重複癌について。もおう腹立ちまくり

 これまでずいぶん保険制度の医療費踏み倒しについて述べてきましたが、再度このおかしな制度について鉄槌を下したいと思います。

 あなたが胃癌になったとします。手術できそうということで内科の先生は他の臓器の検査もします。残念ながらこれは特に同意を得ておりません。本当ならそれを得てから検査に持ち込むのがよいのですが、今のところ医者の良心というか何というか、手術をするなら他の臓器に何らかの病変がないかどうか探すのは医学界の定番になっております。で大腸の検査をしたら大腸癌が見つかった。さてどうしましょう。同時に二個も見つかるのは患者さんの印象としてはアンラッキーなのですが、業界側から言えば、一緒に見つかって良かったということになります。あとで他の臓器に癌が見つかってというパターンは内科医にとってちょっとばかり恥ずかしいことなのです。外科は見つかったならせっかくだからそれも手術で取ります。時間が余分にかかります。合併症の率も上がります。でも患者さんにとっては1回の開腹で二つとも癌がとれてしまう(一個が末期状態のこともありますが)というのは時間の節約痛みの軽減など非常に良いことが多いわけです。一見アンラッキーですが。
さらにラッキーなことがあります。保険制度ではもう一個の癌の手術を半額にしてくれるのです。同一視野(この場合開腹術)ではもうひとつの手術は半分しか点数が請求できません。この制度は昔からまったっくかわっておりません。保険点数は1,2年で点数表が改正されますが、この制度はまったっくかわらないまま少なくとも20年は経過しております。私ら勤務医にとっては別に余分に一つ手術をやっても給料も変わるわけでなしどうでもいいことのように見えますが、病院自体の収入は当然減ります。この重複癌というもの統計で見るよりは多いように感じます。というのは、普段病院にかかってない人は何の検査も受けたことがないためもうひとつ見つかる率が高いのです。
 で病院の収益が減ると当然人件費を抑えるためリストラと言うことになります。これはどう考えても理不尽です。2回も3回も手術を避けるためにわざわざよけいなお節介をして見つけてそれで首になっていれば世話がありません。ただでさえ安い日本の手術料です。技術立国という言葉が悪い冗談にしか思えないほど点数的に安く押さえられています。たとえば盲腸の手術料は開業医さんに有利なように若干高めに設定されています。でも中国より安いそうです。あの人件費が安く繊維メーカーがこぞって進出している中国よりも安く国内では盲腸の手術が受けられるのです。癌の手術はもう言うまでもないかもしれません。
要するに安かろう悪かろうという戦前のメイドインジャパンの精神が医療に関する限りは残ってしまっています。それでも病院は涙ぐましい努力をして患者さんにアンケートを採り、何かできることはありませんかと問いかけております。(医療ミスとかそういう問題ではなく患者さんの待遇の問題です。)
 近日中に一回の入院で3個もの癌が見つかってしまった患者さんの手術があります。この人は胆石もありこれも手術をする必要があります。禁煙を申し渡してありますが、どうみても全く守っておりません。3個も見つかったのは不幸すぎる、あんたら医者のせいだというつぶやきが聞こえてきそうです。情けないです。これで手術料も半額でさらにもうひとつの胆石の手術料は踏み倒し(保険請求がまったくできません)の状態です。誰が悪いんでしょうか。安く医療を提供している病院、安くするために懸命に努力している医療業界の人たち。 悪徳病院、悪徳医師、確かにいるでしょう。でも少数です。そんな病院やそんな医師がたくさんいたら日本の手術件数はたぶん今の倍くらいになり、保険制度など風前の灯火状態になっていると思います。もし私がそんな悪徳を考えるとしたらこうなります。今回の患者さんのように癌が3個見つかりさらに胆石もあるとしましょう。大腸の手術をまず行います。一旦退院とします。(まとめてやるのに比べれば入院期間も減ります。平均在院日数も減ります。平均在院日数が短ければ短いほど入院の点数が上がることになっています。次に胃の手術を行います。これも丸ごと点数がとれます。さらに麻酔の料金ももう一回取れます。入院費ももう一回取れます。これで一旦退院にしてさらに胆石の手術をします。丸ごと点数がとれます。麻酔料金ももう一回とれます。さらに入院費ももう一回取れますし胆石の入院期間は短いため平均在院日数も減らせます。以上のようなことをやりますと手術料金だけで2倍以上、麻酔料は3倍、入院費も3倍取れることになります。こんなことはほとんどの病院でやりません。このようなことを拒否しているのはマスコミにたたかれまくり、はなはだ心許ない医者の良心というものに支えられています。その良心を信じてもいないのに当てにしているのが現行の保険制度です。その良心をたたきまくっているのがマスコミです。
結論:保険制度という制度は悪くはないのですが、運用に大きな間違いがあります。官僚とか立場はえらい医者だがほとんど臨床経験がないまたは臨床の場を離れて10年以上にもなるといった人に制度の維持を任せているのが間違いです。時々保険の方から何か文句があったら言ってくれというアンケートが出されることがありますが、改革する気のない人たちに何を答えても無駄です。まずは手術点数の基本的な見直しをしてください。踏み倒しはまっぴらです。
 マスコミもすぐ医療過誤だのと問題にしてきますが、その背景にある医学部の教育や卒業後の教育には一顧だにしておりません。専門医制度を批判していた新聞もありましたが、この制度ぜーんぶ大学医学部が主体となっております。大学の医学部というのは医者を育てる場所ではありません。なぜならその上部組織である文部科学省は大学の評価を研究のみに限っているからです。研究内容は臨床的なものから遙かに離れても問題ないのです。むしろ臨床的なところから離れれば離れるほど研究業績が上がります。なぜなら人間相手にある手術の結果を比較するには何十年かかるのですが、マウス相手の生化学的実験ならその何十年の間に100個以上プロジェクトが立てられます。医療の中心として評価されるべきはむしろ地方のがんセンターや一般市中病院です。これらの病院は一般的に大学病院に比べ症例数をこなしております。臨床的な経験の蓄積(研究命の人にとっては3ヶ月で覚えられるそうです。)や研修医たちへの教育実績も高いことが多いわけです。良心的な医者を育てるのに責任が重大であることは言うまでもありません。どうか専門医制度などの維持管理については大学などに任せずこういった地方教育病院に任せてほしいものです。研究主体の大学が主導している日本の臨床医システムは明らかにおかしい。マスコミにはむしろそこをつっこんでほしいものです。