岸田姓について
どうして、うちの名字は岸田なのか、小学校で名札を付けさせられて以来の疑問、
ここ数年、図書館や古本屋に通って調べてみまたら、六つの事が浮かび上がってきました。
- 津和野の吉見氏
- 北前船による蝦夷地への伝播
- 蘇我氏をルーツとする興福寺の衆徒
- 古代朝鮮からの移住者「吉師」
- 古代の金属精錬集団−伊福部氏
- 砂州で閉じられた入り江(潟)
岸田は、川であれ海であれ岸辺なら何処にでも発生しそうな苗字で歴史的な意味は無い様に思えますが、
以外と古代からの人の動きを反映しているのかもしれません。
まだまだ、わからないことがたくさんありますので、徹底的に調べていきます。
皆様からの岸田情報をいただければ幸いです。
Yutaka Kishida
E-Mail:
kishy@mb.infoweb.ne.jp
[分布]
[土地]
[その他]
[岸田人名辞典/岸田地名辞典]
[リンク]
全国分布
NTTの電話帳で、全国各市町村の件数を調べたところ、全国で9455件を確認しました
こちらの「日本全国岸田姓の分布」のページを見てください。各県ごとのデータと、全国の密度分布図があります。
岸田姓の多い地域については、以下のページを設けています。
岸田姓の密集地

全国の岸田姓の分布状況
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50件以上の集中地
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10-50件程度の集中域
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10件程度の集中地域
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土地
岸田姓と地形
苗字研究家森岡さんから地形との関係を見たらどうかとのアドバイスをいただき、じっくりと地図とにらめっこして気がつきました。
やはり岸田姓の発生はある特定の地形と関係があるようです。
それは「潟」、すなはち砂丘・砂州・三角州のために外海と分けられた入り江です。
上に挙げた集中地から当てはまる場所を列挙します。
- 鳥取:鳥取砂丘と湖山池
- 倉吉:東郷池
- 丹後半島:天橋立と宮津湾、久見浜湾、網野町の離湖、丹後町竹野湖(すでに埋まっている)
- 大阪:旧河内湖(大阪市の大部分は古墳時代には入江だった)
- 肥前松浦郡:唐津松浦川河口と虹の松原(松浦潟)
- 常陸鹿嶋:北浦、旧神栖潟
- 紀州御坊:日高川河口
- 越中氷見:旧十二町潟
- 越前三国:九頭竜川河口
他にも、泉州岸和田、伊勢安濃津、土佐物部川下流、宮城山元町、東予、知多半島、近江高島(旧勝野津)、益田等が発達した砂浜に面しており、そこには昔潟があったのかもしれません。
木曽川町も昔は三角州にはさまれた潟だった可能性があります。そうであれば、海岸にある密集地のほとんどが潟地形に当てはまります。
また、潟には古代港として栄えた形跡のあるところが多く,大きな古墳などが発見されているのも興味をそそります。
海を生活基盤とした古代の海人たち、大陸から渡って来た人々、さらには朝廷で海産物の徴収役にあった氏族との関係はどうでしょうか。蘇我氏、尾張連などが関連していそうです。
岸田姓と国府所在地
尾張、丹波、因幡、河内、土佐、播磨等、昔の国府所在地や一宮の置かれた場所にも岸田姓が多いようです。
律令制度の開始時期に、漢字の読み書きのできた渡来人(吉士)が集められたものでしょうか?
逆に、港を中心に発展した場所が国府となり、そこには渡来人も多かったとも思われます。
地名の岸田
岸田地名辞典
日本全国、岸田と名の付く地名を探し出してみました
参考文献:
- 日本の古代3-海を越えての交流、大林太良編、中央公論社
- 日本の古代5-前方後円墳世紀、森浩一編、中央公論社
- 日本の古代8-海人の伝統、 大林太良編、中央公論社
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その他
歴史上の人物で、岸田の名の付く人々を集めてみました。
太田亮"姓氏家系大辞典"の記述
- 岸田臣、岸田朝臣は武内宿禰、蘇我稲目の末裔。大和山辺郡岸田村より起こる。
- 天安元年(857)に摂津に岸田朝臣がいた記録がある。
- 大和の岸田は、岸田臣の末裔で浅和村岸田(現天理市)より起こる。山辺郡に岸田伯耆がおり、筒井順恵、定次に従い伊賀阿保(現青山町)に2000石の領地を得ていた。
- 岸田伯耆守が、筒井定次の領地替えに従い伊賀阿保町の南山際に岸田3000石の領地を得ていた。
- 摂津島上郡に、桓武平氏芥川流の岸田と名乗る豪族がいる。
- 因幡八束郡見附西谷村(現船岡町)に、木下備中守(重堅)の末裔とする一族がいる。
- 松浦藩用人に、岸田がいた。
- 彦根藩士に、岸田がいた。
- 信濃に多い。
- 備前に多い。
「キシ」について
岸田のキシは、古代朝鮮からの渡来人「吉士」に通じることに注目しています。
吉士は古代朝鮮において首長を意味する語で、新羅においては官位17等中14位にあたる公式の位。
日本書紀には、遣唐使の吉士長丹をはじめ、難波吉士、吉士金、吉士木蓮子等の名があり、彼らが大陸との外交に携わっていたことがわかる。
またヤマト王朝の海運、造船に関わる新羅系の一族で吉士を称するものがあったらしい。
埼玉県高麗地方、長野県の千曲川沿い、大阪の大和川流域、奈良盆地南部、琵琶湖西岸での岸田姓の集中は、高句麗、新羅、百済など朝鮮半島からの渡来人の痕跡と一致しているように見えます。
古墳時代朝鮮からの渡来人は鉄製・鍛冶の技術を日本にもたらしている。彼らの鉄製の農具により飛躍的な生産上昇があったことの意味を考えると、岸田の語源は水際の田より、むしろ吉士が切り開いた田にあるように思えます。
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Yutaka Kishida
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