裁判官の犯罪「冤罪」

木下信男著

四六判上製 232ページ 2400円


装幀/熊沢正人

木下信男(きのした・のぶお) 
 1942年東京大学理学部卒、52年以後明治大学教員。専攻は応用数学。定年退職後は、わが国の冤罪事件、例えば狭山事件、波崎事件、袴田事件あるいは足利事件などの無実の被告の救援および免田事件、島田事件の無実の元被告の人権の回復にあたる。現在は「横浜事件の再審を実現しよう! 全国ネットワーク」代表。

                はじめに

 皆さん、ご存じでしょうか。
 34年を越えて、無実の獄中生活を、言語に絶する苦難とともに生きている死刑囚が、現在、この国に、二人もいることを。
 一人は、波崎事件の富山常喜さん(83歳)で、もう一人は、袴田事件の袴田巖さん(64歳)です。
 二人のいずれもが、殺人などの罪を犯していないことは、二人に判決を言い渡した裁判官の判決文の中に、二人とも、その犯行をおかしたという証拠も、したがって「犯罪の証明」も全くないことからわかります。刑事訴訟法三三六条に「犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない」とあるのです。
 では、どうして「犯罪の証明」がないのに、無罪でなく、死刑が言い渡されたのでしょうか?
 それは、裁判官が「犯罪の証明」とは何か? そもそも「証明」とは何か? について無学だったからなのです。あまりにも不勉強だったからなのです。裁判官の不勉強が、正に「司法殺人」(故正木ひろし弁護士の言葉)という、無辜に対する犯罪行為を行っているのです。
 皆さん、こんなことがあっていいものでしょうか!

 私は免田榮さんの友人です。免田さんといえば、無実の罪で34年半の獄中生活をおくり、あらゆる苦難を克服して、とうとう再審裁判で無罪を勝ちとった人です。ご存じの方も多いことと思います。
 その免田さんに死刑判決を言い渡した裁判官の判決文を読みますと、やはり「犯罪の証明」が全然ありませんでした。実は、事件の始めから免田さんにはアリバイが成立していたのです。再審裁判官が明快に証明しましたように。
 だから、免田さんに「犯罪の証明」があるはずはありません。にもかかわらず、一審も二審も、そして最高裁の裁判官までもが、刑訴三三六条に違反して、免田さんに死刑判決を言い渡していたのです。正に暗黒裁判でした。
 こんな判決が生まれた原因は、これらの裁判官が「犯罪の証明」とは何か、という重要問題に無学だったからなのです。
 本当に、あきれるではありませんか。
 その証拠に、免田さんに死刑判決を言い渡した沢山の裁判官で、免田さんに謝罪し、誤判の責任をとった者は、一人もおりません。彼らが如何に刑事訴訟法の勉強に不勉強であったかがわかるではありませんか。真面目に刑事訴訟法を勉強した裁判官であれば、無実の人に、自分の誤判で、三分の一世紀を越える過酷な獄中生活を送らせた責任をとらずにいられるでしょうか。

 富山さんも、袴田さんも、免田さんと同じく全く無実なのです。ところが、富山さんは老齢に加えて獄中で病魔におかされ、苦悩の日々を送っています。袴田さんは激しい拘禁性精神障害にかかり、こんにちも懊悩しております。
 二人の無実に、なお疑いを捨てきれずにいる方は、どうか二人に死刑判決を言い渡した裁判官の判決文をお読みになって下さい。しかし、その余裕のおありでない方は、私がその方々に読んで頂くために、かわりに、やさしく本書を書きましたので、どうかこれをお読みになって下さい。不審の点があれば、遠慮なくお問い合わせ下さい。
 そして、本書の言おうとしているところに少しでもご理解がいただけましたら、どうか、いま風前のともしびともいうべき、二人の生命を救うために皆さまのお力をおかし下さい。
 衷心より、お願いいたします。

 筆者が本書を書く決心をしようとしていたとき、最も熱心に応援してくれたのが、免田榮さんでした。ご自分の死刑廃止運動に、冤罪廃絶運動に、全国を回って運動する傍ら、資料などを届けてくれた上、熱心に励ましてくれました。厚くお礼を申し上げます。
 富山さんを支援する「波崎事件対策連絡会議」の方々、とりわけその代表である篠原道夫さんには、たいへんお世話になりました。本当に助かりました。
 袴田さんを救援する「無実の元プロボクサー・袴田巖さんを救う会」の方々、とりわけその代表の門間正輝さん、副代表の小松良郎さん、および会員の後藤挙治さんには、数多くの助言を頂き感謝しております。
 そのほかに終始、筆者を励ましてくれ、原稿を何度も通読して下さり、有益なご意見を頂きました作家の、にしかわ・しんさん、にはお礼の言葉もありません。
 そして、もう一人、安倍治夫弁護士がいます。安倍さんの厳しいが温かいご指摘が、本書の作成にどんなに役に立ったことでしょうか。ただ、本書執筆中の一昨年夏、不帰の客になったことほど痛切の思いはありません。安倍さんが最も力を入れた袴田事件の、袴田再審無罪の曙光を、彼にだけは、見せたかったのですが。
 本書が、富山、袴田のお二人の救援に少しでも役に立つことができましたら、本当に望外の喜びですが、それは、全て、以上の方々のお骨折りのたまものなのです。
 繰り返し、厚くお礼を申し上げます。

                   2001年3月10日 木下信男


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