サクラ、サク‥‥。
何の雑音もない静夜。ただ、闇と、静かな風が吹く。
何もない空き地に、一本そそり立つ桜の木。樹齢は数百年を数え、幾多の歴史をその年
輪に刻んできた霊樹だ。
桜は満開である。
そう、咲き乱れるほどの満開。濃紺の闇に寒気がするほど美しく、桜は咲いている。不
思議なのは、闇の中で、桜の木が浮かんでいることである。いや、桜の木は何者かによっ
てライトアップされ、鮮烈な光が闇の中で桜だけを浮き上がらせているだけである。
この、桜の木は、何故こんな場所で咲いているのだろう。
誰もいない公園、花見客の誰もいない桜の木。他の多くの木と違い、ただ一本だけそこ
にある。
ただ一本だけ、自己主張するようにあるのだから、この木は特別に美しく見えるのかも
しれない。
桜の花びらがひらひらと散っている。
ひら、ひら、と。
夜桜はとはこの木のためにあることばかもしれない。どうして昼間にはこんなに淡いピ
ンク色をしている桜が、夜には鮮やかなまでのピンクに見えるのかしら。
美しい桜の木の下には死体が埋まっている。
そんな噂話が真実味を帯びるのも、こんな美しい桜の木があるからだろう。
桜の木の下に埋まっている死体から、血を吸い上げて花びらを染める。
本当は、桜は真っ白な花をつけるのだと。聞いたのは誰からだったかしら。
小さい頃、私は桜が怖かった。それも夜の桜が。一人で歩いていたら、桜の木が動きだ
して、その大きな根っこで私を地中に引きずり込まれるのではと恐怖したものだ。
それでも、桜は好きだった。
怖いから好きなのかもしれないし、それ以上に、桜の美しさに魅とれていたのかもしれ
ない。
満開の、少し散りはじめた桜の木。ひらひらと散るは憂愁の美しさ。突如吹く一陣の風
に舞う花びらの中を私は立っていたい。
まるで、吸い込まれるような桜吹雪に。
「セリーヌさん」
桜のなかから出てきたのかと思った。急に、金髪の少年が微笑みながら呼びかけてくる
姿が見えたのだ。
「あれ、どうしたんですか?そんなにびっくりして。僕が誰かに見えたんですか?」
彼はクロードだった。自分と一緒に旅をする仲間。まだ粗削りながらいい素質は持って
いると思う。子供っぽいところが可愛らしいが、頼りになる仲間だった。
さらさらの金色の髪。澄み通った碧色の瞳。顔はまだあどけなく、にっこりと微笑む顔
が愛らしい。あの人に、似てる‥‥。
近づいてきたクロードに手をさしのべて、頬を触れる。
やわらかい。
あたたかいぬくもりが手を通して伝わってくる。
彼は本当にクロードだろうか。あの人、クリスそっくりだった。
「せっ、セリーヌさん‥‥?」
少し恥ずかしそうに顔を赤らめるのも彼らしい。
「はっ。なんでもないですわ。ただ、桜に見とれていただけですの」
ふと我に返って手を離す。
「確かに綺麗な桜ですね〜」
振り返ってクロードは桜の木を見上げる。清々しい横顔が零れる。
「僕の故郷にも桜の木があったんですよ。毎年、家族みんなでお花見をしていたんです。
懐かしいなぁ。小さい頃は確実にみんな揃っていたけど、最近は父さんが忙しくていない
場合が多かったんですよ。せっかく母さんが3日前から気合入れてお料理を用意している
っていうのに。もちろん、キャンセルした晩は父さん、母さんに思いっきり絞り上げられ
ていたけど。隣接する道場で稽古相手。現役を退いたといっても流星脚の切れ味なんて全
然変わってないから、父さんは大変そうだったよ」
本当にあったかそうな笑みでクロードは語る。家族に対してのほろほろの笑顔。その顔
が素敵すぎて、胸が少し苦しくなる。
「桜‥‥」
私もいつか、こんな素敵な笑顔を向けられるのだろうか?
「ねぇ、クロード。ソサリーグローブの事件が解決したら、一緒にお花見しない?」
「お花見ですか?‥‥。いいですね、みんなでしましょうよ。レナ、アシュトン、ボーマ
ン先生、プリシス。みんなでお花見したらきっと楽しいですよ」
クロードは少し考えてから、明朗に言葉を紡ぐ。ふたりっきりでという言葉はないのだ
ろうか?
私は、何を考えているのだろう。私にはクリスという人がいるというのに。クロードが
クレスに似ているから?そうかもしれない。でも、本当にそうだろうか?
「レナ、美味しいお弁当作ってくれるかな‥‥。プリシスもきっとヘンテコな料理を作る
んだろうなぁ」
ムッとした。クロードが苦笑いするのを見て、そして、その感情のまま、クロードの手
を思いっきりひっぱる。
そして、引き寄せたクロードを、抱きしようとする。が、身体のバランスを崩して、ク
ロードと一緒に倒れ込んでしまった。
「きゃっ」
ふぁさっとクロードの体重が身体にのしかかる。クロードは重たかったが、でもどこか
安心をもたらしてくれた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
クロードは顔を赤らめながら沈黙する。もちろん、私も。クロードのサファイア色の瞳
に私の姿が、私の紅茶色の瞳にクロードが映る。二人の瞳の無限回廊が永遠の瞬間を刻み
込む。「あっ、あの、レナが心配するから、早く戻らなくちゃ‥‥」
先に我に返ったのはクロードだった。違う。私は、ずっと正気のままだ。クロードは遁
辞を構えて腰を浮かそうとするが‥‥、
「待って。もう少し、このままでいて」
精一杯の気持ちを込めて引き止める。もう少し、クロードのぬくもりを味わっていたか
った。
ひらりと桜の花びらが一枚、顔に落ちる。
今一度、身体にクロードの重みが感じる。
何をするのでもない。ただ、クロードの体重を感じる。
私よりぜんぜん重いはずなのに、それでも重く感じることはなかった。
あったかい。
私の心の中にクロードが入ってきた感じがする。それとも、私がクロードの心の中に入
れてもらったのだろうか。きっと、両方。
そっと、手をクロードの背中に回す。
クロードは、今、どこを見ているのだろう?
ふとそんなことを考える。
きっと、私と同じだろう。クロード(セリーヌ)を感じ、何気なく、桜(草)を見てい
るのだろう。二人の気持ちが、意識が溶け合うような感じがする。
「ねぇ、クロード‥‥」
何を言おうとしたのだろう。
「ごめんなさい‥‥」
謝るべきではなかった。
「貴方は、レナが好きなんでしょ‥‥?」
なんで、こんなくだらないことを言ってしまうのだろう。
「初めて逢ったあの時から、貴方のことが気になっていたの‥‥」
今更、告白?
「私、レナのことが羨ましくてたまらなかったわ。もし、貴方が最初に私の前に現れて来
てくれたら‥‥」
くれたらどうなったの?
「笑っちゃいますわね。こんなこと言ってどうしたいのでしょう。私、貴方に女として、
恋人として見てほしかったのかもしれませんわね‥‥」
卑怯だった。こんなことを言ったら、クロードが困るのはわかっていたのに。
「ねぇ、クロード。大好きよ‥‥」
しかし、クロードは何も応えてくれなかった‥‥。
しばらく抱き合った後、私からこう言った。
「ねぇ、もうどいて‥‥」
クロードは無言で私の上から離れて、そして服に付いた泥を払っていた。私も、おもむ
ろに上半身を起こす。そして、崩れた髪を手櫛で梳かしはじめる。
「今日のことは、忘れてちょうだい‥‥」
悲しみを込めて。ぼーっとした喪失感を含めて。
「セリーヌさん、あのっ、僕はなんて言ったらいいか‥‥」
とても困ったように弁解する。自分を庇おうとしているのではないのだ。私を傷つけな
いように、精一杯考えてくれていることがわかる。
「セリーヌさんが僕のことをそんな風に思ってくれていたなんて‥‥」
あせあせと身振り手振りを加えながら説明する。その姿が、あまりにも可愛くて、つい
笑ってしまった。
「桜が綺麗ですわね」
私の正直な感想は、クロードをも助けたようだ。ほっとしたような笑顔を見せて、追従
する。
「ええ。素敵ですよね。そうだ。セリーヌさん知ってますか?桜って人の心を攫っていく
ことがあるそうですよ」
そうか。私は、この桜を見ていて、そして魅入られてしまったのか。
「私は、もうとっくに桜に攫われてしまったみたいですわ」
クロードは少し驚いたように私の顔を見て、言葉を継いだ。
「僕が聞いた話では、桜に攫われた人は異世界に連れ去られて帰ってこられないらしいん
ですけどね」
くすっと笑う。ここは異世界なのかもしれない。または、まだ心が攫われたままか。そ
のどちらだったとしても、別に嫌な感じにはならない。
「クロード、レナが心配しますわよ」
「えっ、あ、ああ。そうですね。僕はレナの様子を見てきます」
いつものクロードの笑顔で私にそう言った。
「待って、クロード。唇に口紅がついてますわ」
「えっ!?」
本当に、面白いくらい予想内の反応をしてくれる。慌てて、口を拭う。でも、口紅なん
てとれるはずがないのだ。
「クロード。私たち、キスはしてませんわよ」
クロードの目の前に近づいて言う。私の笑いながら言う言葉に、騙されたという感じで
やけ笑う。
「セリーヌさん、人が悪いです‥‥むぐっ」
クロードは絶句した。いや、絶句もさせられた。なぜなら、私が彼の口を封じたから。
もちろん、私の唇で。
優しく、でも激しく、唇を重ねる。
行為は一瞬だったけど、私と、きっとクロードにも長い時間に思えただろう。びっくり
としているクロードの顔を見ながら、私は微笑んだ。
「ほら、さっさと行きなさい。レナが本気で焼き餅を焼くわよ」
どんっ!と背中を押してクロードを去らせる。その勢いのままでクロードは立ち去り、
そして私と、桜だけがその場に残った。
「ふぅ。本当に、子供なんだから‥‥」
消えていったクロードの後ろ姿を想いながら独りごちる。
クロードも、クリスも子供っぽいところはそっくりだった。時々、私はクリスが好きな
のかクロードが好きなのかわからなくなる。
それも、まぁいいかしら。
桜の季節くらい、情緒が不安定になってもいいわよね。
自分に都合の良すぎる答えだが、今は誰か一人を決める必要もない。
どれだけ私を楽しませてくれるか、ね。
トレジャーハンター。セリーヌはそんな人かもしれない。
「クロード、何をぼさっとしてますの。逃げますわよ」
ギャンブルでイカサマがばれて、セリーヌはクロードの襟を引きずって走り去っていっ
た。
「クロード、はい、あ〜ん♪」
「ちょっと、セリーヌさん?なにをやっているんですか!?」
「れっ、レナ?いいじゃない。あなたは毎日こんなことしているんでしょ?」
「してません!!」
セリーヌは変わらない‥‥。
『END』
あとがき
私は、何をしたかったんでしょうねぇ。(笑)桜とセリーヌのイメージが重
なるので彼女の小説を書いてみたのですが‥‥。これはいったい?これはある意味、書い
てはいけなかったような。(笑)無茶苦茶な話です。恥ずかしいを通り越して、これ何?
ですな。(おい)もう少し、小説も上手になりましょう。ところで、次は何を書こうかな。
たびーさんのリクエストでしょうね。きっと。
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