マキシム=フェラーは嫌な男だった。
彼を知る者は一概にそう言う。
どう嫌なのかと言えば、筆舌には現せないほど、証言者も嫌そうな顔をする。
曰く、
「自分勝手」
「傷口に塩を喜んで塗り付ける男」
「三度の飯より他人の不幸が好き」
「ヒキヨー」
「スプーンを一度に2本曲げる」
「モミアゲが嫌」
「ワガママすぎる。部下は気苦労で大変」
などなど。中にはマキシムに関して証言を求めようとすると、慌てて荷物をまとめて故
郷に逃げ出す者までいた。
曰く、
「あんな奴とは二度と会いたくない、話題にさえしたいとは思わない。あんた、そんな怖
いことしていると、闇討ちに遭うぞ」
つまり、マキシム=フェラーとはそういう男なのだ。
だが、
「マキシム?可愛い子ですよ」
こうニコニコと微笑んで証言する者もいる。
そう言うのは彼の上司(のような存在)で、彼が唯一、苦手とする存在だった。
それは先生のような、
高校生にしては老けた顔のマキシムと、先生にしては童顔すぎる彼。優しく、にこやか
に微笑む瞳は色付きの眼鏡の奥に隠されていたが、実際には、そんな綺麗な瞳の奥底に、
さらにマキシムでさえ嫌がるような恐るべき性格が隠されているのだった。
煙草の煙を肺から吐き出してマキシムは一息つく。
そこは地下だった。ガルドの地下。
そこに巣くうのは闇に属する生物だった。
ゲリラ、教会、そしてアシュラム‥‥。
マキシムは言うなればコウモリだった。
どちらの世界にも属し、また、どちらの世界にも属さない。闇と光‥‥、いや、闇と、
また種類の違う闇。お互いがお互い、同じ穴のムジナに過ぎないのに、だからこそ憎しみ
あい、殺し合う‥‥。
気楽なものだった。どちらの世界にも属さないということは。
中立、というわけではない。好きな時に好きなだけ、暴れられる。暴れる場所と相手が
ある。それはどちらにも属さない自分にとって、最高の楽しみだった。
ゲリラとアシュラムのダブルスパイ。
根源はアシュラムのスパイであるのだが、だからと言ってゲリラに何も与えないという
わけではない。ゲリラもマキシムがアシュラムのスパイであることは知っている、それは
ごく一部の人間にしか知られていないことだが、だからこそ、逆スパイになって、アシュ
ラムの情報を流してもらっていると思っている。
実際にゲリラの望むままにアシュラムの重要機密の幾つかを盗み出してやったのだが。
結局、自分にとってゲリラもアシュラムもどっちでもいいのだ。
もし状況が状況なら、アシュラムを裏切ってゲリラの手先になるのもいいだろう。その
時は、必ず、アシュラムに引導を渡す瞬間だろうが。
「ここに、アシュラムの新兵器があるの?」
マキシムはゲリラの要請を受けて定期的にアシュラムの情報を流している。今回の情報
は、アシュラムが開発した新兵器を大量に、それも一国を攻め取れるほどの量を輸送する
ものだった。
資金が潤沢なゲリラだとしても、金はあればあるにこしたことはないし、武器も同じで
ある。さらに、この分野で最先端を行くアシュラムの新兵器だとしたら、それは喉から手
が出るほど欲しいものだ。さらに略奪することでアシュラムの力を少しでも削ぐことにな
れば言うことはない。
というわけでゲリラは精鋭を選りすぐって略奪部隊を編成し、マキシムが先導する形で
従った。場所はガルドの閉鎖区域の一つ。
「ああ。アシュラムが開発した兵器、具体的には軽機関銃や対戦車砲、レーザー兵器って
ヤツだな。実戦データを取るためにアシュラムが極秘に紛争の起こっている小国に売り払
うためにガルドの閉鎖区域を隠れ蓑に利用している」
リーダーは別の男だが、副リーダー格でマリアとかいう衿宮のじーさんの秘蔵娘が参加
している。部隊の規模はマキシムも含めて12名。うち能力者はマキシムが把握している
だけで3名だった。
「ここは元々、工業用の重機を生産する工場だったみたいね。兵器を運搬するには都合の
いい場所のようだけど、それにしては‥‥」
「警備が薄すぎる‥‥か」
なるほど。潜入してから今までに出会ったのはアシュラムの警備班の人、わずか3名。
それもやけに呆気なかった。アシュラムにとって銃などの兵器はそれほど重要なものでは
ないのだが、それでも全く無視していいものでもない。何せ能力者は最新式の兵器と比べ
て、威力、精度、機能全てに勝る究極の兵器だがだ、訓練された1人の能力者が1個師団
を軽く壊滅させられるほどの力を持っていたとしても、いかんせん、能力者の数は圧倒的
に少なく、足りない分は従来の軍人で補わなければならない。他にもいくつか理由がある
のだが、この際はどうでもいいことだろう。
「罠‥‥か?」
曳士はマキシムがゲリラにアシュラムの情報を流していることは知っていただろう。だ
が、それを逆用するだろうか?まだ、マキシムも利用価値はあるし、ガルドの壊滅に目処
がついたわけでもないのに?
マキシムは放棄されたままの資材の山に目をやって考える。
「いや、どうやら別の意味があったらしい」
そういった結論を導けたのは、推理の結果ではなく、単に視界にある男が入ってきたか
らだった。マキシムはデカい方だが、その彼の横に立ってもけっして見劣りしない身長と
存在感、廃棄された倉庫には似つかわしくない高級そうな服装に身を包み、色眼鏡の奥か
ら柔和そうな微笑みを見せるのはあの男以外にはいなかった。
「曳士‥‥」
チッと舌打ちしてマキシムは曳士を睨み付ける。どうしてこんなところにいるのか?わ
ざわざ。
「相変わらず目つきの悪い男だな」
吐き捨てるように言う。マキシムでも嫌悪感を抱くほど、曳士の瞳は陰険に見える。他
のヤツなら優しそうなオブラードに包まれた奥の色までは見通せないが、マキシムだけに
はわかるのだった。
「君はいつも欲求不満そうだね」
和やかに(?)話しているのを見てマリアがマキシムを警戒する。そして二人を見比べ
て、いきなりスタンロッドを取り出して曳士に殴りかかった。
マキシムの見るところ、マリアの能力はゲリラでも1、2を争う。護身用程度の威力し
かないスタンロッドではあるが、マリアは力をロッドに通して岩をも砕くほどの威力に昇
華させている。ロッドに溜めきれなかった烈火のような稲妻が空気中に放電されている。
いくら曳士が化け物とは言え、あれを喰らってタダで済むわけがないと思うのだが‥‥。
「おや、物騒なお嬢さんですね。勇ましいのは結構ですが、礼儀はわきまえてもらいたい
ものですね」
余裕でマリアのスタンロッドを受け止めて微笑んでいる。ロッドからは有り余ったエネ
ルギーがバリバリと放電しているのだが、曳士にはダメージを与えていないようだった。
どういう仕組みかはわからないが。
マリアは必殺の一撃が無効化されて驚愕する。そして反撃を恐れて速攻、距離を取るた
めに離れたいのだが‥‥、やはり曳士は馬鹿みたいな力でロッドを掴み、マリアを放して
くれない。それならと、ロッドを手放してマリアは大きく後方へジャンプした。意思のな
くなったロッドからは急速に力が失われ、カランと地面に落ちる。
「マリア。こいつは俺が引き受ける。あんたは他の連中を引き連れて目的を果たせ」
危機感を持って、ではなく、余裕を十分にとってマキシムは顎で命令する。部隊の隊長
と他の隊員たちは能力者の強さを目の当たりにして腰が引けてしまっている。マキシムの
命令は渡りに舟のように見えた。マリアもさすがに曳士には敵わないと見て静かに頷く。
整然とマリアたちは先へ進んでいった。角を曲がって別の部屋に入る。だだっ広い空間
に取り残されたのはマキシムと曳士だけだ。
二人が、ゆっくりと向き合う。
「鷺宮、何しに来た?あんたほどの大物がわざわざ来るようなヤマじゃないだろ?」
マキシムは嫌悪感を剥き出しにしながらも、以外に冷静に、懐から煙草を取り出して能
力で火をつけ、一服した。
「僕にも一本、くれるかな?」
いきなり戦闘を始めるわけもなく、二人は向き合っている。曳士の申し出にマキシムは
少し間を置いてから曳士に近づいて、そして煙草を差し出す。曳士はマキシムの差し出し
た安い煙草の箱から一本取り出すと、口にくわえる。
「ありがとう」
マキシムがチカラ能力を使って曳士の煙草の火をつける。煙草の甘い香りを肺いっぱい
に満喫して、フーっと一気に白い煙を吐き出す。その様子をマキシムは無言で見守ってい
た。
「あまりいい煙草を吸ってませんね。別に安いからって健康に悪いってことはありません
が、もう少し給料を上げてあげてもいいかもしれませんね」
「‥‥‥‥‥‥」
曳士の真意をマキシムははかりかねていた。食わせものだからどうせロクなことではな
いのだが、それでもやはり不安には思う。
「たいしたことじゃないんですが。最近、運動不足なのでちょっと身体でも動かそうと思
ってね。それ以上に、冬のボーナスの査定もしなきゃならないんですよ。中間管理職って
辛いですね」
急激に、曳士の殺気が膨れ上がる。曳士が持っていた煙草の伏流煙が意思を持ってマキ
シムにまとわりつく。
「くっ‥‥」
くねくねと鞭のようにまとわりついた煙は信じられないほど強固でマキシムを拘束しよ
うとする。腕力で抜け出そうとしてもそうした類のものではなかったようだ。能力を力の
波に変えて、煙を吹き飛ばす。残ったエネルギーを手のひらに集めて、球状にして曳士に
向かって投げつける。
「ドレインじゃないんだね」
それほどの威力を込めたわけではなかったが、マリアくらいなら十分に脅威になる力は
あったはずだが、曳士には簡単にいなされてしまう。それも、優しくふわっとエネルギー
球を包み込む動作をして力を完全に押さえ込んでしまったのだ。
「あまり暴れないでほしいね。ここはアシュラムの施設なんだ。訓練施設と違って破損箇
所を工作員を派遣して堂々と直すってわけにもいかないしね」
イケ好かないが、曳士の強さを認めないわけにはいかなかった。マキシムにとって上司
のような存在で、目の上のたんこぶ。基本的に自分のことは全て曳士は知っているし、逆
にマキシムは曳士のことをよく知らない。力も経験も曳士の方が上。能力の特殊性という
ことでは、さすがに曳士もドレインは使えないはずだったが、それがはたして切り札にな
るだろうか?
「フン、知ったことか」
とりあえず先程とは変えて渾身の一撃を込めたエネルギー球を曳士に向かって放つ。未
だ、接近して戦った方がいいのか、今みたいに距離を取って警戒しながら戦った方がいい
のか。能力者同士の戦いに慣れているマキシムだが未だに迷っていた。訓練では、自分よ
り弱い相手とは接近して戦うようにしている。相手が未知の存在であったり、実力が同等
なら距離を取って様子を見ながら、相手が明らかな格上なら逆に接近して戦って活路を求
めた方が良い。アシュラムで習ったことだが、曳士はそのことをお見通しのはず。裏をか
くにはどうしたらいいのだろう。
マキシムの最大限の力を込めた一撃も曳士に簡単に力を奪われてしまった。それなら次
は力を消されないように無数のエネルギー球を四方八方に放つ。だが、その全ても曳士の
前には無力だった。
もちろん、そこまではマキシムも覚悟していた。そして狙いは別の所にあったのだ。曳
士の意識をわずかでも分散させた瞬間、曳士の背後に転移して奇襲する。
「プラス1万円ってとこかな」
クスクスと笑う。完全に不意を突いたはずだったのだが、曳士の予想の範囲内だったら
しい。マキシムの力を込めたパンチを力の向きを変えることでかわし、身体を浮遊させて
適切な距離を保つ。
マキシムの方としても、そこまでは予想済だった。体勢は崩されたものの、光弾を撃ち
だすのには何ら不足はない。50を超える小さな光の弾を生み出して曳士に向かって突撃
させる。そして、そこまで防がれることも承知で、最後の切り札、ドレインを放つ。
全部を合わせれば、神龍がガルドを蒸発させた威力に迫るものがあるだろう。さすがの
曳士も全てを今までのように力を殺して消滅させるのは不可能だった。なら、防御か回避
をしなければならないのだが‥‥。
曳士は防御を選んだ。密度は高いが範囲は小さい敷きつめられたほどの無数の光から身
を守るためにドーム状の不可視の障壁を作って防御する。一つの光弾が防壁ぶぶつかって
爆発し、膨大な熱量を生み出す。またそれが他の光弾に連鎖反応を起こし、乗算的に負荷
が高まっていく。
それでも、曳士の防御壁は難攻不落を誇った。防御壁の外側は相当な温度になっている
と思われるが、防御壁の内側は涼しいものだった。熱と煙とエネルギーで視界は極端に悪
くなったが、この防御フィールドを敷いている間は曳士は全ての攻撃から身を守れるはず
だった。
だが、マキシムの放った光弾のエネルギーのちょうど真ん中から、ブラックホールのよ
うな物体が突き抜けてきて、曳士の顔色が変わる。全てを飲み込み徐々に肥大化する暗黒
の球体は曳士の防御壁にぶつかっても、消失するわけでなく、逆に曳士の防御フィールド
の方が砂糖のように溶けてしまっている。全てを飲み込んでマキシムのドレインは攻撃力
を増して曳士に襲いかかってきた‥‥。
力を防御に使ってしまったために、曳士は回避も迎撃もできなかった。仮に迎撃ができ
たとしても、恐らくマキシムのドレインに吸収されてしまうのは明白だったが。
「っあ‥‥」
曳士は悲痛な顔をしてマキシムのドレインに飲み込まれた。馬鹿デカすぎる曳士のポテ
ンシャルを信じられない速度でドレインが吸収し、肥大化していく。半径10メートルも
の球状に育ったブラックホールは、辺りの資材と床も飲み込んで、さらに肥大化していっ
た‥‥。
そして全ての能力を吸い取って、ブラックホールは元の宇宙へ戻るはずだった。
マキシムの予想通りに、ブラックホールは消失し、気絶した曳士がどさっと床に崩れ落
ちる。
「思ったより、弱かったな‥‥」
もう安全だろうと、マキシムは倒れている曳士の傍に近づいていく。近づいて、曳士が
気絶しているのを確かめるために、足で踏む。
「ったく、いつもいつも自分が最強ですみたいな顔しやがって。ボーナスの査定だと?こ
れで俺のボーナスは倍額決定だな。それとも、ここで殺しておくか?」
非道なことをするが、それがマキシムだった。今までの積年の恨みを込めてあと2、3
回蹴っておきたかったが‥‥。
「地面を蹴るのがそんなに好きなんですか?」
急に、曳士の声が別の方向から聞こえてきた。そう言われて初めて気づいた。曳士のキ
ャパシティからすれば、ドレインで吸収した分があまりにも小さすぎる。あれはだいたい
神龍とかいうガキから吸い取ったのとほぼ同じくらいの大きさだった。と、急に右腕がね
じ切られるような感覚を覚えた。
「うがっ‥‥」
「途中で逃げたんですよ。それでも、力の多くを吸い取られちゃいましたがね。ボーナス
倍額にしてあげてもいいですけど、僕を足蹴にしたのはいただけませんね。ちょっとお仕
置きしておきましょうか」
曳士はマキシムから8メートルほど離れた場所で、資材の山の上に足を組んで座ってい
た。そこから遠隔操作でマキシムの腕をねじ上げ、そして地面に突き伏せた。
「曳士‥‥遊びやがって‥‥‥‥」
マキシムの屈辱的な視線が曳士を飲み込む。が、曳士には魚に水をかけたようにすぎな
かった。懐から葉巻を取り出して、一服してマキシムが土下座させられているのを楽しん
でいる。
「いい運動になったよ。やっぱり、アシュラムの頭の堅い連中を毎日相手にしていると肩
が凝ってね。これからも相手にしてくれると嬉しいよ」
そう言って、マキシムの腕をねじ上げる力を強める。マキシムのがうめき声をあげて顔
を歪めた。
「けっ、あんまり余裕をこいているといつか足元を救われるぞ」
それは負け惜しみというやつだったが、曳士には少々の心当たりがあるようだった。
「戒にかな?」
そう思って曳士は苦笑する。自分が育て上げたという意味では、マキシムよりも戒の方
に当てはまる。理想の戦士としての教育はしてあるのだが‥‥、それだけではマキシムと
同様に自分にとって脅威とはなりえなかった。
「そうそう、腕の一本くらいもらっておこうか」
別に能力者にとって腕を折られるくらいはなんでもないことだったが、それでも激痛く
らいは走る。もう一段階力をあげようとしたら、曳士は軽い目眩を覚えた。
「思ったより力を吸収されていたらしい」
わずかながら力が緩んだ隙に、マキシムには逃げられてしまった。さすがに、また向か
ってくる度胸はないらしい。今はもう廃工場には誰もいなかった。先程から透視してもい
たのだが、マリアとか言ったか、ゲリラの連中は目的の武器を回収して撤退している。
目眩がした瞬間に思わず落としてしまった葉巻の火を消してから、曳士も廃工場から文
字通り消えた。
後には戦いによってもたらされた傷だけが残っていたが、それが他人の目に触れること
も、修復されることもなかった。
あとがき
マキシムと曳士さんです。好きなキャラなんですけど、なんか嫌われ者みたいに書いてますね。(笑)
もっと暴れさせてあげたかったですけど・・むむむ。次回の課題ということで・・。(もっと曳士さんの強さを引き立てたかったです)
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