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「対人関係論の基礎の基礎③ 実践編」
日時 : 2008年8月24日(日) 14:00~17:00
会場 : キャンパスプラザ京都
講師 : 鈴木 健一
私がホワイト精神分析研究所の訓練を受けてまず驚いたことは、セラピストとして
相手にどう関わったのか、その瞬間に何を伝えたのかを、執拗に問われたことである。
留学する前は、相手の話を黙って聞きながら相手を理解し、支えることに重点をおいて
いた自分のスタイルにとって、対人関係論の技法は極めて異質なものであったが、
一歩踏み込んで相手と関われるようになった現在は、とても楽にセッションが
できるようになった。
私が訓練を通じて学んだ対人関係論の具体的な応答について説明すると共に、
後半は事例を通してそれを考えてみたい。事例提供者を募集します。
※終了いたしました
(今年度より、毎回のセミナーについて、終了後のセミナー・レポートと、参加者からの感想を掲載いたします。)
「対人関係論の基礎の基礎③(実践編)」では、金沢大学の鈴木健一先生が、detailed inquiryの実際についてユーモアを交えながらお話しされました。昨年のセミナーでは「オシムの言葉」を引用されていましたが、今年は北京オリンピックで問題発言(?)の目立った某柔道選手を例に取り上げられ、自分ならどのような質問をして治療的(?)に関わるかという話しをされ、会場を沸かしていました。
以下に、detailed inquiryの実践として、鈴木先生がおっしゃったことをまとめてみたいと思います。
第1に、「分かるまで尋ねる」ということをあげられ、患者の自分自身では気づいていないところ、まだ意識にはっきりとのぼっていないところを尋ねていくと述べられました。話を聴いている中で、セラピストが「あれ?」と思うところに、パラタキシックな歪みを感じるところに着目して尋ねていくとのことでした。セラピストが「こういうことだろうか?」という仮説を持ち、そこを質問して患者に吟味してもらうというわけです。また、「患者の不安がどこにあるのか?」、「患者の不安が何に対してあるのか?」ということについて、不安を生じさせるようなギリギリのところを質問できると良いと述べられました。 そして、もちろん治療者もperfectではなく、治療者も気づかないところがあるので、仮説を持ち続け、お互いに「永遠に理解していこう」とするイメージだと述べられました。
第2に、「どこから尋ねるのか?」ということで、「まずは感情から尋ねる」と述べられました。「どう思ったのか?」、「何を感じたのか?」、「あなたにとってそれはどんな感じ?」ということを尋ねるとのことでした。ただ、なかにはいくら尋ねても、「考えたこと」を答える患者さんもいるので、「何を考えたかじゃなくて、何を感じたかを聞いているので、どんな気持ちだったのか教えてくれる?」と尋ねたりすることもあるとのことでした。また、「さみしかった」と答えたとしても、「答えはひとつじゃない」「他の可能性にも配慮する」ことが重要だと述べられ、「それ以外にはどう思ったの?」と聞くこともあるとのことでした。
第3に、「尋ねる時に注意すること」として、治療者がどういう気持ちで尋ねるかが重要で、その質問が不安を喚起させない類のものであっても、治療者が批判的・高圧的であれば患者は言葉を使って隠そうとするし、その質問が不安を喚起する類のものであったとしても、治療者がニコニコしていれば、患者はその問いに答えようとしてくれると述べられました。そして「好奇心を抱くこと、関心を持つこと」の重要性についても話されました。
第4には、「対人関係について考えさせる」、「患者の対人関係をさぐる」ということを述べられました。「それは人として違うなぁ」と思うところ、「それが患者を困らせているのだなぁ」と思うところに着目して、尋ねていくとのことでした。
また、「対人関係の文脈を置き換える」ということも述べられ、「他者の行為は許せても、自分の行為は許せない」、「自分の行為は許せても、他者の行為は許せない」といった一貫性のないところや、「自分だけが特別だという思い」について尋ねるということでした。しかし、それは患者を批判することが目的ではないということを強調されていました。「私がAをするとBと思われる。嫌だ」と述べる患者さんに対して、「他人がAをすると、あなたはBと思うんですか?」と尋ねたり、「私(治療者)がAをすると、あなたはBと思うんですか?」と尋ねるなど、対人関係の文脈を置き換える質問をされるということでした。
第5に、「治療者から伝えていく」ということで、「あらゆる事柄を言葉で伝えていく」、「positiveなものもnegativeなものも、平等に相手に伝えていく」と述べられました。 また、どのように伝えるかということでは、「playfulに」伝えるということでした。それは、話しにくい話題や不安の高まる話題を話しやすくするためで、より生き生きとした親密な関係を築くためにplayfulに伝えると述べられました。
次に、「authenticに(本物性)」伝えるということもあげられました。一つの例としては、臭いがする患者さんに、それをただ我慢するだけでなく、「あなたのことをなるべく傷つけないようして伝えたいんだけど、ちょっと臭うんだよね」と、前置きをしながらも伝えるべきことは伝えていくということでした。
ただ、これは状況や関係性によるとのことで、最後には「It depends.」ということをあげられました。状況によって、何を尋ね、どう伝えていくかは変わってくるので、状況に応じて臨床的に判断していくことになるとのことでした。
さて、この3回のセミナーを終えて、私自身、「対人関係論は皆さんにどのように受け取られるのだろうか」ということに関心があったのですが、フロアの中では「このやり方は患者さんに負担を強いるのではないか」といった感想が多かったように思います。確かに、対人関係学派は「解離モデル」を採用していることもあり、不安を喚起するがゆえに曖昧にしている事柄を「直視する」、「向き合う」、「視野の中に取り戻す」といった基本姿勢がベースにあると思います。ただ、そうした基本姿勢だけを取り出して、対人関係学派はそうした直面化的なアプローチを「いつも」、しかも「直線的」に用いているのかといった誤解が生じているのではないかと思いました。
私が対人関係学派の訓練を受けてみて感じていることは、患者さんのことをより理解していくために、相手の話しを傾聴しながら、こちらが不思議に思ったことについては積極的に尋ねていき、セラピストが関心をもって関係に関わっていくというイメージです。その中で、「あれっ」と思うことについて尋ねていき、曖昧にされていることやパラタクシスな歪みのある部分を、不安に配慮しながらも患者さんとともに吟味していくという感じだと思います。ですから、「選択的非注意の働いているところをただ指摘して、直面化させる」といった「直線的」なアプローチを「いつも」用いているわけではないと思います。臨床実践においては、患者さんの話にしっかりと耳を傾けながらやっていくことについては、大きな違いはないのではないかと思います。
「他学派との違い」として、先程お伝えしたような基本姿勢があることは事実だと思いますが、そこだけがクローズアップされて、「それをするのが対人関係学派なのだ」というような、川畑先生がセミナーのはじめに指摘されたような誤解が生じないことを願っています。
【報告者:宮田智基(KIPP精神分析協会)】
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