何が不幸の始まりかは誰もわからない。
そう、つくづく思う時がどんな時であるかと言えば、
例えば、できもしないのに誰かに手品をせがまれた時とか、
特に、相手が必ずや素晴らしい手品をしてくれるだろうと確信して瞳を
燦燦と輝かせていたとしたら、
それはもはや不幸そのものでしかなかった。
どうしてそんな状況が訪れてしまったのだろう。
それは昨夜、明日香がマジックショーのテレビ中継を見ていたからなの
だが、その時はまさかこんな状況になるとは思ってもみなかった。
明日香がテレビを見ている横では、勇基がつまらなさそうに紅茶をすすって
いた。戒がその時、どこにいたのかと言えば、ちょうど、お風呂からあがってタ
オルを頭からかぶってテレビのある居間を通り過ぎたのだった。
もし、その時、明日香たちと一緒にいられるとしたら。
不幸は訪れなかっただろう。もし、仕事に疲れてすぐに自分の部屋に戻って
寝てしまおうなどど考えなければ。
どうもこういうことらしい。
明日香がなぜ戒に手品をせがむのかといえば。
スプーン曲げ、ひいたトランプの透視、ESPカードの・・○とか△とか☆とか
書かれたカードの全てを当てるマジックだとか、あとは空中浮揚だの帽子の中
から鳩を出すだの・・・明日香が興味を持たないわけがなかったし、興味を持った
明日香が「すごーい。ねぇ、勇基ちゃん、どうやってやってるのかな?お札を燃や
しちゃうのに次の瞬間には元通りなのよ?ねぇ、勇基ちゃんもできるの?」なんて
ことを連発すれば、明日香のなぜなに攻撃に我慢できなくなった勇基が「オレは
知らねーよ。戒なんかに聞けばいいんじゃねぇの?あいつもチョーノーリョク者だし
よ」などと言うのもまた当然である。
かくして勇基の無責任な発言によって、翌日・・今日のことだが、明日香に手品を
せがまれることになったのである。
「えっと・・あの・・・さ、僕は手品とか苦手なんだけど・・・・」
こんなことを言ってみても明日香のしてして光線がかげりを見せるわけがない。
明日香は信じきってしまっているのだ。根拠さえないのだろうが、能力者と手品師が
同じようなものであるということを。勇基の初めの説明が悪かったのかもしれない。
どだい、能力者のことを知らない人間に能力者のことを説明するのに、手品を例に
あげるのは一番、簡単なのだが。
ちらっと戒は勇基を見た。勇基は、戒の苦境などお構いなしにのんきに安楽椅子
にどっぷりと座りながらコーヒーを片手にガルド新聞を読んでいた。
それは確かに戒はスプーン曲げとか、透視とか、空中浮揚とかそういうのができ
たりするけど、それは手品とはまったく別次元で、はたして手品と言っていいのか
困惑する。それ以上に、明日香の目の前で能力を使うことに躊躇いを感じる。自分
の力をひけらかすことも、能力が普通の人間レベルを超えているということも、それ
を白日のもとに晒してしまわなければならないことに苦痛を感じる。
(僕は、何か悪いことしたかなぁ。)
勇基の我関せずという態度は、まるで意地悪のようにさえ感じる。普段から勇基は
意地悪だったが、それとは明らかに種類が違う。勇基は意地悪だが、本当に人を傷
付けるようなことはけっしてしなかった。それほど長い付き合いではないが、それだけ
は戒にも断言できる。
(ん〜、思い当たらないぞ。この前、明日香に料理をさせちゃって、その恐るべき試作
品を勇基が食べちゃったことかな。でもあれは僕の責任ってわけじゃ・・・。)
(あ、きっとアレだ。この前、勇基がマリアと一緒にデートしているところを見て、茶化し
たからだ。そんなことで恨みを持たれても困るよな。だいたい、前日に僕が明日香と
一緒に服を買いに行ったからって・・・断じてデートってわけじゃないのに、イヤな顔
するから。そりゃ、僕は居候だけどさ・・・、でも、別にデートだとか、そういう下心とか
なかったわけだし、実際に何もしなかったわけ・・だし・・僕は・・・。)
あれこれと考えてみるが、結局、何も問題は解決しないのだった。残念なことに。
「そ、そだ、お茶を一杯、もらいたいな・・・」
無駄な抵抗をしてみる。しかし、結果的に半ば成功し、半ば失敗することになるの
だが。
「うん、お茶を煎れてきてあげるね♪焙じ茶でいいでしょ?それまでに手品の準備
をお願いね♪」
「え゛っ・・・・」
墓穴を掘った。明日香が嬉しそうに音速でキッチンに消えると、二つの心配ごとが
できる。それはもちろん、手品であるし、もう一つは、明日香のお茶で生命の危機が
訪れないかどうかということ。
もしお茶で具合悪くなったりとかできたら手品しなくてすむかな。
とか邪な考えを浮かばせたりするのだが、やはり、悪魔に魂を売った方が明日香
の料理で殺されるよりマシということに思い当たる。
(弱ったなぁ・・・)
ここまできて、なにもしないというわけにはいかなかった。戒にしても、別に心当た
りがないわけではなかったのだから。
ゆっくりと、手品のための準備にとりかかった。
「明日香、いいかい?よーく見ててね。コインが3種類、普通のお金だね。この中から
好きなコインを取って・・・そう、優しく握って・・・。『コインが増えろ、増えろ・・』って静か
に念じて。そう、その調子。さぁ、手を開いてごらん。・・・まだ、念じかたが足りないみ
たいだね。また閉じて。『増えろ・・・増えろ・・・・』僕も念を送るよ。『増えろ・・・増えろ・・』
さぁ、コインを僕の手のひらに落としてごらん」
明日香の手を握り締めて、最後に軽くちょんと叩いてから戒は明日香の手の下に手
のひらを見せる。落としての合図に明日香の手が開かれると、やっぱり1枚のコインが
戒の手のひらに落ちた。
「ん〜、恥ずかしがって出てこれないみたいだね。でも、もうコインは増えているよ。反対
側の手を見てごらん」
いつのまにか握り締めていた明日香の手のひらからもコインが出てきた。それを見て
明日香は目をぱっちりと開けて驚嘆する。
「すごーい♪どうやってやったの?いつのまに握らされたんだろ?」
「握らせたわけじゃないよ。増えたコインが明日香の身体の中を通って、左手に移動した
んだよ。
次は、そのコインをこの袋に入れて。これはね、ビスケットが増える袋と同じなんだ。
叩けば叩くほど、中のコインが増えていくよ」
なんの変哲もない小袋を明日香の前に差し出して、初めに中に何もしかけのないこと
を確認させる。そしてコインを2枚中に入れさせて袋をぎゅっと紐で縛る。
「いいかい?ポケット(袋)を叩くよ」
"チャリ、チャリ・・ジャラ、ジャラ"
始めに戒が袋を叩くと2枚しかないコインのこすれあう音がどんどん大きくなってくる。
微笑みながら戒は明日香に袋を叩くように合図する。
明日香が袋を叩く、戒が袋を振る。また叩く、そして振る、叩く、振る、叩く、振る・・と続
けるうちにどんどん袋が膨らんできた。と、同時に、明日香の瞳もどんどん大きく開かれ
る。
「ん〜、もういっぱいコインがあるからこんなものでいいかな。じゃあ、ここからがお楽しみ。
いいかい、よ〜く見ててね」
パンパンに膨れ上がった袋にポケットから取り出したハンカチをかぶせておまじないをする。
「トンピンシャン、トンピンシャン・・・さぁ、ワン、ツー、スリー」
そう言ってカウントを取り、3になった時点で巧妙にハンカチを引き取り、さらに袋も一緒に
ハンカチの中に絞りこむ。
すると、パンパンに詰まっていたはずの袋が戒が絞るのにあわせて細長く潰れ、袋の入り口
から一本のバラが飛び出していた。
「どうかな、ちょっともったいないけど、コインでお花を買いました。さぁ、どうぞ、もらってやって
ください」
戒がちょっとかしこまった仕草で明日香に花を差し出すと、明日香はきょとんとしながらも、袋
から花を取り出した。と、同時に、明日香はやっと不思議がわかって驚いたような、嬉しいような
歓声をあげる。
「すごーい、すごーい。ねぇ、どうやってるの?あたしにも教えてよ。今度、勇基ちゃんにも見せて
あげたいし」
当然、明日香がネタを明かすようにせがむのがわかっていた戒は、ちょっとだけ困った顔を見
せて、こちらのことなど知らん振りでコーヒーをすすっている勇基を見る。
「いや、さ、いちおー、手品っていうのはネタを明かしちゃいけないものだから・・・。うん、今度、
何か別なのを教えてあげるから。ね、それでいいでしょ?」
子供におもちゃを買ってほしいとせがまれた母親のような心境で戒は明日香をなだめる。なん
とか、それでおさまってくれたみたいだ。
「絶対よ!今度の日曜日にでも教えてね♪」
「うん、そうだね、マジックの専門店とかあるから、そこに一緒に買い物に行こうか」
明日香は「うん♪」と一番の笑顔を見せて手品の余韻そのままに階段をかけあがっていった。
(夜も遅いしね。うん、寝てくれてよかったと思う・・・。)
(僕も寝ようかな。)
戒は重圧から逃れてほっと胸をなでおろして1人思う。
(う〜ん、上手くちゃんとできてよかった。こういう時のために、アシュラムに手品っていう必修科目
があったんだな。)
アシュラムにいたころは曳士の茶目っ気かとも思った戒だったが、必要不可欠なスキルだと
思い知らされて、心の中で戒は曳士を見直す。
戒もいなくなって居間には未だに新聞を読みふける勇基の姿があったが、ことのほか戒が上手く
明日香をあしらったのを見て少々、残念そうに舌打ちしているようにも見えた。
同時刻、アシュラムにて・・・。
「曳士、どうしてカリキュラムに手品なんて入っているんだ?」
曳士の執務室で、残業中の・・実際には報告待ちのためにすることなく、紅茶なんかをすすっている
のだが・・曳士と、マキシムがテーブルを挟んでくだらない話しをしていた。
「ん?いやぁ、単なる趣味ですよ、趣味。能力者が超能力が使えたらそれはそれで楽しいでしょう?」
にっこりと曳士が微笑んで言う。
「・・つまり、オヤジギャグのために・・・か」
マキシムが呆れ顔で言うが、今に始まったことではないのであまり気にしない。が、そう言った瞬間、
影ながら曳士の顔つきに若干の冷酷さが加わったように見えた。
「戒君はがんばって習得してくれましたよ。彼も疑問に思っていたみたいですけど、光流ちゃんに見
せてあげたら喜ぶよって言ったら納得してくれました♪マキシム、あなたもどうですか?私を喜ばせ
るためにスプーン曲げでも習ったら・・・?」
曳士の本気か冗談かわからない攻撃に「付き合ってられるか!」とマキシムは唾でも吐きたいように一瞥をくれてやや耳を赤くしながら曳士の執務室を出ていった。
曳士は部屋に誰もいなくなったのを確認してから引き出しの一番下の段から小さな箱を取り出す。
「手品とか超能力とか馬鹿にしちゃいけませんよ」
フフフっと不気味に笑って、曳士は箱の中からマキシムにそっくりな藁人形・・それもところどころ釘が刺さった痕のある・・を取り出した。
あとがき
なんだか無意味な手品シーンが多いですね。もう少し上手に書きたかったです。そして最後の曳士さんが出てくるところなんて・・。キャラ壊れてますがな。反省。
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