オラトリオの電話相談室
「は〜い♪オラトリオおにーさんの電話相談室でっす!  みんな、ちゃんと宿題やっているかな?夏休みの最後の日になってから慌ててやってい るようじゃだめだぞ。オラトリオおにーさんに助けてだって?のんのん。宿題は自分の力 でやりなさ〜い。可愛い女の子だったら条件(でーと)次第で電脳図書館、オラクルのガ ーディアン、オラトリオおにーさんが手伝ってさしあげましょう。  さて、今日の一件目の相談は・・・、なになに。兄にいつも苛められているんです。喧 嘩をしてもいっつも負けるし。なんてったって、目からレーザーとかが出るんですよ?っ て、シグナルの相談じゃないか、これ。こんなのポイっと。いいか、シグナル。強くなり たいのだったら、あとで楽屋に来てくれ。オラトリオおにーさんがみっちり鍛えてあげる から。コブラツイストを実演してあげよう♪  次の相談は・・・、こんにちは。はい、こんにちは。オラトリオおにーさんでっす。は い?電話相談室とか言いながらジツはファックスだって?ほらそこ、細かいことに突っ込 んじゃいけません。コードみたいに頭がハゲちゃいますよ。えっと、どこまで読んだっけ か。そうそ、ここだここ。あの、こんなこと言って失礼かもしれませんけど、電脳の世界 はどんな感じなんですか?ボク、一度でいいから電脳世界に入ってみたいと思うんですけ ど、無理な相談でしょうか?  ん〜、電脳世界ねぇ。無理ってわけじゃないと思うぞ。正信あたりがいつか人間もネッ トの中に入れる機械とか作ってくれるかもしれないし。ただ、あんまりいい世界ってわけ じゃないんだぞ。逆に人間の世界の方がいいことが多いんだぞ。ナンパはやっぱりこっち の世界じゃないとできないし♪そうだな、せっかくだから俺が初めてネットにダイブした 時の話をしてあげましょう。そうすればどんな感じなのか少しでもわかるかもしれないし な。  そう、あれは俺が生まれて何日も経っていない時だった・・・」  自分が生まれた時を覚えているかい?  え?そんなの普通は覚えていないって?  まぁ、そうかもしれないけど、記憶の太古の海の中をたどっていったら、なんとなく思 い出せそうな気がしないかい?  俺は今でも自分が誕生した瞬間をハッキリと覚えている。それはそうさ、俺は生まれる 前から俺であったのだから。  俺たちロボットは、体のなかに入る前に、電脳空間に精神だけが先に存在している。ま だ、オラトリオっていう名前が付く前から。ただ、A−Oという記号があるだけの存在に 過ぎないのだけれども。人間も、生まれる前が魂という存在であるのだとすれば、それと 同じようなものだろう。  そこは真っ暗な世界だった。何を思っても、誰も応えてはくれない。いつから自分が形 作られたのかは覚えていないが、確実にその時から俺は生きていた。  真っ暗な世界で、手を伸ばそうと思っても伸ばせない、叫ぼうと思っても叫べない。な んとなく闇のなかに浮かんでいる感触だけがあって、立つという感覚もない。何にも触れ られない。発狂してしまいそうになる空間で俺が狂わなかったのは、まだ俺が生まれても いなかったのだろう。不安というものはあったが、不思議と不安のなかにやすらぎがあっ た。不思議な実感。全てがとても恐ろしくはあったが、全てを「ああ、あたりまえのこと なんだ」と受け入れれば、闇は誰よりも優しかった。  何もない空間だからといって、何も感じないわけじゃない。退屈という言葉を知ってい たら退屈しただろうが、そんなこともない。ただ、時折、断片的に心の中に入ってくる言 葉がある。「オレ」「ニンゲン」「ロボット」「ガーディアン」「オトイキョウジュ」。 ひとつひとつ増えてくる断片。初めて言葉が入ってきた時、俺は世界で初めての刺激に驚 き、そして刺激を楽しんだ。どうやらその刺激は自分の頭の中に刻まれていくものらしか った。小さな単語が結びついて文章となり、そしてまた新たな単語がそれらと結びつく。 自分のなかに生まれた知識を俺は喜んだ。  「オラトリオ」「オラクル」「図書館」「ハッカー」「オラクルのスペア」。俺はどう やらオラトリオという名前らしい。そして、オラクルという相棒がいることも。彼はオラ クルという同名のデーターベースの管理人。いや、データーベースそのものだった。まだ 見ぬ彼を守るために俺が生まれてくることも。オラクルがハッカーによって傷つけられて いることも。俺がオラクルのガーディアンであり、また、オラクルが機能停止した時にそ の代わりになることも。  俺は何もない空間で様々なことを考えて楽しんだ。  オラクルってどんな奴なのだろう。ウマが合うだろうか?いい相棒になれるだろうか? オラクルはもう俺のことを知っているのか。  ハッカーという悪い奴から早くオラクルを守ってやりたかった。  それから、外の世界も見てみたい。グローバルネットを泳ぐのもしてみたいが、やはり それよりも外だった。今いる世界の延長であるネットより、全てが新鮮に見える外に出て みたかった。  明るい、太陽というものを見てみたいし、水というものも触ってみたい。空気だって吸 いたい。俺を作っている音井教授にも会いたい。  オラクルは外に出られないらしい。その分、俺が見てきて、あいつに教えてあげたい。 俺がオラクルのコピーだったら、俺のが見てきたことはあいつが見てきたことと同じこと じゃないだろうか。  何から何まで楽しみだった。もうしばらくすると、俺はオラトリオになれる。外に行け るんだ。  外に出たらまず、外のことを知らなければならない。俺とオラクルの敵は人間だ。時に 外の世界を歩いて、敵を捕まえなければならないだろう。外のこと知ることが、ハッカー からデータを護るために必要になるらしい。何事も経験。ハッカーを退治するために必要 な知識もこれからゴマンと覚えなければならない。  オラクル。待っててくれよ。もうすぐ、俺はお前を助けに行けるから。  A−Oがオラトリオになる瞬間まで、もう暫くを俺は夢とともに待った。 「・・はじめまして、でいいのかな。今日、こうやって逢う前から俺はお前を知っていた し、お前は俺を知っていたんだもんな。ああ、なんて言っていいのやら・・・」  なんとなく、気恥ずかしく思う。逢う前から全てを知っていたのに、なんとなく、どう していいのかわからない。「久しぶり」って言うのも変だし、「ただいま」も違うし。そ う思っていると、オラクルはお日様のような暖かさで微笑んでこう言った。 「ようこそ、オラクルへ。オラトリオ、今日からここは私たちの家になるんだよ」  俺たちの家・・か。いい響きだ。音井教授の研究室は、俺にとって家という感じはしな かった。あくまでも執行猶予期間というか、仮の住まい以上には思えなかった。早くそこ を出ていきたかった。オラクル。天井ばかりが広くて、そしてガラガラの図書館。まだ未 完成の。これから、無限に等しい情報が保管されるのだろう。俺と、オラクルが作る図書 館。 「どうかな。君のためにイロイロと人間の世界を真似てみたんだ。玄関も作ったし、受付 も、リビングも、寝室だって作ったんだ。どこか気に入らないところがあれば作り直して もいいし、キッチンで料理もできるんだよ。さっそく、お茶を淹れてみようか。いや、そ んなことより、私はどうだい?君のためにやっと体がもらえたんだ。君の兄弟みたいにで きているらしいんだけど、似てるかな」  コツコツと近寄って、じっと俺を見つめているオラクルを観察する。 「俺と同じ顔・・か?なんだか優しすぎて俺じゃないみたいだな。もっとキリッとしてい ないと女の子をきちんとエスコートできないぞ」  ぺたぺたと触ってみる。触ることができる。リアルな質感は、まるで外の世界そっくり だった。そういえば、床の質感や家具の雰囲気などもそっくりだ。これだけ似せて作るの は難しいだろうに、俺のために用意してくれたんだ。 「あっ・・」  頬を触ってみた時、オラクルは気持ち良さそうに喘いだ。柔らかい。髪もサラサラして いるし、すごく可愛く感じる。  俺の最も近しい人・・・。 「オラトリオ、恥ずかしいからやめてほしいんだけど」 「あっ、悪い・・」  慌てて手を離す。 「ん〜、しかし、電脳世界って不思議な感じなのな。重力なんてものがないからふわふわ している感じだし。自分が“しっかりと立っている”って意識しないと立つこともできな いし。その分、浮くことも天井に立つことだってできないわけじゃないんだけど。どこま でが現実で、どこからが虚構なのだかわらなくなる」  ロボットなのに?元々は自分も二つの数字の集まりに過ぎないというのに。 「だから、信じることが大事なんだ。1と0という誤魔化しようのない精密なデータから 作られている世界だけど、そこに作られる世界は所詮、1と0の集まりでしかないのだか ら。そこにあると信じない限り、世界は私たちから全てを奪うだろう」  オラクルが継ぐ。  俺とオラクルは信じられるだろうか。  疑うことさえもおかしく感じられる。  オラクルを信じないでどうするというのだろう。  俺とオラクルは誰よりも深い関係にあるのだから。 「これから、よろしくな。今日からは俺がお前を護るよ。もうハッカーに苦しまなくても いい。枕を高くして寝ててもいいぞ。もちろん、管理人としての仕事はちゃんとしてもら うけどな」  ぐっと拳をオラクルの胸に突き出して言う。オラクルも力強く拳で返した。  よろしく。よろしく。血(DNA)を分けた兄弟よ・・。  初対面だけは良かったんだよな。  苦笑する。オラクルとの良好な関係なんて、初対面の時だけだった。毎日のように、い や、ひどい時は毎時間にオラクルはハッカーに侵略され、俺は必死にハッカーと戦った。 時に傷つき、疲弊した時もあったが、オラクルは矢継ぎ早に来るハッカーを退治するため に俺に次から次へと出動を要請した。何もしないあいつに俺は腹を立てて険悪なムードに なったっけか。  それから、世間知らずだったのも初めのころだけだった。世界中をオラクルのために飛 び回っている間に俺は知識をどんどん積み重ねていったし、オラクルはオラクルの中で仕 事をしているだけしかできなかったから、あいつの世間知らずな所がどんどんわかるよう になってきたし。  ペンギンの生息地域が東京にもあるとかって本気で信じていたのには笑えたけどな。そ れは動物園にいるだけだってば。  ストレスでダメになりかけたときもあったし、時に喧嘩するときもあった。何日も口を きかないこともあったけど、今になって思えば、家族って大概、そういう要素はあるもの だよな。  関係や接し方は変わったけど、今でも初めから変わらないものはある。  俺がオラトリオで、あいつがオラクルってこと。  俺がオラクルを護る一方で、オラクルも俺を守ってくれている。  俺が本当の意味で信じているのはオラクルだけ。オラクルもそうだろう。俺とオラクル の互いのことをわかっているのも、お互いだけ。  もし、俺たちに人間みたいに定年退職があるとしたら。  そうだな。世間知らずのオラクルのために二人で世界中を旅するのもいいだろう。それ とも、どこかの農村に土地を借りてひっそりと農作業でもしながら暮らすとか。オラクル って土いじりとかも好きそうだし、今が忙しすぎるだけにいいかもしれない。 「はいは〜い♪今週のオラトリオおにーさんの電話相談室はこれでおしまいおしまい。みん な、わからないことがあったらどんどんファックスちょうだいね。恋の相談なら大歓迎で すよ。可愛いお嬢さんならもし失恋しても、おにーさんが慰めてあげるからね。ではまた 来週〜」  普段のオラトリオそのままに戻って、静かに手にもっていたマイクのスイッチを切った。




あとがき
完全版と言いながら実は付け足しているだけなんですね。(笑)本当はここでやめてもよかったんですけど、もう少し付け足したかったので加えてみました。少しはよくなっているかな。もう少しいじりたかったんですけどね。すみませんです。

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