DREMING DREMING・・・・。(light)
 最近、明日香は窓から空を眺めていることが多くなった。  どこか憂鬱そうに、独りため息をついたり、夢見心地に吐息を漏らしたり。  悩んでいるような、空想をしているような、嬉しそうな、悲しそうな、そんな気持ちで 雲を目で追っていた。  気がつけば何時間もぼーっとしている時もある。時ににやけて、時に顔を赤らめて小さ な両手で顔を覆ったり。あまりにも最近、明日香が自室に籠もることが多くなったので勇 基や戒が心配して部屋に覗きにくるまで、明日香は全てを忘れて空を見つめていた。  そんな明日香の変化に、敏感に気づいたのは、やっぱり勇基だった。初めは「病気か? 朝倉のおっさんに診てもらわなくて大丈夫か?」とか心配したのだが、明日香が必死に否 定し、思い出したかのように犬とかを散歩に連れて行く様子、つまりまるっきり元気な様 子を見て、勇基は思い当たった。  さすがは家族なのだろうか。小さい頃からずーっと一緒にいただけはある。メルカバ他 が明日香に構ってもらえなくて勇基に相談しにきたのが答えのキッカケでもあった。 「アイツもそんな年頃か・・・」  勇基はため息まじりにそう呟いた。  戒はその辺の年頃の少女の心情なんて知らなかったから、しきりに勇基に「明日香は具 合でも悪いのか?」とか聞いてきたが、その度に「ウルセー」と一喝してきた。 (ったく、誰に恋なんかしやがったんだ?見つけ出して、殺してやる)  そんな物騒なことを考えながら、勇基は料理用の包丁を研いだりするのだった。  夜、明日香はベッドに寝そべって、メルカバを抱きあげる。  犬の湿った鼻、口、長い舌、純真無垢な瞳、それらを全部見て、順次に視線をやる。 「最近ね、友達ができたんだよ」  毎晩、明日香はシャワーを浴びた後、パジャマ姿でベッドに寝そべって、メルカバを相 手に今日一日の出来事を語るのが日課になっていた。 「パン屋のおばさんとかも友達なんだけど、ほら、年齢の近い女の子ってこの辺にあんま りいないじゃない。でもね、みんなと散歩している時に、私みたいに子犬を連れてる女の 子と知り合ったんだよ。その子も同年代の友達があんまりいないって言っていたし、じゃ あ私たち友達だねって言ったの」  同年代の女の子同士だから話せることってやっぱりある。好きなアイドルの話とか、近 所のカッコいいお兄さんの話とか。家族の話だってする。勇基が過保護すぎるとか、帰り が遅い時があるとか、飲んだくれて玄関で寝ちゃった時とか。その子は母親が口うるさい のが嫌いとか言っていた。それに、もちろん、好きな人のこととか。  どんなシャンプーがいいのかとか、美味しいケーキ屋さんの話とか、  恋の話だってする。生理の話も、男の人の体のコトも、もちろん、異性との交遊も。  そういう生々しい話は明日香にはちょっと刺激が強すぎたが、それでも興味がないわけ ではなかった。友達の女の子はもう3人と経験があるらしくて、イロイロなことを教えて くれた。それを相槌をうちながら、顔を真っ赤にしながら、時に笑いながら、時に真剣に 脳の中に刻み込みながら話を聞いていた。 「明日香ちゃんはどうなの?好きな人くらいいる?キスはしたことある?」  そう聞かれた時、明日香はちょっと困ってしまった。  実際に、誰がスキなんて言われても自分のなかで確信を持って言えるかわからなかった のだ。勇基ちゃんはスキだけど、家族だし、戒くんはどうなんだろう、素敵な人だとは思 うけど、まだ恋とかスキとか断言できるものじゃなかった。ジュマくんも同じ。初めてデ ートした相手だし、キスも‥‥ほっぺにだけどされたし、指輪ももらったし、ラブレター も。ちゃんと大切にしまってある。それでも明日香には、まだ恋って何?っていう程度の 気持ちでしかなかった。  でも、やっぱり人並みに興味がないわけではない。恋に恋する季節なんてあるだろうけ れど、それよりも、キスに一番、興味があった。  テレビドラマで主役の俳優とヒロインがするキスシーン。それはあまりにも甘美で優美 で神聖なものに見える。  キスってどんな気分なんだろう。  その手の雑誌には「ファーストキスはレモンの味(古っ)」とか書いてあるのだが。 「ん〜、そうね、想像していた通りじゃないかな。すっごく気持ちいいよ。これ以上は自 分で体験するまで秘密♪」  秘密。どんな気分なのだろう。  明日香は想いをはせる。  気持ち、いいのかな。  男性と、キスする自分の姿を思い浮かべてみる。  少しカサカサした唇。あたたかくて、やわらかくて、それで、味は・・・。  そうやって想像した男性は、なぜだか戒にそっくりだった。  想像しただけで、幸せな気分だった。 「ねぇ、どんな味がするのかな」  メルカバを抱き上げて、聞いてみる。しかし、メルカバは明日香の瞳をじーっと見つめ るだけで答えてはくれなかった。  メルカバの舌が見える。ぐっしょり湿った鼻は、なぜだか今だけすごくいやらしく思え た。キス、したらどうだろう。  ドキドキしながら、明日香はメルカバにキスをした。目をつぶって、ゆっくり口と口を 近づけていく。  ぺちゃぺちゃ。 「くすぐったいよぅ」  やっぱり失敗だった。ペロペロと嘗められて、あっと言う間に顔がぐちゃぐちゃになっ てしまった。  戒もベッドで独り、考える癖があった。  シャワーを浴びて、まだ湯気が体から出ている頃、独り天井を見上げて考える。  最近、明日香の様子がおかしいんだよな。  どうも、妙な視線を感じることがあった。  その視線に振り向くと、慌てて明日香が目をそらすのだ。それも明らかに故意に。  何があったのだろう。  そう思うのだが、原因はわからなかった。でも、なんとなく、唇のあたりを見られてい る気がする。そして、戒が明日香の方へ視線をやった後、明日香は戒に見えないようにこ っそりと自分の指で唇を触るのだった。  それがすごく色っぽく感じる。  いつの間にか、戒の方が明日香を意識していたのかもしれない。 「キス・・・・か」  明日香がしていたように、戒も自分の指で、自分の唇をなぞる。  明日香の唇は、いかにもやわらかそうで、甘い、ストロベリーのような味がしそうな気 がした。  もし、明日香と間違ってでもキスなんかできたりしたら・・・。  どうなってしまうのだろうと、戒は考えずにはいられないのだった。  ラベンダー畑の中で、僕は立っていた。  無音の世界。なぜだか、音がしない。真っ白な光に包まれていた。  僕は立っている。なぜ?  すぐにその答えがわかる。  明日香も立っていたのだ。すぐに抱きしめられるような距離に、吐息がかかるような距 離に。  明日香は何故か裸だった。それにちょっと驚くが、明日香は裸を見られても何と思うわ けでもなく、誰かを信頼して、微笑みかけていた。  誰か、誰かじゃない。僕に。  ちょっと恥ずかしそうに、ちょっと寂しそうに、微笑みかける。明日香が何を待ってい るのか、僕にはすぐにわかった。なぜなら、僕もそれを期待していたのだから。  明日香の、絹のようにきめ細かくて、滑らかな肌が見える。真っ白で、ちょっと桃色を した肌。鎖骨のあたりを見て、さらに下まで続くシルクの道。  真っ赤になって目をそらす。  ふと気づけば、僕も裸だった。  明日香と比べれば硬い胸。比較的鍛えられている方だとは思うけど、けっして厚くない 胸。頼り無いだろうか。  その下に腹筋のしょどよく締まったお腹があって、もちろん、その下も明日香と同様に 生まれたままの姿だった。  とても恥ずかしかった。  年頃の男女が裸で見つめ合っている状況があるとしたら、それが何をする時なのか、す ぐに理解できた。  つまり、その、アレなのだ。  明日香が待ちきれなくなって、誘うように上目遣いで僕を見た。  頬がちょっと紅潮している。  ドックンバックンと心臓が破裂しそうなくらい緊張していた。  トクン、トクン・・。  僕の心臓の音に、小さなノイズが混じる。  そうか、僕だけが緊張していたわけじゃないんだ。  ちょっぴり戸惑いながら、僕は意を決して、その瞬間に移行した。  優しく瞳を閉じて。  長い睫毛が視界にかかり、そして何も見えなくなる。  刹那の瞬間に見えた明日香の顔。明日香もまた、僕に合わせるように、ゆっくりと瞼を 下ろした。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」  唇だけに感じる感触。  ぽや〜っとして、ふわ〜っとして、痺れるような、とても気持ちいい気分。  飴のような、すごく甘い味がした・・・。 “ガバッ” 「!!!?」  戒は慌てて飛び起きた。  心臓が3000メートルを全力疾走した後のように恐ろしく速く鐘を叩いている。 「夢!?」  ある意味でほっとした。明日香と裸同士でキスをするなんていうふしだらな夢。もし、 現実だったらどうだろう。すごく、困ったような気がする。  でも、なんであんなエッチな夢を見たのだろうか?  寝る前にキスのことを考えていたからか、それとも、明日香のことが好きだからか。  変に明日香を意識しすぎたからだと片づけたかった。  明日、朝起きた時に、明日香にどういう顔をすればいいのだろうか。 「戒くん、おはよう♪いい夢見れた?」  きっと、純真で、くったくのない笑顔で言ってくるのだった。  いい夢。確かにいい夢だけど、もし心の中を覗かれたら、弁解のしようがない。  どうしよう、どうしよう、どうしよう。  これ以上ないくらい動揺するのだったが、だが、急に夢のなかの、唇の感触を思い出し た。まだ夢を見たてだからだろうか、すごくリアルに体が覚えている。まるで、本当に明 日香と・・・キス・・・したかのように。  すごく幸せな気分だった。  あたりまはだ薄暗かった。  急速に、眠気が再び襲ってくる。  今、寝たら、その・・・夢の続きが見られるだろうか・・・・・?  いけない、いけない。  そんな不純なことは考えてはいけなかった。  とりあえず、眠気を覚ますためにシャワーを浴びようと思った。  寝ぼけたまま、ベッドをするっと抜け出して、スリッパを履く。  ひんやりとした空気が若干の現実感を持たせながら、戒は勇基たちを起こさないように 静かに廊下を歩いていく。  静かにドアを開けて、また静かにドアを閉じる。  バスルームの中に入って、戒は乱雑に服を脱ぎはじめた。  その時は、またまどろみの世界に足を踏み入れつつあった・・・。  バスルームの中は視界がぼやけていた。  真っ白のような、黄色い温かみのある光で満たされている。  誰かに抱かれているような暖かさ。湿り気と水滴がどこか懐かしく感じさせる。  ぼやーっとした中で、すらっとした華奢な肌が見えた。  僕がバスルームに入ったことい気づいて、こちらを振り向く。  目と目があった。  彼女は驚いていた。  明日香だった。  夢の中と同じように、綺麗な肌をしていた。身体の全てを目でひとなでして、明日香の 瞳に視線を戻す。  明日香も、戒と同じことを考えているはずだった。視線が、物語っている。  戒の生まれたままの姿。想像以上に細く、でも逞しい体つき。細い、しなやかな首筋。 優しい微笑み。明日香と同じ、胸の突起。おへそ、お腹、きゅっと締まったお尻。しっか りとした足。そして、戒の一番大事な所・・。そこだけちょっと視線をずらし、でもしっ かり数秒間見つめている。  それは見てはいけないものだったのかもしれない。少なくとも、子供でいるためには。  戒は驚いた。明日香が先に入っていることを知って。ただ、言い知れぬ非現実感が、正 気なら慌てて逃げるという行動を取らさずにいた。  そっか、これは夢なんだ。  戒はそう確信した。すごく非現実的じゃないか。  明日香が悲鳴をあげないことも、問答無用に逃げ出さないことも。現実なら、逃げるの が普通じゃないだろうか?  そこまで確信して、戒は微笑んだ。これ以上ないくらいに、優しく、暖かく。  そして、次にすべきことは決まっていた。  夢の続き、  もっとキスをしたい・・・。  ちょっぴり硬直している明日香を抱き寄せ、お互いに吐息がかかりあう位置で顔を止め る。明日香の目を見て、一度、確認を取ってから、再び顔を接近させた。  ゆっくり、ゆっくりと、1秒、1秒と近づいていく。  唇を求めて。  夢の続きを求めて、唇と唇が触れ合う。  お互い、瞳を閉じ合って、唇の感触だけを頼りに、さらなる深い触れ合いを求めあう。  唇と唇が、おっかなびっくりと触れ合うだけから、唇を動かしてお互いの上唇をはさみ 合う。自分の唇をなめて唾液で湿らせてから、また唇を重ねる。  お互いの初めてのキス、唇と唇が触れ合うという初めての感触に、二人はわずかな時間 ながら酔いしれた。  こんな気持ちいい感触は、普通の生活ではありえなかったが、想像していた“好き”と いう気持ちそのままだった。いや、想像以上のものだった。  唾液を塗り合わせて、くすっと笑う。笑い合う。明日香も戒も、もうそれだけしか考え られなくなっていた。  もう少し。  まだちょっと。  あと一瞬だけ、このままキスしていたい。  自然と舌が明日香の口の中に侵入しようとしたその時、戒はその夢ではあり得ない生々 しさに気がついた。 「はっ・・・・・!」  ジャーッとシャワーの水音が聞こえる。急に聴覚が復活し、また他の全ての感覚が現実 のものとなっていった。視界も、お湯が肌に当たる感触も、バスルームの室温も、肌寒さ も。自然と、キスの感触も消えた。  ただ、戒の腕の中にある感触だけは、消えなかった。  戒は、恐る恐る、自分の腕の中を見る。  そこには自分と同じ顔をした明日香がいた。  同じように現実に戻ってきた明日香。戒と同じように素っ裸で抱き合っている明日香。 そして、今、寝ぼけていたとは言え、してしまった罪も思い出された。 「あっ、えっ、そっ、その・・・ごっ、ごめん!!」  戒は音速を超えてバスルームから逃げ出した。脱衣所の籠からバスタオルだけ持って、 それを羽織って自分の部屋に逃げていった。  どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・。  嫌われた、だろうか?  当然だ。寝ぼけていたとは言え、明日香が入浴中のバスの中に素っ裸で入っていって、 抱きしめて唇を奪った男・・・。これで嫌われなかったらそれこそ夢だ。寝ぼけていたか らなんてこれっぽっちも言い訳にならない。  それ以上にこのことが勇基の耳に入ったりでもしたら・・・。  間違いなく、殺される!  どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・。  どうして夢、なんて思ったんだろう。よく考えてみれば、明日香が逃げ出せなかったの は僕が入り口を塞いでいたからだし、悲鳴をあげなかったのは、悲鳴もあげられないくら いびっくりしていたからなのだ。  バタン!と力強く自室のドアを閉めて、戒はベッドの中にもぐり込む。  戒の頭の中では後悔と言い訳と恐怖がごっちゃまぜになって無限回廊を突き進んでいる のだった。  あまりにも衝撃的な事実で力が抜けて、明日香はぺたんと座り込んだ。  戒が脱兎の如く逃げていった後を、ただ呆然と見つめていた。  何が起こったのか冷静に思い起こして、明日香は顔を真っ赤にして、あまりもの恥ずか しさに手で顔を覆った。  正夢・・・・?  それは昨晩見た夢とまったく一緒の出来事だった。キスのことを考えて寝て、夢で見ち ゃって、それでぽーっとする頭を振り払おうと入浴した・・。  シャワーを頭から浴びている時、夢のことを思い出した。  そっと、口づけしたままに唇を指でなぞる。  すごい、キスしちゃった。  初心者には十分すぎるくらいのディープなキス。軽く唇と唇を重ねるだけがキスかと思 っていたが、そうではなかったのだ。  気持ち良さに引きずられて、いっぱい戒の唇を要求してしまった。  夢のなかでだって、ここまで想像できなかった。  急に、嬉しさがこみあげてくる。 「あのね、今日ね、戒くんと・・・キスしちゃった」  そう、メルカバに教えてあげたかった。  明日香は楽しそうに余韻を確かめた。  翌朝(というかもうほとんど朝だが)、食卓にて。 「おい、お前ら、どうして顔が赤いんだよ」  勇基が不機嫌そうに言った。  勇基、明日香、戒がいつも通り食卓を囲んでいるのだが、戒と明日香は顔を真っ赤にし てお互いを見られずにいた。 「まさか、何かあったんじゃねーだろうな」  ギロっと戒を見る。戒は、俯きながら寡黙にご飯を食べつづけていた。 「オレに言えないようなことをこっそりやったんじゃないか?」 「例えば、キスとか」  当てずっぽうで言ったのだが、思わず戒は飲み込んでいる途中のご飯を喉に詰まらせて しまった。 「ごほっごほっ!」 「おいこら、どういうことだ!?」 「ご馳走さまっ」  勇基の青筋が浮きでた尋問が始まろうとしたら、戒は慌てて残りのご飯を飲み込んで、 席を立った。 「ちょっと待て、おい、こら!逃げたって許さんからな!」  勇基が怒鳴る。  明日香は耳まで赤くしながら、最後の一口、ブロッコリーを口のなかに入れた。




あとがき
問題なのはメルカバの名前ですか。(おい)いや、真面目に調べても名前がわからなかったです。あれってきっと明日香ちゃんだけにわかる名前なんですね。(笑)
新巻の口絵が途中から元になってます。(笑)はじめは単なるキスの予定だったんですけど、あの絵を見た瞬間に方向性が・・。む〜、だいぶ修正したんですけど、キスシーンも過激かな。大丈夫だといいんですけど。
しかし、壁紙のバレンタインとの使いまわしはよくなかったかな。

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