死闘と呼ぶのが生ぬるいほどのダオスとの激闘。
双方、文字通り死力を尽くしての戦い。
思い出すだけで、背中に汗をかく。
ダオスにとっての正義。
星を救うこと。
王としての運命(さだめ)とはそういうものだろう。
もし、ダオスがもっと友好的に我々に協力を求めたとしたら、
あのような悲劇は起こらなかったのだろうか?
否‥‥。
クリスたちと出会わなかったら、ダオスの言い分なんかに耳を貸さなかっただろう。
それだけ、人とは偏狭なものなのかもしれない。
もし、あの当時、魔法を失うことと引き換えに、ダオスの星を救うとしたら、
魔法というものの素晴らしさに憧れていた私は、明らかにダオスと対決する道を選んだ
だろう。
魔科学を担う者として‥‥。
窓の外を見る。
外には雪が降りしきっていた。
あの最後の戦いに行く前の、常闇の街、アーリアのように‥‥。
「まったく、なにぼさっとしてるのさ!」
ノスタルジーに浸っていると、急に後頭部をど突かれる。
「ミラルド。まったく、荒っぽいんだから‥‥」
抗議の声をあげるも、やはりほっとする。こういった夫婦漫才にずいぶんと長い間、遠
ざかっていたのだから。
「それは荒っぽくなりますとも。世界を救ったのはいいことかもしれませんけど、それで
うちの経済状況が好転したわけじゃありませんからね。こう毎日毎日気が抜けたオラウー
タンみたいにしている暇があるんだったら、生徒たちに召還魔法と魔術の基礎講義でもし
てくださいな」
クリスたちと別れて、かれこれ2週間が過ぎた。もう2週間という気もするし、まだ2
週間しか経っていないと思えなくもない。忙しすぎた日々に対して、今のなんと退屈なこ
とか。平和を楽しむために戦ってきたはずなのに、隣にクリスたちがいない日々を不思議
に感じる。
クリスたちは、今なにをしているのだろうか?
そう思った所で苦笑する。この時代、彼らは生まれてさえいなかった。まだ、祖父母の
時代というところだろう。お腹のなかでさえない。それどころか、彼らの父母でさえも、
まだ生まれていないのだから。
しかし、彼らが同時代にいたのは紛れもない事実なのだ。歴史は、まだ見ぬ英雄を讃え
るだろう。
「あ〜、テキストの68ページを開いてくれ。今日は召還魔法同士の相性をイフリートと
ウンディーネを例に説明する。一般的に精霊を契約するのには、精霊に契約者の実力を認
めさせる(気に入られる)だけで十分とされているが、だからといって手当たり次第精霊
と契約を結べばいいというものではない。精霊同士に相性があるということは前回の講義
でも説明したが、両者の相性が悪い場合、精霊同士が勝手に喧嘩をしてしまうことがしば
しある。人間と同様に‥‥」
この時代、過去世界はまだ魔法は失われていないはずだった。私は相変わらず、魔法が
使えないという事実は変わらないが、しかしクリスたちとの冒険によって得た数多の精霊
たちとの契約は残っている。そして、魔科学も多少の路線変更がなされたとしても、まだ
健在なことに変わりはない。人はエルフとの混血に頼らなくても、魔法が扱えるようにな
りつつあるのだ。
そういえば、アーチェを最近、見ないな。帰ってきた頃は毎日のように遊びに来ていた
というのに。
「やっほー、まぁたくだらない講義なんてしているの?そんな冗長な召還術なんて勉強し
たって意味ないよ。魔法の方が楽だもん」
噂をすれば、アーチェがまた窓をぶち破って元気に闖入してきた。私の生徒たちも初め
て登場した時はびっくりしていたものだが、今ではアーチェを大歓迎するまでになってい
る。まぁ、私もアーチェに特別講義をお願いしているのだが。
「何しに来た」
「なにしに?ひどいな。あたしのこと嫌いになっちゃったの?」
心の中で舌を出しながら泣き真似をする。クラースもわかっているので、別段、相手に
しない。
「アーチェせんせー、ファイアーボールが見たいです」
生徒の一人がここぞとばかりにハッパをかける。アーチェはにっこりと微笑み、「おっ
けー」と快く承諾して呪文詠唱に入る。と、途端にクラースが青ざめる。
「おい、その呪文は‥‥」
アーチェはにやっと笑って力を解き放つ。
「いっくよー、アイストーネード」
「イフリート!」
必死に呪文を練ってアーチェに対抗する。狭い部屋の中に氷塊の嵐が吹き荒れ、召還さ
れた炎の魔人がその全てを相殺している。ひと通りすると呪文の効果も終わり、壮烈な光
影の残照だけが残った。
クラースもアーチェもにやっと微笑んだ。
「毎度、毎度んな大呪文を室内でぶっ放すな。生徒たちに被害が出たらどうするんだ?」
我に返って抗議しようとしたら、その前にスーパー女性、ミラルドが静かに乱入してく
る。
“ぽかっ!”
手に持ったフライパンで二人を力いっぱいはたく。
「はい、そこまで。魔王をたおした勇者二人がこんなボロい家屋で暴れられたら速攻、倒
壊ですよ。暴れたいなら外でやってください」
ミラルドが最もタイミングよく水を差す。
晩餐。
時が夜の訪れを告げ、レスター家にも暖かい談笑がじわっと広がる。
生徒たちも帰り、賑やかな時は過ぎ、しかしアーチェは伴食にあずかっていた。ミラル
ド特製のディナー。野菜に肉にじっくり煮込んだ伝統のごった煮スープ。それにマッシュ
ポテトにサラダがついている。スープに手作りのパンをひたして食べる。
「そういえばさー、クラース、あんたいつになったら責任を取るつもりなの?」
ふと、思い出したかのようにアーチェが爆弾を投げつける。クラースは飲みかけていた
お茶で咳き込む。
「ごほっ、ごほっ。責任っていったいなんだよ‥‥」
「あれ、とぼける気?『待っててくれ』なんて気を持たせるようなこと言っておいて、未
だに待たせっぱなしじゃない。まったく、年寄りはこれだから困るのよね。迂遠冗長で。
ミラルドさんの気持ちだってわかっているくせに。あたしだったらこんなおじーさん愛想
尽かしちゃうけど?」
ミラルドは顔を真っ赤にして俯いている。クラースの方はミラルドの顔をちらっと見て
何か言い返そうとも思ったが、やぶ蛇になりそうなので言葉をぐっと飲み込んだ。
「そういえば、あたしが来た理由を言っていなかったよね。
実は、ユーグリットの王様から書簡が来たのよ。見る?」
そういってアーチェはポーシェから一通の巻紙を取り出し、そしてクラースの前に差し
出した。
「私が見てもいいのか?」
当然の問いに、アーチェも当然のようにうなずく。
「なになに、‥‥って、これは。ユーグリット王から魔王退治の依頼!?」
「そっ。ダオスはいなくなったけど、また変な魔王が出てきたんだって。最近、エルフ
の森の方もざわついているし、おとなしくなったと思っていたモンスターも最近また
凶暴になってきたしね。変だと思っていたら、どっからか魔王が出てきたんだって」
素気なく言うアーチェにクラースは事の重大さを理解して愕然となる。
「クリスもアーチェもミントもすずもいないんだぞ?この時代にいるのは私たちだけだ」
「そうだけど、やるしかないよ。まさかクリスたちを呼びに行くわけにはいかないし。
あたしたちの時代の事はあたしたちだけで解決しないとね。
どんな魔王だかわからないけど、王様は各国に協力と、勇者の召集を決めたらしいよ。
エルフたちも今度は協力するって。それだけ重大事なんだから、あたしたちも協力しない
とだめでしょ」
言っていることは理解できる。だが、クラースには心に引っかかるものがある。そう、
ミラルドのことだった。世界のために戦うことは簡単だ。ただ、またミラルドを置いてい
くとなると、やはり心配になる。
「クラース、行きたくないの?
そうよね、何百年の旅をしたんだから。さっき、あたしが『いつ責任取るの?』って聞
いておいて、ムシが良すぎるよね。ごめん。あたし一人でも世界を救わないと」
夜分というのに、がたっと席を立ってそのまま出立しようとアーチェはフリを見せる。
少し悲しそうな顔を滲ませるが、それもやはり演技なのだろう。しかし、彼はひっかかっ
た。
「ちょ、待ってくれ。少し考えさせてくれないか。今日はもう遅いし、一晩だけでいい。
アーチェも泊まっていってほしい。その、なんだ。イロイロと心の準備というか、儀式と
いうものがだな」
速攻、折れたクラースにアーチェは目を輝かせて席に戻る。
「ねぇねぇ、準備ってつまり、ミラルドさんと思い出づくり?」
「んなわけあるかっ」
クラースはおもいっきり否定するが、はてさてそれもどこまで真実やら。ミラルドはそ
んな二人のやりとりに気にもとめずに黙々と料理を食べていた。
「さ、いってらっしゃい」
パンパンとコートの埃を払って、ミラルドはクラースを見送る。
瞳の奥には悲しそうな雰囲気がただようが、外見上は気丈に振る舞う。
「ミラルド、私がいなくても大丈夫か?」
クラースの方が不安だらけらしい。気をつかっているとも言えるが。
「なにを今更、未練がましく言っているんですか。貴方以外に誰が魔王を倒せるっていう
んですか?別に貴方がいなくたって支障はきたしませんよ。それどころか、手のかかる子
供がいなくなってせいせいするくらいです」
「そうか、じゃあいってくるよ。できるだけ早く戻ってくるから」
踏ん切りがついたらしい。クラースも、清々しい表情でミラルドにしばしの別れを告げ
る。
クラースとアーチェがミラルドに背中を向けた時、ミラルドが気づいたように言葉をか
ける。
「帽子が曲がってますよ」
「ん?あ‥‥」と、クラースが気づいて自分で直そうとすると、ミラルドが駆け寄って自
分の手でクラースの帽子を直す。
そしてクラースは旅たっていった。
「ねぇ、クラース。本当によかったの?」
「わかってくれるさ。でも、これで最後にしたいな」
「帰ったら式にあたしを呼んでよ」
「ああ‥‥」
「ところで、お別れのキスはいらなかったの?」
「ん?さぁな‥‥」
今頃、ミラルドは泣いているだろうか?
昨晩、十分に泣いたように思えたが、それで涙が枯れるようなものでもないだろう。
クラースは昨晩のことを思い出すかのように、唇に指を当てた。
「あ。やっぱり、昨日、お別れのちゅーをしたんだ。ずるい、あたしのいる前でどうして
しないのよ」
街道を進む中、アーチェの声がひときわ大きく響いた。
あとがき
嗚呼、また駄文を。(苦笑)ミラルドさんが難しいのなんのって。またまたかなり苦労して作った割には面白くなかったり。困りました。もう少し精進しないとだめです。というわけであとがきもこのへんで。(おい)あげるようなものじゃないです。(とほほ)
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