シオン様、本能寺編。
出演
織田信長:シオン様
森蘭丸:ウリック(ウリ丸)
明智光秀:レム(明智日向守レム)
ここは京の都。荒廃と退嬰が謳歌していた京の都も尾張のうつけ殿、シオン様の統治によってかつて
の賑わいと活気を取り戻しつつあった。
そして天正十年、六月二日。早朝、本能寺にて・・。
その日はごく普通に訪れた。
朝日は寝ぼけ眼に眩しいものであったし、すずめのさえずりもなんら変わることはなかった。
シオン様はいつも通り早朝6時に目を覚まし、いつも通り洗面所に向かった。
初夏。日差しは日を追うごとに強くなり、夏の鼓動がすぐそこまで見えていた。
桶に張られた水に手を入れる。汲みたての水。井戸深いその水は気持ちいいくらいに冷たかった。水
の感触を確かめるように軽く手を洗う。両手で水をすくって顔に思い切ってかける。冷水が神経の隅々
まで行き渡り、今、完全に目が醒めた。
いつも通りの朝だった。
「ウリ丸、ウリ丸!」
最愛の小姓の名前を呼ぶ。
「殿、お呼びでしょうか」
音速で現れたウリックが階下に控える。
「うむ。腹が減った。飯をもって来い」
「はっ」とかしこまってウリックは廊下の遠くに消える。しばらくとたたない内にお膳を抱えてウリッ
クが戻ってきた。
「まずい」
箸を一つつけて発した言葉はそれだった。
「まずい。まずいまずいまずい。やいウリ丸、お前のまずい飯を陣中で食っていたら舌がそれに慣れて
しまった。責任をとってお前が作りなおせ」
そう言われたウリックは黙々とお膳を下げて隣室に向かった。実はもうこんなことが10日も続いて
いるのだ。小心者のウリックとしては料理長を気づかってシオン様が食事をとっていないことを告げて
いなかった。そして隣室に自分の作った料理をすでに用意してあるのだ。
ウリックの目に旗が入ってきた。
この屋敷の外側に林立する旗。それは見覚えのあるものだった。
なぜ明智日向守レム様の軍勢が‥‥?
しかし疑念はすぐにとけることになる。パーンと鉄砲の音が轟いたのだ。
「シオン様!」
慌ててシオン様のところに駆けつける。ばたんと襖を開けた。
「たっ、たいへんです!明智日向守レム様が謀叛にございます!」
真剣に言ったつもりだった。しかし、
「うりーっく、飯はどうした!」
と、こんな感じなのだ。
「と、殿。謀叛ですよ、命が危ないんですよ」
「メシだメシ。ハラがヘッタ。ご飯をくれないといやだい、いやだい、いやだい‥‥」
こ、この殿様わぁ。
渋々とお膳を取りに行った。その間に完全に本能寺は包囲されてしまっていた。
「殿、食事を済まされましたら速やかに血路を開いてお逃げいたしましょう」
「いや、レムのことだ。包囲は完璧であろう。逃げるだけ無駄だ」
「と、殿。ごはんつぶほっぺに付けて説得力ないですよ。
それに殿がメシだメシだ言わずに逃げていてくれれば包囲網を突破できたんですよ。わかっているん
ですか」
「むぅ。さすがは明智日向守レム。俺様がメシを食べる時間まで計算していたか」
そんなことはぜったいにないです。
カツッ。
ふすまに矢が立った。
「殿、弓を!」
ウリックも弓をとって戦う。一本、一本と敵に向かって射る。敵兵の一部が塀を乗り越えて来る。そ
れを一つ一つ潰していく。
ドン。
遠くの方で爆音が轟いた。
「門を破られたぞ」
「殿の下へ退け、退け」
「喜平!喜平!」
バン!
「‥‥‥‥‥‥」
シオン様の弓の弦が切れた。強く引きすぎたためだろう。一瞥して無用になった弓を投げ捨てる。
「ウリ丸、槍をもてい!」
もう何人もの敵兵が塀を乗り越えてきていた。
「はっ!」
ウリックも弓を投げ捨てる。すぐに槍を持ってきてシオン様に手渡した。
「殿!」
ばたばたと数人の家臣が駆けつけてきた。ウリックは刀で応戦する。無勢ながらシオン様以下数名は
多数の敵兵と互角に渡り合っていた。
「火だ!火が出ているぞ。消せ消せ!」
誰かが遠吠えした。しかしそれに応えられる者は誰もいなかった。
「殿、ここはもう持ちこたえられません」
庭を埋めつくすほどの敵兵がすでに降り立っていた。縁側から死闘を続けていた味方も一人、また一
人と倒れ、シオン様とウリック、それに3人以外に生存者はいなくなった。
「ウリック殿、殿を頼みます」
ウリックは力強く頷いてふすまを閉めた。室内は外のそれと対照的に静まり返っている。無駄に広い
畳部屋だった。
「殿‥‥」
シオン様は部屋の中央にたたずんで愛用の扇子を取り出していた。
「ウリ丸。俺様最後の舞だ。鼓を‥‥」
死を目前としてシオン様の表情は神がかり的なものになっていた。否応なしに鼓を手に取って拍子を
取りはじめた
「人間五十年、
化天のうちをくらぶれば、
夢、幻の如くなり。
ひとたび生を受けてより、
滅せぬもののあるものか・・。
死のうは一条。」
最後の舞。室外は大喧騒にひっくり返っているのにここだけは水をうったように静まり返っていた。
ただ一人、シオン様だけが脈々とした舞を続けていた。
「死のうは一条‥‥‥‥。」
急に舞を止めて言葉を繰り返した。
「死ぬなんていやだい」
扇子をばたりと下に落とした。
「まだ10代だぞ。
人間五十年なんて言ってもまだ40年以上あるじゃないか。
いやだい、いやだい、いやだい、いやだい」
こ、この殿様わあ。
「シオン、いい加減に観念しろよ!ここで潔くしなないでどうするんだ」
「いやだい、いやだい、いやだい、いやだい。
レムめ、いったい俺様が何をしたというんだ。蚊と間違えて蚊とり線香100本で燻り殺しそうにな
ったことか?それとも魚を釣るために餌にしたことか?いったい何が不満だというんだ」
そ、それはもちろん怒って当たり前かと。
ウリックは半分呆れ顔だった。
「うりーっく、逃げるぞ」
「はい?」
一瞬、言ったことがわからなかった。
「だーかーらー逃げるんだ。
殿様の地位も天下も家臣も民もぜーんぶ捨てて、俺様と二人で逃げるんだよ!」
ぷろぽーず?じゃないよね。
まだ混乱していた。
そうこうしている間にも次から次へと矢が射込まれ、どこからか出た火が寺全体を包みつつあった。
もうしばらくすれば、火は完全に寺を飲み込み、柱が焼け落ちるだろう。シオン様は慌ててウリックの
腕を引っ張った。
「いいから来い!しっかりと掴んでおいてやるから、勝手にはぐれるなよ!!」
シオン様はすっごく真剣だったけど、いったいどうやってこの重包囲の中から脱出するのだろう。こ
のまま火に焼かれて死ぬことのほうがよっぽど楽かもしれない。
「シオン‥‥どうやって逃げるんだよ‥‥‥‥」
ウリックの当然のつぶやきに、しかしシオン様はとっておきの答えで切り返した。
「実はな、こんなこともあろうことかここに洛中に通じる秘密の抜け道を作っておいたのだ」
そう言うやシオン様は掛け軸の裏をめくって秘密の通路を出現させていた。
「ほよよ?こんなのアリ!?」
歴史が、変わっちゃいませんか?
「ほら、急げ!天井が崩壊するぞ!!」
ウリックはシオン様に引っ張られて、からくも焼け落ちようとしている本能寺から脱出した。その直
後、本能寺の天井は焼け落ちたのだった。
「シオンはどこだ?シオンの首はどこだ!?やつの首を見るまでは安心できん。ええい、誰か火の中に
入ってシオンの首をとって来い!!取ってこれたやつには副将軍の地位を安泰してやる」
同時刻、焼け落ちる本能寺の前で取り乱した明智日向守レムが家臣たちに取り押さえられていた。
けっきょく、レムが本能寺跡内に踏み込めたのは次の日になってからだった。しかし、焼け跡のどこ
を探してもシオン様の遺骨は発見されなかった。レムはその報告を聞いて自らも焼け跡の地面を掘り返
しまでしたが、やはり結果が変わることもない。そのことにレムは恐れに恐れたが、レムが恐れたよう
に、シオン様がレムの目の前に出てくることは永遠になかった。
レムは、幻想に狂いながら、シオン様の敵討ちにやってきた羽柴筑前守カイによって天王山で討たれ
る。
歴史は本能寺の編でシオン様の死を記すことになるが、今でもどこかの村でシオン様とウリックが楽
しそうに生活している姿があるはずである。
「いやだい、いやだい。農作業なんて俺様の仕事じゃないやい」
「このワガママ太郎!いっつもいっつもワガママを言うんじゃないよ。あんたはもう殿様じゃないんだ。
しっかり働けぃ!!」
あなたの隣に住む夫婦が、毎日このような痴話喧嘩をしているとしたら、それはシオン様とウリック
かもしれない。
じゃんじゃん。
<完>
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