月が彼女を見ていた
雪の降る夜 彼の地にて
降りる月光に蒼く眩く 舞い散る世界の欠片 世界の終わり
差し伸べられる手は またそれにも似て
在り得ぬ完璧をもってして尚 更に
悪戯 私の僕のその力 守るために壊すのは
透き通る声 静かに重く深く
そして純白く……――
「…く……!」
激しい頭痛を感じて身を起こした。
尾をひく鈍い痛みはしかし現実味を持たせず、希薄なものとして僕に残る。
いつも見ているから夢と判る『それ』は、全く抽象的な何かのように真意を悟らせずしかし
確実に何かを残して、雪のように淡く溶ける。
一つ息をついて顔を覆った手をだらんと垂らす。
いつもの夢。何故かいつ見ても何かがある夢。
ゆっくりと立ち上がると時計に目を走らせた、五時丁度。
外の世界は終焉を迎えたように鎮まっている。
この学校に行くのは何度目だろう?
英国の館を思わせる優雅な校舎が目について、ふと考えを巡らせる。
まだ幾日もが経ったのでは無いのは確かだ。
礼拝堂の、破壊された鋭角をかたどる礼拝堂の屋根が、嫌でもあの出来事を思い出させる。
フェイ、そして深海有以の存在。
そう、僕の夢にメッセージを送った。僕にメッセージを。
深海有以、彼女をフェイが、あの悪戯好きの妖精が。
『命限り在る物、そのなんと愚かな事か……』
有栖川が確かシェイクスピアの妖精パックの台詞だって言ってたっけ……
それならパックは何の為に悪戯をしたんだろう……?
「あれ、小鹿じゃないか」
おれは校舎の前で立ち尽くしているまるで女の子のような風貌の少年を見つけた。
洒落た建物を背景にするその立ち姿は何故かひどく虚ろな物のように思えた。
――まだ周りは目覚めたばかりの朝靄が取り巻いている。
白い空間に佇む幽かな存在。絵になってるよな。
手に小銭を跳ねさせていつも通りの紅茶『ろいやる』を買うとゆっくりとおれは小鹿のもと
に歩み寄った。
「おはよう、小鹿」
「圭……おはよう」
眠りを覚まされた時のように、ひどくぼんやりとした眼で小鹿がこっちに少し顔を向ける。
「朝っぱらからまた考え事か?」
『ろいやる』を差し出すと小鹿はありがとうと小さな声で言ってそれを受け取った。
心を縛られているような瞳を、また礼拝堂へ戻す小鹿。
そしておれもまた無言の小鹿が見つめる礼拝堂へと視線を向けた。
尖塔は大部分破壊されていた。荒くささくれ立ったその断面には見覚えがある。
力、それもとてつもなく強力な。それをぶつけたような……
「妖精が……」
小鹿の呟きが聞こえた。ひとりでに口から零れたというような、誰に聞かすでも無い呟き。
息を呑んで小鹿が続けた。ゆっくりと、震える声音で。
「妖精が、あれを破壊したのなら、それにどんな意味があるんだろう」
だんだんと消えていく言葉の余韻。小鹿は答えを求めているんじゃない。
「何にも無いんじゃねーの?」
白い空へ視線を向けておれが言った。小鹿が、ばっと俺に顔を向ける。
しかし小鹿は時間さえ止まったように、何も言わずおれの顔を見つめた。
継ぐ言葉が出なかったのか。当然、答えは正しいとは限らない。
「いたずら、さ」
ゆっくりとおれは小鹿にゆっくりと振り向いて、言った。
「悪戯の真意なんてあるのか? 少なくともおれ達の知る所に」
小鹿の瞳がおれの眼を写す。
何かにすがるように、そして何か怯えた子犬のように小鹿の瞳に弱い光が灯る。
瞳を閉じ、おれは小鹿の肩をぽんっと叩いた。そして笑いかけた。
「でも知らない事を探るって言うのが面白いんだよな、行ってみるか? あの中に」
おれは再び礼拝堂に目を向けた。力の破片がそこかしこに散らばっている。
「答えが、あるかも知れないぜ」
気配が。あの妖精の匂いが残っている。
小さき人の声が見えた気がする。
そして、ゆっくりと濃い影を落とした。
声が横から聞こえる。
「僕は――」
そして小鹿も向き直る、闇暗き礼拝堂へと。
「その為に、ここに来たのかも知れない」
ひどくゆっくりとした一歩が礼拝堂に向う。
小鹿は目を凝らしてその渦中へと向っていった、力渦巻く深淵へと。
嬉しいのか不安なのか、それとも全く違う感情なのか。
おれは微かに笑みを浮かべると『ろいやる』を飲み干してくずかごに投げ入れた。
そして先行く友と同じ一歩を踏み出した、先を見ながら。
著者:る〜く さん
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