オヤジはつらいよ。
 寝起きについて、どう考えるべきだろうか。
 どうしても、朝は頭が鈍くなっている。予定の時刻に起きられないということも、別に珍しいことではない。目覚ましがなければの話だが。
 別に、戒のことを言っているわけじゃない。自分の話だ。
 戒が住み着くようになってからは、意識的に心がけているだけだ。それと・・、あまり朝が遅いと、明日香が余計なことをしかねない。そうなったら、コトだ。そう、朝食なんて自分で用意するなんてことがあったら。
 いつだって、どこだって、自分はしっかりとしていなければならなかった。それは生きていくために必要なことではあった。仕事は、時間に指定があるものはしっかりと守らなければ、信用問題につながる。便利屋というものは、信用を売っているようなものだ。それでなければ、赤の他人・・というか、ほとんど胡散臭い相手をどんな客が信用するというのだろう。
 朝、決まった時間に起きて、まずは身支度をする。だらけた頭を殴ってでもシャキっとさせ、朝食の準備をする。そして明日香をたたき起こし、朝食を食わせる。それが終われば片付けをして、洗濯をする。まるで、主婦のようだ。それらを一通り終わらせれば、やっと仕事だ。その時間は仕事によってまちまちだが、重役出勤できるくらい、遅いわけじゃない。
 朝、一番で出かける時もあるし、少なくとも、8時半くらいには家を出たいものだ。交通機関が混雑するし、情報を集めるのにも、あまり遅くなるわけにはいかない。
 仕事はたいがいが一日中だし、それに、依頼人のために一日中、歩き詰めってことも少なくない。汚いところ、危険なところ、どこにだって文句を言わずに行く。我ながら、難儀なことだと思う。そんなことをしなければ、ガルドでは生きていけない。
 クタクタになって家に帰ってきても、食事ができているなんてことはまずない。いや、もし万が一、何かが間違って食事なんかができていたら大変なことだ。そう、アシュラムの能力者とやり合うなんていう、最悪な出来事があったとしても、それだけは避けなければならない。なぜなんて、今更言う必要もないだろう。
 風呂くらいは沸かしてくれているが、何から何まで一人でやらなきゃいけなかった。そんなオレの苦労を誰がわかってくれるというのだろう。
 誰にも、文句なんて言えない。
 誰にも、甘えられない。
 たまには、誰かに甘えてみたくなることもある。
 たとえば、朝起きたら、うまいメシがもうできているとか、今日は仕事を誰かが変わってくれるだとか。
 戒には期待しちゃいけない。そんな殊勝な人間じゃないはずだ。マリアでも・・、うん、マリアでも期待しちゃいけない。メシはちょっと塩気が足りないとかだな、そういったツッコミどころはあるが、アイツに頼るなんてもってのほかだ。何が起こるか、明日香と別な意味でわかったもんじゃない。いや、何が起こるか予想できるが。
 そうだなぁ、マリアで言ったら、あのデカい胸に顔を埋めて、のんびり休ませてくれるならちっとは考えてもいいぞ。膝枕でもいい。おとなしくんなことさせてくれるわけでもないだろうが、いったい、何を食べたらあんな風に発育するのだろう。いや、関係ないか。
 明日香がオレを悩ませることをせず、おとなしく犬の散歩でもしている、戒が何も文句を言わずにオレの仕事をお得意のチョーノーリョクで片づけてくれる、そんな日があってもいいのではないだろうか?
 期待するだけ無駄といっても、父の日くらいそれくらいあっても・・・。
 馬鹿を言うな。オレはあいつらのオトーサンじゃない。それに、もうすぐなのは母の日であって、父の日はもっと後だ。
 って、もちろん断っておくが、ママでもないぞ。なんだか毎朝、あいつらのためにメシを作ったり、洗濯をしたりしていると、そんな気がしないでもないが。
 いやいやいや、そんなことないんだ。うん、そんなことない。
 そういえば今日は休日か。
 さて、何をして過ごそう・・・。


「おっと、動くなよ。ちょっとでも動いたら、オレは容赦なく、貴様の頭に突きつけている拳銃の引き金を引くからな。わかっているとは思うが、微動だにしないのが賢明だ。オレだって、朝からヤローの脳みそなんてぶちまけたくないんだからな」
 勇基は冷たく、鋭い視線で侵入者を睨みつける。愛用のコルトパイソンの劇鉄をガチッと起こす。
 おそらく、こそ泥なのだろうが、オレの家に忍び込もうなどと、いい度胸だ。男は勇基の目が本気なことを悟って、愛想笑いをしながら、ゆっくりと両手をあげる。
「見ない顔だな。まさか、アシュラムかゲリラのまわし者じゃねぇよなぁ」
 ちらっと男の手元を見る。そこには、なぜだか知らないが、見るからに女物の下着が握られている。
「ちっ、こそ泥じゃなくて、下着泥か。ったく、朝っぱらから出没してんじゃねーよ。お前みたいな奴は家に引きこもってマスでも書いてろってんだ」
 拳銃の柄で後頭部を殴って黙らせてからつぶやく。まったく、めんどくさい連中が来たものだとため息をつく。
「まさか、明日香のじゃないだろうな・・」
 などと思ったが、すぐに明日香のものじゃないことがわかって、胸をなで下ろす。それは艶やかな黒い下着で、カップも明日香のものとは思えないくらいに大きい。
「マリア・・のだよな。おいコラ、どういうつもりなんだ?物好きとしか思えんぞ」
 訪ねようにも、気絶しているのだから答えが返ってくるわけもなかった。勇基は舌打ちした後に、とりあえず通りのゴミ捨て場にでも捨ててこようかと思う。警察にとりあえず突き出しておくべきかとも思ったが、ガルドで下着泥と言っても、相手にしてくれるだろうか。
問題を対処し終えた後、勇基は家に戻って、とりあえず自分の部屋に戻ろうとした。廊下ではまだ誰ともすれ違っていない。確かに朝はまだ早いのだが。戒はもちろんのこと、明日香やマリアも寝ているようだ。
「ったく、うちの番犬は何をやっているんだってーの。やっぱり、オリゴのおかげがないとダメなのか?能力者っていうのは、家に侵入した異常者を察知できるようにはなっていないのか?」
 それはほとんど言いがかりといったものだったが、勇基は胸を張って断言した。まるで亭主のようにズカズカ廊下を歩き、自分の部屋に戻っていく。そんな折である。
「勇基・・・?おはよう・・・・」
 ガチャっと突然、ドアが開いて、中からまだネグリジェ姿のマリアが眼をこすりながら出現した。
「お、おう・・。今日もいい天気だぞ。メシはできているから、勝手に食ってくれ」
 あまりのしどけない姿に、勇基はドキッとする。寝相はあまりよくないのだろう、それに、いつもはキッとしているのに、今はぼーっとしているマリアだった。寝癖がとっても可愛くて、はだけた胸元からちらっと、ブラが見えたりする。
 いつもなら、勇基がちょっと赤くなったとしても、まるっきに何もリアクションを返さないマリアだったが、今日はなぜか違った。いつも通り、勇基はマリアに挨拶をして、自分の部屋に戻ろうとしたが・・・。
「ちょっと勇基!?」
 なぜだか怒っているように見えた。そんな理由はわからない。「あんだよ?」と聞き返そうとしたが、最近はしばらく見てない迫力のある表情に、勇基は言葉を飲み込まざるをえなかった。
「手に持っているのは何なのよ!」
 言われて勇基は自分の手を見る。そこには、先ほど退治した下着泥から取り返した下着がしっかりと握られていた。
「え・・?ああ、これか? これはだな・・。別に悪意があるわけでも盗んだわけでもないぞ・・・」
 気迫に押されて慌てて弁解する。本来、説明の必要はあったとしても、弁解の必要はなかったのだが。
「返して!!」
 言うが早いか、高速の早さで平手打ちが飛んでくる。ばちーんと乾いた音がして、勇基は頬に真っ赤なマリアの手形を付けられる。
「おい、こら!何を勘違いしてんだ!?」
 抗議をしようとしたが、マリアは殴ったのと同程度のスピードで自分の部屋に戻り、家中に響き渡る音で激しくドアを閉めた。ドアを叩いて、無実と頬の代償を得ようと思っていたが、すぐにガチャッとドアが開いて、マリアが一言。
「最低!!貴方がこんなことするなんて思ってもみなかったわ!!」
 有無も言わさぬ剣幕で、べーっと真っ赤な舌を出すと、またバタリとドアを閉めてしまう。
 ジンジンと痛む頬をさすって、勇基は毒づくしかなかった。
「なんでオレが殴られなきゃなんねーんだよ・・・」
 明らかに、ツイていなかった。
 その日、マリアと勇基は夕食の時に再び顔を合わせるのだが、二人ともこれ以上ないくらい不機嫌な顔をして、お互いが顔を見合わせないようにそっぽを向いて食事をしていた。
「ねぇ、勇基ちゃん、何かあったの?食事はみんなで楽しくした方が美味しいよ」
 何も知らない明日香がなんとか仲裁(?)をしようとするが、勇基もマリアもぶすっとしたままだった。
「マリアさんも、ねぇ、どうしたの?まさか・・勇基ちゃん、また何かしたんじゃないでしょうね・・・。ねぇ、戒くん、何か知らない?」
 突然振られた戒は、困惑するばかりだった。何があったかは知らなかったが、勇基の頬に残っているマリアの手形がすべてを物語っていると思った。

 ところで、
 後日談になるのだが、戒がまたまた女装なんかをしなければならなかった日のこと。
 イヤイヤながらごそごそと着替えとかをクロゼットから引っ張り出しているときのことである。
「あれ・・?下着がなくなっている・・・・?」
 確かにドレスと一緒に入れておいたはずなのだが、なぜだか下着だけがなくなっていたのだ。別の場所に置いた記憶もないし、どうしてなくなったのか、ちょっとだけ考えてみる。
「まっいっか。どうせ必要ないんだし。勇基も勇基だよなぁ。黒い下着を選んでくるなんて。それに、パットもけっこう大きかったし・・・。こんなところで趣味を発揮しなくてもいいと思うけど。・・・。しかし、ドレスのサイズ、合うかなぁ・・」
 かわりに胸に詰めるものを探して、戒はクロゼットの中の再び調べた。




あとがき
え〜、なんともなオチがついてます。(笑)しかし、問題なのはマリアが取り返した(?)下着はどうなったんでしょう。ちゃんと、自分のじゃないと気づいたのでしょうか。でもサイズはなぜかぴったりだったりするのは勇基ちゃんの愛情ですけど。(笑)おあとがよろしいようで。

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