| 中国と日本は文化の上で、長い間にわたり深い関係があります。父は儒家の弟子ですが、日本にも同じ儒教の根がありますから、きっと日本の読者に共鳴してもらえる部分が多いと思います。 ただし父の儒教はとても理想化されたもので、父は儒教の最も閉鎖的なところを取り除き、西洋の人文精神(ヒューマニズム)でそれに替えようとしました。つまり東洋と西洋の最も良いところを合わせてよりよい文化を作ろうとしたのです。 『傅雷家書』に書かれているのは文学・芸術や幅広い文化の問題であって、読む時にことさら私と父の関係にこだわる必要はありません。あれらの手紙が意味しているものは、もっと高い次元のことなのです。 父の手紙は公開されることを前提に書かれたものではないかとよく言われますが、決してそうではありません。晩年父は政治的な事情からとても孤独であり、私のことを友達のように見なしていました。それであのように、あらゆることについて率直に語ってくれたのです。手紙の中にも、「息子が友達になるということ、こんな幸せに勝るものがこの世にあるでしょうか!」というくだりがありますね(訳者注:1954年1月30日晩の手紙、本書40頁)。私はこれこそ、『傅雷家書』の本質を最もよく表した部分だと思っています。 |

