キーンコーン、かーんコーン・・・。
「きりっつ、れぇい!」
陣代高校の5時間目が終わりを告げる。科目は数学。学級委員長の千鳥かなめはやや疲労感を覚えながら、毎度毎度の行事・・つまり、号令を告げると、ため息をついて席につく。机中に散らばったノートやら教科書やら、シャーペンやら消しゴムやらを綺麗に、しかしやや乱暴に机の中に収納する。
5時間目の終わりというのは、どうもかったるいものだ。学校での最大のイベント、お昼ご飯を食べ終えてしまえば、どうも活力がわかない。5時間目がお昼寝の時間だとすれば、6時間目はやはりどうにも邪魔になる。早く学校から出て、今日に溜まった疲れを吹き飛ばしたいとも思うし、ちょうど、一日のバイオリズムが最も低下する時間帯だと思われる。4時間目とかならば、お昼ご飯をモチベーションとすることもできるのだが。
だが、そういったことは置いておいて、かなめはため息をつきたくなった。
季節は6月も末である。さすがにそろそろ梅雨明けも感じ、これからぐっと暑くなると思われる。台無しになった修学旅行の振り替えが7月にあり、その準備に忙しいわけでもあるが、そんな折り、事件は起こってしまったのである。
「カナちゃん、カナちゃん、聞いたよ。隣のクラスの滝本君から告白されたんだって?」
やはり、来たかという視線で声の主を見上げる。それは親友の恭子だ。かなめとは対照的に、エネルギーにありふれた、可愛らしい表情だった。
「で、どうしたの?滝本君ってこの前、転校してきたばかりなんだけど、野球部の期待の星なんだよ。もう、バシバシ150キロに迫る速球でさ、この前の日曜日に練習試合をした甲子園の常連校相手を完全試合しちゃったんだから。ルックスもばっちりだし、頭だっていいみたいだし、学年中の女の子の間で、誰が彼のハートを射止めるか密かな競争になっていたんだから」
ご丁寧に、かなめでさえよく知らないことを説明してくれる。恋人にしたくないアイドルナンバー1なんていうありがたくもなんともない称号をもらっているかなめに告白しようなんて、学年ではそれこそかなめをよく知らない転校生くらいしかいないのだが。
「って、その表情は、断ったって顔だよね。もったいないなぁ・・。まっ、カナちゃんには相良君がいるわけだしね」
自分事のようにちょっぴり陰のある表情をしたり、すぐに笑ったり。それはかなめのことをよく知っていて、よくあることと割り切っているような調子だった。学内はもちろん、学外でもかなめがけっこう人気があるのは、いつも一緒にいる恭子にはよく知られたことなのだ。一緒にいる時、何度、恭子から見て「いいなぁ」って思う男の子に声をかけられたことか。ただ、かなめの方はいつでも誰でも気安いナンパはお断りを通していたが。
「・・・・・・・・・」
どうやら、かなめの方は相当、深刻のようである。何が彼女を深刻にさせているのか恭子でも理解できなかった。どうせ、「滝本君なんてよく知らないし、ちょっといいかな〜とは思ったけど、初対面の子と付き合うのってやっぱ抵抗あるし、それにソースケのことは、うん、関係ないのよ、うはははは・・・」なんて言われると思っていたのだが。
こういった時は、親切心を起こして「ねぇ、私でよければ相談に乗るよ」なんて言うよりもそっとしておいてあげた方がいいのはよくわかっていた。本当に助けを求めている時と、そうでない時の区別くらいは、簡単に付く付き合いなのだから。
恭子はちらっと宗介の席を見ると、自分の席に戻った。小野寺がそのタイミングを見計らって恭子に他愛もない話を持ちかけ、仲良く談笑していた・・。
もうすぐ、修学旅行だった。
日付を見れば、あと5日といったところだ。準備は万端、クラスの役割を決めるのはもうとっくに決まっていて、やはり宗介はゴミ係だったりとか、まぁ、そんなところは置いておいて。
あれから何日も経つのに、かなめの頭からはあの事件が離れなかった。
「あの、千鳥・・かなめさんですよね?」
昼休みが終わろうとしていた時、かなめは次の授業の先生から配布するための資料を受け取って、教室に戻る途中、廊下を歩いていた時のことだった。多くの生徒たちがまだ廊下で談笑したり、遊んだりしている中、突然、進路を遮るように、一人の生徒が現れる。身長は180センチちょっと。がっちりとはしているが、全体的にすらっとしていて、豹のような人だとかなめは思った。切れ長の瞳と暖かそうな頬の輪郭、きりっとした口元は誰にでも好印象を与えるような、そんな人だ。髪は黒でさらさら。制服もきっちりと着こなしているし、清潔感はばっちり。ちょっと緊張したように、照れ笑いをするかのように語りかける彼に一瞬、ドキッとする。あいにく、かなめの記憶の中にそんな知り合いはいなかった。初対面。では何の用件なのだろうとややいぶかしがる。
「え・・ええ・・・そうですけどぉ・・・・」
「俺は野球部の滝本涼太っていうんだ。この前の練習試合の時に、君は見物に来ていたよな。・・・なんて言うか、その・・・、こういったことをいきなり言うのはマナー違反だとは思うけど、顔見知りっていうわけでもないし、でも、こうでもしないと今後、一生チャンスはないかもしれないわけで・・・」
何を言いたいのかよく理解できなかった。冗長な語り口は誰かさんとはまったく正反対だった。だが、なんというか、そう、彼の雰囲気で、かなめも彼が何を言いたいのか薄々ながらわかってくる。
野球部の滝本は長い前振りでやっと決心が付いたのだろう。ごくっと唾を飲み込んで、最も重要な一言を付け足した。
「一目惚れしたんだ。どうだろうか、俺と付き合って・・・くれないだろうか」
あくまでもストレートに、滝本は言った。かなめの方は薄々、本能で理解していたとしても、やはりそれはあまりにも青天の霹靂だった。雷に驚いたかのように、先生から手渡された資料をどさっと落としてしまう。
「えっと・・あの・・・その・・・・」
いきなりそんなこと言われても困るというニュアンスを含めて、かなめは口ごもる。頭の中では告白されたという事実と、その相手がなかなかカッコイイということ、この学校に入ってから、初めての・・であり、ちょっと友達に自慢できるかも・・などとガッツポーズが入っていたりもするのだが、とりあえず、どう返事をすべきなのかとっさに言葉は出てこない。
「ああっ、いやっ、そんな突然、付き合ってくれなんて言われても返事のしようがないのはわかる。今すぐに返事が欲しいってわけじゃない。冷静に考えてからでも構わないんだが・・」
あせあせとフォローをするのは、逡巡が断りにつながることを恐れたことと、今すぐの返事でなくても、きっと、じっくり時間をかけて考えればいい返事をもらえるはずだという自信の現れではあったが、周囲の目から見れば、焦っているようにさえ見えた。
「そうだ、俺は野球部の練習で遅くなるし、君も生徒会で忙しいわけだろ?どうだろうか、今日の帰りに手始めに一緒に帰って・・その時に返事をくれても、品定めしてもかまわないし」
悪い返事を聞くのを恐れるかのようにまくしたてて言うのは、ちょっと可愛げがあった。かなめはくすっと笑って、返事を伝えようとする。だが、
“キーンコーンかーんコーン・・・”
と、チャイムが鳴ってしまう。その音で我に返ったのは、なぜだか滝本の方だった。
「あ、やべっ!次の授業数学・・。俺、日直で・・まだ黒板消してないし・・。あの先生、教室に来るの早いし、消し忘れると・・殺される!ごめん、教室に戻らないと。ああ!返事の方はよろしくっ」
などと言ってあっという間に教室に戻る生徒の群れの中に消えてしまった。やや唖然とするが、かなめとしてはそれほど気分が悪いわけではない。それより何より、人生で初めて、マトモな異性からの真剣な告白である。何度、夢見たものだろう。もしかすれば、自分には一生、来ないのではないかと思っていた。誰かさんは朴念仁だし。
ちょっぴり鼻歌まじりで落としてしまった書類を拾おうとした時、しかしながら、今までの鼻歌モードは一瞬で凍り付いた。なぜなら、ほんの2メートル先で、宗介がほかのクラスメートと一緒に恒例の『クラス横断、廊下でUNO』をやっていたからだった。そして、ちょうど宗介が負けたらしく、昼休みの終了を告げるベルと一緒にほかの参加者がおのおの、手持ちのカードを場に捨てて帰っていく。宗介は大敗だったのだろう、恐ろしい枚数のカードを力尽きたように場に捨てると、一人、散らばったカードを集め、手早くカードケースの中に入れ、そして立ち上がって、こっちの方へ歩いてきた。
「ソー・・・」
手伝って♪と呼びかけようとしたが、言葉がそこから先は出てこなかった。宗介は、まるでかなめが困っているのに気づかないような堅い表情で、そのまま通り過ぎてしまった。いつもなら、何も言わずとも手伝ってくれそうな宗介がである。
「・・ソースケ・・・・・・・・・」
もしかして、聞かれたのだろうか。受けるにせよ、断るにせよ、一番、聞かれたくない相手に聞かれてしまった気がする。
宗介はどう思っただろう。傷ついたのだろうか。傷つけてしまったのだろうか。鼻歌なんか歌うほど嬉しそうな自分を見て、どう思ったのだろうか。
結局、放課後の約束はすっぽかしてしまった。それどころか、生徒会室に顔も出さずに、さっさと帰ってしまった。
これでよかったのか、実はわからない・・・。
「さぁみんな!しっかりと並んで。ちゃんと付いてくるのよ〜。千鳥さん、誰かはぐれないように後ろの方をよろしくね」
担任の神楽坂先生が忙しなさそうにクラスの旗を振ってかなめに声をかける。あっという間に月日は過ぎ、今日は修学旅行当日である。一学年全てけっこうな人数になるわけだが、さすがに羽田空港は大きく、簡単に飲み込んでしまう。ただ、やはり広い上に一般客もけっこういるので、団体専用のロビーでさえ、ちょっと間違えれば、すぐにでもはぐれてしまいそうである。
ただ、やはり空港といえば、問題になる男が一人いて・・・。
そう、宗介である。みんなが楽しそうな表情をしている中で、一人厳しく、すれ違い人、一人一人をキョロキョロと見回し、警備員が近づくと、ドキッとしていた。そんな雰囲気は、もうほとんどハイジャックを企てるテロリストそのものだった。もちろん、宗介に言わせれば「空港はテロリストの最も好む標的だ。飛行機の中は逃げられないし、ビルに突っ込むような輩がいたら、空の上だけに、一巻の終わりだからな。怪しいと思うやつは事前にチェックしておかねがならない」なのだろう。そんな馬鹿みたいなやつが平和な日本のどこにいるのかとさえ思う。それに、ハイジャック犯に運悪く遭遇する確率は交通事故で死ぬより低いのではないだろうか。そう言えば、こう反論してくるのは目に見えている。「馬鹿な。例外を作ること自体が危険なのだ。そういった油断をしていれば、敵は必ずそこを狙ってくる」まったく、難儀な男である。なら、どうして空港の警備員にまでも過剰反応するのかと問えば、「昔、アメリカに住んでいた友人が空港で警備員になりすましたテロリストに殺されたのだ。彼は警備員になりすましたテロリストとひょんなことから談笑し、意気投合しあい、警備員の男から娘にプレゼントするはずだったというテディベアをもらったのだ。そして、警備員と別れてちょうど、混雑しているチェックインカウンターで搭乗手続きをしようとした時・・・、テディベアに仕込まれていた爆弾が爆発したのだ。彼はもちろん、即死した。原型が残らぬほどの威力で、親族は現場に散らばっていた肉片を集めて、棺桶に入れたそうだ。事件は死者・怪我人を含めて75人という、大惨事になった。空港では、どんな人間であれ、信用することはできない」と返ってきた。確かに、テロリストが警備員になりすまして、空港で銃を乱射するなんていう映画があったような気がするのだが、ここまで警戒して、よく空港に来れるものだと思う。
とりあえず変な行動に移らないのを安心して、かなめはほっと一息をつく。何か問題を起こすとしたら、悲しいことに宗介くらいしか思い当たらない。迷子くらいは出るかもしれないが、高校生になって今更・・と思わないでもない。
かなめと宗介は、あれ以来、しばらくして今まで通りの二人の関係に戻っていた。時間があいていれば一緒に下校していたし、お昼も一緒に食べることが多かった。気が向けば、お弁当を作ってやらないでもなかったし、何度も、夕飯に呼んだりもした。平面上は元通りの二人だったし、滝川・・じゃなくて、滝本君だったか。彼も約束をすっぽかされたこと=ふられたと考えたのだろう、あれからかなめの前に現れることもなかった。こう言ってしまえば失礼かもしれないが、修学旅行の準備やら計画やらで実行委員でもあったかなめは、生徒会の激務と併せて、大忙しだったのだ。ちょっぴり、彼自身のことも忘れていたとしても、誰が責められるだろうか。
『ソースケっ。まさかとは思うけどあんた、銃とか持ち込んでいないでしょうね・・』
誰にも聞かれないように、こそこそっと尋ねるかなめ。ちょうど、金属探知器の前でのことである。ただでさえ、空港がテロリストのメッカであると言いたそうな宗介のことである。完全非武装でのこのこと足を運ぶことを是とするであろうか。さらに、前回の修学旅行では本当にハイジャックされてしまったのだ。自分が当事者ではあったのだが。その辺もあってか、宗介はなにやら準備をしていたようである。まさか、機長の首根っこを捕まえて尋問と言う名の拷問はしないと思うが、まるっきり否定できないのがさすがに怖い。
「金属探知器のことを言っているのだろう?武器は全て探知機にひっかからないように細工済みだ。問題ない」
「問題ない」じゃない〜。問題は大ありである。飛行機の上で、恐ろしい爆弾を抱えたような、そんな気分でかなめは頭を押さえる。急に、頭痛がしてきたのだった。だが、そんなかなめの様子を和らげるように?宗介は予想だにしなかったことを教えてくれた。
「安心しろ。今回は前回みたいなことが起こらないように、ミスリルが対処済みだ。機長はクルツが務めているし、フライトアテンダントはマオだ。デ・ダナンも極秘で周辺海域を警戒しているし、空も最新鋭の戦闘機が陰ながら護衛している」
それはさすがにやり過ぎではないのだろうかと思う。だが、宗介に言わせると、前回、修学旅行がダメになったせめてものお詫びなのだそうだ。二度、同じ手で襲ってくる可能性は低かったが、そうでもしないと、ミスリルとしても宿題をやり残しているような、そんなどこか落ち着かない気分になるのだろう。
かなめは納得して、機上の人となる。座席に付けば、そこはもう修学旅行気分満開な生徒たちの前哨戦の場所だった。2度目の経験であるはずなのに、飛行機に乗るのが初めてだとか、落ちるんじゃないかと最後のお別れを言ったりだとか、トランプを持ち出しおやつを早速賭けにするものなど、それぞれがそれぞれの方法で空の旅を楽しもうとしていた。かなめは点呼を終えて先生に全員、無事に飛行機に乗り終えたことを告げてからUNOをやっているグループの中に混じっていった。宗介の方をちらっと見たが、宗介はみんなと遊ぶことなどせずに、さっさとリクライニングを倒して睡眠しているようだ。もしかしたら、また何か事件があるのではないかと緊張して昨夜はあまり寝ていないのかもしれない。
ともかく、世界一、安全な飛行機が、20分後に羽田の空に飛び立った・・・・。
続く
あとがき
前編、終了です。しかし、フルメタの小説は専門用語が多くて大変です。普通に学園もののラブコメをやっている分には関係ないんでしょうけどね。(笑)
ところで、当初の予定では普通にソースケがボケてかなめがつっこむといういつものパターンなどたばた劇を予定していたはずなんですが・・・、すごくシリアスですがな。どうしましょう。ところで、テッサなんかも出現必至で大丈夫なんですかね。いや、ソーカナの予定が・・。波乱は確実ですね・・。こういうのでいいのでしょうか・・・。
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