「よ」
「・・・・・・・佐伯、どしたの」
「ん、オジイの都合で練習がなくてさ」
「で、来たの?」
「そう」
「・・・・帰りどうすんの、遅くなるじゃん」
「大丈夫だよ、菊丸の顔も見たしもう帰るから」
「は?」
「なんとなく散歩したいなって思って、それなら
菊丸に会いにでもいこうかなって。もう会ったし。」
「散歩・・・電車乗って?千葉からここまで?
散歩じゃないと思うのは俺だけでしょーか?」
「あはは、俺も散歩ってわりには歩いてないとは
思うけどね、電車に乗ってる時間の方が長いしね。」
「汗かいてる」
「うん、何時になってもちっとも涼しくならないね
今年は特に・・・・だから・・・汗止めしてきた」
「あ、俺も使ってるよリストバンド」
「不二とお揃いで?」
「うんvみんなに不二と見せびらかしちゃった」
「仲がいいね」
「そだね、クラスも同じだし・・・そういや家族より
一緒にいるかも・・・・・」
「はは、最強コンビだな」
「それ!」
「え?」
「クラスのコたちにもたまに言われんの、なんでだろ」
「それは・・・」
「佐伯、わかんの?」
「なんとなく」
「うー、なんとなくって言われても・・・」
「ははは・・・そんなに悩むなよ、別にいやじゃないんだろ」
「それは全然!不二とだしね!」
「それなら言わせておけばいいよ、さて、帰るかな」
「ほんとに帰るの?」
「そのつもりで来たからね」
「・・・・うーん・・・」
「もしかしてまだ俺といたい?」
「なんとなくそんな気がしないでもないような〜・・・・
そだ!佐伯が乗る電車の駅まで送るよ、俺も散歩
・・・なんつって。」
「菊丸」
「そだそだ、それから帰りも長いでしょ、ちょっと腹ごしらえ
しようよ、佐伯は時間は大丈夫?」
「うん、まだいいよ」
「じゃ、俺のよく行くマックね・・・それから散歩しよ!」
「菊丸のおごり?」
「わ・り・か・ん!!」
「はは・・・」
「そういえばさ、リストバンドの話をした時に佐伯は
赤なんだよって言ったんだった・・・もうちょっと
佐伯が来るの早かったら佐伯ともみんなに見せびらかせた
のにね、残念!!」
「それじゃ次はもっと早く来よう」
「あはは・・・それもいいけど、次は海じゃなかったっけ」
「覚えてた?」
「覚えてるよ!」
「じゃあ、おいで、俺のところへ」
「・・・・・・さ・・」
「待ってるから」
「うん・・・次は、俺が佐伯に会いに行くよ」
「食べながら日にち決めようか」
「そうしよ。行こっ!よし、この前のお返しだ!!」
「わ、菊丸、そんなに引っぱるなって!」
「マックまで走るよー」
「だめ!抜かしてやるよ、ほら菊丸、早くっ」
赤いリストバンドを掴んでいた菊丸の手を反対の手で
掴み返す。
菊丸、おいで、俺のところまで。
今日はちっとも英二と落ち着いて話をしていない。
朝練は食事当番だった英二が遅刻ぎりぎりに
駆け込んできて息つく間もなくハードなメニュー
(乾作)だったし、体育や移動教室に休み時間は
ドタバタしてたし、2時間目のあとの少し長い
休み時間はめずらしく大石が教科書を忘れたとかで
英二に借りに来ていてそのままダブルスの話に
なったようで教室の入り口でべったりと立ち話を
していたし(青学黄金ペアのまわりにはいつのまにか
取り巻きが出来てたし)
一日のうちの殆どを一緒にいるのにこんなに英二と
話さないで半日が過ぎるのは久しぶり。
英二、僕、英二のこと忘れちゃうかもしれないよ。
・・・なんて、そんなことはあるわけないんだけど。
「不二、おべんと食べよ!」
英二が僕を忘れることも、あるわけない。
「不二?どうかしたの、だいじょぶ?」
目の前に英二のアップ。
そんなに心配そうにしなくてもいいのに。
「ううん、なんでもない。ただ、今日は英二と
あんまり話したりしてなかったから英二の顔って
どんなだったかなとか声ってどんなだったかなって
思い出してたの」
「思い出さなきゃいけないって、不二!忘れてたの?
ひっでーの」
机をガタガタとお弁当体制にしながら英二が
僕の言い草に抗議をする。
ふくれたほっぺも・・・同級生の男子にこういうのは
ふさわしくないんだろうなって思うけど・・可愛い。
僕はね、英二。
君を見ていると、君を初めて見た時からかな。
生きているっていいなって思う。
イノチのカタマリみたいな君。
辛いことがあっても、へのかっぱって鼻の下を指でこすって
笑う君。
辛いことがあった時、不二には俺がいるっしょって僕の
となりを歩く君。
君が、俺はなにがあっても不二の味方なんだよん!って
言うのと同じに、僕も君の味方だよ。
たとえば君が犯罪者でも、たとえば君が僕をひどく
裏切ったりしても。
あ、これは英二が僕に言ってくれたんだっけ。
・・・それに・・・。
「俺は100年不二に会わなかったとしても不二のこと
忘れたりなんかしないのになー・・」
ほら、君ってこんなうれしいことも言ってくれたりするし。
「そうだね、英二は僕が大好きだもんね」
「そー、惚れた弱み・・ってなに言わせんだよ!
おべんと没収するぞ」
「唐辛子風味いっぱいのでよかったらどうぞ、愛する
英二のためなら僕はお昼抜きでガマンするよ」
「げっ・・・いらない。不二ってばやなカンジ」
「嫌いになった?」
「不二が俺を嫌いになったら俺も不二のこと嫌いに
なったげる」
僕の英二はすこぶる自信過剰、そこもいいんだけど。
「それは無理、だから僕を嫌いになるのは残念だけど諦めて」
「諦めるのは大っ嫌いなの!でも不二がそう言うなら
ナミダを飲んで諦めよっかな」
「ありがと、英二」
「どーいたしまして・・・ってそういえばさ」
「なに」
「昨日、佐伯に会った」
サエキ・・・ああ、もう、英二の口からその名前を
聞くと僕の脳内変換能力って著しく退化するみたい。
「佐伯・・って佐伯?」
「うん、青学来てたよ、散歩とか言って。昨日俺だけ
ちょびっと居残りしたでしょ?だから会った」
「散歩って・・・六角から青学に散歩?」
「やっぱおっかしいよねー」
おかしいよ、著しくね。
佐伯・・・どうしても英二・・・ってわけ?
「それで?」
「うん、それがさ、俺に会ったからもういいから帰る
とか言っちゃって・・・でね、結局俺が引き止めて
・・・やっぱ引き止めたことになるんだよなあ、あれ。
マック行った」
「それで?」
「そんだけ。あ、あと海に行く日を決めた。そうそう佐伯も
リストバンドしてたよ。佐伯、あれ似合うね」
「海、行くの?」
「うん、練習休みの日があるじゃん、その日にした。
佐伯も俺も休みってそこしかなかったから」
「・・・僕も行きたいな、海。」
英二はくしゃって笑った。
不二も一緒にいいかなって佐伯に聞くよって笑った。
「佐伯は僕も一緒でもいいって言うんじゃない?」
「うん、そう思うけど一応ね」
「英二はいいの?」
「不二なら俺は大歓迎だもん!佐伯ダメなんて言わないよね?」
「英二のお願いなら聞いてくれるんじゃない?」
「うん、じゃ、言ってみる。3人のが楽しそうだもんね」
それはどうだろう?
でもね、佐伯・・・。
君はダメだなんて言わないでしょ?英二がそう言ったら。
それに。
僕はきっとちょうどいい君の歯止め。
君が急ぎすぎないように。
青学まで散歩だなんて、いつの間にそんな直情型になったの?
「それとね、俺、今日は女の子ってこわいって思っちゃった」
「なに?それも佐伯がらみ?」
「うん、今日ね、何人かに昨日一緒にいたコどこのコって
聞かれた。佐伯ってやっぱ目立つんだね。紹介してだって
どこで見たのかなあ?」
「それは学校の近くとかマックとか・・」
「ま、そんなとこだよね」
「それで英二どうしたの?」
「・・・どうもしない・・・」
「どうもしないって?」
「教えないって逃げてきちゃったもん」
「どうせまた聞かれるんじゃない」
「そうだけど・・・なんかヤだったんだもん佐伯のこと
教えるの・・・」
「はあ・・・六角が試合にでも来たらすぐわかっちゃうよ」
「そだけど・・・なんかヤだったの!」
「わかったからそんなにふくれないの、英二のほっぺ
つついてハレツさせちゃうから」
「するわけないっしょ!」
英二、君はどんな恋をするんだろう。
どうして佐伯のことを教えたくなかったかさえ
ちっともわかってない君は。
イノチのカタマリみたいな君は命がけの恋をするの?
いいよ、だってこれだけは変わらない。
なにがどうしたって、僕は君の味方
夜のストレッチは佐伯の日課で、それが終わったら
携帯の電源を切って眠りにつく。
最後のクールダウンをして携帯に手を伸ばすと
まだ電源を切らないでとばかりに着信音が鳴った。
佐伯はそのメロディに数秒耳を傾ける。
「やっぱりこれだ」
ひとこと、小さく笑ってつぶやいてから携帯を耳に当てた。
「はい」
携帯からは菊丸英二の声がした。
「佐伯?こんばんわ、菊丸・・・」
「うん、こんばんわ」
「今、いいかな」
「もう寝るところ」
「え、じゃ・・・また明日にでもかけなお・・・」
律儀に慌てる菊丸がおかしくて佐伯はくすくすと笑った。
「・・・だったけど菊丸だったらぜんぜんOK、どうしたの?」
顔を合わせているわけではないのに、ホっとした雰囲気が
伝わってきて佐伯は今度は声を立てずに微笑んだ。
「うん、海なんだけど」
「都合でも悪くなった?」
違うな、と聞きながら佐伯にはもう予感めいたものがあって
予感と都合が悪くなったのとどちらがいいだろうと
少しの間考えた。
どちらもあまり歓迎したくない。
けれど・・・少なくとも予感の方なら菊丸には会える。
あまり歓迎ではないにしても。
「あの、ね、海、不二も一緒に行きたいって言ってるの・・」
予感の方だ。
「・・・不二が?」
「うん、佐伯はどう?」
「どうって菊丸、不二にいいって言ったんじゃないの」
「俺はね。3人も楽しそうかなって」
それはどうだろう、と思ってはみたものの佐伯の頭には
「君にだめって言える?」と笑う不二が浮かんだ。
「あいつ、この前のこと根に持ってんのか」
「え、なに」
「ううん、なんでもない、それじゃ3人で行こうか」
いいの?!と菊丸の弾んだ声に佐伯は苦笑する。
佐伯と不二に挟まれて、この声の持ち主は
困惑するどころか楽しいのだ、うれしいのだ。
可愛い。
可愛くて、罪だ。
可愛くて、罪で、それから?
・・・・・・・・・・・・・・欲しい。
なぜって、捉えられてしまったから。
捉え返したい。
「いいよ」
「佐伯、ありがと。不二にそう言うね」
「どういたしまして」
「そういえば、昨日大丈夫だった?遅くなっちゃったでしょ」
「うん、帰り・・長かったな」
「俺が遅くしちゃったね」
声だけでも表情がくるくると変わる。
捉えられてしまう。
「気にすんなって。俺は楽しかったから」
「そうなら・・・いいんだけど」
浮き上がらない菊丸の声に佐伯は明るく切り出した。
言うつもりはなかったことを。
「長かったからさ、携帯いじってた」
佐伯の話がどこへいくのかつかめないのか菊丸が曖昧に
うん?と言った。
「そしたら今日菊丸から電話があった・・速効で携帯
いじったの役に立ったよ」
「なんか話が見えない・・・どーゆーこと」
「聞きたい?」
「あのね佐伯、ふつーそんな言い方されたら聞きたく
なるっしょ」
佐伯は単純に菊丸の声が浮き上がってきたのをうれしいと
感じた。
なんだか重症だ・・・と思うのと同時に。
「菊丸のさ・・・着メロ設定してたんだよ」
「俺の?」
「そう、菊丸オンリーのやつ・・だから今もすぐ菊丸から
だってわかったよ、便利だろ」
「え・・でも俺からなんてあんまり・・・」
「今んとこはね・・でもこれからいっぱい来るかも
しれないから」
「佐伯、わけわかんない・・・けどなんかいっぱい
かけなきゃいけない気になったような・・なんかおかしい」
菊丸がそう言っておかしそうに笑って言うのが佐伯の耳に
心地よく響く。
ひとしきり笑うと菊丸が聞いた。
「俺の着メロってどんな曲なの?」
「知りたい?」
「もー、そんなもったいぶること?教えろ」
この曲だと思ってしまったのだ。
菊丸に出会ってから聴いた。
菊丸に捉えられた自分と捉えた菊丸と、そして少々
いまいましいことには・・・不二も・・・多分。
「ジャズなんて菊丸は聴かないだろ」
「ジャズ・・・うーん、聴かない方かな、知ってるのも
あるけど・・で、なんていうの?」
「I've
got you under my
skin・・・こんな感じ」
タイトルを告げてサワリをハミングして聴かせると
菊丸は真剣に聴き入っている気配を漂わせて
「きれいな曲だね」と言った。
「今度、全部聴いてみる」と。
「うん、聴いて。あのさ・・・俺のね・・・」
「なに?」
「俺の気持ちかな」
「そなの?俺、聴いてわかるかな、英語でしょ」
「わりと全部カンタンだよ、ああ、わからなかったら
不二にでも聞いたらいいよ」
「わ、なんかすごい気になってきた・・・佐伯から宿題
出されたみたいだ」
「じゃあ、しっかり解いてくるように・・なんてね」
「はーい・・・なんちゃって」
しばらく続いたとりとめのない話の最後におやすみを言い合って
佐伯は切れた携帯にそっとつぶやいた。
菊丸、解けたらどんな返事をくれる?