全力でやってくれる。」これにはむかつきを通りこして絶望感さえ味わいました。「じゃあカネを渡さなかった患者では、縫合するとき1−2本糸をケチるとか術後のトラブルで呼んでも来ないなんて手抜きが我々に出来ると思うか?」古森氏が非難すべきはこんなことをやって自慢げに話す知人の方です。かつて「50万渡したのに父は死んでしまった。腹が立ったので50万返せと医師に請求した。」という話を聞いたときと同じ感覚でした。
カネを渡せば助かるという論理は命が金で買えるといってることと同じ。です。いい加減こんな不遜な考え方はやめてください。
正直言って私もそんな巨額ではありませんが、もらったことはあります。というか断っても強引にねじ込まれました。それでも返せばいいのですが、それ以上やりとりすると気まずくなりそうでした。渡す側にとってはどうもこれは「おさいせん。」のつもりらしいのです。どうしても医者というのはある意味まじない師や祈祷師に見られるところがあり、神様またはそれを取り次ぐ神官並みに思われていることが多いのです。これはいくらこちらが口を酸っぱくして否定しても理解して貰えません。また患者さんの中にはお節介というか悪のりする人がいて、「○○先生にはいくら包むのが常識だよ。」とありもしない話をまことしやかに不安がっている患者さんにします。(こういう人って詐欺で逮捕できないですかねえ)
もう一つ極端に少ない給料または無給で研修に来ている医師達がいます。レジデントとか研修医とか呼ばれていますが、彼らの場合生活するためにはアルバイトをするかこういうお金をもらうしかないのです。前もしたかもしれませんが、アルバイトも謝礼もなくて生活に困って生活保護を申請した無給の研修医がいたそうですが、「将来いっぱい稼ぐからダメ」と窓口でけんもほろろの扱いだったそうです。
又通常の勤務医の給料というのもあまり大したことがありません。就職してすぐは経験もないのにいっぱい貰えるところもありますが、それは研修医を集めるための撒き餌で、スタッフはそれより安かったりします。また上に行けば行くほど給料ののびは悪くなり、40台では大体銀行員と同じくらいになります。国立病院などでは完全に銀行員に負けているという話しもあります。また大学病院も名誉と引き替えに給料が低いことがままあります。さらに銀行員と異なるのは医者の方がハイリスクであるということです。自分の患者の容態が悪くなれば夜中ぐっすり寝ていても出ていかなければならず、緊急手術の呼び出しにも答えなければなりません。年がら年中ポケットベルで待機しているのにそれにペイはありません。その話をしたら知人が「銀行員はでもおつきいあいのために飲みたくもないお酒を飲んで接待しなきゃいけないのよ。」といわれましたが、接待に緊急はありませんし、真夜中に接待も発生しません。さらに以前は警察もまあ鷹揚で、少しくらい酒が入っていても緊急手術といえば見逃してくれたのが、最近はとっつかまえて「じゃタクシーで行ったら。」の一言。病院がタクシー代を持つとでも思っているのでしょうか。特権はイカンというならせめてタクシー代くらい出して欲しいものです。(ちなみに夜勤のナースにはタクシーチケットが渡されます。)
さらに勤務医にとってきついのは学会です。中には学会費も持ってくれる病院もありますが、「別に入らなくてもいいし、行かなくてもいいんだから、金は出さない。」という病院もあります。大体の学会は年間で1万円の学会費が入ります。学会会場に行くとさらに1万5千円くらい取られます。で所属する学会が一つだけであればいいのですが、やむを得ぬ都合で2つも3つも入らなきゃならない。中には旅費すら負担しない病院もあります。どうしても出された謝礼には「はいはい。」といって受け取らざるを得ないところがあります。以前はアルバイトは黙認でしたのでなんとかつじつまを合わせることもできたのが、アルバイト禁止の病院が多くなり(本来的にはこれ自体には賛成です。アルバイトしていて自分の本来勤めている病院の患者の容態が悪くなったらどうするのか。)ということで医者の内情も患者さんの内情も知らないあなたに文句を付けられる筋合いはありません。どういうシステムならこういった慣習がなくなるかを考えるべきでしょう。
家族に対する説明についての不満を次の章で述べて見えます。要約すると「私は大変忙しいのでわざわざ聞きに行く隙がない。電話で報告して欲しい。」いったい何様でしょうか。忙しいのは医師でも一緒です。忙しい中をお互い時間をやりくりして説明を聞くというのが本来の姿です。以前は私も患者さんのサイドに立ちすぎて忙しいといわれれば夜中まで待って説明してましたが、最近はやめました。自分だって立場は一緒です。対等な立場で時間をやりくりするのが本筋だと考え直し、最近ではあいだを取る、つまりむこうが忙しいといっても大体19時くらいには何とか切り上げられるだろうということで18時か19時、日にちは患者さんの都合の合う日にちに合わせています。本の中で「誰々の取材で行かなければならない。大変忙しい。」と偉そうに書かれていますが、ふんじゃあ私らの仕事はあなたの偉そうな仕事に比べて数段落ちているから私らが都合を合わせねばならないのでしょうか。本当に重要な説明は手術前の手術の説明、手術後の病理結果(取れたものの検査の結果)の報告と今後の治療戦略というたった2回です。これすらパスするのなら、あなたは自分の親族についての責任者の資格はない。本人に告知して決めさせた方がよっぽどましです。
次の章では再発の話が出ています。「急に肝転移など2ヶ月で出るはずがない。手術の時あって見逃したんだろう。」手術の時見逃した、おっしゃるとおりです。ただしその時点では顕微鏡レベルの、つまり細胞数個単位の転移だったはずです。または画像で見つからない5mm以下の病変だったはずです。もろに間違っているのは2ヶ月で転移など出るはずがない、というところです。断言したいなら医師免許を取ったら如何でしょうか。実際メインの癌を取ってしまった後転移が急速に大きくなることは我々よく経験することです。大腿部の悪性の肉腫(癌と一緒ですが、粘膜から出ていないものを肉腫と呼びます。)で肺転移もあり、大腿部の腫瘍を取ったところ急速に肺転移が増大し、両側の開胸をして肺転移を取ったという経験があります。これにはおまけがあり、転移を取ったところ、取りきったはずの大腿の腫瘍が再び増大するといういたちごっこになりました。
さらにそれについてセコンドオピニオンを求めたのはいいのですが、画像もなく資料もない状態でセコンドオピニオンを聞くのは聞かれた医師にとって殆ど侮辱に近いと思います。
転移について著者も一言説明があればと書いていましたが、確かに「完全に」とか口走ってしまった医者側に責任はあります。きっちり説明しておけば癌というのはいかに理不尽で非常識的な振る舞いをするのかが解って貰え、契約不履行などという物騒な書かれ方はしなかったと思います。
ただこの辺になってくると説明がないといっておろおろするかいきなり電話で説明を求めたりしています。医者だってスケジュールがあります。きっちりアポイントを取って説明を聞いてやろうという態度が著者になかった(お上に任せとけばという心理だと思いますが)のは残念です。家族や患者さんに分からない点があるというのはわれわれ端で見ているだけでは解りません。「分かんないことはよーく聞いてね。」と常々私は患者さんに説明してますが、新聞記者ともあろうものが、わからなくておろおろするは、アポも取らずに話を聞きに行くではとても日本の知性をリードしていると言い難い。
全体家族に新聞記者がいるというと我々は緊張します。どんな話だってでっち上げられるからです。たとえば結核の患者が何度注意されてもマスクもせずに病棟内や病院内をうろつき、あげく看護婦に移してしまったという事件があったとします。記事は判を押したように同じです。「病院の管理に問題。結核の院内感染。」管理より言うこと聞かない個人が問題で場合によっては強制退院さらに傷害罪で逮捕しても良いと思うのですが。こういう人をどうすればいいのか教えてください。
たぶん説明もせずに抗がん剤を使い始めた(次の章)は多分に息子が新聞記者という事によるフライングがあったと思います。もーちろん説明をしないで承諾も得ないで抗がん剤を使ったのは犯罪です。医師免許取り上げです。さらに使いすぎと思われる突然の死に至っては心からお悔やみ申し上げるしかありません。
さて振り返って自分のことですが、術後顕微鏡の結果が出て、本人を交えたり交えなかったりですが、説明をしこの状態だときわめて再発率が高いので、点滴抗がん剤がお勧めですよ、ついでに副作用はこれこれですね、と説明します。承諾書については本当は取るべきですが、本人を交えていない場合などは取れないため、まだまだです。(ただし紙に書いて説明してますのでちゃんと証拠は残ります。)ただがっくり来ることもあります。ある患者さんで本人に告知の上動脈注入治療を勧め、承諾を得て、カテーテルを入れました。但しその人は住居が遠く毎度通うのは大変そうでしたので、近くの病院を紹介しました。本人は「仕事がその方が出来るからいい」と喜んでたのですが、奥さんからは「見捨てるんですか!」とあまりに意外な言葉を戴きました。取り乱したのでしょうが、残念ながらこちらも人間です。できれば不用意な言葉は避けていただきたいものです。
長々と書き連ねましたが、日本では特に外科医を祭り上げてしまう傾向があります。医者についての小説も「白い巨塔」外科「ブラックジャック」外科「メスよ輝け」外科「振り返ればやつがいる」外科(最近マガジンで連載している医者もの漫画。ヴァルハラとか)外科。しかし外科手術というのはもう何十年も前に術式は殆どでそろっています。目新しいものは殆どありません。胸腔胸手術をある年輩の医師にとくとくと説明していたところ、「いやあ、うん十年前に胸腔鏡で交感神経切除の手術をやってたんだけどね。まあそのころはファイバーがなかったから硬性鏡だけどね。」胃の2/3切除については1800年代にもう報告されています。ただそのころと変わっているのは1.麻酔剤、麻酔法がとても安全になった。2.使う糸がばい菌を寄せ付けにくいものになった。3.高カロリーの点滴ができるセットがあるため、縫ったところがほころびても何ヶ月でも絶食が出来る。(これがないと栄養状態が悪くなり、ちょっと前の中国のように漏れていても食べさせねばならないということになる。)他にも色々ありますが、外科技術というより他の分野での進歩により大変安全な手術が出来るようになったのです。しかし手術自体は変わっていません。臓器を壊して、いわゆるカタワにしてしまうわけですから。
現在このカタワにしてしまうという事への反省からか、切らずに何とかしようという動きも盛んです。胃に穴が開いても経過を見ながら自然にふさがるのを待つとか、盲腸とわかっていても抗生物質で治してしまうとか。いずれも単に切るだけに比べ、経過を逐次見なければならないという苦労を伴います。メスを入れるにも最小限、出来ればメスを入れずにそれまでの生活を取り戻す。こういう努力をしている外科医が沢山いれば古森氏のような悲劇も起こらなくなるのではと思います。ついでに抗がん剤療法というのは外科医にとってあくまでも余技にすぎず、本来なら抗がん剤の扱いに慣れた血液内科医がオンコロジストとして術後の抗がん剤治療に腕を振るってくれるととても助かるのですが。