お正月その2
「オレってツイてないのかなぁ」
 つい、愚痴をこぼしたくなる。
 それもそうだ。何が楽しくて正月早々、陰気臭い男と一緒に下水道なんかを徘徊してい
るんだ?
 相も変わらずカネがないってこんなにも辛いことなのかとは思ってもみなかった。
 それもこれも全て明日香のやつがいけないんだ。
 何を張り切ったか、ジュマなんかにそそのかされておせち料理なんか作りやがって。俺
が仕事で外に出ていたのがマズかったんだ。せめて戒くらいは家に置いておけば‥‥。い
や、オレじゃなく戒に仕事を押しつければよかったんだ。そうすれば、正月早々、こんな
馬鹿みたいなことしなくてすんだんだ。
 疲れて家に帰ってきたと思ったら、いきなり大爆発。お気に入りの包丁セットがその他
大勢の瓦礫と一緒に俺の前に落ちてきた時は本当にどうしようかと思ったことだ。何の因
果か、大晦日と新年を天井に天然プラネタリウムを装備した風通し抜群の家で過ごさなけ
ればならなくなったのだから。
 それどころか、今日、期日の支払いがいくつもあったのだ。振込がめんどいから家に金
を取りにきてもらうはずだったのだが、その用意してあった金もどうやら爆発と一緒に吹
き飛んだらしい。借金取りもこの惨状を見たら少しは同情してくれるだろうか。
 そう思ったが、現実は当然のように厳しい。借金取りの連中はこの惨状を見て借金をチ
ャラにするどころか、慰めの言葉一つもかけずに黙々と焼け残った紙幣を探して領収書だ
けを残して去っていきやがった。
 普通はお見舞金くらい置いていくのが普通じゃないのか?
 爆発のおかげで金も吹き飛んでしまったし、預金なんかも生憎、ない。クリスマスでガ
キどもに大盤振る舞いしすぎたために。
 というわけで、正月を過ごす金もなくなってしまったので、正月早々から仕事なんかし
ているわけだ。
「正月なんだから簡単に終わる仕事にして、いただいた金で豪勢にホテルで正月でものん
びりと過ごすか?うん、この精密機器の運搬が楽そうでいいな。前にここから仕事をもら
ったこともあるし、安全だろ」
 なんて安易に考えたのがよくなかった。依頼人から報酬を前金で貰い、それと仕事の精
密機器‥‥中身は最新型のコンピューターチップがどっさり‥‥が入った頑丈な黒いアタ
ッシュケースを受け取った。行き先はアークレイホテル。そこに某企業の開発担当者なる
ものがいて、そいつにケースを渡す。
 仕事自体は簡単なものだった。危険なんてこの仕事に関していえばこれっぽっちもない
し、もちろん、オレに依頼が来るのだから、安全な仕事でなく、企業同士の裏取引ではあ
るのだが、鉛の弾とかが飛び交うような危険なものじゃない。
 じゃあなんで下水道なんかをゴキブリのようにはい回っているのかと言えば、それはこ
のアタッシュケースのせいだった。なぜだかどうしてだか同じホテルで同じアタッシュケ
ースで同じ時刻に武器の取引があったらしい。どこぞの組織同士の取引だったから、こっ
ちは危険度120パーセントってものだ。なぜだか勘違いされて、敵対する組織に妨害さ
れて殺されそうになって、逃げ回って、んで下水道に今現在、いるのだった。
「かぁーっ、ネズミの気分がよくわかるようになったよ」
「しっ!あんまり大きな声を出すと奴らに見つかる」
 最近のネズミはガルドのネズミでも成人病に困っているとか言われてるが、食べ物はと
もかく、こんなじめじめじとじと薄暗い所に住み着きたいとは思えない。
 平和な正月、何も事件もなく、明日香もおとなしくしていて、オレの作ったおせち料理
をのんびりと食べる。給仕(戒のことだ)もいることだし、後片付けは任せて長いだけで
意味のない正月番組でもソファーに座りながら見る。それはどこに行ったんだ?
「おい、見つけたぞ!こっちだ。殺せ!」
 ちっ。もう見つかりやがった。って、さっき声を出したからか?きっとそうだ。戒がデ
カい声を出すから‥‥。
 やけっぱちな八つ当たりをしてごまかそうとする。だが、敵はもうすぐそこまで迫って
きている。
 誤解だ‥‥とか言っても聞き分けがない連中なのは軍人と一緒だ。そういった連中と相
性の悪い勇基だが、だからといって仲良くなる努力をしたいとも思わない。とりあえず、
逃げなければならない。
「おい、戒。何人くらい追ってきているかわかるか?」
「無理‥‥」
「ったく、役にたたんやつだ。こういう時に使えなきゃチョーノーリョクの意味がないだ
ろうが」
「ヒトを万能探知機みたいに言わないでほしいんだけど。僕にだってできることとできな
いことが‥‥。この下水道の中には20人ほどがいるけど、追ってきている人数なんてわ
からないよ」
 20人。そんなのオレだってわかってるよ。追ってきた人数を下水に逃げ込む前にちら
っと見たのだから。ったく、使えない‥‥。
 やはり戒を罵倒しても始まらない。わかっているのは最大20人の話の通じない相手が
いて、さらにそいつらがオレたちの命を狙っているということだ。狭く、障害物のない下
水道で撃ち合いをしたところで数の多い敵の方が有利なのは言うまでもない。さらに装備
だって、驚いたのだが、たかが運び屋を殺すだけにサブマシンガンまで持ってやがる。こ
ちの武器は拳銃が2丁。こんな豆鉄砲じゃ相手にもならない。
 ダイハードじゃあるまいし、なんで正月にオレが厄介ごとに巻き込まれなきゃいけない
んだ?オレは映画の主人公になった覚えはないぞ。
 “パンパン”“チュンチュン”と敵の無闇やたらな発砲が後方から聞こえる。贅沢なこ
とで。と思うが、万が一当たったりでもしたら不幸すぎる。
「戒!こんなやつら相手にしてても埒があかねぇ。とにかく、荷物を届けないわけにはい
かない。二手に別れて追手を撒いて、1時間後にホテルで待ち合わせな。無線は持ってる
よな。何か緊急の連絡があったらそっちに」
 ちょうど道が別れている所で戒と別々に行動することにした。これなら追手を分散させ
られるし、もしかしたら、戒の方に全員、行ってくれるかもしれない。
 しかし、勇基は3歩走った途端、急に立ち止まって壁側の暗がりにぴたっと身を寄せて
潜んだ。
「おい、下水が別れているぞ、どっちだ?」
「こっちから足音が聞こえる。きっとこっちだ。急げ」
 4、5、6人か。初めに4人が追ってきて立ち止まり、話し合った末に戒のいる方向へ
進んでいった。遅れて2人が同じように後を追う。その後は誰も来る気配がない。
「頭脳の勝利♪厄介ごとは全部戒に押しつけてオレは仕事でもさっさと終えようかな」
 アタッシュケースに軽くキスをして勇基は自分の道を進もうとした。
 戒は強いし、あの程度の相手ならなんとかなるよな。
 そう思いながら、次の瞬間には戒の道の方へ進んでいた。
 これで挟み打ちになるし、戒なら気づくだろう。
 なんていう考えが、後になってすごく甘いということに気づかされるのだが‥‥。

 全員、なんだかこっちに来たみたいだ。
 戒は下水を走りながら、後方の様子を探った。
 まさか、勇基にハメられたかな。
 そう思ったが、すぐに思いなおした。アタッシュケースは勇基が持っているのだ。この
まま追手を引きつけてさえおけば、それでいいかもしれない。
 でも‥‥。
 下水って臭いし汚いから苦手だ‥‥。
 逃げ回るのもそろそろ飽きてきた。勇基がいないのだったら、別に戦うのを避ける理由
もない。本人に聞かれたら殴られそうだけど、足手まといもいないことだし。
 戒は立ち止まって追手が追いつくのを待った‥‥。
「へっ、観念したか。それより、もう一人のヤツはどこに行った?足止めか?」
「いや、武器も持ってないし、投降かもしれないな。そんなので許されると思ったら大間
違いだけどよ」
「さぁ、両手を壁に突いて立て。殺されたくなければな」
「おい、聞こえないのか?殺されたくなければさっさと言うことを聞け」
 戒は追手の言葉を無視していた。そしてめんどくさそうに、背中に隠しておいた拳銃を
構えた。
「なっ‥‥!」
 まさか堂々と銃を構えられると思っていなかった追手たちに動揺が走る。だが、それは
追手の半ば暴走気味の銃撃を誘うだけだった。1秒間に何百発と発射するサブマシンガン
を4丁。合計一千発を超える鉛の弾が戒を襲った。
 だが、その全てが戒を貫くことはなかった。信じられないことだが、戒の目の前にある
不可視の壁か何かに阻まれてそれ以上進むことができなかった。次第に力を失ってパラパ
ラと弾が地面に落ちる。
「の、能力者?」
 戒は少しだけニヤっと笑った。示威行為は敵の士気を削ぐ最も効果的な方法だった。敵
の最大の攻撃を無効化したら、いったいどういった手段が残されているのだろうか?
 敵を傷つけることなく撃退する方法だが、実際に手段がないわけではない。勇基ならそ
れに気づいたのだろうが。
 敵の士気が音をたてて崩れていくのが戒にもわかった。明らかに敵の目には恐怖が浮か
んでいるし、それだけ能力者は社会に恐れられてもいる。
 武器を放り捨てて、とまでは行かないが、誰が早かったか一人が元来た道を逆戻りして
逃げていけば、後を続かない者がいないわけがなかった。戒はそれらを見てやっと一息つ
いた。
「始めからこうすればよかったんだよな。勇基の方は安全だろうし、こっちもホテルに急
ごうかな」

 ちょうどいいところで戒が奴らと戦ってくれてると、うまく挟み打ちできるんだがな。
 勇基は期待しながら後を追いかけるが、しばらく走っていると、前方から走ってくる集
団に気づいた。気づいたらすぐに出現し、なんだか逃げ帰ってきたように思えるが、オレ
を見たら一瞬で獲物を狩る顔つきに変わった。
「おい、なんで後ろから来るんだ?」
「知るか。だが、好都合だぜ。逃げ帰ったなんて知られたら殺されちまうよ。でも見ろよ
こいつはちゃんとケースを持ってる」
「まさかこいつも能力者ってことはねぇだろうな?」
「それはねんじゃねぇの?銃を持ってるし、まぁ、こっちから試しに撃ってみればわかる
ぜ」
 こっちはなんで前から来るんだよって文句を言いたいが、どうやらそんな状況じゃなさ
そうだった。いきなりマシンガンを構えて、一人がぶっ放してきた。
「げっ‥‥」
 逃げる場所ないじゃん。弾除けになる所もないし。戒はなにやってるんだよ。つーか、
殺す。
 足元に弾が跳ね返って泡を食って逃げ出す。闇雲に銃を撃って牽制するが、あまり意味
はなさそうだった。雨のような銃弾が勇基に降り注いだ。
“パンパン”
 走りながら、後ろを振り向いて敵の手に持っている銃を狙撃する。そんな曲芸のような
ことをやらなければならない。しなければ‥‥遅かれ早かれ蜂の巣になる。
 グロック18を片手で持って肩ごしに狙いを定める。よ〜く狙って‥‥引き金を絞る。
“ぱん”
 ヒット!戒なら朝飯前だと思っていたが、オレもなかなかやるじゃん。とりあえず1人
は戦闘不能にできた。この調子でいけば‥‥。
 調子は予定。予定は新たなる不確定要素によってあっさりと覆された。すなわち、
“どたどたどた”
「おい、どうした!?奴らを捕まえたのか?」
 慌てて急ブレーキをかけて、立ち止まる。前には進めなくなった。なぜなら、残りのざ
っと14人が目の前から大挙して現れたからだ。ぱたっと目が合う。向こうも驚いたよう
だが、こっちは頭を抱える。
 あちゃ〜。挟み打ち‥‥か。
「さぁ、無駄な抵抗はやめておとなしくケースを渡してもらおうか」
 19丁のマシンガンを前後から突きつけられて、勇基は観念した。両手を上げながら、
それでも最後の手段を考えている。もし、逃げられなければ、間違いなく殺される。
 う〜、戒のヤツ、化けて出てやるからな!
 狭い下水道。逃げ道はない。足場の狭い通路にいるが、横には文字通りの下水が流れて
いる。もしそこに飛び込めば‥‥。
 年明け早々、風邪引きは間違いなしだな。
 銃を捨てるフリをして勇基は下水の中に飛び込んだ。その後で奴らが悔しがって下水の
中に発砲するが、命中することはなかった。

 1月2日。
「くしゅん‥‥」
 あ〜、アタマいてぇ〜。
 勇基は布団の中で鼻をかみながら言葉を吐き捨てた。
 あれから、なんとか依頼を果たし、とりあえずホテルで人並みの正月を過ごせることに
なったが、やはりというかなんというか風邪をひいてしまった。
 それはまぁ、酒を飲みすぎてロビーでお腹を出して寝ていたからではあるのだが、だか
らと言って健康の人間が憎くないわけじゃない。
「勇基ちゃん、ホテルの人にお粥作ってもらったよ」
 明日香が食べ物を運んできた。さすがに気がきいたホテルで七草粥だったりするのだが
この場合はかえって恨めしい。オレはちゃんとしたメシが食いたいんだ。
「熱いから私が冷ましてあげるね」
 はふはふと匙に息を吹き掛けている。
「明日香、んな冷まさなくていいっつーの。自分でできる」
「えーっ!だめだよ。火傷したら危ないし。はい、あ〜ん♪」
 オレは赤ちゃんじゃねーんだぞ?
 そんな勇基の心の叫びが聞こえてきそうである。
 その横でそんな兄妹の微笑ましい光景を目にしながら笑いを堪えているのが戒だった。
「そうそう、明日香の言うことを聞いた方がいいよ。病人なんだし」
 誰のセイでこうなったんだ!と恨めしい視線を戒は丁重に無視をした。
「そうだ、明日香。戒のヤツに正月の特別料理を味合わせてやってくれ。汁粉だろ、栗金
団に、黒豆。フルコースだ。きっと戒のヤツ、涙をこぼして喜ぶぞ」
 げっ!っと戒は勇基の反撃にこの世の終わりのように青くなる。
「でも、戒君、甘いの嫌いなんじゃ‥‥」
「大丈夫、大丈夫。せっかくの正月料理を明日香一人ぼっちで食べさせるほど薄情じゃな
いものなぁ?」
「う‥‥うん‥‥」
 テーブルの上には、まだ手をつけられていない山盛りのおせち料理がそのままの姿で残
っていた。さすがに明日香一人じゃ食べきれない。
「勇基ちゃん、今年もよろしくね♪」
 明日香に雛鳥よろしく餌づけされる中、勇基は当初の予定通り、寝ながら正月番組でも
見ることにだけは、成功したのだった。





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