ジャングルはいつも・・(前編)
 少年は夢を見る。
 黄昏が地上に降りる時、学校帰りに優しい父親が迎えに来る。
 父親の右手を握って、父親の左には自分のことをとても慕ってくれる可愛い妹がいて、
夕日に染まりながら一緒に家に帰る。
 談笑しながら、今日一日、あった出来事を楽しく語りながら。
 家では母親が少年の大好きなシチューを作って家族の帰りを待っているのだ。
 あたたかく、土の香りがする懐かしいシチューを。
「ハレ。おかえり。お腹がすいたでしょ。ご飯ができてるわよ」
 少年はその言葉を聞いて家の中で駆けるようにして食卓に向かう。
「ちゃんと手を洗った?だめよ。ちゃんと手を洗わないと。いっつもハレは泥ん子で帰っ
てくるんだから。洗ってから椅子に座りなさい」
 少年は全てにおいて幸せだった。
 少年は幸せな家庭に生まれ、幸せを糧にして素直に育ち、そして幸せのまま毎日を送っ
てきた。多少の小言なんかがあっても、少年は愛情をいっぱい受けて育ってきた。
 それは少年にとって理想の夢。
 現実の世界ではけっして実現されない儚い夢。
 少年は夢を見る。
 夢を見ている時だけは幸せだった。
 夜の帳が開けようとしている。
 眠りがだんだん浅くなる。
 寝返りをうつ。
 過酷な現実がすぐそこまで迫っていた。
 少年にとっては厳しく、悪夢よりもより悪夢が。
 それは誰もが思うことなのかもしれない。
 こんないい夢を見ているとしたら、誰もが醒めてほしくないと思うだろう。
 しかし、現実は厳しいのだ。
 ほら、まだ寝室は薄暗いというのに、少年の身体はもう目覚めてしまった。

 ん‥‥。
 少年は突然、目を開けた。
 いい夢だったなぁ‥‥。
 そんな感想を抱きながらあたりを見回してみる。
 そこはいつもの風景、自分の家だった。けっして広いとは言えない布団に隣に母と父が
寝ている。そう、少年は父と母に挟まれて仲良く寝ていたのだ。
 少年は低血圧であったから、あたりの状況を性格には把握できなかった。隣に両親がい
ることだけを認識して、まだ寝ぼけている瞳を擦った。
「はぁ‥‥。現実を知ると絶望したくなるよなぁ‥‥」
 この年頃の男の子にしては妙に達観したことを呟く。そしてゆっくりと、両親を起こさ
ないように静かに布団から起き出すと、さっそく台所に向かう。
 どっちが子供だかわからないくらい、母は寝相が悪く寝ている間に180度も回転して
いて、おへそなんか出しながら、イビキをかきながら寝ている。この様子ならちょっとや
そっとのことでは起きないのは言うまでもない。さらに、父親がその母のお尻に抱きつい
ていたりする。夢の中と知りつつも、少年は嫉妬‥‥というか殺意などというものを覚え
ないでもない。
 それは両親が仲良すぎて疎外感を感じているからではない。少年にとって父親とは、自
分と母を裏切った存在でしかないからだ。つまり、赤ん坊でしかなかった自分と母親を残
していなくなった父親。それが何故か今はまたヨリを戻したりなんかしている。味方だと
思っていた母にも裏切られ、今では少年は立つ瀬すらない。さらに、こんなことがあった
というのにいつの間にか子供なんか作っていたとしたら、これはもう絶望以外の何者でも
ないだろう。
 ジャングルの朝は基本的に早く始まるが、それでも自分は1、2を争うほど早起きだと
も思う。
 身体が重かった。
 夢の中で体力を使いすぎたようだ。それとも、幸せな夢が少年から体力を奪ったのか。
 洗面台の所に行ってジャブジャブと顔を洗う。
 ひんやりとした水が緩んだ皮膚を張り詰める。
 少しずつ、目が覚めてきたようだ。
「ふ〜。どうしてこう、毎日毎日、オレがこんなことしなきゃならないんだろうね」
 ピシっとしてきて、改めて不条理というものを考える。
 これから、少年は朝食を作らなければならないのだ。それも、家族の分も含めて全て。
夢の中の自分は母親に朝食を作ってもらったというのに。寝坊気味に目を覚ますと、台所
からほのかに味噌汁の香りが漂ってくる。それにつられて歩いていくと、キッチリとエプ
ロンを付けた優しい母の後ろ姿と包丁で何かを刻むリズミカルな音が聞こえてくるはずだ
った。そして、
「ハレ、おはよう♪もうすぐ、ごはん出来るから顔を洗って、座って待っててね」
 朝日のような笑顔でそう言ってくれたのだった。しかし、現実はかくの如しである。
 不条理を考えてもしょうがないので、諦めて自分用のエプロンを取り出してつける。エ
プロンをつけて台所に立って腕組みをする。さて、今日は何を作ろうか、と。
「ん〜、昨日は玉子焼きだったから、今日は目玉焼きにしようかな。オレはちょっと硬め
で、母さんは半熟っぽいのが好きなんだよな。グゥは両面焼きで‥‥。やっぱり、味噌汁
とかは必需品だよな。豆腐があるからそれにしようっと。あとは適当に肉とか蒸し焼きに
して‥‥」
 なんだかんだ言って少年は嬉しそうに朝食を作っていた。まるで主婦のようだったが、
本人がその言葉を聞いたら涙を流して泣くだろう。
 少年は食事を作りおえると、テーブルに料理を配置しはじめる。4つの椅子の前に3つ
の料理を無意識のうちに並べて、そして終えると玄関に新聞と牛乳を取りに行った。
 はりきりすぎただろうか。まだみんなが起きてくるには若干の時間があった。
 少年は朝露をふんだんに含んだ空気を肺深くまで吸い込んで新聞を手近な位置に置き、
木のこぶに腰を掛けて牛乳の蓋を開けて一服した。
 ゴキュゴキュゴキュ‥‥。
「ぷふぁ〜」
 口許を拭う。一気に半分ほど飲んだ所でビンに蓋をして地面に置く。かわりに新聞を取
って一面を雑に目を通す。
「保健室、襲撃される‥‥他にもジャングルの奥地に入り込んだ男性数名が行方不明。本
日未明に発見されるも、被害者は精神的に非常に不安定な状況にあり、何かにとても怯え
ている‥‥」
 バサっと新聞をひるがえす。
 少年は何が起こったのか自ずと悟ったが、あえて忘れることにして次の記事に目をやっ
た。
「このポクテ4コマが面白いんだよな〜」
 4コマの次にテレビ欄、スポーツ欄と見て最後にチラチを探る。少年が興味があるのは
スーパーのチラシとゲームショップのものだった。
「ふ〜ん、タマゴが一パック50円か。安いな〜。お一人様1点‥‥。グゥも連れていこ
うかな。あとは‥‥牛肉が特売みたいだな。そうだなぁ、今日の晩御飯はすき焼きにしよ
うかな。‥‥っと、ゲームの新作が出たんだ。欲しいなぁ。お小遣いは‥‥足りないけど
ぉ。食費で倹約している分をこっそりまわしちゃおうかな」
 読みたいところを全て目を通すと新聞、牛乳を手に持って食卓に戻った。
 お茶を淹れて少年は家族が起きてくるまで待った。
「おはよ〜」
 まずは母が起きてきた。胸元には妹を抱いている。まだ眠り足りなそうにあくびをしな
がら自分の席に着いた。
「母さん、手とか洗った?」
「ん?んなのめんどくさいからどうでもいいのよ。多少は抵抗をつけるためにいいのよ」
 母とは思えない言いぐさである。
 次に寝癖ボサボサで眼鏡を曲がってかけている父が起きてきた。
「ウェダちゃんおはよう」
 どうやらかなりの低血圧のようである。着崩れたパジャマ姿のままで洗面所の方へ消え
ていった。
(グゥ、珍しく遅いな‥‥)
「なんのことだ?」
「うわぁ!」
 もう一人の居候の少女のことを心配すると、急に隣からその少女の声が聞こえた。驚い
て隣を見ると、いつの間にか椅子に座った姿があった。
「いつの間に来たんだよ」
「ふっ、ハレが座る前からここにいたぞ」
 そう言われて少年は記憶をたどる。確かに戻ってきたときには誰もいなかったはずだっ
たが‥‥。間違いない。確かに誰もいなかった。
「そう気にするな。気にしすぎるとハゲるぞ」
 よくわからないが、居候の少女は男前な表情でぐいんと手を延ばし、少年を慰めると、
すぐに朝食をとりはじめていた。
 少年の諦めてご飯を食べはじめると、朝シャンをしてさっぱりした父が戻ってきた。自
分の椅子に座る。
「おい、こら。どうして俺の分がないんだ?」
 父は少年に向かって文句を言ったが、少年の方は無視していた。父の椅子の前には食器
さえ置かれていなかった。母や居候の娘にはあるというのに。
「どうしてオレがお前なんかのために作ってやらなきゃならないんだよ」
 道理ではある。だが、世の中は道理よりも横暴が強いことばかりだ。
「お前は俺の息子だろうが!お前の分をよこせっ」
「へん、産んでもらった覚えはないねっ。お小遣いも貰った覚えもないし」
 ガルル‥‥っとにらみ合っている横で母は気にせずカリカリに揚げられたベーコンをフ
ォークに刺して口に運ぶ。
「そんなに食いたきゃ自分で作れ!材料は余ってるんだからよ」
「自分で作るメシはマズいんだよ!悪いかっ」
 激しい応酬が繰り広げられる中で母はいつの間にか妹に朝食をあげていた。初めは彼女
の分をあげようとしたのだが、さすがに食べられるわけもなく、スプーンを返して自分の
口に運んだ。「美味しー」っと至福の微笑みを残して、妹に授乳させようとする。
「ウェダちゃ〜ん、ハレが苛める〜」
 芸風がいつ変わった!と少年は突っ込みたくなったが、父は幼児のように母の腰にすが
りついた。
「あら〜、先生。まぁ、しょうがないわよね。自業自得だもの。また赤ちゃん作っちゃっ
たわけだし。ハレが拗ねるのもわからないでもないわよね。ねぇ、アメ?」
 あやすように妹に語りかける。ある意味で母も父に対して非情ではあった。アメはそん
な事情も露知らず、幸せそうに母のミルクをはむはむと一生懸命口にしていた。
「つーか、いくら息子だからってオレの前で堂々とおっぱいおっぴろげて授乳すんな!」
「やだーっ、ハレってば照れちゃって。別に恥ずかしいことじゃないのよ、これくらい。
ねぇ、先生。そうだ。先生もアメちゃんと一緒に飲む?」
 少年誌には恐ろしいまでに不適切な言動だった。少年が顔を赤くしながら文句を言うが
母はまるっきりおかまいなく微笑んでいた。まぁ、母は元から羞恥心などというものとは
無縁だったが‥‥。
「飲むでちゅ〜。って、そんなんでハラの足しになるかっ!」
「まぁまぁ。そうムキになるな。グゥのをやろう」
 赤ん坊バージョンとぶちキレバージョンを瞬時で取り替える前でカチャっと居候の少女
が父の椅子の前にほとんど手が付けられていない皿を置いた。
「グゥ?こんな極悪非道なヤツに自分の分をやることないぞっ」
 あからさまに不満の意を現す少年だったが、逆に父は舌なめずりするてょどの喜びよう
で初めて自分の席に座った。
「あらあら、グゥちゃんは優しいのねぇ。先生、ちゃんとグゥちゃんにお礼を言わないと
ダメですよ」
「ん?ああ。さんキュ。ではいっただきま〜す♪」
 一瞬だけ少女に視線を合わせていい加減な謝意をあらわすと、すぐに自分の料理に向き
直ってフォークを手に取り、一気に手当たり次第に何かをぶっさそうとした。
“カチャ”
 不吉な、金属と陶器がぶつかりあう音がした。その音を聞いて父の動きが止まった。も
う一度フォークを振りかぶって突き刺すような仕種をした。
“カチャ”
 結果も繰り返された。何度突き刺しても同じである。目を大きく見開いて皿の上を見る
のだが、そこには確かにあったはずの料理が綺麗さっぱりなくなっていた。父は頭の上に
クエッションマークを3つほど浮かべて何が起こったのか考えていた。
 そんな父の様子を見て、少年は少女の方をちらっと見る。すると、少女は男らしい顔で
父の様子と、少年の視線を気にした表情を作っていたが、満足そうな口許にはご飯粒なん
かがついていたりする。
(グ、グゥのヤツ、オレの気持ちをわかって?保険医をからかってくれたのかな)
 少年は少女の隠れた暖かさに気づいて心が和む感じがしたが、しかしすぐにその考えを
改めた。なぜなら、少女の瞳の中で一組の男女がたった今グウが飲み込んだ料理を美味し
そうにいただいていたからだ。
 少女は少年と一瞬視線があって、すべてを見透かしたようににやっと含み笑いをした。
 ポロっと掴みかけの沢庵をテーブルの上に落とした。




あとがき
いったい何が書きたいのやらと不調です。(笑)だらだらと長引きそうで困ってしまいそうです。これは天狼星さんのリクエストなんですけど、差し上げられるレベルじゃないですね。進呈するのは別なのにするかもです。なんとなく、ジャングルじゃないんですよ。(笑)

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