重複癌と転移
よく新聞記事で見かけるのは”大腸癌が咽頭に転移し”とか”胃癌が大腸に転移し”といった私らから見れば誠にまれな話です。癌というのは1個の病気なのでしょうか?今回は癌の転移についての誤りを指摘したいと思います。
新聞記者も含めて一般の人には例えば胃癌になりましたというとその後出てくる症状はすべて胃癌によるものと考えがちです。しかしよく転移として報道されている大半はもう一つの癌なのです。
かつて”私は癌を克服した”という本がいっぱいでました。一つ癌を退治すればもう安心とみなが考えていたのです。確かにその昔は一つの癌すら生き延びるのは大変なことでした。要するに最初の癌でばたばたと死んでしまうため2個目の癌は考えなくても良かったのです。現在日本で胃癌の術後の成績はとても海外では考えられないほど良好です。また少し前までのデータで乳癌も誇るべき5年生存率(当時は10年ではなく5年)でした。このように1個目の癌の再発はないのに経過中に転移ではなく全く別の癌が結構な割合で発生することが分かってきたというか出てきたわけです。自分の少ない患者さんでも結構重複している人がいます。早期胃癌の術後に右の乳癌が見つかり手術、その後左に転移ではない別の癌が見つかり左も手術;合計3個ですが生き延びています。大腸癌術後に胃の早期癌が見つかり内視鏡切除をした人、胃癌の術後残った胃に早期癌が出て内視鏡切除をした人。胃癌の術後に経過を見ていたら腫瘍マーカーがあがり(腫瘍マーカーとは;癌の時にあがるある物質とよく説明されてますが、実際はあがる癌もかわらない癌もあります。あがってくれば再発の目安になるというものでとても早期発見には使えません。なお再発後化学療法や放射線が有効かどうかの判定にはかなり使えます。でもあがらないタイプの癌では何の参考にもなりません。)色々検査をしたら肺癌が見つかり手術をして助かったけど煙草をやめず、相変わらず腫瘍マーカーが高い人、大腸癌で手術その時肝臓に腫瘍があったけど実は原発性の肝臓癌であった人など。
振り返って転移と重複はどこで見分けるのでしょうか?以前書きましたがそれは病理(つまり顕微鏡で見える細胞の顔つき)で区別します。転移の場合比較的似たような細胞の像が見られますが、重複の場合は前のものと似てもにつかない細胞が見られます。(似てもにつかないと良いのですが、中には非常によく似ていて鑑別困難な事もあります。)
どうして細胞の顔つきが重複だと違うか?ここが肝心です。というのは癌というのはその発生母胎の臓器の細胞にとてもよく似ているのです。というかその発生母胎で遺伝子異常が起きたけれど免疫機能においてあまりに似ているために見過ごされてしまったのが癌なのです。胃癌はもとの胃の細胞によく似ていますし、大腸癌ももとの大腸の組織によく似ています。肺癌はといわれると困るのですが、肺癌は一体どこから来たのかと思われる非常に原始的な細胞像を呈します。しかしある肺腫瘍が大腸癌の転移か肺癌なのかは今言ったことから比較的簡単に区別が付きます。元の大腸癌の顔つき(つまり正常な大腸にも似ている)であれば大腸癌の転移ですし、どこから来たのか分からない位分化度の低いものであれば原発性の肺癌といえるわけです。
当然治療に関する原則も異なります。その臓器の癌ごとに抗癌剤の種類、再手術の適応が異なってくるからです。原発性の肝癌なら抗癌剤の動脈注入療法などが有効ですが、大腸癌の肝転移ではそのような治療は無効です。長々と説明しましたが、多分これだけの説明では理解は難しいかと思います。マスコミ関係者と患者さんおよびその御家族にはくれぐれももう一つ出たときはよくよく話を聞くようにおすすめします。勘違いは命取りになり、報道の信頼性を著しく阻害します。(素人考えの記事がよく載っているのですが、間違っていたらなにとぞ訂正記事を載せて下さい。)