聖なる夜に歌われる邪な詩。 堕ちた天使は羽根を朱に染め、闇のフードを被った悪魔が微笑む。 『世界』は、終わりを迎えようとしているのかもしれない。 舞しきる雪のなか、ただ鋼の琴の音色だけが延々と悲しげに鳴り響いている。 小さな、大きな旋律を奏でながら。 悲しく、慈愛に満ちた澄んだ鐘の色が鳴り響く。 時折、赤い羽根の天使が憂鬱そうに空を眺める。 既に空には神の慈悲はなく、 ただ灰色の雪を降らせる厚い緞帳が柔らかな日差しを永遠に遮っている。 最後に生き残った天使。赤い羽根の天使。彼女の羽根は自分の血と、仲間と、そして かつては仲間であった悪魔たちの血によって赤黒く染まっていた。 彼女はこの世界に存在する全ての罪悪を背負わされた天使だった。 それは彼女にとってそれほどたいしたことではなかったのだ。彼女が犯した永遠に許 されない罪に比べれば。 それは決して償われない罰のようなものだった。 小さな妖精が、時折、思い出したかのように彼女の周りを悲しげに翔んでいた・・・。 杜崎小鹿。 もりさき、ころく。 女の子のような繊細な睫毛が澄んだ瞳に覆い被さった。 憂鬱というには瞳に曇りはなく、退屈というのには、彼の瞳は色を持ちすぎた。 彼が考えていることはたったひとつのことだった。 それは世界の終わり。 思春期の16歳が悩む夢想上の終わりではない。 ある意味でいえば、それはまだ年端も行かない子供が想うことかもしれない。 恋といえばあまりにも恥ずかしすぎる。 凛としたやや冷たい雰囲気の彼女。どこか抜けていて、どこか頼り無い彼女。儚い という言葉を使うには彼女は強すぎたが、それでも硝子の剣のような脆さだというこ とは、一度も逢ったことがないはずなのに、それだけは理解できた。 「これが最後の冬・・・」 「静かな終わり・・・」 「ワールドエンドよ・・・」 彼女はいつも、感情を込めないでそう言う。 最後の天使と一人の悪魔の永遠の戯れ。 自嘲を込めたような、絶望が入っているような、そんな顔。 彼女が何者であるのか、それは未だにわからなかった。 優しさが何であるのか。 それは、人を傷つけないことなのだろうか。 世界を破滅させられるような力を持って生まれたとしたら、彼はどのようにするだ ろうか。 天使は、血を流すのが嫌いな天使だった。 それが敵であれ、味方であれ、傷つくのを見るのは嫌だった。 だからこそ彼女は自分が傷つくことを選んだ。 しかし、彼は彼女を庇った。 何も力のない、無力というにはあまりにも有能な人間が。 それは彼女にとって初めてのやすらぎだった。 飛鷹。 何かができたというわけでもない。 チェスは弱かったし、ピアノは下手だった。 いつもインテリぶっていて、なにか難しい哲学染みたことを言っていた。 何もできない無力な人間だったのに。 彼はいつも優しい微笑みを向けていた。 いつも年長ぶって、実際にお兄さんだったけれど、でもいつも背伸びをしているよ うに見えた。 しかし、どれも彼女を包み込むものでしかなかったのだ。 わざとチェスに負け、わざと下手にピアノを引き、わざとお兄さんぶっている。 彼女は、彼の手のひらのなかにしかいなかったのだ。 天使の心の奥まで見透かした悲しい顔をし、 天使の恐るべき力を目の当たりにしても、 その顔が恐怖に歪むことはなかった。 それどころか、彼の笑顔は彼女により暖かく心に染み込んできたのだった。 天使は初めて守られる存在を得た。 そして、心を開く術を心得た。 とびっきりの笑顔というものを知った。 しかし、それこそが彼女に業を背負わすきっかけになったのだ。 所詮、人間が天使を守ることはできなかった。 冷たく、光を失っていく瞬間、彼は彼女に囁く。 世界は確実に終焉に向かっていった。 いつ消えるかもしれない脆弱な命にしがみつき、 その終わりに脅えながら生きる者の、 その何と愚かで哀れなことか・・・。 いたずら好きの妖精は、彼女にとって悪魔となった。