わからない人たち
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このところ本人への癌の告知は当たり前という風潮があります。でもそんな陰にはこれまで医者を神様だと思いとにかく拝んでおけば御利益がある、病気になったり合併症がおきればなんかのバチが当たったと信じていた人たちもいます。こういう人たちに告知をし、病気の説明、手術の説明、術後の合併症の説明をするのがいいのかどうか時に悩むこともあります。以下告知後の典型的なパターンとその対策について
1.後ろを向いてしまう人たち:治る病態であるにもかかわらず、検査が済んだ時点でもう外来に来なくなる。どこか他の病院に行っているのかなという油断は禁物です。実際は何処にも行かず家に引きこもってしまう人もいるのです。こうなるといちいち外来に来なくなった人に電話するしかなく、普段かかりつけならともかく、その時が初めての人たちはなかなか連絡のつけようがありません。(今日は都合が悪いんだろうと思ってこちらが忘れていくためです。)
対策:ここの病院じゃなくてもいいからどこかで治療を受けて下さい。逃げてしまうとますます不利になりますよ。他の病院に行くときは別に怒ったりしませんから(病院を変わると医者は怒ると多くの人は信じています。)かならずここから紹介状と資料を持っていって下さい。・・・以上のフレーズを繰り返し繰り返し話します。たいがいここまで来ると家のものと相談してきます。という返事になり次回の予約を1週間後に取ります。すると夕方電話がかかってきて(私の外来は金曜日で病院は週休2日制ですから次の日の診察は基本的に無理です。)家のものと相談したが、勧められたように専門の病院に行くからすぐ紹介状を書いてくれ、ということになることもあります。(紹介するって言い過ぎたか・・と思っても後の祭り)月曜日に取りに来るよう電話で返事をして、しまりかけている事務へ連絡して、カルテを出させ、資料をコピーしてもらい、大急ぎで紹介状を書いて資料とともに事務に預かってもらうという土壇場の段取りをするわけです。まあでも治療を受けてくれるだけいいかとつぶやいてみたりします。
2.何処をむいているのかわからない人たち:先ほどの後ろ向きの人よりもっと手強く、告知を受けると何かに病気の原因を押しつけます。あのときあれを食べたのがいかんかったとかあのときあそこにぶつかったのが悪かったとか虫に刺されたのが悪かったとか。こうなると以後の説明はほとんど聞いてもらえず、癌の病因論に終始してしまいます。確かに因果関係のある疾患もあるのですが、一般に癌においてはお焦げを1かい食べただけで癌になっちゃったなどということはあり得ないのです。長年の習慣、遺伝子、住み慣れた環境といったものが関係を持つことも確かにあります。ただこれは疫学といって、統計的な数字で個人のことをあらわすものではありません。第一なってしまったものを今更取り消せるわけもないのです。
対策:どなたか教えてください!!繰り返し説明すればわかるという人もいますが、病因論が繰り返されるだけで全く前に進まないことの方が多いのです。さらに手強いことはこういう話は素人でも確かによく分かるため家族が加わり近所の人まで加わるとこちらがパニックです。(医者の言うことは半分聞きなのに近所の人の言うことは妙に熱心に聞いています。)
さらに本人が全く意志を決定できない場合(うっそーと思うかもしれませんが、あなたの周りにもいませんか?)何を聞いても答えてくれず、どうしますかといっても決められない。結局家族が決めてしまうのですが、家族も責任は持ちたくない、とにかくできるだけのことをという漠然とした状態。外来はこの日が最悪になります。(2時間以上遅れます。)
3.いろんな方をむいてしまう人:とにかく癌に関するあらゆる話になります。まず癌がいつ頃からあるのかという話になります。ここで昨年も検診を受けたということですと確かにまずい!と一瞬思いますが、病院に何回か通っているということもあり次の説明にスムースに移れます。症状が何もないんだけどという話が出た場合も症状がないから手術が可能なんですよとなんとか切り抜けます。本当は手術ができないのに隠しているんじゃないかという方はレントゲンを見せたり絵を描いたりして納得してもらってます。時に脱線して違う話になることもありますが、なんとか強引にもとの話に戻しています。
対策:こういう人たちはわかってくれようとしますのでなんとか説明していくことができます。
付録:終末期の医療。私なりの方針
別に大それた事を言おうとはしていません。終末期を迎えた患者さんの家族には以下のような話をします。
まず人間誰でも寿命があり、癌死というのも一種の寿命である。昔は原因ががんなのかどうか調べる方法がなかったので老衰で片づけられていたけれども多分今調べればかなり癌死の人がいたと思う。心筋梗塞や脳梗塞は年だからしょうがないととらえられる事が多いのに、癌死だけ病死としてみることはおかしい。ただあと何ヶ月とか区切られるため、通常考えられるある日突然の死というものとわけてしまいがちですが・・・
これでまず癌死というのは惨めとか悲惨とか言うことではなく、自然なことなのだと納得してもらいます。
次に家族に聞くことは今後どのようにしたいかです。病院でずっと暮らしたいかどうか、本人の気持ちになって考えてもらいます。家族とすればいつ何時痛がるかわからないし、何がおこるのかわからないため、最初のうちは、なるべく(できれば死ぬまで)病院にそのまま入れて下さいといいがちです。そこで疼痛時対策(モルヒネの使用)について説明をし、もっとも安全でもっとも副作用が少なくもっとも効果が高いということを納得してもらいます。(政府の麻薬!ダメ!のキャンペーンのせいか皆さんモルヒネには相当悪いイメージを持っているようです。まあ戦時中政府は特攻する兵士の感覚をまひさせるため多量に使ったという負い目があるため過剰なキャンペーンをするのでしょうが。せめて痛み止め以外に麻薬を使用しないくらいの言い方はできないんでしょうか。ついでに薬局や厚生省が麻薬を使って欲しくなくていかに手続きを煩雑にし使った場合また煩雑な手続きで報復するかについてはまた別にページを設けます。)またどうしても入院が必要な場合についてもどのような状況かを説明し、緊急で病院に来るときの手続きの説明もします。
最後に蘇生を行うか、延命措置を行うかについて質問をします。延命を行った場合本人の苦しみが長くなること、行わない場合家族の中に間に合わない人が出てくることも説明します。どちらかを選択してもらってます。
ここでのわからん:転移していて助からないことはもうすでに説明してあるのに、あらためてあとどれだけと日数を出すと助からないんですかと驚く人。こないだの1時間もかけた説明はなんだったの?とややがっくりします。ひたすら息子が来るまで持たせて下さいという人、何時間かかるんですかと聞くと、今東京駅を出たところ、とかで2時間くらいはもうほとんど脈を打っていない人に蘇生をし人工呼吸を施すときのむなしさ、お父ちゃんは泣いてるぞきっと。でこう言うことを言い出すときはきまってその息子さんとか娘さんは手術前の説明すら忙しいとかですっぽかしているんですね。懲りましたので最近は何が何でも息子さんや娘さんを手術前の説明に呼ぶようにしています。忙しくて8時以降しか仕事が終わらないんですよ、などといおうものならこちらも仕事ですのでつきあってそれより遅くまで残ってはいられませんと意地悪を言って強引に6時か7時頃に来てもらってます。というのは人間何かを犠牲にして話を聞きに来るときはその分気合いが入ってますからよく聞いてもらえるのですが、いいわいいわで仕事終わってからでいいですよなどという状態だと疲れているのに来てやった状態でほとんど聞いてません。(無料の講演やコンサートの方が全然聞いてなかったくせに文句が多いのと一緒です。)さらにひどいのは来ないのに限って文句を言うという法則です。普段付き添いにも来ないし滅多に顔も出さない人が、ついていた人がOKを出していた解剖に反対して文句を言って取りやめにしたり、アメリカから今日帰ったという人が状態もわからずなんでこの薬を使わないのかといきなり文句を付けたりする場合です。これはほんっとに困りものです。わからんひとが口を出すとその説明にものすごい時間がかかるのです。さらにこういう人が病状説明をして欲しいとバラバラに来た場合・・・失神しそうです。もうこれは拷問です。
さらにモルヒネを使うことに当たって医療従事者が麻薬はイカンなどと思っている場合、説得するだけでも骨です。だいたいこういう人はいわゆるわからん人なので何回説明しても理解しようとしません。呼吸が止まるからとか言って苦痛であえいでいる患者のモルヒネをケチります。モルヒネは詳しく言うと脳の炭酸ガス濃度感知装置は鈍らせます。ですから呼吸回数が減ります。でもかなりの量を使っても酸素濃度感知装置には影響がありません。酸素濃度が下がれば呼吸は出てきます。また血圧が急激に下がると信じ込んでる人もいて、(これは心臓麻酔の本をみればわかるのですが)もっとも心臓の状態が悪い時に心臓の手術をしなければならないときモルヒネを使うのですといっても全然わかってもらえません。要するにモルヒネは血圧にもっとも変動を及ぼさない薬なのです。
本日の結論:わかるわからんという理解力は学歴、知識関係ありません。わかろうとする努力をすることが自分自身にいいことをもたらすということです。わからんことは徹底的に聞く。自分は素人だから、と思って。(プロの方は自分で調べて下さい。人に聞くだけでは教えろ乞食になります。)いわゆるそのー、天は自ら助くるものを助く。(えーいワープロはたすくを全部カタカナにしてしまうぞ!)ですか。