秋、それは凋落の季節。
豊穣は実りを約束し、そして枯れゆく。
それはいつもと変わらない季節だった。
一歩、一歩と体力を消耗する夏の残照も癒え、朝夕の涼風が心地よい旋律をもたらす。時計は確実
に均等をやや過ぎ、人の心にも空を見上げる余裕ができてきた頃だった。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
ここはまだ月明かりが道を照らすことができる、かつてはどこにでもあった田舎。
野にはススキが満ち、風が通るままに首をもたげる。中空には月があった。大きな大きな月。今日
は十五夜だった。
どこにでもあった田舎のどこにでもあった一軒家。そしてどこにでもあった縁側。
こんな田舎では場違いな葡萄茶色のタキシードを着た細身の女性が独り縁側で月を見つめていた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
風が一通るとよく手入れの行き届いた金色の髪が揺れる。彼女の髪は中空に輝く月と同じ色をして
いた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
彼女はもう半時も何もせずただ月を見つめていた。
それは秋の風物詩をただ愛でているだけではなさそうだ。
「カルマ」
不意の闖入者に驚いた彼女ははっと声のした方を振り返った。
淡い紫色をした長い髪、凛々しさとあどけなさを折半したような顔。彼女自身とは全く別の人だっ
た。
「シグナルさん‥‥‥‥」
シグナルと呼ばれた青少年はすっと彼女の隣に腰掛ける。
彼女、否、説明するのも馬鹿馬鹿しい。彼女はもちろん彼だった。
「カルマ。どうかしたのか?」
そう問いかけられるのはある程度覚悟していた。彼が何も言わずに隣に腰掛けたのがその証拠だっ
た。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
何も応えずにまた月を見つめた。そして口を開く。
「シグナルさん‥‥‥‥」
それが確認の意味以上のものを持たないことを知っていたシグナルは続きを待った。
「シグナルさん‥‥。月が美しいですね‥‥」
それは予想したものではなかった。
ちょっと意外目にカルマを見つめた。
カルマもその視線に気づいてふっとシグナルを見た。
「シグナルさん‥‥。月はどうして美しいのでしょう」
おかしなことを言うなとは思わなかった。
今度はシグナルが月を見る番だった。
「んー、どうしてだろう?」
真剣に答えてはいるのだった。
「シグナルさん。月は満ちてしまえば後は欠けるしかないから。そのはかなさが美しいのではないで
しょうか」
「そしてこの季節に月を愛でるのは秋が凋落の季節だからではないでしょうか。最大の喜び、豊穣を
迎えてしまえば後は枯れてゆくだけ。月を眺めてひと足先にその悲しさを思いはせるのではないでし
ょうか」
そう言ったカルマの顔はなんだか泣いているように見えた。
「カルマ‥‥」
「すみません。どうかしていたみたいです。忘れてください‥‥」
そう言ってカルマは縁側を去っていった。
一人取り残された形になったシグナルが今度は月を眺めていた。
シグナルも月は好きだった。でもそれはカルマが言うようにはかないからではない。大好きな彼女
と同じ亜麻色の月。満月は彼女が微笑んでいるように見えるのだ。
かぐや姫ってきっとエララさんみたいな人だったんだろうな。
月とかぐや姫をイコールで結んでしまう我田引水的な思い込みは恋の成せる技?なのかもしれない。
「ずっと満月だったらどうなんだろう」
そうしたら興醒めしてしまう気がする。うん。やっぱりそれはつまらない。エララさんとずっと一
緒にいられたらそれはすっごく嬉しいけど、一時期逢えなくなってもまた一月後には逢えるんだから
その分嬉しさも大きいと思う。
そうだよ。また逢える。
そう思いつくと一刻も早くカルマに知らせてあげたくなった。
「カルマっ!」
カルマは家の中にいた。音井家のみんなが月見を理由に宴会で騒いでいる中、カルマは独りソファ
ーに身を沈めていた。
きょとんとしてカルマは見返してくる。ぼくは息を整えてから言った。
「カルマっ。ほら、月ってさ、満月になれば後は欠けるだけだけど、時間が経てばまた満月になるじ
ゃないか」
一瞬はっとしてカルマはくすっと笑った。
「シグナルさん。たしかにそうですね」
どうしてそんな簡単なことを思いつかなかったのだろう。カルマは恥ずかしくなった。
「でもシグナルさん。私が聞いたのは月はどうして美しいのか。なんですけど」
「そっか。うーん、それは考えてなかったな」
くすくすっと笑う。シグナルさんらしかった。
「いいんですよ。私が考えていたのもどうして月は欠けてしまうのだろうってことですから。一度頂
点を究めてしまえば後は落ちるだけ。そのことについて考えていたんです」
本当はあんなことをしてしまった私が前のようにみんなから信じてもらえるかどうか。そのことに
ついて考えていたのだ。また前と同じような心地よい関係を維持できるかどうか。
「だからそれも同じだって。一度だめになったって何度でもやり直せるって。秋が過ぎれば冬だけど
その時期をがんばって越えられればまた春がくるじゃないか」
そうですね。
「シグナルさん。お団子食べませんか」
晴々とした気持ちで言った。
無邪気に人の輪の中に入っていける貴方が羨ましかった。
戻る