| ◆ きらめき財団発足にいたる時代背景 ◆ |
平成13年(2001年)の夏、山口県阿知須町きらら浜を会場に79日間にわたり開催された「山口きらら博」は、予想を上回る251万人余の来場者を迎え入れ、大盛況のうちに閉幕しましたが、この「山口きらら博」の成功を支えた要因にの一つが、5万人を超える県民ボランティアの活力であったと言われています。
この県民ボランティアの活力は、このときに突如として出現したというよりも、その背景には、進取の気風に富んだ山口県ならではの二つの県民運動、すなわち、先人達の並々ならぬ努力により培われてきた「コミュニティづくり活動」と「ボランティア活動」のネットワークが既に県内各地に底流として存在しており、これらが「山口きらら博」に際してうまく融合した結果、見事に花開いたものであるという見方もできます。
※山口きらら博とは…山口県山口市阿知須町きらら浜で「いのちきらめく未来へ」をテーマに2001年7月14日から9月30日までの79日間開催された地方博覧会。正式名称は「21世紀未来博覧会」 |
| ◆ 農村新生運動 ◆ |
| コミュニティづくり活動」の変遷をたどると、戦後間もない昭和25年(1950年)、荒廃した農村の苦境を乗り切るため全国に先駆けて始まった「農村新生運動」は、やがて社団法人山口県農山漁村新生運動協会の設立となり、農山漁村の新しい村づくりに取り組み、社会経済の復興安定に合せてさらに、社団法人山口県新生運動協会と改称し、「明るい職場づくり」、「町づくり」の取り組みへと事業展開をした後、その役割を「あたたかいふるさとづくり運動」に引き継ぐ形で昭和54年(1979年)に発展的に解消しました。 |
| ◆ あたたかいふるさとづくり運動 ◆ |
代わって、昭和55年(1980年)に結成された「山口県ふるさとづくり県民会議」は、自立と連帯の精神に基づく地域社会づくりを全県的にかつ総合的に進め、健康で豊かな住みよいあたたかいふるさとをつくりあげる運動で、文字どおり56市町村及び県レベルの44団体が会員となって、コミュニティづくりに取り組んできました。
しかし、10年以上を経過して、既存の行政協力団体や地域団体では、汲み取れない個人のネットワークによる地域づくり活動が動き出すなど、自己の感性や自己実現意欲が生かされた「一人ひとりが輝く地域づくり」をより重視しなければならない時代を迎え、運動自体の形骸化が目立ち始めました。 |
| ◆ 県民運動から県民活動へ ◆ |
そして、平成10年(1998年)2月、県民運動のあり方検討委員会による「新しい県民運動についての提言」、平成11年(1999年)3月、山口県県民活動システム検討委員会による「県民活動の活性化に関する報告書」を踏まえ、山口県ふるさとづくり県民会議は、平成11年(1999年)4月、公設公営により創設された「やまぐち県民活動支援センター」に発展的に移行しました。
その際、県民活動支援センターの運営に関する助言・提言を行うとともに、県内の活動団体等のネットワーク化の促進を図ることを目的に、「やまぐち県民ネット21」が組織されました。結果として、「やまぐち県民ネット21」は、その後平成14年(2002年)4月から公設民営化に移行した「やまぐち県民活動支援センター」の運営業務に携わることになりました。 |
| ◆ ボランティア活動 ◆ |
一方、「ボランティア活動」の胎動は、全国的には既に昭和40年代から本格的な取り組みの様子がうかがえますが、特に昭和48年(1973年)の石油ショックを契機として、日本経済が低成長への急転換を余儀なくされたことが引き金となって、その意義の重要性が改めて人々に認識され、一気に各地の取り組みが加速していきました。
実質的なボランティアは、わが国においても古くから篤志家や宗教家などによる生活困窮者や障害者に対する慈善活動や集落ごとの慣習による勤労奉仕や相互扶助など目立たない形で行われていましたが、昭和30年代後半から続いた経済の高度成長のもとで、公共事業、社会保障、社会福祉等の諸制度が次第に充実するにしたがって、ボランティアの精神は知らず知らずのうちに人々の行政依存の風潮の中に埋没しかけていました。 |
| ◆ 山口県ボランティア振興財団の業績 ◆ |
このような状況の中、昭和53年度(1978年度)を初年度とする山口県の第三次社会福祉基本計画では、「福祉の風土づくり」、「地域福祉の推進」、といった県民自身による自主的な福祉活動の振興が大きな課題とされ、県の昭和53年度当初予算に基金出資金の2億円が計上されたことにより、同年5月、全国に先駆けて財団法人山口県ボランティア振興財団が設立され、本県の「ボランティア活動」振興の取り組みは飛躍的に進展することになりました。
同財団は、県民自身の自主的・主体的参加によるボランティア活動をバックアップする裏方を担う団体として、物の豊かさと心の豊かさの併存する社会をつくり上げることを目指して、ボランティア基金の造成を図りつつ、社会福祉や青少年健全育成に関するボランティア活動事業への助成のほか、この功績の顕著な個人やグループに対する理事長表彰を実施する等、県内の隅々へのボランティア活動の振興、支援を行ってきました。
また、同財団の事業の推進に際しては、(社福)山口県社会福祉協議会及び県内各市町村社会福祉協議会による「福祉の輪づくり運動」に基づく各種の事業と歩調を合せながら、山口県ボランティアセンターとタイアップして、ボランティア活動保険掛金助成事業や、企業等社会貢献活動支援事業などを実施してきましたが、このうち特に、昭和57年(1982年)から平成3年(1991年)までに実施した「市町村社協ボランティア3点セット(人づくり、場づくり、基金づくり)補助事業」によって、県内の各市町村においても独自のボランティア活動が活発に展開されるようになりました。 |
| ◆ NPO活動 ◆ |
関係者の努力によって、ボランティア活動に対する人々の関心が高まってきていた中で、不幸にも平成7年(1995年)、1月に発生した阪神・淡路大震災において、被災者への支援活動のために全国各地から多数のボランティアが参加したことが契機となって、一気にボランティア活動が活発化しました。
また、続いて平成9年(1997年)1月のナホトカ号重油流出事故においても、冬の越前海岸で打ち寄せる重油の回収作業のために全国各地から多数のボランティアが参加して短期間のうちに事故処理がされるなど、行政の対応に比べて、自主的・主体的なボランティア活動の緊急事態への対応能力の高さが実証されました。
こうした活動をきっかけに、国会では阪神・淡路大震災の直後から市民活動を積極的に支援する法律を制定する機運が高まり、「市民活動促進法」など各党から法案が提出され、衆参両議院で活発な論議が続いた後、最終的に平成10年(1998年)3月、ボランティア活動を始めようとする市民の自由な社会貢献活動の促進を目的として、「特定非営利活動促進法」(通称NPO法)が全会一致で可決成立し、同年12月から施行されました。
本県においても、平成15年(2003年)3月の時点で、知事の認証によるNPO法人が100団体を超えるなど、全国的にもNPO法人の数が急増しており、今後は医療・福祉関係、社会教育やまちづくりの推進の分野などを中心に、NPO法人が担う公的サービスが一段と拡大していくものと思われます。 |
| ◆ やまぐち県民活動きらめき財団の発足 ◆ |
このような時代のあゆみを背景に、当財団は「山口きらら博」の剰余金に基づく山口県からの補助金5億円を新たに運用財産として受入れ、財団法人山口県ボランティア振興財団を発展的に改組して、平成14年(2002年)4月1日に発足しました。
当財団は「山口きらら博」で発揮された県民ボランティアの活力を継承、発展させるため、従来の福祉を中心としたボランティア活動のほか、新たにコミュニティ活動やNPO活動などを加えた幅広い分野の県民活動を振興、支援する事業を展開していくことになりました。 |
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