「ざ・きんぐ・おぶ・あとらんだむ?」
信彦が耳慣れない言葉を反復した。
「そうじゃ信彦。シンクタンク・アトランダムの祭典じゃ」
興奮気味にしゃべる教授。その祭典のメインイベントはロボット同士の模擬戦闘。興奮
するのも無理はない。
「教授、あたしも出てもいいんですか?」
クリスが聞く。
「もちろんじゃ。誰が造ったロボットでも軽い審査を通れば出場は可能じゃ」
ロボットを見せ物にするこの祭典、普段の教授ならあまり乗り気ではないだろう。しか
し自分の趣味のロボットプロレス、もとい、模擬戦があるとなれば話は別。実は教授が一
番乗り気だったりする。
「本当ですか?じゃあ早速ロボット造りを始めなきゃ」
教授はうんうんと頷く。自分で出したロボット制作禁止令は忘却してしまったようだ。
クリスるんるんとラボに向けて歩いていった。
「全く、ちゃんと出来るんだろうな。ところで教授、私も出なければならないのですか」
「勿論じゃ。パルスもシグナルも実行委員の方から是非出てくれと言われておる」
「よし、じゃあこれからがんばって特訓をしなきゃ」
シグナルも問題なしに出場できると聞いて意気込む。
「そうだな、せいぜいがんばって観客に見せられる程度の実力をつけろよ」
パルスが発破(茶化す?)をかける。
「へん、そういうお前こそ試合中に無様に眠るんじゃないぞ」
シグナルがやりかえす。
このまま音井家名物の兄弟喧嘩に突入すると思われたが思わぬ?助け船が入った。
「なになに、二人とも強くなりたいのかい?なら僕が協力してあげよう」
「げげっ」
「若先生!」
何気にメスなんか持っている正信がいつの間にか後ろに立っていた。シグナルもパルス
も顔が引きつっている。
「ん?僕の顔に何かついているのかな」
『な、なんでもありません』
二人してハモらせて一目散に室外へ逃げ出してしまった。一応、ダイニングの壊滅は免
れたようである。
大会当日。
空は澄みわたり、5月の涼風が肌に心地よい。10万人を超える観衆がリングを囲み、
その始まりを今か今かと待ちわびる。
“ドワッァァァァァ‥‥”
無人のリンクに突如登場した司会に会場が沸く。
「ご来場いただきました紳士、淑女の皆様。大変長らくお待たせいたしました。
只今より、シンクタンク・アトランダムが主催する『THE・KING・OF・ATR
ANDOM』を開催いたします。『『THE・KING・OF・ATR ANDOM』と
は繙繙繙縺v
「ねぇシグナル。凄いねぇー」
「う、うん」
「何を気押されている。この程度のことに驚いていては勝ち進むことはできないぞ」
舞台の袖で進行を見守っている三人。信彦とシグナル、パルスだ。
「繙司会は私、エモーション・エレメンタル・エレクトロ・エレクトラが務めさせて
いただきます。それでは早速、対戦カードの発表を行います。皆様、こちらの大スクリー
ンをご覧くださいませ」
今までアップで映っていたエルの映像が切り替わってトーナメント表が映し出された。
「げ、1回戦からアトランダムかよ」
「あちゃー、シグナルくじ運悪いね」
そう、開幕戦から好カードが組まれていた。
「注目すべき二人が開幕カードから戦うことになってしまいました。解説のハーモニーさ
ん、如何でしょうか?」
「はいはーい、解説のハーモニーでっす。
開幕から本当に面白い戦いになりそうですねぇ。
優勝の最右翼アトランダムと期待の最新型ロボット、シグナル。シグナルにはイロイロ
恨みがあるだろうけどアトランダムの方が一枚も二枚も上手でしょう。た、ぶ、ん、あっ
けなく勝負が決まると思います」
ハーモニーはかなり?辛口な解説を加える。
「ありがとうございました。それでは、開幕戦を飾る二人にご登場いただきましょう」
“ワァッァァァァ”
悠然と入場してくるアトランダムに歓声が送られる。
「ほら、さっさと出ていかんか」
観衆の熱気に圧倒されて呆然と立ち尽くすシグナルの背中を叩くパルス。
「シグナル、負けんなよ」
信彦もいま一つ気合の入らないシグナルに発破をかける。
観衆の前に姿を表すと歓声は最高潮にまで達した。
とことこと闘場の中まで歩いていく。
歓声に包まれながらもそっと目を閉じ、一人思いを過去にはせる。
「シグナル。君はオラトリオやパルスよりも数段上の性能を持っている」
昨日、あの後に若先生に呼び出された。そこでの話。
「いや、こと性能に関しては君を上回るロボットは存在しない」
今日の戦いについてアドバイス?を受けたのだ。
「でも実際に戦えば君は必ず負ける。何故だかわかるね」
経験。負けるたびに言われた言葉だ。
「そう、経験は君と他者の性能差を埋めるほどにある」
何を言いたいのか。次に核心をついてきた。
「でもね、だからといって君に勝機がないということはないんだよ」
きょとんとしているとまた続ける。
「君以外のロボットはどこかに無理をして身体を動かしている。
その弱点を巧く突くんだ」
後は自分でわかるね。というように若先生は黙して語らなかった。
「弱点‥‥」
目をあけてシグナルはぽつりと呟いた。
考えはうまくまとまらない。わからない。
顔を振る。
ふと前を見たら既に目の前にアトランダムがスピードに乗って迫っていた。
“ギッン”
間一髪で大きく跳び去る。戦いはもう始まっていたのだ。
今一度アトランダムの顔に焦点を合わせる。
手のひらに光が集まって弾ける。音もなく迫る球体を今度は飛翔してさける。
視線を再度アトランダムに合わせる。
「!?」
少し前までいたアトランダムがいない。消えた?訝しげに考える暇はなかった。「甘い
!」の一言が聞こえると背中に痛烈な痛みが走る。アトランダムは空中で身動きの取れな
いシグナルに追撃を加えんと自らも飛翔し、背後をとって一撃を加えたのだ。
「くっ」
叩きつけられて急降下し、思いっきりシグナルは床に激突する。
痛みでのたうちまわりたくなる衝動をぐっと抑えて激突の反動を利用し、すぐに起き上
がる。次にアトランダムの降下点を見据えて反撃を試みた。
水が流れるように静かに、そして速くアトランダムに近づいて飛び蹴りの体勢に入る。
アトランダムもろくな身動きもとれないながら手のひらから光球を次々と生み出して牽制
をする。
しかし残念ながら光球はシグナルを掠め、飛びゆき爆煙が左右で上がるだけである。シ
グナルのスピードは予想以上に速く捕らえきるとはできずにいた。
「しまった‥‥」
下手な牽制が予想外の隙を生んで無防備な懐にまで進入を許してしまっていた。
着地と同時に零距離からの飛び蹴りを喰らいシグナルの足が身体深く突き刺ささった。
クリーンヒット!アトランダムは大きく吹き飛び、静かに着地したシグナルは息を整え
る。どん、とリングの隅までアトランダムは飛ばされていった。
地に跪いたアトランダムとそれを上から見下ろすシグナル。開始早々の激しい攻防はよ
うやく一段落を迎えた。
相手にとって不足はない。
アトランダムが不敵にも笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がる。
今度は油断をしない。とシグナルはぐっと身構える。
二人は申し合わせたかのように一斉に突進を始め、お互いに渾身の一撃を相手の身体に
叩き込む。肉弾戦。シグナルが横っ面に拳をたたき込むとアトランダムは腹部に固い拳を
突きたてる。両者一歩も引かない。ノーガードで片方が殴ればもう一方が蹴りを見舞わす。
痛烈な肉弾戦。ここまで来れば一瞬でも怯んだほうが負ける。隙を見せれば怒濤の攻撃
を喰らう。消耗戦という膠着が長く続くかと思われたがそうはいかなかった。遮二無二攻
撃を繰り出すシグナルに対してアトランダムは的確に急所を狙っていた。じりじりとダメ
ージが蓄積され、遂にシグナルはたまらず間合いを離した。
チャンス!もちろんこの好機を逃すアトランダムではない。かさをかけるように体勢の
崩れたシグナル目掛けて光球を連打する。迫り来る無数の光弾。ざざっ、と手をついて飛
びのく勢いを殺したシグナルの目には己を飲み込むかのような光の帯を見た。どうしよう
か。普通に逃げられる間合いと体勢ではないので仕方なく転がるようにしてなんとかかわ
す。至近で弾け、爆風に翻弄される。何度も転がるのではなく吹き飛ばされる、いや吹き
飛ばされそうになる。それでもなんとか致命を避け逃げ続けていく。なんとか反撃の隙を
伺いたいところだったがそれを許してくれるアトランダムではなさそうだった。方や猛攻、
そして優勢を築き上げたアトランダムにみえたがエネルギーは無限ではない。特にその
エネルギー球は消費が激しい。この調子で撃ちつづければ勿論エネルギー切れを起こす、
逆転負けを喫してしまう。そう思われたがやはりアトランダムは老獪である。巧みに飛び
道具をねらい打ってシグナルを闘技場隅に追い込んでいく。
なんとか逃げきった。シグナルを獰猛に襲う光弾が止んだ時シグナルは心からそう思っ
たが直ぐにそれが間違いであったことに気づく。なぜなら目の前にアトランダムが立って
いたのだ。
やられた‥‥。
跪きながらアトランダムを睨み付けるシグナル。目には屈辱の色さえ窺える。
アトランダムはそんなシグナルを悠然と見下す。蛇に睨まれた蛙。そんな対峙が続く。
絶好のチャンスだというのにアトランダムは直ぐには攻めてこない。俎上の鯉をどのよ
うに料理をするか、余裕を持って見定める。アトランダムは相手が心理的なプレッシャー
に耐えきれずに猪突してくるのを待っているのだ。
一方のシグナルはというと全く動けずにいた。この状態で取れる行動は二つに一つ。ア
トランダムに攻撃させてそれを受け返すか自分から討ってでるか、だ。もちろんシグナル
はどちらを取るべきかもわかっていた。だからこそ動いてはいけないのだ。そう彼のディ
ープが告げた。そして対峙は長引き、次第に10万を超える観衆は水をうったかのように
静まり返っていった。
(長いな‥‥)
額の汗を拭いながら思ったのはアトランダムだった。
あまりにも急激に、しかも大量にエネルギーを消費したアトランダムは一安を迎えて疲
労を感じていた。
(何故シグナルは動かない‥‥?)
シグナルの性格上からいって敗北を座して待つということはありえないことだった。い
ま一つその真意をはかりかねていた。
そればかりではない。こちらの攻撃をただじっと待っているシグナルは不気味な存在だ
った。しかもこの異様に静まり返った空間と自己のエネルギーの残量不足から焦りすら感
じはじめていた。何故だろうか?そう考えることでさえも今や焦りの一因あった。
その焦りが状況判断というものを狂わしたとしかいいようがない。アトランダムは次第
に自分こそが不利な状況にいるのではないかと錯覚させ、圧倒的な有利の状況を放棄して
自分から攻め入る行動をとってしまった。普通に攻め込んでも十分に勝てる。その自信も
その行動を後押ししたのは言うまでもなかった。
来た!
アトランダムは単純に突進を選んだ。
シグナルはなんと目前、まさに目前に迫り来るアトランダムの攻撃を前にそっと瞳を閉
じだした。
この攻撃、アトランダムが圧倒的な有利というのは変わらない。勝負をかけてきている
この一撃を凌ぎきれば勝てる。いや、いかにアトランダムの攻撃をかいくぐって必殺の一
撃を決めるかが勝利のポイントだ。迫り来る、攻撃が繰り出されるまでの一瞬の間に自分
の行動のイメージを浮かべる。
ここだ!
かっ、と眼を見開いてこちらも行動をとり始める。それはコマ送りされた映像のような
劇的な瞬間を観衆に見せつける。渾身の力を乗せて突き出された腕をかいくぐる。アトラ
ンダムの顔に驚愕が浮かび、慌てて伸びきった腕を引き戻そうとする。防御とも、軌道修
正ともとれる腕の戻しよりも数段速くシグナルがアトランダムの懐深くにまで飛び込んだ。
次の瞬間、いや刹那、誰もが予想しなかった光景が繰り広げられる。低い体勢から弾け
るように突き出されたシグナルの拳はアトランダムの顎を貫き、天高く掲げられた。同じ
くしてアトランダムの巨体も奇しくも美しく宙を舞う。
“ドスン”という音をたててアトランダムが倒れると一斉に歓声が沸き上がる。
すぐにカウントがとられはじめ10にまで至る。そしてエルが今大会初めての勝利宣告
をシグナルに下した。
「勝った、のか?」
アトランダムに勝った。シグナルは倒れているアトランダムの姿を見ても実感が沸かな
かった。信じられないことだった。
“わあぁぁぁぁぁぁぁぁ‥‥”
次に耳に入った暖かい大歓声で初めて自分の勝利を感じることができた。
心地よい。手を振って観衆の声援に応える。
「シグナルぅ〜」
声に振り向くと走り寄る信彦が見えた。満面に歓びの表情を浮かべながら走り来る。
がっちりと信彦を抱き留めて共に喜びを分かち合う。その喜びとはしゃぎようはまるで
優勝したかのようだ。
そして対アトランダム戦をなんとか勝利したシグナルはこの後、奇跡的な勝利を積み重
ねてみごと優勝を果たすことになる。
ちなみに、クリスが作成したロボットは一回戦でパルスと当たってずたずたに切り裂か
れてしまいました。その後クリスがパルスのメンテナンス時に復讐をしたのは言うまでも
ありません。
じゃんじゃん。
あとがき
これは秘蔵のひとつです。とは言ってもいいモノが秘蔵とは限らないので悪しからず。(笑)
お蔵入りになったものを引っ張り出して来ました。色鉛筆の常連さんにはプロトタイプがどれ
かわからなくもないはずです。はぅ。どんどん貯金がなくなっていきます。大変です。(笑)
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