1月1日、元旦、晴れ着。
2月14日、聖バレンタイン、チョコレート。
4月初旬、桜と新学期。
7月7日、七夕、お願い。
8月中旬、お盆、盆踊り。
11月、収穫祭、食べ放題。
そして12月24日、クリスマスイブ‥‥。
年頃の想いを持ち合う男女のイベントの中でも、間違いなくクリスマスは重要で、神聖
なものであると考える。
殿方にとってバレンタインが告白される日だとしたら、その他のイベントはデートを楽
しむ日であるといえよう。
しかし、クリスマスだけは、他とは全てが異なりえる。
もし、それまで男女の仲が自らが、お互いが望む形になりえていないとしたら、
契機であるとか、契約をすることとかには最も適した日だろう。
実直に言ってしまえば、初めての口づけとか、初めての夜であるとか。
しんみりと雪が降りしきる中で、楽しげな、しかしどこか物悲しいジングルベルと、明
滅するイルミネーションを背景として、恋しあう二人が柔らかな唇の感触やほんのりとし
た肌の感触を肌で味わうというのも今日ほど素晴らしい日はない。
生憎と少年はそんな聖なる夜を経験したことがなかったが、それを夢見るには十分なく
らい純情だった。
それは異性と付き合ったことがない者だけの特権と言えるのかもしれない。
実際はそんな素晴らしいものでもなければ、一方的に理想を押しつけてしまった末に苦
々しい経験になってしまうことも少ないわけではない。
だが、少年はまだそれを知らない。それは男女経験がないからでもあるのだが、だから
と言って非難されるべき理由も、鼻で笑われる故もない。
同居人に言われてクリスマスのための買い出しをしに街に出てきたのだが、まるで少年
の心の合わせ鏡であるかのように23日の夜は前日とうってかわって急に冷え込みだし、
雲行きを眺めると今にも雪が降ってもおかしくない。
そんな都合のいいシチュエーションを想うと、つい密かに、自分でさえ意識しなければ
気づかないほどほのかな想いを寄せるあの娘の笑顔を思い出す。
だが、ジングルベルが鳴り響く夜の商店街で一抱えの荷物を抱えるだけで、隣にいるべ
き異性もなく孤独な状況を思うと、雪の降る聖夜が少し寂しく、また恋い焦がれるように
さえ思え、ため息をつくかのように真っ白な息を吐き出した。
闇夜を見上げる黒い瞳が潤むように光る。
羽のような雪が、ふわりふわりと舞い降りつつあった。
絶好のクリスマスが訪れようとしていたが、少年は足早に家に帰って行った‥‥。
「ただいまー」
少年の名前は戒と言った。柔らかそうな黒髪とはっきりとした黒い瞳の優な年頃の少年
だった。アシュラムという箱庭に長い間いたことから、年齢相応以上に幼く見えるかもし
れない。意思は想像以上に強い所があったが、それが表に出てることは滅多にない。どち
らかといえば、いやどこにでもいる見栄えのいい優柔不断な男の子だった。
「ただいま」と言った所で、戒はほっと息をついた。篤川家独特のえも言えぬ心温まる
空気に寒空の中、体の芯まで冷えきった心が綻んだのかもしれない。
「遅い」
ダイニングキッチンからひょっこり廊下に顔を覗かしたのは戒にとって小姑のような男
だった。勇基。彼に言いつけられて買い物に行ってきたのだ。買ってきたのは明日のため
のケーキのデコレーション。注文しておいた七面鳥に、それに部屋を飾るきらびやかな小
道具多数だ。勇基は料理の最中だったか、青いバンダナのような三角巾を付け、手には菜
箸とボールを持っていた。
「ったく、お使い一つ満足にできないのか?たかが近所の買い出しに何十分かけてやがる
んだ。おかげで生クリームが固くなっちまったぞ」
ブツクサ言うのは勇基の日課のようなものだった。少なくとも、戒の記憶では一日一回
は何かしら文句を言われている。それは勇基のストレスの捌け口になっていると言ってい
いのかもしれないが、単に口が悪いだけな気もする。
「ごめん‥‥」
生クリームが固くなるほど攪拌しなきゃいいじゃないと思うが、口にはしない。あまり
能無しのように言われることは本意ではないが、だからと言ってここで突っかかったとこ
とで意味はこれっぽっちもない。それに、戒には他に用事があったのだ。勇基にはあまり
知られたくないことなのだが。下手に言い争って藪蛇になるのだけは避けたい。
「さっさとこっち来いよ。頭に雪が積もってる。ったく、早く帰ってくれば雪は降らない
って言ったのによ。それじゃ身体が冷えきっちまっただろ。風邪ひかないうちに風呂でも
入ってろ」
「あ‥‥うん。ありがと‥‥」
そう口が悪いだけなのだ。心の底の方ではちゃんと気をつかってくれている。それは誰
に対してでもなのだが。だが勇基は自分がはっきりと優しいことをすることも、優しいと
思われることも好きではないのだ。そう最近では考えるようになっている。
“かっしゃーん”
と、台所の方でなんだか陶器が割れるような音がした。同時にもう一人の同居人の悲劇
的な悲鳴が響きわたった。
「あん?どうなってやがるんだ。あいつ、キッチンには入るなとあれほど言ったのに、余
計なことばかりしがって‥‥」
勇基は被害がこれ以上広がらないうちに慌てて明日香の救援に向かった。台風のように
ぱーっと来て、またぱーっといなくなってしまった。取りのこれさた戒は篤川家の日常茶
飯事に頬を緩めながらバスルームに向かう。と、その前に買ってきたものを勇基に渡さな
ければならない。渡すのを忘れていた、いや、渡す機会がなかったか。
進路変更をしてキッチンに向かうことにする。
キッチンでは、予想どおりの光景が目の前に広がっていた。
明日香、勇基の妹(血は繋がっていないが)は一言で言えば小柄で蜂蜜のような愛らし
い顔が象徴的な、初対面なら誰もが可愛いと思う少女だった。少々、いや、かなり天然で
そそっかしい所があったが。それさえも、美点に思えるほど、彼女は可愛い。もちろん、
初対面であるのなら。
その明日香がどうやらキッチンでお皿を落として割ってしまったようだ。幸い、勇基の
作った料理の皿ではなく、何も乗っていない皿だったので被害は比較的少なく済んだが、
それでも飛び散った破片がキッチン中に飛び散っているのは疑うまでもない。明日香はお
皿を割ったことで混乱し、右往左往していたが、問題を解決していたわけではなかった。
「お前はあっち行ってろ!」と勇基に一喝される。しゅんと反省するわけでもなく、叱ら
れた猫のようにちょっと驚いた顔をしてこっちに来た。
明日香とすれ違う。
「勇基、買ってきたもの、何処に置いておく?」
「ああ。その辺‥‥そうだなぁ、ダイニングのテーブルの上にでも置いておいてくれ」
たいしたものが入っているわけではないが、蜂の巣を引っ繰り返したようなキッチンの
勇基が作っている料理で占拠されている狭いテーブルの上に置いてわざわざ被害のタネを
蒔く必要もないと思ったのだろう。視線をひとまわしして戒の後方のソファーの前のテー
ブルに目をやった。
「わかった」
抱えた荷物を指定されたテーブルの上に置く。明日香は興味津々と中身を探ろうとして
いるようだった。と言ってもやはり七面鳥とか、飾りつけとかそんなものしかない。明日
香にとってはそれでも楽しいクリスマスの演出なのだから触れるだけで楽しいのだろう。
だが勇基に叱られたばかりなこともあって(勇基に食材に触れることを禁止されていた。
もちろん、飾りつけもぐちゃぐちゃにされるという理由で禁止されている)自重している
ようだった。
「ん‥‥楽しみ、だね」
クリスマスに家族でこじんまりと楽しく過ごすのは篤川家の恒例行事といえた。勇基は
見かけによらずこういった儀式‥‥家族の親和を深める行事には熱心だった。それが何故
であるのか。詳しくは知らないが、勇基と明日香の間には傍目から見て兄妹以上の不純な
関係や動機なんてなかった。もしかしたら、勇基もそうなのだが、孤児である明日香に人
並みの家族というものを味わせてあげたかった親心からかもしれない。勇基は例外なく、
明日香も自分もクリスマスとかは必ず家族と一緒に過ごすようにさせていた。恋人とか好
きな人がいたとしても。
対する戒の方は、アシュラムでも一応、クリスマスとかのパーティはあったが、どちら
かと言えば学校行事‥‥は言い過ぎか。大規模なパーティが開かれるだけで、こういった
個人的な、厳密に言えば光流とふたりっきりのクリスマスというものも久しく体験してい
なかった。いつも神露と曳士がパーティテーブルの隣にいたような気がする。ホームパー
ティのようなものは本当に久しぶりで、ジャガイモのシチューのような香りがする。
「くしゅん!シャワー浴びてくる‥‥」
幸せな気分に浸っていると、急に冷えが身体を襲ってきた。戒は足早にリビングを後に
すると、さっと着替えを用意してシャワー室の中に消えた。
続く
あとがき
短いです。(汗)む〜、前編は前置き編ということで〜。(〜でじゃない)後編は波乱必至だと思うのですが、はてさてどうなることやら。クリスマスも再来週ですし、問題ないですよね。(あるって)
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