バレンタインヒステリー2
 目が覚めたとき、戒は異変に気がついた。  いつもの篤川家の、いつもの自分のベッドなのだが、なぜだか知らないが、わずかなが らの違和感を覚えた。  一瞬、敵でも侵入したのかとも思ったが、それにしては、殺気などはどこにもない。で は、気のせいなのかと問われればそれも違う。断定できる。なにかが、いつもと違う。  そわそわ、ざわざわとした空気。どうも落ちつかない。それは自分の感情ではけっして ない。自分はいたって冷静、普通だった。戒を取り巻く環境が、どうしてだかいつもと違 う振音を奏でているのだった。  その理由に、戒は気づかなかった。例えば、明日香が寝ぼけて自分のベッドの中で寝て いた時に似ているような気がしないでもないが、あれはあくまでも自分がドギマギしてい たのだった。  とりあえず、まったく心当たりのない戒はゆっくりとベッドから抜け出て、まだ眠い眼 を一回、こすった。  家の中で違和感を覚えるのは、自分が寝ぼけているからではない。もちろん。  そういえば、思い起こして見れば、篤川家の住人の様子がここ数日来、いつもと違うよ うだ。マリアは勇基と顔を合わせるのを意図的に避けているようだったし、なんだかとて も忙しそうに見えた。勇基は勇基でマリアと明日香が一緒の部屋にふたりっきりで籠もっ ているのを知っても別に怒鳴り込みに行かなかったし、明日香も、マリアと同じように、 どこかよそよそしかった。  一度、戒がキッチンに向かったら、出合い頭に明日香と正面衝突した。どうやら戒がキ ッチンに向かってきたことを知って明日香が慌ててキッチンへの進入を阻止しようとした みたいだ。理由を尋ねても明確な答えは帰って来ず、キッチンからお菓子でも作っている ような、非常に気持ち悪い(甘い)匂いが漂ってきたことから、あまり気にも止めずに1 80度、Uターンをした。  何があったのだろう。勇基とマリアはお互い、故意に口をきかないようにしていたし、 顔も見合わせていないのではないだろういか。お互い、視線が重なりそうになると、慌て て目を逸らしている。喧嘩でもしたのだろうか?  そんな素振りを見ても、明日香が仲裁にも入らないのはおかしなことだった。というよ りも、少し怒ったような、恥ずかしがっているような、そんな風に頬を赤くしているのだ った。  やっぱり、おかしい。  おかしいといえば、最近、よくジュマから電話がかかってくるようになった気がする。 昨日なんか、確か5回も電話があった。全部勇基が出ていたのだが、何やら数分間トイレ の中まで聞こえるくらい大声で言い争った後に、勇基が不機嫌そうに力いっぱい受話器を 置くことを繰り返していた。そして、決まって電話の後には明日香にけっして電話に出な いようにクギを刺すのだ。  何か戒には想像もつかないような、とてつもない事態が起こっているようなのだった。 そして恐らく、戒だけがその事実に気がついていないか、または蚊帳の外の人間なのだっ た。  部屋の日めくりカレンダーにふと目が行った。  日付は、2月13日だった。 「、むぐぅ‥‥」  牛乳を取るために玄関のドアを開けた瞬間、何者かが侵入してきて、戒の口を手で塞い だ。 「喋らないで!騒ぐのもナシ」  拳銃を突きつけられたわけではなかった。それなのに戒が反撃しなかったのは、不意を 突かれて驚いたこと と、侵入者の顔が見えた、見知った相手だったからだ。プラチナブロンドの髪、甘いあど けないマスク、背は戒と同じくらいの美人、ジュマだった。  どうしてここに?  確かに、ここ数日、ジュマは勇基と電話をやり取りしていた。というか、一方的にジュ マがかけていた。電話の内容はさすがにわからないが、どうやら勇基と喧嘩したらしい。 それで隠密に訪問してくるということは、 御礼参りにでも来たのだろうか? 「勇基に見つかるとヤバいから。くれぐれも大きな声で喋らないでくれよ」  大きな素振りで戒に釘を刺すと、まださすがに不安なのだろうか、勇基が中から現れな いかどうか、注意深く様子を伺っていた。  どうやら、御礼参りというのも違うらしい。では何のためにジュマが来たのだろう。余 計にわからなくなる。 「ふぅ、どうやら見つからなかったみたいだ。だいたい、勇基のヤツがシスコンなのがい けないんだ。血がつながっているわけじゃないのに、シスコンだなんて周りが迷惑だから やめてほしいよね。っと、そうだ」  戒も半分くらい納得して、そしてその意味を悟ってちょっとだけムッとする。ジュマは マイペースに好きなだけ言うと、思い出したかのように戒にズッと顔を近づけて、指を差 して言った。 「もう明日香からチョコはもらったのかい?」  何やら嬉しそうな、自慢たらたらな・・・よくわからないのだが、そんな表情でジュマ は鼻で笑う。 「ん?なんだ、その顔だと義理ももらってないのか?てっきり明日香は君のことが気に入 っているのではないかと思ったんだが・・、まぁいい。どうせ本命のチョコはぼくがもら うんだから」  チョコ?そんな恐ろしいものを?  というか、今日は何の日なんだ?2月13日。バレンタインじゃないぞ。いや、日めく りカレンダーを破き忘れたから、今日が聖バレンタインデーか。  それで全て合点がいった。  マリアと勇基がどこかよそよそしいのはバレンタインを意識していたからなのだ。マリ アと明日香が一緒にいることを勇基が怒らなかったのも、明日香がマリアにチョコの作り 方を習っていたから。ジュマが電話を頻繁にかけてきたのは明日香からチョコをもらうア ポを取るため。それを妨害しようと勇基がアレコレやっていたのだ。  じゃあ自分は? 「勇基はズルいよな。マリアとかっていう凄い美人の彼女がいるのに、僕と明日香がお付 き合いするのを邪魔するし。まぁ、手塩にかけて育てた妹のことを考えれば理解できなく ないけど、僕のお嫁さんになるわけだし?心配することないと思うけどね」  相変わらず、自信満々に言う。その自信はどこから来るのか問い正したい気分だったが、 問題はそんなトコじゃなかった。 (そっか、バレンタインか・・・)  ちょっとムカっと思う。どうしてかわからないが、ムカっとする。もし、チョコなんて 目の前で差し出されたら卒倒するくらい嫌いなのに、何故だか心が許せなかった。もちろ ん口に出して言うほどではないが。 「明日香は今、寝室?う〜ん、さすがに結婚前の女の子の部屋に入るのは気が引けるな。 どうしよう・・」  顎に手を当てて考えている所に、戒が素朴な疑問をぶつける。 「ところでジュマ。明日香がチョコを作っているって、どうしてわかるんだ?連絡は取れ なかったんだろう?」  答えは、やっぱり偉そうに言った。 「そんなこともわからないのかい?手紙とかは明日香の手元に届く前に勇基に捨てられそ うだったから、伝書鳩を使ったんだ。ん?古典的とかって馬鹿にしているだろう。電子戦 が発達した今、最も安全で確実な通信手段は鳩なんだぞ。そんなことは常識だろう?アシ ュラムはそんなことも教えないのかい?」  ちゃんと習ったよ!  そう怒鳴ってやろうかと思ったが、思い止まる。一応、言い負かしたことに満足して、 ジュマはご機嫌に、鼻唄まじりに家の中にズケズケとこれっぽっちも遠慮なく踏み込んで いった。 「明日香と逢うのって久しぶりだなぁ。小まめに文通していたからそんなに疎遠ってわけ じゃないけど、やっぱり声くらいは聞きたいなぁ」 「ジュマ?」 「ん?」  とりあえず、戒は呼び止めてみる。振り返られた所で二の句に困るが、すぐに助け船が 入った。 「オレの声で我慢しろ!」  カチッっと撃鉄を起こす。銃を突きつけられていると悟って、ジュマは両手をあげて、 ゆっくりと銃口のある方向に向き直った。  そこには、コルトパイソンを片手で構え、額に青筋なんか浮かべてニコニコ微笑んでい る勇基の姿があった。 「や、やぁ・・お義兄さん・・・」 「誰が、『オニーサン』だって・・・・・?」  戒はホッとした。なぜだかわからないが。そして勇基は今にも引き金を本気で引きそう だった。 「ふっ、お義兄さんも冗談がキツいなぁ。44マグナムを片手で撃とうだなんて。肩が外 れるよ」 「へっ、じゃあこれならいいか?」  勇基はジュマの助言にあり難く答えて、両手で銃を握りなおす。 「この距離なら間違いなく、ドタマに命中するよなぁ。44マグナムの威力は知っている よなぁ。頭にデッカイ風穴開けたくなかったら、さっさと玄関から出ていくんだな」 「お、お義兄ーさん・・・・・・・・・」 “ズガン!”  撃たれないとタカをくくっていたのだろう。再び禁句を口にしてしまったため、ついに 銃口から火が吹いた。頭にデッカイ風穴を開けられる44マグナム弾はジュマの足元に着 弾し、ジュマは回避行動のまま硬直し、額から一筋の汗が流れた。 「ごめん、ごめん。ちょっと幻聴が聞こえて目眩が起こったら、引き金を引いてしまった よ。今度はしっかり その能天気な頭に命中させてやるから安心しろ。ちなみに10数えるだけ待ってやるぞ。 それ、イチ・・・ニ・・・・」  なんて数えだしてまた撃鉄を起こしたのだった。 (マジだ、マジに怒ってる・・・)  さすがに、戒も引いていた。戒とジュマはお互い、顔を見合わせて、もっとも平和的な 解決法を目指すことにした。即ち、退散すること。 「勇基ちゃん、ダメーっ!もう、ジュマ君になんてことするのっ!」  4つを数えた所で、明日香が息を切らせて駆け寄ってきて、勇基の腕にしがみついた。  とりあえず、ジュマの命は助かり、そして篤川家への入場権を手にしたのだった。  聖バレンタインデー。  それからどうなったのか、実はわからない。できるだけ災難に巻き込まれないように自 分の部屋にいたからよくわからない。  ただ、夕方になってジュマが帰る時、可愛くラッピングされた小さな箱を持っていたの は確かだった。ジュマのこの世の天国のような、そんな嬉しそうな笑顔が象徴的だった。 「ねぇ、戒君。その、チョコ・・とか、やっぱり嫌いだよね?」  ジュマが帰ってから、明日香が戒の部屋にやってきて、なんだか切り出し難そうに、戒 の様子を伺いながら、恥ずかしそうに言った。 「うん、やっぱり、その、チョコは・・嫌い・・・かと・・・・・」 (ああっ、意思とは反対につい条件反射で嫌いなんて言ってしまった!)  本当は欲しいのに、明日香を泣かしてしまったかな?とか思うと、しかしながら、次の 瞬間、明日香はこれ以上ないくらい笑顔で小袋を差し出した。 「だよね。だからね、これ・・・、パンにしたの」  受け取ってもらえるか不安で腰が引けながら、手だけを思いっきり戒の方に伸ばして袋 を差し出した。  戒はそんな彼女を可愛いと思いながら、優しい笑顔で「ありがとう」と言って、好意を 受け取った。 「ホワイトデー、何にしよう・・・」  それが戒なりの、精一杯の彼女への返礼だった。  夜、リビングに下りていくと、勇基がデコレーションのすごいチョコレートケーキの前 で独りソファーに座ってそれを眺めていた。  勇基の座っている前にそびえ立つのは、いかにも教会っぽい感じだった。誰が作ったの かあえて答えるまでもない。  勇基は自分が好意を寄せる人からもらったチョコレートケーキを前に、こんな不埒なこ とを考えていた。 (こんなデカいのどうやって一人で食えって言うんだよ)  明日香や戒にも食べさせてやるべきだろうと思うのだが、どうしてか自分一人で食べき らなければ気が済まない気がする。どうしてだかわからないのだが。 「嬉しそうだな」  突然、話しかけられて勇基は心の中の会話を聞かれたように、恥ずかしく思った。 「カンケーねーよ」  声を荒らげてみるが、照れ隠しなのは隠しようもない。戒はその辺の勇基の心情を全て 見越して、微笑んだ。 「そういえば、どうしてチョコが二つもあるんだ?」  一折り楽しんだ所で、戒の目にチョコケーキの隣に鎮座する二つの箱を見つけた。同じ ようなラッピングで、それは記憶にある、明日香からのチョコのはずだった。でもどうし て二個? 「ああ、これか?一つは明日香からもらったヤツで、もう一個はジュマのだ。隙をみてす り替えておいたんだ」  鬼・・だった。 「・・えっ・・と、そのすり替えたチョコってちなみに何処から仕入れたんだ?」 「ん?あれな、オレが適当にチョコの材料を固めて作ったやつだ。確か一昨年の明日香の 手作りチョコがベースだと思ったが・・。試作品を犬にやったら嬉し泣きして街路を駆け 回っていたぞ」  それって恐ろしくマズかったんじゃないのかと思うが、それよりもジュマが明日香の手 作りだと思って(味は明日香の手作り仕様なのだが)、チョコ・・と呼んでいいのやら、 を嬉しそうに頬張っている姿を想像すると同情したくもなる。  深夜。  戒は寝室でひとりっきりになると、明日香からもらった袋を思い出したかのように開け た。中からはあんパンくらいの大きさのパンが出てきた。  大きさどころか形まであんパンにそっくりな明日香の手作りパン。ぽやーっとしていて とても美味しそうな香りが漂ってくる。中央には、意味があるのかないのかハートマーク が刻印されていた。 「バレンタインにパンっていうのも、ある意味でおかしいけど」  それでも、気をつかって食べられるものになったのは嬉しかった。それに、明日香の気 持ちも入っているわけだし。  戒は他人から見たら羨ましがられるくらい幸せな気持ちでパンをかじった。 “パリッ” 「・・・・・・・・・・・・・・・」  ひとかじりした所で、戒は天国から一気に地獄にまで突き落とされた。むにーっと柔ら かいパンの中には、一際、硬い部分があったのだ。硬いというか、黒いというか、甘いと いうか。結局、パンの中にチョコが隠されているというか、チョコの周りにパンがあると いうか、そういうわけだった。  期待した僕が馬鹿だった。  泣きそうになりながら、戒は明日香の手作りチョコ入りパンを食べ尽くした。




あとがき
 実は前作がありますが、だいたい一年くらい前・・ですかね。今年は前回と違ってちょっとだけきっと成長したと思います。(笑)いや、私じゃなく。(おい)
 しかし、根本的な部分で私色が出すぎたかも。もっと忠実な方が良かったですね。前作の方がらしかたかも・・。

戻る