2003年12月20日発売!

今だから、考えよう。

国立追悼施設を考える「国のための死」をくり返さないために

田中伸尚編

A5判ブックレット 160ページ 1000円

装幀/大熊肇

本書の構成
一 国立施設構想の背景
一 懇談会の議論を追って――その問題点を探る
一 国が追悼施設を建設する理由とは
一 追悼の形を巡って
 ●沖縄――平和の礎(石原昌家)
 ●アメリカ――アーリントン墓地など(島川雅史)
 ●ドイツ――ノイエ・ヴァッヘ(南守夫)
 ●追悼の宗教的意味について(菱木政晴)
一 追悼施設はほんとうに必要なのか?

イラク特措法成立など、海外派兵が現実化した今、戦争での死者を「追悼」する時代が改めておとずれる。
そんな中、「靖国」にかわる「戦没者追悼施設」をつくる動きがある。
本書では国による戦没者追悼施設の意味を考える。
各国・地域での追悼の形を論考する論文を掲載し、編者・田中伸尚が戦没者追悼施設について論及する。
それは戦争の「記憶」と「継承」について考えることになる。


以下に掲げるのはドイツ国立中央戦争犠牲者追悼所にある「戦争と暴力支配の犠牲者に」と題された碑に記されている追悼文です。

ベルリン「ノイエ・ヴァッヘ」の追悼文 (訳・南守夫)

ノイエ・ヴァッヘは戦争と暴力支配の
犠牲者を追悼し、
記念する場所である。

我々は追悼する、
戦争によって苦しんだ諸国民を。
我々は追悼する、迫害され、命を失ったその市民たちを。
我々は追悼する、世界戦争の戦没兵士たちを。
我々は追悼する、戦争と戦争の結果によって
故郷において、また捕虜となって、
そして追放の際に命を落とした罪なき人々を。

我々は追悼する、
数百万の殺害されたユダヤ人たちを。
我々は追悼する、
殺害されたシンティとロマの人々を。
我々は追悼する、血統や同性愛の故に
あるいは病気や身体の弱さの故に
殺されたすべての人々を。
我は追悼する、生きる権利を否定されて
殺害されたすべての人々を。

我々は追悼する、
宗教的あるいは政治的な信念のために
死ななければならなかった人間たちを。
我々は追悼する、
暴力支配の犠牲となり
罪なく死を迎えたすべての人々を。

我々は追悼する、暴力支配に対して抵抗し
その命を犠牲にした
女たちや男たちを。
我々は称える、
良心を曲げるよりは
むしろ死を受け入れたすべての人々を。

我々は追悼する、
1945年の後に全体主義的独裁に反抗し
迫害され、そして殺害された
女たちや男たちを。

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