カイと泉とジェンド
 これは大陸にその名をとどろかせた勇者たちを讃える伝説から零れ落ちたほんの一葉の お話。  吟遊詩人が詠う歌のなかでも、ごく限られた、世間の流れから見れば傍流にあたる詩人の みが知る話。  英雄たちの、小さな日常。  火吹き竜を退治するような華麗さはないが、  しかし、それこそが真の英雄たちの姿を伝えるものだろう。  魔物と友達になるあどけない少年。褐色の肌ととがった耳と、そして生きとし生けるもの すべてを刺し貫く憎悪の剣を持つ異種族の戦士。そして、金髪のいつもその瞳に優しさと憂 いをたたえる聖騎士。そんなちぐはぐな3人が繰り広げるファンタジー。今日はその中でも、 とっておきのひとつを紹介しよう。  物語の主人公は、3人の中の1人、カイという名の聖騎士だった。  といっても、別に3人がまだ運命の糸によって手繰り寄せられる前の話ではなく、この物 語中も、3人がディアボロスを倒すための旅の途中だった。 「カイ〜、みてみて〜、綺麗な花だね〜」  街道を行く中、さっきから休む暇もなく道を外れて、目に入るもの全てに興味を示す男の 子、十六夜がカイを呼ぶ。 「それはヒルガオってやつだよ。十六夜、あんまりはしゃぎすぎて迷子になるなよ」  カイはうっすらと汗がにじんだ額をぬぐって十六夜を諭す。十六夜の方はこの炎天下だと いうのに、暑さなんて忘れたかのように元気に返事だけをしてまたちょこちょこと歩き回っ ている。 「まったく、こんなクソ暑いのによく飛び回っていられるものだ」  そう吐き捨てたのは、パーティの中でもっとも暑さに疲弊してぐったりとした表情をして いる褐色の肌の剣士、ジェンドだった。 「子供って言うのはどんなに暑くても外を飛び回っているものなのさ。逆に部屋の中に閉じ こもっているほうがおかしいくらいにね」  カイは横目でジェンドを見る。これくらいジェンドがおとなしいと、可愛く見えるものだ と思う。 「おい、貴様、村はまだなのか?」  ほんの30分前に休憩を取ったばかりだというのに、ジェンドはもうそんな台詞を吐く。 やはり、よほど暑さがこたえているのか。ダークエルフというのは暑さに弱いのだろうか? 「ん?もうギブアップか?そうだな。日没までには次の村に着くと思うんだけどな。ただ、 あんまりゆっくり進んでいると、美味しい晩御飯にありつけなくなっちゃうぞ」  空を見上げると、まだまだ太陽は空高かった。日没までかなりの時間があるのは、言うま でもない。  ジェンドはげんなりしてよりいっそう、歩くテンポが遅れるのだった。 「ジェンド〜、みてみて〜、トンボが楽しそうに飛んでるよ〜」  十六夜の元気な声があたりに響き渡る。 「時枯れの泉ですか?」  村にたどり着いたカイたちはさっそく村に一軒しかない宿屋に荷物を下ろした。  暑さに極限まで疲労したジェンドがカイの荷物を持って先に部屋に旅装を解きに行って いる。十六夜もジェンドと一緒に先に行ってもらって、カイだけが残って受付で宿泊の手続 きをしたり、宿の主人にこの村や近隣での逸話を尋ねていた。 「そうさ、この村のはずれに社があってな。そこに祀られている井戸のことなんだか、この 村では時枯れの泉といって崇められているんだよ。昔、ここらの村に大干ばつが起こったと きのことさ。この村を訪れた一人の旅人が、飲み水にさえ困っている村人のために、村のは ずれにあった枯れ井戸に自らの血を捧げたのさ。乾き、ひび割れた井戸の底の土に旅人の血 が染み込むと、とたんに溢れんばかりの氷のような冷たい水が湧き上がったのだ。自らの血 を井戸に分け与え、村人の乾きを癒したあとに、旅人は感激する村人のお礼も受けずに静か に村を去っていったそうな。去り際に旅人が言った言葉「この泉は時枯れの泉。時を枯らす 力を持つ泉だ。この水は未来から借りてきた水。だが、安心するがよい。この泉の水を使い すぎたからといって、いつかこの村に大干ばつが起こるわけではない。未来に流れる不要な 水を、必要なときに借りてきているだけにすぎないのだから」。旅人が言ったように、以後、 この村に干ばつや洪水が起こることはなかった。おかげでこの村は不作とは無縁の豊かな村 に生まれ変わった。そういう伝説を持つ泉なのさ」 「へぇ〜、珍しい泉もあるんですね」  カイが相槌を打つと、しかし、宿の主人は待ってましたとばかりに話を続ける。 「おっと、この泉をそこらにある眉唾ものの伝説と一緒にされちゃ困るぜ。確かにここまで の話なら、どこにでもある量産品の伝説なんだかな。この泉には他にも神秘的な効能があっ たんだよ。その力がはじめからあったのかどうかはわからないんだが、旅人と泉を感謝した 村は社と泉を管理する神主を選び出し、そして月に一回は神社に生まれた若い娘によって泉 を清め、年に一回は村の中でもっとも器量のいい娘を泉に捧げているんだ。だからかどうか 知らないが、泉には怪我や病気を治す効果があるんだよ。満月の夜に、1人で泉に入って身 を清めるんだ。そうすればどんな難病だろうが、大怪我だろうが一晩のうちに治癒してしま うんだ。満月まではまだ3日もあるが、もし時間があるのだったら、どうだろうか、泉を見 ていってはどうか?別に満月の夜でなくても泉の水は滋養回復に効果があるから、水筒に水 を詰めていけばいい。夏バテにももちろん効果があるぞ」  伝承としては珍しい部類といえた。嘘みたいな話だが、魔力を持つ乙女が祈り続けること によってマジックアイテムを作るという手法は現実に存在する。この話もその親戚みたいな ものなのかもしれない。 (ジェンド、夏バテがひどかったよな。治ったら喜ぶかな)  カイはいい話を聞いたと思って、いったんの情報収集を終える。この村は時枯れの泉の魔 力のせいか、魔物の被害も少ないという。  夕方。夕焼けに染まった村の丘を見上げながら、カイは十六夜たちが待つ部屋へと戻って いった。  カイはぎゅ〜っとベッドの感触を楽しみながら、枕を抱きしめた。 久しぶりのふかふかのベッド。太陽に十分に干された布団は懐かしいいい匂いがする。 最近、野宿が続いたからなぁ。 この暑さの中では確かに厳しかった。夜になれば涼しくなるとは言え、野宿では昼の炎天 下の疲れはとれない。目に見えない疲労がカイの中にも溜まっていったと思える。堅苦しい 旅装を脱いで、Tシャツ一枚になって手足の羽を伸ばすと、本当にそう思う。 「ふぅ。いいお湯だった・・・」  ガチャっと部屋の扉が開いた。入ってきたのはお風呂上りのジェンドだった。まだお風呂 上りで湯気が立っているジェンド。濡れた髪をタオルで拭いているジェンドは、カイを一瞬、 ドキッとさせた。 「ジェンド、綺麗だよ・・」  ずごっ!カイの冗談(?)に、ジェンドは顔を真っ赤にして必殺技のいわ攻撃をする。「か らかうな!」と吐き捨てて自分のベッドに足早に座り、そして髪を入念に拭き始める。  どこからか召還されてきた大岩をどかして、カイはふぅっと一息つく。そしてジェンドを 見る。 (本当に綺麗だと思ったんだけどな)  ジェンドは髪を拭き続けていた。垣間見えるうなじにやはり色っぽさを感じる。  こういう風にしていれば、女らしく思えるのにな。  いつものジェンドからは想像つかないくらいに。  以前はこういう姿を見ても女性だと気づかなかったのだけど。  部屋は今、ジェンドと二人っきり。しかも、ジェンドはお風呂上りで無防備な格好をして いる。こんなことを考えていると、つい、邪なことを考えたくなる。 「ジェンド・・・」  音もなくジェンドの傍に近づいて、そしてジェンドと一緒のベッドに乗ると、きぃっとき しむ音が聞こえる。その音にジェンドが気づいて初めてカイに接近されたのだと知ったが、 カイのなんとも言えない艶のある雰囲気に気圧されて、抵抗することを忘れてしまった。  カイは何も言わない。何かに取り憑かれたように無言で顔ジェンドの顔に近づけていくと、 じっとジェンドの紫色の瞳を見た。 (なっ、なにをする!)  ジェンドは自分の顔がカイの瞳に映るくらい接近されて、心の中で思った。けれども、ど うしてか心の中で拒絶しても抵抗することができなかった。カイの為すがままに、身を任せ ていた。 「ジェンド、綺麗だよ・・」  ビクッとした。カイが、肩に触れたのだ。一瞬、気が逸れて次にカイを見ると、カイはち ょっと目を逸らす前以上に近づいていた。肩を掴まれてカイの身体がジェンドのすぐ横、密 着する位置にまで接近してきた。  じっと、目と目が逢う。次に何が起こるのか、ジェンドは本能で悟っていた。  カイのしなやかな指がジェンドの顎をくいっと持ち上げる。カイの息がジェンドにかかる くらいにまで顔と顔が接近して、ジェンドはたまらず瞳を閉じた。ゆっくりと、カイの瞼も 閉じていく・・。そして・・・・、 「カイ〜、ジェンド〜、見て見て〜。ほら、旅館のおばちゃんから飴をもらったよ〜」  肝心な場面で本来いるはずの第3者、十六夜がばたんと部屋のドアを開けて闖入してくる。 あどけない笑顔で飴玉を見せる十六夜の言葉は魔法の言葉だった。それまで悪い魔法使いの 金縛りにあっていたかのようなジェンドは我に帰り、不埒な真似をしようとしていたカイに 鉄拳制裁を加える。  ずががががーん。 「なっ、なにをしようとするか、この痴れ者が!」  顔を赤らめ、息を切らせて言い放つ。対するカイは何が起こったのか一瞬わからず、きょ とんとしていた。なにかに憑かれたのはカイのほうだったかもしれない。  布団ですまきにされながら、カイはゆっくりと月が空高く上っていくのを見た。  いくら布団のなかにいるとはいっても、夜風は身にしみる。  そう、ジェンドや十六夜が部屋の中ですやすやと眠る中、カイはジェンドに布団ですまき にされて外につらされたのだった。 「ふっ、まったく、照れ屋さんなんだかラ」  そんな風にかっこつけてみても、まるっきり意味がなかった。虚しさにかられて、額から 汗を一筋、流す。  でもどうしてあんなことしようとしたのだろう。 ジェンドが珍しく女性らしく見えたから? それとも、つい、曾おじいちゃんの遺言、「女性に声をかけるのは男の義務」を実行して みたくなったから? はたまた、ジェンドのことが好きなのか。 考えてみても、容易に結論が出るものではなかった。  まぁいい。今日はもう寝よう。明日になれば、少しはわかってくるものもあるだろう。  時枯れの泉にもジェンドを連れて行くことになるだろうし。もしかしたら、そこでなにか 答えが見つかるかもしれないし。 ふくろうが鳴く声を聞きながら、カイはゆっくりとまどろみに包まれていった。 「醜き魔物たちよ、この魔法使い、カイさまが来たからには今までみたいに好き勝手にはさ せないぞ。さ、お嬢さん、怖かったでしょう。でももう大丈夫。良い魔法使いが貴方の恐怖 と心を奪ってさしあげますから」  さっとお嬢さんの手をとって大きな素振りで頭をカイは下げる。魔物には厳しい目付きを、 お嬢さんには優しい笑みをプレゼントして、カイはお嬢さんを自分の背後に隠れさせて魔物 と向かい合う。 「さぁ、かかってこい。おや、怖いか。そうか。それならこちらから攻めてあげよう」  高らかと杖を掲げた後に、カイは大きなマントを翻して魔物に突撃する。  カイはどうしてか魔法使いの格好をしていた。シルクハットとタキシード。それに裏地が 真っ赤なコート。杖。まるでマジシャンのように。そしてカイの背後に隠れた女性は、浅黒 い肌をした紫色の髪を持つ、純白のドレスを着た女性だった。 「たぁっ!」  杖を猛烈な速度で突くと見せかけて、手首を返して斬撃に変更する。痛烈に魔物の肩を叩 くと、一瞬で身体の向きを変えて魔物の反撃、カイなんかは一撃で切り裂いてしまうような 強力な爪を紙一重でかわす。そして大きく振られた魔物の腕の死角にすばやく潜り込んでは にっこりと微笑んで魔物に挨拶をする。逆上した魔物がカイに体当たりを決めようと突っ込 んでくれば、マントを使ってひらりとかわした。大きく跳躍して魔物の頭の上にたって、そ してすぐにちょこんと降り立つ。カイが微笑むたびに魔物は頭に血を上らせ、カイがマント を翻すたびに魔物が傷つけられていく。魔法を使わない魔法使いは、しかしながらまるで魔 法のようだった。  変幻自在。  そう、魔物はカイの動きを捕らえることができないのだ。攻撃されると思って防御すれば、 杖はポンっという音とともに消失し、かわりに花束が飛び出る。カイがシルクハットを脱げ ば、ハトが飛び出した。もちろん、手品だけでなく、攻撃もする。どこからともなく剣を取 り出すと、ふっと鼻で笑って剣を突き出す。それは確実に魔物の血と体力を奪うものだった。 一本刺しては、また次の剣を取り出し、また刺していく。  1本、2本、3本・・・。  次々と刺されていくにしたがって、夥しい量の血が魔物のすぐ下の地面にたまっていき、 動きも次第に鈍っていく。観客、(この場合はお嬢さん)に最後に一礼して最後の剣を魔物 に刺すと、断末魔の声と一緒に煙が出て、次の瞬間、魔物は人形に変わっていた。  てこてこと人形に近寄ってカイがそれを拾うとお嬢さんの方へ持っていく。  何が起こったのか理解できないで呆然としているお嬢さんの手に人形を渡すと、カイは静 かに微笑んで一礼した。 「さぁ、お嬢さんを怯えさせていた意地悪な魔物は魔法使いが人形に変えてしまいましたよ。 もう怖がることはありません。人形が動き出してお嬢さんを困らせるなんてことは起こりえ ないのですから。  さぁ、おかえりなさい。貴方には待っている男性(ひと)がいるのですから」  お嬢さんがはっと気づいたとき、もう既に魔法使いは彼女の目の前から消えていた。そし て、彼女自身の夢も、また醒めようとしていた。  お嬢さんはジェンドだった。  夢が夢であることを気づいたとき、ジェンドは現実の世界に戻ってきた。  雀が遠くで鳴いているのを聞きながら、ジェンドは夢のことを思い出す。  手にもっていた人形を。  その感触は、まだジェンドの手の中にあった。  ベッドの隣で十六夜がまだすやすやと寝ている。  カイは?  カイは蓑虫のように窓の外にぶらさがっていた。  そうだ。自分が昨晩、やったのだった。  ジェンドはパジャマ姿のままベッドを降り、横にたてかけてあった剣を手に持つと、ずか ずかと近寄って、窓を開けた。  カイが気持ち良さそうに眠っていた。  そのカイを支えているロープに目をやると、手にもっていた剣をすらっと抜いて一閃した。  もちろん、ロープは切れてカイは地面に落下する。  ずっどーん。 「いったぁ。なにするんだよ、ジェンドぉ!」  気持ちよく寝ていたのに一番とんでもない起こし方をされたカイは講義してきた。しかし、 ジェンドはそれを鼻で笑う。 「ふん。起こしてやった。ありがたく思え」  どちらが本心かわからないような答えをジェンドはした。  どちらが本心か、そんなことはどっちでもいいのだ。  ムカついていたのか、それとも、夜通し吊られていたカイを不憫に思ったのか。  わかっているのは、ジェンドさえも自分の気持ちをよく理解していないということだけで ある。




続く
あとがき
なっ、なんなんでしょうこの話。・・・。ちょっと途中からまったく別の話になっているような。密かに(堂々と?)カイ×ジェンドですし。私としてはこの2人は・・・。まぁいいです。書けてしまったのはしょうがないですし。(おい)一応、後編があります。ちゃんとカイ主観でお話を終わらせたいです。途中からどっちが主人公だかわからないですし。石は投げないでくださいね。(おい)

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