空が明るい。
燃えるような。
そこは夕日に包まれていた。
既視感。
それは何時の日のことだったか。
勇基は書類をめくりながら今日の仕事について考えていた。
『問題はない‥‥な』
依頼人の支払い能力から資金力、本人の素行や家族、持っている会社までありとあらゆ
るデータを探す。少しでもおかしい所があれば依頼は蹴るつもりだし、どのような些細な
社会面の新聞記事さえ見逃すことはしない。仕事上、依頼人が嘘をついていることはザラ
だったし、その場合は特に世間的な事件と密接なかかわり合いを持つ場合が多い。
依頼人の名前はマーガレット=李。アメリカ人と中国人の娘。そう言ってももう35歳
で結婚暦あり。両親から受け継いだ膨大な資産があり、目もくらむような豪邸もある。俗
な言い方をすれば有閑マダムというやつだ。今、自分の独自データに目を通しているがど
こにも問題点はない。
依頼はガルドの地下競売での護衛となっている。護衛といっても実際は地下競売での水
先案内人。競売参加の手続きや依頼人の指示にしたがって商品の落札、そして落札した商
品の授受と依頼人の家までの運搬、運搬方法の確保。もしかすると飲み物の世話までさせ
られるかもしれない。
それでも、面倒ということはない。金持ち相手なだけあって、うまくいけばチップも弾
んでくれるし、もともと報酬も高い。期間も限られているから割りのいい仕事と言える。
リスクはといえば、大抵、依頼人は信頼のある護衛を付けてくるので、自分は水先案内人
という立場だけにいればいい。銃弾から依頼人を衛るという厄介な仕事はほとんどしなく
ていい。これまでこの手の依頼をいくつもうけたが、どれも成功している。しかし、
マダムかよ。
どうも、勇基は年上の女性との相性がよくなかった。それはもうおもいっきり。思い出
すのも嫌なくらい悪い思い出が積み重なっている。
できることなら引き受けたくはないが、しかし、これまたというか勇基には引き受けな
いではいられない理由があった。
また、お金が足りないのだ。
支払いだけで20箇所。入金される予定のものもあるから、やり繰りすればなんとかな
るが、どう見積もっても1箇所の支払いと生活費が足りない。明日香を飢えさせるわけに
はいかないし、不渡りを出してしまうと今後、仕事ができなくなる。いや、そんな生易し
い結末じゃないな。金を支払うことができなければ保険をかけられて殺される。いや、ガ
ルドの人間に保険は適用されなかったか。ということは俺は強制労働、明日香は売春宿に
でも売り払われる。どちらにせよバラ色の人生ってわきゃない。
どうしてこういつもいつもお金に困るのか。少し真剣に人生について相談しなければな
らないかもしれないが、それは支払いが済んでからでも十分だろう。
というわけで嫌々ながらも依頼を引き受けざるをえないのだった。
ま。せいぜい、媚を売ってマダムに気に入られてチップをふんだくればいいわけだし。
飲みかけのコーヒーを一気に飲んで、勇基は嫌なことは忘れることにした。
夕日が落ちようとしていた時だった。
黄昏時に逢う悪魔は誰だったか。
白い麦わら帽子をかぶっていたような気がする。
そう、いつも寂しそうな笑顔が似合う、熟年の女性だった。
「へぇ、ここが依頼人の邸宅‥‥ね」
門の線上から屋敷全体を見上げて感想を呟く。
感嘆すべきというか、金があるところにはあるのだということを実感させられる豪邸だ
った。
勇基は今日はきちんと正装を着て依頼人の邸宅を訪問した。きっちりとスーツに赤いネ
クタイを締める。それはガルド出身の人間というよりは上流階級の紳士にさえ見えなくも
ない。ガルドの外に、それも富豪の家を訪れるのだから、それ相応の格好はしなければな
らない。
「篤川様でございますね?」
老年の執事に確認を求められて、勇基はゆっくりと頷く。執事の先導に従って邸内を歩
いていく。いやいや、すごいというかお金の無駄というか、西洋の壺やら絵画やら彫刻や
らどれも売れば一財産というものが飾られている。中央に、いったい幾らするのか勇基に
は見当もつかないような豪勢な花が生けられている。
「こちらでお待ちください」
客間に通されて、豪勢な廊下よりもさらに豪華な部屋の、もっとも高いだろうと思われ
るソファーにどっしりと座って勇基は待つ。
あ。あれはピカソか?
本当に、カネが余っているとしか思えない。そんだけ余ってるならオレにくれよ。こっ
ちは生活費にだって困っているのに。と勇基でなくても愚痴りたくなる。
すぐにすっごく可愛いメイドが紅茶をもってやってきた。勇基はさっそく口につけて依
頼人が現れるまで待つ。
紅茶を3杯ほどおかわりした時だった。重々しく客間のドアが開いて、やっと依頼人が
現れる。想像した通りのお金持ちの淑女。年を重ねた艶やかさを持つ、誰がイメージして
もすぐ浮かぶ女性だった。白いワンピースがよく似合う。
「あなたが勇基=篤川さんですね。お待たせして申し訳ありません。あたくし、李家の当
主を務めさせていただいているマーガレットと申します。ガルドで最も優秀な『なんでも
屋』と耳にしていたので、もっと熟年の方かと勝手に想像しておりましたわ。それがこん
なに可愛い子だなんて‥‥。ああ、失礼でしたわ。でも‥‥」
明るく、どこか調子のズレた依頼人に勇基は一抹の不安を覚える。が、このまま放って
おくと延々と世間話をされそうなので早めに、こちらからビジネスの話を切り出す。
「構いませんよ。相手を見た目で判断する輩はガルドでも多いですから。でも、私が仕事
を出来ないと思われては不満です。私のことはもう十分、事前調査なさっていると思いま
すが?
依頼内容は要請通りでよろしいんですよね?それから条件も事前にすり合わせた通りで
変わりありませんね?」
しかし、マダムの答えは勇基の予想していたものとかなりかけ離れていた。
「貴方には警護役をお願いいたしますわ。実は、ガルドに連れていく予定だった警備班の
方々に急遽、予定が入ってしまって‥‥。そちらの方を優先せざるをえなくなってしまっ
たのです」
「ちょっ、待ってください‥‥」
勇基がすぐにとんでもない展開に気づいて抗議するが、しかし、それが実ることはなか
った。
「待ちませんわ。報酬は約束の2倍お支払いいたします。それでいかがでしょう」
「約束が違いますよ。オレはあくまで案内役として依頼を引き受けただけで‥‥。それに
オレ一人じゃオークションの手配に貴方の警護になんて勤まりきりませんよ」
2倍は美味しいけど、それでも容易に妥協できるものではなかった。
「そのことについては安心してくださいませ。貴方には警護役をお願いしたいのです。オ
ークションの手配については別の便利屋を雇ってあります。貴方もよくご存じの方ですわ
よ」
にっこりと微笑んで呼んだ人は、彼女が言う通り勇基がもっともよく見知った、それも
できれば会いたくなかった人だった。
「よっ、勇基。そういうわけだからヨロシク」
不精髭と金色の少しくせっ毛の長い髪、眼鏡とオヤジ顔でこういうおちゃらけた台詞を
吐くのは勇基の知りうる限りではアイツしかいない。
「レオニード‥‥」
歓迎の言葉なんてけっして吐かない。レオニードが出てきた状況でロクな結果になった
試しがない。
マダム、レオニード、護衛‥‥。
改めて考えても、鬼門としかいいようのない要素が揃いにも揃っている。こんなことな
ら戒をジュマに売るんじゃなかったと思うが、いまさらいない人間のことについてあれこ
れ考えてもしょうがない。
でも、
年上の女性に甘えるのは戒の役割じゃないのか?「お姉さん、教えてください‥‥」な
んて言えば、大概の大人の女性はオチるんじゃないか?それにレオニードともなんだか戒
は仲良くしていたみたいだし‥‥。
諦めきれないものもあるのだった。
まったく、どうしていつもいつもカネで泣かされるんだよ。
どこかに1億円の宝くじが落ちていないかと思う勇基なのだった。
あとがき
続きます。プレゼントものなのにはたしてこんなのでいいのでしょうか?(汗)今回は説明編みたいなものなので、次回には・・・。もっとマシな話を書けると嬉しいです。レオニードたちに振り回される・・・んでしょうなぁ、勇基ちゃん。(笑)ではっ。できるだけ早めに書き上げます〜。
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