〜かしこい白フクロウ〜




むかし、とびぬけてかしこい白フクロウの子がいました。

月の光がふりそそぐ夜。
フクロウの兄弟達が木の枝にならんでいます。
みな、黄色い丸い目をらんらんと光らせて、地上を見おろしています。
今夜のごちそうの、甘いヒメネズミや、やわらかいモグラをさがしているのです。

ところが一羽、
かしこい白フクロウだけは、みなと反対に天をあおぎ、星空を見上げています。
見かねた母さんフクロウが、ネズミをつかまえてくれました。
「これをお食べ。そして狩りの練習をするんだよ」

「星をおぼえる勉強のほうが大事だよ!」
白フクロウは胸をはって答えました。
「何を言ってるんだい。そんなもので、お腹がふくれるものかい」

白フクロウは、母さんの無知をはずかしく思いました。
「フクロウの賢者は星を見れば未来が分かるんだよ」
「未来を知っても、お腹がふくれないのはいっしょだよ」
白フクロウは体をまるくふくらませました。
「ぜんぜんちがうよ! 森の火事のことを知っていれば、父さんだって死ななかった。お腹をふくらませるより、未来を知ることのほうが大事にきまってるじゃないか!」

母さんフクロウは、ネズミをおいて、遠くの空をながめました。
「未来がわかったからって、いいことばかりとはかぎらないよ」
「なぜ? どうして? 父さんはそんなこと思わなかったよ!」
白フクロウは、無口な父さんフクロウが好きでした。
でも父さんはさよならも言ってくれませんでした。

白フクロウは母さんの足もとのネズミに目をむけました。
「なぜ、そのネズミはつかまったの? 
なぜ逃げられなかったの? それがネズミの運命なの?」

母さんは、大きなためいきをつきました。
「なぜ、なぜ、なぜ……。小さなころから、お前はそればかり」
白フクロウは、ネズミに目もくれず、再び夜空を見上げました。
「ぼくは何にも知らないまま死ぬのはいやだ。
だから賢者の弟子になる」

白フクロウは、遊ぶ時間をおしんで、勉強しました。
やがてフクロウの兄弟たちは、木のうろをでて、旅にでました。
それぞれに自分のすみかを決めて落ちついても、
かしこい白フクロウは、フクロウの賢者を探して、旅を続けていました。

おさないころは、白黒のまだらもようだった体が、
雪のように真っ白な、大人の羽毛に生え変わるころ、
とうとう、賢者の森にたどりつきました。

朝もやにけむる緑の森の、頂上スギの上から3本目の枝に、老賢者がいました。
「かしこい白フクロウよ。おぬしがくるのを待っておったよ」

賢者の灰色の羽は、みすぼらしくふぞろいで、
黄色い目は、うっすら、にごって白くなっていましたが、
話す声はしっかりしていました。

かしこい白フクロウは、感激して、
けれど、つつしみぶかく、4番目の枝のはじにとまって、
礼儀正しくお辞儀しました。
「ありがとうございます。賢者の知恵を教わりにきました」

老賢者は、頭を肩にうずめました。
「残念だが、教えられるものではない」
白フクロウは、賢者が自分をためしているのだと思いました。
「夜空の星は、春夏秋冬、すべてそらんじています。
ねることも、食べることも、遊ぶこともおしんで、学んできました」

老賢者は、「では」と続けました。
「おぬし、知るかくごはできているかの」
「かくごはできています」
「たとえ、おのれの死ぬ時を知っても?」
「はい」
ためらわず白フクロウは答えました。
「たとえ、明日世界がほろぶと知っても、食事をすることができるかね?」
「はい」
「いつも通りに?」
重ねての問いに、
白フクロウは、おのれの胸の奥に問いかけました。
なんの心配も不安も浮かんできませんでした。

「はい、いつも通りに」

「わしに教えられるのは星を読む術だけだ。それでいいのなら」
老賢者は目を細めました。
「今日からすぐにはじめよう。時間があまりないのでな。
わしの命はおぬしに教え終わった日に、尽きるのだ」

その日から老賢者は、食事をする間もおしんで、奥義を教えてくれました。
といっても、老賢者は目がよく見えないので、
うすのろのモグラもつかまえることはできないのです。
白フクロウは、自分の食事のあいまに、老賢者に小さなヘビやバッタをつかまえてきました。

あるとき白フクロウは、脱皮したばかりのやわらかいバッタをつかまえました。
めったにない、ごちそうです。
白フクロウは、食べずに、老賢者のもとに持って帰りました。
老賢者は、やわらかいバッタを、ゆっくりあじわうようにのみこみました。
見ていた白フクロウののども、いっしょに、ごくりとなりました。

白フクロウは、ごほんとせきばらいをして聞きました。
「そのバッタは、わたしがこの森にこなければ、今もとびはねていたのでしょうか」
「いや、おぬしがここにいることも運命。バッタの命が今日おわることも運命じゃ」

勉強は、食べながらも続きました。
白フクロウのどんな質問にも、賢者はていねいにこたえてくれました。

最後の授業が終わった夜。
白フクロウは、老賢者のために、ホタルブクロのコップで泉の水をくんできました。
2、3日前から老賢者は何も食べられなくなっていました。
老賢者は、冷たくすきとおった水を、のどをならしてごくごくと飲みました。
「ああ、うまい水だ」
満足そうに、ほほえみ、そのまま永遠に目をとじました。

もう動かない師匠のなきがらを前に、
白フクロウは、目頭がじわりと熱くなるのを感じました。
今日逝くことを、白フクロウも老賢者本人も知っていて、
その通りに逝ったのに、何を哀しむことがあるでしょう。

いつも通りに? 
そう重ねて問う老賢者の言葉がよみがえります。

「そうだ。食事をしよう」
白フクロウは、つぶやき、飛び立ちました。
太ったネズミを見つけて飛びかかりましたが、失敗しました。
2度目に、やせてみすぼらしいヒメネズミをつかまえて、飲みこみました。
すじばっていて、なんの味もしませんでした。

なにかを失ったのは確かでした。
そのかわり、白フクロウは、未来を知る奥義を手に入れたのでした。

頂上スギの木で暮らすようになった白フクロウのもとに、
「未来を教えてください」と、相談者がおとずれるようになりました。

若いヤマバトは、結婚の相談にやってきました。
「あたしは木の芽月の3日目に生まれたんですが、よい夫にめぐりあえるでしょうか」
「ふむ。なるほど。まもなく出会うでしょう。
たくさんの子と孫に恵まれる星のもとに生まれていますよ」
白フクロウの言葉を聞いて、ヤマバトはよろこんで帰っていきました。

ヤマバトの結婚を占うことなど、朝飯前です。
かしこい白フクロウの頭の中には、
過去と未来の何十年分ものエフェメリス(天文歴)がつまっているのです。

カワセミのおばあさんには、嵐が来るかどうか聞かれました。
おばあさんは、お礼の魚の干物をさしだしながら、
「もう一つ、いいでしょうか」と遠慮がちにたずねました。
白フクロウがうなずくと、おばあさんは、はずかしそうに声をひそめました。
「出ていった息子は、嫁と孫をつれて、いつかもどってくるでしょうか?」

白フクロウは、カワセミの息子の誕生日を聞き、頭の中のエフェメリスをめくりました。
カワセミの息子は、だいぶ前に亡くなっているようです。
そう答えようとして、白フクロウは、
カワセミの色あせた緑色の羽が、かすかにふるえているのに気づきました。
不安ににごった瞳はどこを見るともなく、ゆらゆらと視線をおよがせています。

「息子さんは……帰ってきません」

おばあさんの瞳が、一瞬、くっきりと、すきとおりました。

「そうですか」

その声には、驚きも哀しみも感じられませんでした。
かくごしていたのかとも思われましたが、
うなだれて帰っていく背中は、ぐったりとしおれていました。

それから白フクロウは、質問に答える前に必ず
「未来を知って後悔しませんか?」と、たずねるようになりました。
けれど、いくら確認しても、
未来を知って、ふらふらと今にもたおれそうな青い顔で帰っていく者もいました。
うれしい未来ばかりとはかぎらないからです。

白フクロウは、あまり相談を受けないようにしました。
星空は広いし、まだまだ学ぶことはいくらでもあります。
うすぼんやりとした明日は、星の動きを読み解くことで、
くっきりはっきりとあざやかになり、さらに遠い未来まで見通せるようになるのです。

たとえばこの森には、今、フクロウは一羽しかいませんが、
秋になったら、若いメスのフクロウがやってきます。
彼女が、白フクロウの奥さんになります。
勉強にいそがしい白フクロウは、奥さんになる彼女について、
くわしく調べてみようとは思いませんでした。

カエデが赤く色づき、谷川の水がきりりと冷たくなり、
栗やどんぐりをひろいにリスが枝を走り回っています。

気持ちよく晴れた秋の朝、
若いメスのフクロウがやってきました。
かしこい白フクロウより、一回り小さい、お嬢さんでした。
「気持ちのいい朝ね」

そんなふうに話しかけられたのが久しぶりだったので、
白フクロウは、ちょっとどきまぎしながら、答えました。
「そうですね」

お嬢さんは、くちばしで後ろ羽をととのえながら、こちらをうかがっています。
そのようすを見ているうちに、
すっかりなにもかも見すかされているように思えてきて、
白フクロウは、動くことも、しゃべることもできなくなりました。

「どうかなさいました? 顔色がお悪いですわ」

白フクロウは目を白黒させました。
お嬢さんは、星を読む奥義の達人なのでしょうか。

「お日様が明るすぎるのかしら」

白フクロウはやっとくちばしを開きました。
「あなたは、わたしが誰だか知っていて、ここにきたのですか?」

お嬢さんは、かわいらしい丸い目をぱちくりさせました。
「いいえ。あなたが誰かなんて、ぜんぜん知らないわ。でも」
にっこり笑って続けました。
「なんだか、感じのいいかたって思ったの」

白フクロウは、後ろに誰かいるのかと思って、首をぐるっと回しました。
どこにも、誰もいませんでした。

そしてフクロウのお嬢さんは、かしこい白フクロウの奥さんになりました。
白フクロウの奥さんは、その秋のうちに、カシの木のうろの中で、
小さな卵を一つ産みました。
つるりと丸く軽い卵を、奥さんは毎日抱いてあたためました。

かしこい白フクロウはその夜の星のならびから、
生まれるわが子の命が、長くないことを知りました。
はじめての卵が、うまく育たないのは、よくあることですし、誰のせいでもありません。
奥さんはかしこい白フクロウに何も聞きませんでしたし、白フクロウも奥さんに何も言いませんでした。

奥さんは毎日、一つの卵をあたためました。
「あなた。卵の中のぼうやが動いたわ」
うれしそうに報告する奥さんに、白フクロウは、ただだまってうなずきました。

ある夜、いつものように星を見ていた白フクロウのもとに、奥さんが飛んできました。
「さっき、ぼうやがうまれたの!」
白フクロウは、奥さんをねぎらいましたが、ぼうやに会おうとはしませんでした。

毎晩、頂上スギの三番目の枝の白フクロウのもとに奥さんがやってきました。
「どうぞ顔を見てやってくださいな、ぼうやは、お父さんに会いたがっていますわ」
白フクロウは、あれこれ理由をつけて、スギの枝から離れようとしませんでした。

「今夜は、すい星を見はっていなければなりませんから」
「そうなの。では、ご用事がすみましたら……」
奥さんは、目をふせ、カシのうろにもどっていきました。
白フクロウは、あわく白いしっぽを引いて天に浮かぶすい星を見上げました。
なんとか今日まで、ざわざわ鳴る胸のうちを、奥さんに知られずにすみました。

ぼうやの命は、あと一日。

白フクロウはふと、むかしおさなかったころ、
兄さんたちと木のうろにいたときのことを思いだしました。
さよならも言わず、森の火事で死んでしまった父さんは、
星の話を、いつもニコニコと聞いてくれました。

けれど今、未来を知る力を手に入れた白フクロウは、
たった一人のちいさなぼうやに
何をしてあげることもできないのでした。

星が好きな子なら、星の話をいくらでもしてあげるのに。
何年もかけて学んだ奥義をすべて、教えてやるのに。
時間がないのです。
ぼうやは目もあかないまま、
お母さんのあたたかな胸が雪のように白いことも知ることなく、
明日、天にめされていくのです。

それはもう決まっている運命なのでした。

白フクロウはくちばしをぎゅっと引きむすびました。
明日ぼうやがいなくなっても、
白フクロウは、いつものようにヒメネズミを取って食べるでしょう。
たとえ、すじばっていて、味気なくても。

羽ばたく音に、白フクロウは我にかえりました。
しずんだ顔で、奥さんが、こちらを見ていました。

「あなた。最後に一度だけでも、会ってやってはいただけませんか?」

「最後」と言う言葉に、白フクロウはどきっとしました。
奥さんには、ぼうやの運命は一言も話していないし、
奥さんが未来を読めるはずもないのです。

けれど、
知っている……そう思ったとたん、おさえてきた気持ちがあふれだしました。
「会ってもしかたがないだろう。
ぼうやの命はもう長くないのだから。
わたしは最後までいつも通りにふるまうつもりだ」

奥さんは首をふり、羽をふるわせました。
「最後の日は、だれにでもくるわ」
しぼり出すような声でした。

「さっきぼうやは、生まれてはじめてトンボを食べたの。もし明日、ぼうやの命が尽きるとしても、今夜は太ったカナブンを食べさせてあげたい。
そしてあなたには、ぼうやを、抱いて、あやして、お話をしてやってほしいんです。
そう思うのはおかしなことですか?」

「でも……」白フクロウは胸をつかれて言葉につまりました。

「なにをそんなにこわがっているの?」
奥さんは静かに聞きました。
「不器用でも、あなたはいつもやさしかった。
今のあなたはちっともいつも通りじゃないわ」

その瞬間、白フクロウは、脳天から足先まで雷に貫かれたかのように感じました。
師匠だった老賢者の言葉の意味が、今、わかったのです。

小さな、ほんのかすかな呼び声が聞こえました。
かしこい白フクロウは、大きく羽を広げ、飛び立ちました。
大きな太いヘビが、カシの木のうろの穴をのぞきこんでいるのが見えました。
一直線にまいおりた白フクロウは、ヘビをくわえてなげすてました。

「たすかった」
一瞬、そう思いましたが、これでぼうやの命がのびるわけではありません。
それが運命というものです。でも……。

「やあ、ぼうや。お父さんだよ」
かしこい白フクロウは、きょとんとしたままのぼうやをやさしく羽でつつみこみました。
やわらかい羽毛に包まれたその体は、おれてしまいそうなほど小さく細く、たよりないのです。目も見えず、足もよろよろと力が入りません。
白フクロウは、そっとつつんで、あたためました。
「お父さんなの? あったかい」
ひな鳥が、小さくつぶやきました。

白フクロウの胸になにかがじんわりとひろがっていきます。
「ぼうや、お話をしてあげよう」
白フクロウは、ぼうやをだきよせて、ちょっと考えました。
「どんなお話にしようか」
「おいしいお話」
白フクロウは、ああ、とうなずきました。

それで、いままでで一番おいしそうだった食べものの話……フクロウの老賢者にとってあげた、脱皮したばかりのやわらかいバッタの話をしました。
「……ふつうのバッタはすじばっていて、かたいんだ。
脱皮したばかりの、みずみずしくて、やわらかくて、のみこむと、つるんとあまいバッタは、めったに食べられないごちそうなんだよ。
さて、おしまい」
「もう1回して」
「いいとも」

たくさんいろいろな話をしてやろうと思ったのですが、
ひなは、何度も同じ話を聞きたがりました。

「もっとほかのお話は? このお話はこの先どうなるか知ってるのだし」
口にしながら、白フクロウは、
ひなの将来のことを言っているようで、ひやっとしました。

「ううん、いいの。だってね。何回聞いても」
ひなは、くくっと小さく笑いました。
「おなかが、あったかくなるんだもの」

ひなは、気づかなかったようでした。
白フクロウは、ゆっくり息をすいこみ、また、やわらかいバッタの話をしはじめました。

3回目のお話が終わるまえに、
白フクロウの羽のなかで、ひなは、息をするのを止めました。
最後の、短いひととき、強くやさしいお父さんにつつまれて、
おいしくてあたたかい話を聞きながら、
ひなは、やすらかに眠るように、逝きました。
つつみいだいたひなの、鼓動が消えたそのあとも、
白フクロウは、しばらくそのままでいました。

白フクロウの肩は、ふるえていました。

「老賢者さま。わたしは、おろかでした」
 
もっと抱いてやればよかった。
もっと話をしてやればよかった。
もっと……もっと……。

フクロウの老賢者は最後の日々に身をもって教えてくれたのでした。
明日世界がほろぶとしても、

今日、今このとき、生きている……ということ。

いつも通りに。今を。

天を見上げれば、満点の星がひときわきれいな夜でした。
けれどかしこい白フクロウはずっと、
羽に抱いたひなの顔を見つめていました。
その背中に、奥さんがそっとよりそいます。

星空を横切って、流れ星が一つ、
きらめいて落ちていきました。

おしまい  





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