田中伸尚の最新作/好評発売中!


田中伸尚さん、第8回平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞!
授賞式での
スピーチを紹介しています。

生と死の肖像

四六判 上製 336ページ 1800円

 以下は、カバーの右側に印刷されている文章です。



「東京新聞」1999年12月26日付で評論家の佐高信さんが本書を「99年の収穫」として取り上げています。
内容は
書評欄で。


「天皇の棲む国」で、己に忠実に、その生を駆け抜けていった人たちとの語らいから、歴史に対する向きあい方を思索する。──国家の枠を超え、民衆が歴史を手にする運動にかかわってきた著者は、「この国」の在りようを通して、「国民」を見つめ続ける。書評はこちら。

「今こんな有様だからこそ、このままであるはずがない、と考える時が来たんだ。だって、すべてのものが動きだしているんだからな、君」
(ベルトルト・ブレヒト『ガリレイの生涯』岩淵達治訳)

【もくじ】

「主義者の娘」の半生──書評『ルイズ』

「約束」、「待春」そして「継承」──追悼・伊藤ルイ

ある芥川賞候補作家の生と死

忠魂碑が地ひびきたてて(一、父と子 二、端緒 三、本人訴訟 四、執念 五、普段着のたたかい)

「日本一の孝行息子」──「非」良心的兵役拒否者に聞く

「忠君愛国を滅す」──非戦論者・安藤正楽

戦争責任を担うという凄絶な営為──書評『戦争と罪責』

ある朝突然、刑事が──冒される取材・表現の自由

「国家は過ちを改むるに躊躇してはならない」──不当家宅捜索事件控訴審での「意見陳述」

肖像権と民族の誇り──アイヌ文様刺繍家・チカップ美恵子

警察監視社会がやって来る──盗聴法の恐怖

スモン最高裁判決は人権を絶つ

白の胡蝶蘭に見た「忠恕」のジャーナリスト──追悼・安江良介

「うつろの目をした少女」の戦後史

ドキュメント明仁天皇の十年(一、「開かれた皇室」その演出と狙い 二、日本の大国化路線と「皇室外交」 三、儀礼に吸収される戦争責任 四、彷徨する天皇イメージ 五、ナショナリズムの広がりと天皇制)

象徴天皇を押し出した「即位の礼・大嘗祭」東京地裁判決

歴 史に残る民衆のメディア──書評『情報センター通信合冊』

「日の丸」についてのコワイ話

戦争末期の権力犯罪を問う──横浜事件・三度目の再審請求

雑然と律儀の間で──追悼・木村亨

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本書のあとがきを紹介します

「わたしは一九八九年以来二度の戒告処分を受けました。その二つの処分はほぼ同じ理由によってなされました。……違反したとされるところの行為は、「君が代」が流れるわずか一分たらずの間、静かに着席していたということのみなのです」
「私は、ほんの一分たらずの間静かにいすに座っていたというだけで……懲戒処分という全くいわれのない不当な処分を受けました」
 北九州市の公立学校の卒業・入学式で、「君が代」が流れるわずかの間、「起立・斉唱」の命令に従わずに、ほんのわずかの間座っていたというだけで、この一〇年ほど毎年のように教師らが処分されている。たまらず、処分された教職員一七人が裁判を起こした。九六年の一一月である。紹介したのは、処分された原告教師らが裁判で訴えた意見陳述集(『とおくまで いくんだっちゅうの』九九年二月)の一節である。
 原告らは、この裁判を「ココロ裁判」と名づけている。
「君が代」という曲は、時間にすればわずか一分足らずだろう。
 だから、いやだな、と思っても一分がまんすればいい。でも、それが、たまらなく苦痛で、耐えられない拷問の一分と思う人だっている。「君が代」という歌を真っ直ぐ見つめれば見つめるほど、この一分は耐えがたいと感じる人がいる。自分の思想や良心という内心のところから発するさまざまな思いから。そういう人がいる、という想像力をたぶんこの社会にいる人は持っている。
 天皇絶対だった敗戦前のこの国・社会には、そんな内心の自由は許されなかった。それどころか「君が代」をいやだ、と思う人が存在しているという想像力を働かせる人も、まずいなかった。それは、想像力が奪われていたからなのだが、それにすらほとんど気づかなかった。敗戦によって、人には思想や信条にちがいがあって、それは人の内心にかかわっていることにこの社会は、初めて気づかされた。同時に、それは少数者の存在を想像させる力を育んできた。憲法は、そこのところを一九条で謳った。思想及び良心の自由は、これを侵してはならない、と。それは、国家権力がとりわけ「国民」の「ココロ」を覗き、かつ侵入してきたからだし、侵したがるからである。
 現在、私たちの社会は「日本人」だけで構成されているのではない。「在日」している人たちと共にある。その人たちが「日の丸・君が代」にどんな思いを抱いてきているか。背負わされてきた歴史を思い、その人たちの「ココロ」の、イヤだという叫びにこの社会は応答してきただろうか。
 以下は、京都に住む在日の小学校五年生(一九八七年当時)の「生い立ちの記」と題する作文からである。その子は卒業式に「日の丸・君が代」があるというので、父親や兄弟らといっしょに「やめてほしい」と頼んだ。しかし、「君が代」は流された。
「……私はそれに反対し、たい席した。……体育かんから出た時、みじめだった。私(たち)がなぜこんな思いにならなければいけないのかが不思議だった。これはかんぜんな差別だと思った。私は泣いた。くやしくて日本がにくかった。……ひきょうや、めちゃくちゃひきょうな国や!と思った」(『資料「君が代」訴訟』緑風出版、九九年)
「日の丸・君が代」の法制化は、「在日」のこの子どもには「ひきょうの法制化」と映るのではないか。日常的に構造的な強制力が働いている学校社会に、法という圧倒的な力がさらに覆うからだ。こうして、日本という社会は他者の「ココロ」を想像する力さえ喪っていくのだろうか。
 だが、わたしは希望を失いはしない。「ココロ裁判」をするような豊かな心を持った人たちがいるから。京都で、負けはしたけれど「日の丸・君が代」の強制に反対してたたかってきた想像力のある人たちがいるから。そして、広島にも、神奈川にも、東京にも――異議を申し立て、不服従を続ける人たちがいるのだから。

 フリーランスになって二二年になるが、小さな旅をつづけ、多くの人びとに出逅い、新しい発見をし、多くの選択肢とエネルギーをもらってきた。誰も彼も、国家との関係では鮮やかに生きている人たちである。その中には急ぎ足で逝ってしまった人がいる。もっと教えてもらいたいのに、と口惜しかった。これから、とも希っていた。でも、その人びとも<現在>を生きている人たちと同じように、いぜんとしてわたしには手をとってもらっている確かな水先案内人でありつづけている。本書は、主としてこの二〇年ほどつづけてきた旅の途上で出逅ったそんな人びとについての報告集である。
 初出誌などからの転載にあたっては、雑誌・出版社などに多くのご協力を頂きました。この場をかりてお礼を申し上げます。転載に際して、加筆、補正した作品もありますが、肩書き、年齢は初出時のままとしました。タイトルについては初出時と変更したのもあります。また、文中敬称を略させていただいたのが大半です。ご寛容下さい。
 編集にあたって樹花舎の花村健一さんの手を煩わせ、無理も聞いていただきました。ありがとうございました。
 こうした旅ができたのも、新聞記者時代からの先達、北村英雄さんのおかげです。改めて謝意を表します。そして願わくば、これからも旅をつづけたい。「必然の出逅い」(伊藤ルイさん)を求めて。

   一九九九年七月 「日の丸・君が代」の法制化を目前にして

                          田中伸尚

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