浪漫倶楽部。
学校の裏側にある小さな丘。
昼休みにランチに憩う者もなく、ただひっそりとそこにたたずむ。
誰にも見向きもされない丘。
学校の中の人間でさえ、裏に丘があることを知らない者が多い。
いや、実際に気づく者が少ないからだろう。
しかし丘は若々しく息吹いていた。
若芽が伸び、ツクシが顔を出す。爽やかな風が吹けば木々は軽やかに首をもたげるのだ
った。
風が薫る。
土の匂い、草の味、花の甘さ。風が全てを運んで来る。
十分に人を憩わせる理想の丘のように見えるが、やはり誰も見向きさえしない。
もし、ここに桜の木でもあれば話は変わっただろうが。
ひらひらと散る。
廊下を何気なく歩いていた一人の少年の目に淡いピンク色の花びらが見えた気がした。
「火鳥君、今日も暇なのだ」
「そうですね、最近、不思議事件も起きていないですし。クラブとしてはすることなくて
暇かもしれませんけど、でも不思議事件は誰かが不満があるから起きるんですよ。事件が
起こらないってことはみんな幸せなんでしょうね」
いつものように、お菓子を食べながら部長と火鳥が部活動のことについて話している。
「うむ。いいことなのだ。ところで、今年のお花見はどこでするのだ?」
「お花見ですか?上野公園は人ゴミで大変ですし、近所の公園もお花見客でいっぱいです
しねぇ。場所取りが毎年大変なんですよね」
ポテトチップスを一枚、食べて呟く。
「どこか誰もいない穴場なんてないのかな」
「部長、そんな場所あるわけないじゃないですか。どこも桜の木がある場所はお花見客で
いっぱいですよ。でも、逆に桜の木がない場所は寂しいですよね」
空になった袋を握りつぶす。
「学校の裏の丘もそうなのだ。いつも人は少ないけど、でも桜の木さえあれば、誰かはお
花見に行くのになぁ」
「僕らが使いたいくらいですよね。明日、見に行ってみますか?もしかしたら誰も知らな
い場所にひっそりと生えているかもしれませんよ」
まさかねぇ、といった程度の感覚で火鳥も相槌を打つ。少し変な所はあるが、大別すれ
ばこの時期、どこでも話し合っていることだった。それ以上でもそれ以下でもない。しか
し、次の瞬間に、新たな闖入者によって事態が180度変わるのだった。
“ガラガラッ”
「火鳥君、部長、大変よ!裏の丘に桜の木が生えているの。それも一本だけじゃなくて、
50本くらいも。昨日までは確かになかったはずなのに。もう学校中の皆が裏山に桜の木
なんてあったかどうかで大騒ぎなのよ」
息を切らしながら入ってきたのはもう一人の部員、月夜だった。お使いに言ってきたら
しく、ビニール袋に溢れるくらいのお菓子がいっぱい詰まっていた。
桜の木が?そんな馬鹿なと思うが、月夜が勢いよく閉めた扉をもう一度、開けて、廊下
側にある窓、つまり、裏の丘を指し示す。
廊下の窓から見えた景色は、月夜が言ったのとまったく同じ状況だった。それどころじ
ゃない。桜の木が50本というのが過少ではないかと思えるほど、桜は美しく咲き乱れて
いた。
「おい、学校の裏の丘に桜の木なんて生えてたっけ?」
「いや、昨日、学校から帰るまではなかったはずだけど・・・」
「今まで、気づかなかっただけなのか?」
「そんな馬鹿な。これだけの桜の木があれば、とっくに町中の名所になっているはずだ」
「だいたい、一夜で満開になるわけないだろ。昨日もこれだけの桜があったなら、確実に
5分咲きなり、蕾なり見えているはずじゃないか?」
廊下には、学校中の生徒たちが裏の丘を見て、それぞれお疑問を言い合っていた。他の
生徒の説明で、火鳥も部長も現状が何であるのか理解できた。
「部長!不思議事件ですよ」
「火鳥君、不思議事件なのだ!」
二人同時に、目を輝かせて言い合う。そう。待ちに待った不思議事件だった。事件が起
こらないと物語が進まない。
「よし、部員は全員、裏山に集合なのだ。各自、お花見の準備をしてくるのだ」
本当に事件を解決させようとしているのかどうかは疑わしくなる。
「みんなお花見してますね〜」
部員たちが自宅へ各自、お花見に必要なものを揃えに行った。火鳥がシートやポケット
カラオケセットや、その他宴会道具を。月夜が重箱のお弁当を用意すれば、部長が飲み物
やおつまみ全般をそれぞれお持ち寄った。
そのおかげで、いい場所はみんな他の生徒たちに取られてしまっているともいえる。5
0本もの桜の木があるのだが、辺り中、生徒や先生たちによって埋めつくされている。そ
れぞれが用意がいいことにお弁当やらジュースやら、そしてお酒やらを持ち合って宴会を
大々的に開いていた。
「場所、あるかしら・・・」
月夜がつぶやく。確かに、どこにも彼らが陣取る場所は残されていなかった。少なくと
も、桜の木の下は。しかたなく木から離れた芝生の上に座ろうかと考えた瞬間、助け船が
入る。
「あぅ〜、火鳥〜ぃ、場所を取っておいたのだ〜。はやく〜、お腹ぺっこぺこだぞぅ」
騒がしい声の中でも一筋の声が響く。そうだった。姿が見えないと思っていたら、コロ
ンが場所を取っていてくれたらしい。
「コロンちゃん、よくやったのだ」
部長がぐっと親指を立ててコロンを誉める。
「部長、コロンに場所取りを頼んだんですか?」
自慢気に肯く部長。どうやらそういうことらしいのだ。
「月夜のヤキソバうまいのだ〜」
「ささ、火鳥君、ぐいっと飲みたまえ」
「部長、これお酒じゃないですか」
「コロンちゃん、この煮物も美味しいわよ」
「少しくらいいいのだ。花見に酒がないなんて許せないのだ。そうだよね、月夜ちゃん」
「はい〜。火鳥君、そんなカタいこと言っているとモテないわよ」
「月夜ちゃん?ちょっと、部長。いつの間に飲ませたんですか。できあがっちゃっている
じゃないですか」
「火鳥君、あなた可愛いわねぇ。キスしちゃいたいくらいだわ」
「ちょっ、ちょっと月夜ちゃん・・・?」
「可愛いのだ〜。きす、きす〜」
「さぁ、次は火鳥君が歌う番なのだ」
「王様げ〜む。3番が2番に二人羽織でこの里芋を食べさせるのだ」
「こっ、コロンちゃん?右、もう少し右だってばぁ」
「コロン。そっちは左〜(笑)」
「火鳥君、こんな不思議事件なら大歓迎なのだ」
「部長、演歌かっこいいですよ〜」
「おらぁ、酒もっともって来い〜」
素晴らしい時間はあっという間に過ぎ、そして夜が更けていった。時が明日を告げる時
には、丘にはもうだれも残っていなかった。不思議事件とは言え、誰も何か困ることもな
く、全ての人がふと現れた桜の宴会を楽しんでいた。そして時は過ぎ・・・。
「火鳥君、今日は何月何日だったかな」
いつものように、浪漫倶楽部の面々はひま暇でどうしようもなく、ただ部室で放課後の
お茶会を行っていた。(実際には部長と火鳥だけがお茶をすすりながらだべっているだけ
なのだが)
「4月20日ですよ」
「そう。4月20日なのだ。・・・。火鳥君、今日は何月何日だったかな」
ボケているのではない。火鳥は怒りもせずまた同様に答える。
「4月20日ですよ」
次もまた同様の問いかけは・・せず、部長は少し考えた末に断定した。
「・・・・。そうなのだ!今日は20日なのだ。10の位が2で1の位が0なのだ。4月
も後半にさしかかっているのだ。でも、なぜ裏の丘の桜は咲いているのだ?」
そう。あれから10日以上経つというのに、桜の木はいっこうに散ろうともする気配さ
えなかった。それどころか、満開時と変わらない美しさを今でも保ちつつある。
「さぁ、どうしてでしょうねぇ」
火鳥がずずずっとお茶をすする。
あまりにも悠長すぎる答えかもしれない。火鳥は火鳥で少しばかりのいぶかしさを考え
ていたが、それでも今はお茶をすすることが大事だった。
「火鳥君、部長、大変よ。桜が散らないものだから、学校のみんなが気味悪がってるの。
生徒の中にはお化け学校だって寝込んじゃう人もいるらしいし、他にも学校側に気味の悪
い桜の木を全部切り倒すように要求した人もいるそうなの」
せききって月夜が部室に駆け込んできた。
「それは大変なのだ!みんな、これは不思議事件なのだ。学校に切り倒される前に、私た
ちが事件を解決してしまうのだ。みんな、裏の丘に集合〜」
「しゅうご〜」
部長とコロンが騒ぎながら裏の丘に駆けだしていった。月夜も、少し後ろを気にしなが
らついていく。火鳥は、部長たちと一緒についていかなかった。どこかおかしいが、火鳥
はゆっくりとお茶を飲み干して、そしてゆっくりと部長たちの後を追いかけていった。
「サクラ‥‥」
遠き遙か過去に起こった出来事と、想いを重ねながら。
火鳥は部長たちと合流せずに、一人、丘の外れのほうにある一本の枯れ木の前にたたず
んでいた。
「・・・・・・・・・」
もう20年近くも昔に枯れてしまった木だった。丘のはずれに、隠れるようにひっそり
と生えていた。
この木が、なんの木であるのか。それは、彼の父とその初恋の人、そして火鳥だけが知
っていることだった。
ソメイヨシノの老木。
かつてはこの老いた木に満開の桜を付け、そして年にわずかな人の心を憩わせた。今か
ら20数年前の追憶。一人の少女と少年の話。サクラとリキ。父と、その初恋の人の名前
だ。
去年、火鳥たちの前に小さな不思議事件が起こった。
コロンが見つけた裏の丘の桜の木。
この枯れたはずの老木だった。
それが、往時の美しさを取り戻したかのように、桜が咲き乱れていた。
そこにお花見に行ったら、一人の少女が先にそこにいた。
少女は、火鳥を見つけると、輝くような笑顔で彼の方に走りだし、そして抱きついてき
たのだ。
しかし、まじまじと彼の顔を眺めた後、滝下に落下したかのようながっかりとした顔で
彼を突き放した。そして、また桜の木の下に走って戻っていく。
彼女は、誰かを待っていたのだ。
そう、火鳥の父、リキトを。中学生当時の姿そのままで。
「サクラさん・・・。
今年も父に逢いに来たのですか?」
桜の木は答えない。それが悪いことだと、火鳥は思わなかった。
沈黙が続く。
まさか、とは思わない。もう、事件は解決している。本来ならこんなことが起こるはず
もないのだ。
火鳥の頬にどこからか流れてきた桜の花びらがかすめた。
白血病で亡くなった彼女。その想いは既に父の心の中におさめられている。
では?
この桜の騒動はなんなのだろうか。
わからないことがいっぱいあってもいいかもしれない。
そうでないと、世界が楽しくない。
この丘がくれた小さなプレゼント。
サクラさんの最後のお礼かもしれない。
「サクラの木には強い想いが埋まっている・・・・・か」
この想いはなんなのだろう。
みんなの想いか、誰か1人の想いか。
火鳥は小さくお礼を言って、老木を後にした。
このおじいちゃんの、最後の願いだったのかもしれない・・・・。
次の日、あれほどたくさんあった桜の木は、学校に来たときには全てなくなっていた。
「END」
あとがき
若干、原作とは違う設定になってます。あしからず。(笑)
えっと、浪漫倶楽部って難しいですね。本当にこんなのでよかったのかどうか。こまりものです。もう少し上手に書ければよかったんですけどね。まったくらしくない浪漫倶楽部になってすみませんでした。次があるかはわかりませんが、もう少しがんばりたいですね。
戻る