シグナル君のばれんたいん
 みなさん、明日が何の日か知ってますね。
 2月14日。そう、バ、ババ、バレンタインデーですよ。
 女の子にとっては意中の殿方に想いを伝える日。
 男の子にとっては‥‥、とっても残酷な日なのです。
 だってねぇ、
 バレンタインデーの前の日なんて好きな人からチョコを貰えるかとっても不安なんですよ?もて
る人はいいんですよ。オラトリオとかカルマなんて放っておいてもチョコが山のように貰えるでし
ょう?でもぼくなんて‥‥、
 え?誰にも貰えなくても君がぼくにチョコをくれるって?
 ありがとう。でもね、ぼくはエララさんからチョコを貰いたいんです。
 エララさん、ポケポケだからバレンタインデーなんてわかってないかもしれないし。それにもし
貰えてもチョコに思いっきり「義理」なんて書かれていたらどうします?
 それよりなによりもエララさんぼくのことどう思っているのでしょう。
 本命のチョコをくれればいいけど‥‥。
 うわぁぁぁぁぁぁっ。
 そんなことを考えていたら眠れるわけないじゃないですか。
 ねっ、残酷な日でしょ?


「おっはよー」
 信彦がいつも通り元気良く朝の挨拶だ。
「おはよう‥‥」
 ぼくは対照的に憔悴しきった口調でご挨拶。目の下にクマなんてつくっちゃったりしています。
「うわぁ、シグナル、大丈夫?」
「あれ〜?シグナル君元気ありませんねぇ。今日が何の日だと思っているのですか。紳士たもの身
だしなみをきちっと整えないと貰えるチョコも貰えなくなりますよ」
 う、うるさいなぁ。ぼくの気持ちを少しは理解してよ。
「そういうオラトリオは身だしなみはいいけどチョコを貰えるほどもてるのかよ」
 売り言葉に買い言葉ってやつだ。
「おやおや、私、オラトリオが婦女子の方々にどれほど人気か知らないんですか?
 私ほど男前になると朝からかわい〜い女の子たちがチョコを持って家に来るくらいなんですよ。
そろそろ呼び鈴が鳴る頃じゃないでしょうか」
 そう言ってオラトリオは耳を澄ます。その直前までの意味心の含み笑いと対照的だ。
"ピンポーン"
「ほらほらほらほら。
 は〜い。お嬢さん方、愛しのオラトリオが今行きますよ〜。ああ、こう言っている間にもお嬢さ
ん方を焦らしてしまうなんて私ってなんて罪なんでしょう」
 マジかよ。なんでこんなにタイミングがいいんだ?と悪態を心でつきながらとにかく真偽を確か
めるためにぼくもオラトリオを追った。
 まあ人違いってこともあるしね。
 でも玄関に行ったらオラトリオが開いた扉から数十人。いや数百人はいるんじゃないかなという
くらいの沢山の女の子がみんな可愛くラッピングされた箱を両手で大事そうに抱えて瞳を輝かせて
いた。
「OH!私のためにこんなにも素敵なお嬢さん方が来てくださったんですね。
 安心してください。私、オラトリオはお嬢さん方を差別いたしません。みなさん平等にお付き合
いいたしましょう」
 あっちゃー。最悪。なんで世の中ってこんなに不平等なの?
「シグナルさん、どうしたんですか?」
 と、朝食の準備に追われているカルマがエプロン姿で出てきたのだった。
 と、
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁ」
 とてつもない黄色い歓声が一斉に沸き起こったのだった。
「へ?」
 間抜けな声をあげるぼくとオラトリオ。するとぼくたちの声を合図とするように女の子たちがカ
ルマを目指して一斉に突撃しはじめる。
"ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
ドドドド"
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「きゃぁぁぁぁっ、カルマ様、これもしよろしかったら食べてください」
「私、カルマ様親衛隊ナンバー57のミリィですぅ」
「マフラーも編んだんです。どうぞ♪」
「はぅ。カルマ様のエプロン姿‥‥」
 怒濤のようなプレゼント攻撃が一段落すると後には事態が飲み込めずに呆然としているカルマと
カルマ様親衛隊とやらの突撃攻撃に吹き飛ばされ、下敷きになったぼくとオラトリオ。そして扉を
塞いでしまうかのようなプレゼントの山だけが残ったのだった。

「すごいねぇ」
 信彦が感心したように言う。今は朝食時だ。あれからみんなでプレゼントの山を家の中に運び込
んで、今はだだっ広い居間の半分ほどがプレゼントで占領されている。
「ぐすん、いいんですよ。俺なんて、俺なんて‥‥」
 まぁ期待外れでいじけているオラトリオなんかもいるけどお気にせず。
 ぼくも顔についた足型を今、丹念に拭き取っている。
「ところで、そのカルマ様親衛隊とかなんとかっていうのは何なんじゃい」
「知らないんですか教授。ご町内カルマ様親衛隊。町中のほとんどの女の子がこの親衛隊に入って
いるんですよ」
「でもカルマ君なら女の子に人気なのもわかるけどね」
「そうなんですよみのるさん。カルマってあの優しそうな顔に性格もばっちり。炊事洗濯なんでも
OK。私もお嫁さんに欲しいくらいですよ」
「僕も優しそうな顔に炊事も洗濯もできるんですけどねぇ」
 若先生がみのるさんとクリスの話の中に割って入った。
 と、急ににぎやかな居間が水を打ったように静まり返る。
 若先生も性格がよければねぇ。
 こんなこと口には絶対に出せないけどね。


「信彦〜♪お弁当忘れないでね。
 それと気をつけて学校に行くのよ」
「は〜い」
「あれ?オラトリオぉ、そんなにおめかしして何処に行くんだよ」
「何処ってシグナル君、決まっているじゃないですか。私、オラトリオとお付き合いしているお嬢
様方とでぇとですよ」
 ご町内カルマ様親衛隊の来襲ですっかり落ち込んでいたオラトリオだったけどあれから何人か来
客があってその中の全てがオラトリオにチョコを持ってきたのだった。そんなわけで大復活してい
たりする。
「いいよな〜。ぼくなんて一個も貰えないんじゃないかな」
 複雑な表情で笑う。
「シグナル君、自信を持ちなさいな。君はこのオラトリオの『弟』なんですよ」
 お前とぼくは違うよ。そんなに軽くないもん。
「まあシグナル君は沢山のチョコよりもたった一人の姫君から貰えるチョコの方が嬉しいんでした
っけ」
 言いたいことだけ言ってオラトリオは出掛けてしまった。後にはぼくだけが残される。ぐっとソ
ファーに体をうずめた。
「あ〜あ、本当にエララさんから貰えるんのかなぁ。
 なんだか余計に自信がなくなってきちゃったよ。
 エララさん、いつごろ来るのかなぁ」
"コンコン"
「シグナル君いる?」
 居間の開いたドアをノックするのはみのるさんだった。
「そんな表情はシグナル君には似合わないわよ。うじうじと塞いでないで外で身体を動かすと気が
紛れるわよ。元気いっぱいの方がシグナル君らしいし」
 みのるさん‥‥。心配して来てくれたのかなぁ。ちょっと嬉しくなる。そうだよね、考えてもし
かたないし、果報は身体を動かして時間を忘れて待つに限るよね。
「というわけでお買い物つきあってくれない?」
「はは‥‥」
 結局それですか。まっ、いいけどね。
「で、つきあってくれるの?」
「あ、はい」
 慌てて体を起こす。
 でもぼくが買い物に行っている間にエララさんが来たらどうしよう。
 ええと‥‥、エララさんって毎日のように来てくれるけれどいつもお昼過ぎてからからだよね。
なら大丈夫。
 トンっとステップを踏んで床に着地し、みのるさんと肩を並べて部屋を出た。

「カルマ君もオラトリオもすごかったわねぇ」
 町には肌を刺すような冷たい風が時折、吹きつけている。
「はは‥‥。そうですよね二人ともカッコいいですものね」
 ぼくは情けないし。言外にそんな意味を持たせる。
「シグナル君もカッコいいわよ」
「そんなことないですよ。
 なんて言えばいいのかな。カルマもオラトリオもとっても大人なんです。やる時はやるってい
うか。ぼくは子供っぽいし。なんだかいつもドジばっかり踏んでいる気がするし。
懐の大きさを感じさせられちゃうんですよ。二人のすることを見るとどんどん自信がなくなってく
ちゃうんです」
 ふ〜ん。とみのるさんは指を唇にあててちょっと考える。
「カルマ君もオラトリオも私に言わせれば子供よ。まだまだ可愛いミスをするのよ。あなたには見
せないだけ。
 それにシグナル君だってカルマ君やオラトリオに負けないくらいがんばっているわよ。自分では
わからないでしょうけれど初めて会った時から比べると別人みたいに成長しているのよ。もっと自
信を持ちなさい」
「はぁ‥‥」
 そう言われても実感がわかないんだよなぁ。
「う〜ん‥‥。どうしてそんなに元気がないのかしら。
 うん、そうね。カルマ君やオラトリオのしていることはとっても凄いから自己嫌悪に陥っちゃう
のはわかるわ。でもね、二人とも初めっからあんなに仕事をこなせていたんじゃないの。カルマ君
もオラトリオもストレスで駄目になりかけていたこともあったのよ。当時の二人から見ればシグナ
ル君の方こそが羨ましいくらいなの」
「‥‥‥‥‥‥」
「そうそ、エララちゃんはどう思っているのかしら」
「!!!」
「今日はバレンタインデーだったわね。エララちゃんもきっとチョコを用意しているんじゃないか
しら」
 ぼくの心を見透かしたようにみのるさんが流し目で聞いてくる。
「あ、あの‥‥」
「大丈夫よ。きっとシグナル君にチョコをプレゼントするわよ。それに‥‥、女の私の感だけど
『義理』じゃないわね。エララちゃんのシグナル君に対する日頃の気持ちを込めたチョコを作って
るんじゃないかしら」
「みのるさん‥‥」
 ありがとうございます。
 頭が下がる思いだった。
「あ、あの‥‥」
 と、ふと誰かに声をかけられる。
 振り向くとぼくと同じくらいの歳の女の子が気恥ずかしそうに可愛くラッピングされたプレゼン
トを目の前に差し出していた。
「ぼ、ぼくに?」
 そう聞き返すと女の子は耳まで赤くしてプレゼントをぼくに押しつけると消え入るように走り去
っていった。
「ほら、見ている娘は見ているのよ」
 まったく知らない女の子だったけど初めて貰ったチョコレートはとっても嬉しかった。
 なんだか自信が出てきた気がする。
 それから家に戻るまで両手で抱えきれないほどのチョコを貰った。
「知らなかったの?一緒に買い物に行くといつも女の子がシグナル君に恋い焦がれるような視線を
送っているのよ」
 このことを知っていてみのるさんはぼくをお買い物に誘ったのかな。微笑みながら言うみのるさ
んの顔がとっても印象的だった。


「たっだいま〜♪」
 元気良く帰ってくるのは信彦だ。まだエララさんは来ていない。
「あれ?シグナルもチョコたくさん貰えたんだ」
「どうだ信彦、ぼくももてるんだぞ。
 それより信彦はどうだったんだよ」
「う、うん、貰えたよ。でもシグナルみたいに好きですっていうんじゃなくて完璧な義理だけどね」
 わかりやすいなぁ。信彦って何かを隠そうとする時って頭をかきながら笑うんだよな。この感じ
だときっと誰かから本命のチョコを貰えたんだ。
「がんばれよ」
 ぽんっと頭を撫でる。すると信彦も言葉にない言葉を受け取ったように「うん♪」と元気良く頷
いた。
「それよりさぁ、格ゲーやろうよ。友達から新しいの借りたんだ」
「宿題はないのか?」
「え〜?じいちゃんみたいなこと言うなよ。後でちゃんとやるってばぁ」
「わかったよ。じゃあカバンを部屋に置いて来いよ。その間に起動させておくからさ」
「OK〜」
 信彦がカバンの中から一枚のディスクを取り出して放り投げる。しっかりと受け取ると手早くゲ
ーム機の中にセットして電源をオンにする。エララさんが来るまでいい時間潰しになるよね。
「シグナルは兄ちゃんなんだから手加減してよね」

「竜神無頼拳ぅ!」
 ぼくの超必殺技が炸裂して信彦がノックアウトした。
「これで16勝15敗3引き分けだな」
 白熱した戦いに終止符を打つのは一本のコールだった。
"ピンポーン"
「あ、エララさんだ」
 勝利の余韻に浸る暇も放り投げて玄関に走ろうとする。え?なんでエララさんだってわかるんだ
って?それはもちろんこのタイミングはエララさん以外あり得ないでしょう。あれ?やっぱり説明
になってないかも。
「あ、シグナル、ずるいぞ」
 信彦もコントローラーを投げ捨ててぼくの後を追ったみたいだった。
「エっララさ〜ん♪」
 文字通り跳んでエララさんのもとに駆け寄っていく。だって今日のエララさんは格別ですよ。
「シグナル、抜け駆けなんて卑怯だぞ」
 信彦が何か叫んでいるみたいだったけどそんなの関係ない。
「ああっ!無視する気だな。それならこっちにも考えがあるぞ」
 キラーンと信彦の目が光った気がした。
「え!?ちょ、ちょっとぉ?信彦?それだけはやめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
「はっ、はっくしょん!」
 信彦の最終兵器によってぼくは無残にも変身してしまった。ああ悲ひい。
「わ〜い、エララちゃんだぁ♪」
 その後の記憶はもちろんない。ぼくがいったい何したっていうんだよぅ。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥はっくしょん!
"ぽんっ!"
 あ、あれ?ここはどこだろう。
 見慣れた音井家の壁。ぼくとパルスの戦闘の傷痕があるから間違いない。
 ええと?あれ‥‥。
「そうだ!エララさん!」
 やっとぼくは我に返って辺りを見回した。と、目の前にそのエララさんがいるではないか。しか
もすぐ目の前で、エララさんとぼくは吐息がかかるような至近距離にいる。これってもしかしてキ
スしてもいいよってやつですか?
 もちろんそうではなかった。
「は、はい」
 エララさんはぼくに呼ばれたことに驚いてきょとんとしていた。きっと、くしゃみをする直前、
エララさんはチビを抱いていたんだね。
「あの、何でしょう?」
 そうまじまじと言われてしまうとぼくには返す言葉は見当たらなかった。それはそうだろう。
何せ半分意味もなくエララさんって叫んでしまったのだから。とにかく何か言葉を探さないと‥‥。
「え、あの、つかぬことをお尋ねしますが‥‥、チョコはどうなったんでしょう?」
 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ。率直すぎないか?男から要求するものでもないだろうに。言ってしま
ってぼくは明らかに後悔した。
「チョコは‥‥、すみません」
 エララさんはさも申し訳なさそうに言う。ってもしかして忘れていたとかですかぁ?
「シグナルさんの分まであったのですが‥‥、小さいシグナルさんに食べられてしまいました」
 あうぅぅぅぅぅ、ちびのやつぅぅぅぅ。よく見るとぼくの口の回りにチョコがついている。たっ
た『今』食べちゃったのかぁ?
「もちろん、余ってませんよ、ね?」
「すみません」
 うるうる。ぼくってそんなに悪いことしたか?いつもいつもぼくばっかり貧乏くじを引いている
ような気がする。どうしてぼくってこんなに運が悪いんだろう。
「あの、本当にすみません。シグナルさんがそんなに落ち込んでしまうなんて‥‥。私、どうした
ら‥‥」
 今度はエララさんがおどおどしはじめた。おろおろするのがぼく。でもそんなことしてられない。
「いいんですよ。ちびが食べたんならぼくが食べたのと一緒ですから。それにほら、ぼくの口の周
りにチョコがついているじゃないですか。
 うん、美味しい。ありがとうございます」
 うう〜。本当は一生大事にとっておきたかったのに〜〜〜。
 もう半分やけくそだった。


 ぼくは今、寒風吹きすさぶ中、音井家の裏にたたずんでいた。
 どうしてこんな人気のない所にいるんだって?
「後で家の裏側に来てください」
 泣きたいような、悲しいような、諦めたような複雑な笑顔でエララさんを送り出す時、こっそり
エララさんがぼくにささやいたのだった。
 う〜〜〜、何の用事だろう?ってこんな所に、しかも今日呼び出すなんて用件は一つしかないじ
ゃないですか。もちろん‥‥こっ、こっ、告白ですかぁ?
 さっきからとっても緊張しているのがよくわかる。
 エ、エララさんからぼくに告白だなんて‥‥きゃぁっ。
 本当に寒いけどそれもまた『らしい』よね。
 早く来ないかなぁ。
 あっ、来た!
 ぼくは直立不動でエララさんを待ち受けた。
「シグナルさん、来てくれたんですね」
「はひっ!」
 声がうわずっているのがよくわかる。変に思われないかなぁ。
「さきほどはすみません。シグナルさんチョコを楽しみにしていたでしょうに」
「ですから。そのお礼というのも変ですがシグナルさんにプレゼントがあるんです」
 そう言ってエララさんはいつも持ち歩いている手提げの中から一包みのきれいに包装された何か?
を取り出した。
「井、村、屋?ええと‥‥あんぱんですか?」
「す、すみません。家に丁度いい包みがなかったもので‥‥」
 とにかく受け取るとそれはふわふわとした何かだった。
 何かってあんた、この展開で貰えるものといったら一つしかないでしょうに。
「あの、開けてみてもいいですか?」
「はい。ぜひおねがいします」
 ドキドキ。初めにリボンを解き、次に丁寧にテープを剥がしていく。そして遂に現れたのは綺麗
なコバルトブルーのセーター、しかも手編みだった。
「うわぁ。ぼくにですか?ありがとうございます」
 似合うかどうかセーターを身体の前につけてみる。というよりエララさんの手編みだなんて抱き
しめたい
くらいなんだ。
「着てみてもいいですか?」
 拒絶されるなんてあり得ないけど一応、聞く。でも拒否されてもぼくは絶対に着るぞ。
「うわぁ、ぴったりですね。それにふかふかでとっても暖かいし。エララさんの愛が感じられます
よ〜」
 あ、あかん。感極まって泣きそうだ。
「信彦さんの分まで編む暇なかったんです。だからシグナルさんにだけです」
 それってつまり時間があったら信彦の分まで編んでいたってこと?ということは特別にぼくに編
んでくれたんじゃないのかなぁ。
 でも公平に両方なしとかもっと簡単なマフラーとかじゃなくてぼくにだけセーターってことはエ
ララさんはぼくのこと特別に思っているんだよね。
 勝手な解釈だったけどぼくにはそれで十分だった。だってエララさんですよ?手編みですよ?嬉
しすぎて、もう。
 なんだろう、この感情を行動で表したくなってきた。
"ガシっ"
 そう想うと気がついたらエララさんを抱きしめていた。エララさんの小さな肩。抱きしめた瞬間
は驚いたみたいで一瞬硬直したけれどすぐにほぐれてぼくに身を委ねた。
「シ、シグナルさん?」
 エララさんも恥ずかしそうにはしていたけれどぼくを突き放そうとはしなかった。ぼくが無言で
抱きしめつづけるとエララさんもぼくの腰に両手をまわした。
 小さくて、暖かくて、柔らかいエララさんの身体。その想いが、ぬくもりがぼくの心に伝わって
くる。きっとエララさんも一緒なんだろうな。
 次はもう自然と瞳と瞳が見つめ合って、
 そして二人と二人の唇がお互いを求めあう。
 静かで優しい口づけ。
 ちょっぴり冷たくて、荒れている唇を二人であたためあう。
 二人に終わりはなかった。許されるならずっとこのままでいつづけたかった。自然と終幕は訪れ
ず、いつまでも、いつまでも二人はお互いを求め続けた。
 いつまでも、いつまでも、
 二人を別つ夜の帳が訪れるその時まで‥‥。

戻る