『ショア』に心を寄せてくださる方々へ
リュブリャナにて 2004.4.26
高橋 武智
1995年に『ショア』と書籍版『ショアー』が10年遅れで日本に上陸し、その後数年間、とくに「戦争と記憶」の問題をめぐって熱い旋風を起こしたことが、今では遠い彼方の出来事のようにも思われる昨今です。大学では、記憶の伝承問題や歴史学の教材として、ビデオ版を使ったご努力が粘り強くつづけられていますが、そのmilieu
を除けば、若い世代は『ショア』の名さえ知らないといって過言ではありますまい。
2001年にフランスで『ショア』の DVD ユーロ版が出たのを機に、今度日本ヘラルド映画から日本語版DVD が発売されることになり、このような与件に大きな変化が生ずる可
能性が出てきたように思います。私見では、ユーロ版 DVD 自体、 J.-F.Forges による約2時間半の抜粋版『ショア』
DVD の編集と、フランス文部省による全リセへの配布とが契機になって生まれたように思われます。
最近、Forges 編集のDVD に付された冊子や、 DVD 版が同時発売される『ソビブル、1943年10月14日午後4時』のテクストのあとがきなどを瞥見したところでは、どちらかというと思想的な面に重点が置かれた日本での取り上げ方に加えて、すぐれた芸術作品・映画作品としての『ショア』の評価が高まっている??そこで、たとえダンテの『神曲』の抜粋を学生に読ませるのと同じように扱う、という考え方が出てきたわけです??のではないかと思われます。
いずれにせよ、名のみ知りながら、9時間半の上映を直接鑑賞する機会のなかった多くの公衆がおり、この人々はビデオ版が大学・図書館以外には販売されなかったため依然として観る機会のないままでいることを考えますと、今度の企画は想像以上に大きな需要に応えるものといえましょう。
当然のことながら、 DVD の特性を生かし、ディスクごとに「メニュー」と称するチャプター分けがおこなわれ、それぞれに数行程度のごく簡単な内容紹介がついています。『ショア』の場合、第一部(今までのビデオ版の一枚目にあたる)が57チャプター、第二部(同二枚目)が29チャプター、第三部(同三枚目)が16チャプター、第四部(同四枚目)が21チャプターと、証言者ごとに細分化されています。ほとんど索引のような役割を果たしているともいえますが、「メニュー」を見ているうちに、複雑多岐に及んでなかなかとらえきれなかった全体の構造性が浮かびあがってくるような気がいたしました。
映像自体は、自分の好みの時間に全体をじっくり観ることもできますし、テーマにあわせて、お望みのチャプターを頭出しすることも可能であることはいうまでもありません。「メニュー」は基本的にユーロ版に準拠しておりますが、特定の場面から観る人のため、チャプターごとに証言者の紹介を極力挿入しました。
監修者のお一人の西成彦さんがポーランド語への訳本を入手されたことで、3個以上連続する子音を聞き取る習慣のないフランス語の原版では、ポーランドの地名・人名表記がかなりずさんだった点を、今度の版では正すことができました。一例をあげれば、歌を歌いつつ冒頭シーンに登場するシモン・スレブニクが正しくはスレブルニクであり、それはポーランド語で「銀細工師」を意味するとのことです。今たまたまスロヴェニアの大学に集中講義に来ておりますが、同じスラヴ系言語であるスロヴェニア語でも、スレブロは「銀」、スレブルヌノとなると「銀の」の意味ですし、街中の銀細工店で
「Srebrni ?」という看板を見かけることもできます。さらに、ボスニア内戦さなかの1995年に、ムスリム系住民がセルビア人武装勢力によってジェノサイドにあった町として悲しくも有名なスレブレニツァも、語源的には銀鉱が掘られていたことから名付けられた可能性があると教えられました。固有名詞の読みを一つ正すだけで、絶滅作戦が他のジェノサイドとも「韻を踏む」歴史的事実であったことに改めて目が開かれた思いがいたします。
『ソビブル、1943年10月14日午後4時』のほうは、1979年『ショア』撮影の過程で撮られたイェフダ・レルネルのインタビューを軸に、2001年の現地ロケの映像を加えて編集された作品です。16歳でワルシャワ・ゲットーから労働キャンプに移送された主人公が、絶滅収容所で唯一成功した武装蜂起に参加するまでの物語ですが、『ショア』との位置関係については、ランズマン監督の冒頭の語りに明快に述べられておりますので、贅言を慎むことにいたします。これらの自作をめぐる監督の短いインタビューも同じパッケージに入っております。
皆様がそれぞれのお立場で、これらの DVD 版映画を鑑賞され、その普及にご協力いただければ幸いに存じます。
TAKAHASHI Taketomo
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