三橋一夫、という作家がいる。
コアなミステリファンやディープな古書蒐集家の方には説明を要すまい。
「新青年」でデビューし、「宝石」などで活躍したミステリ作家である。
「不思議小説」と称される作品群が、特に有名である。
その三橋一夫の、怪奇実話集『日本の奇怪』という本を買った。
これは、ルック社というところから新書サイズで刊行されたもの。
同社からは、同じ作者の本が同様の装丁で何冊か出ている。
その中の一冊は持っていたが、表紙が全く異なるので安心して買った。
だが、帰宅して並べてみると――表紙は違うが、中は同じ本ではないか!
買う時、持ってたのが『日本の奇怪』のような気はなんとなくしてたのだが、
「○○篇」「××篇」みたいになっているのだろう、と思い込んだのだ。
既に持っていた本は、初版(昭和43年)。
表紙はフンドシ姿のタコ坊主みたいなおっさん(妖怪?)が描かれている。
タイトル文字その他「赤」が基調になっている。
今回買った本は、三版(昭和44年)
表紙は水晶か何かの玉を、なんだかモヤモヤと煙のようなものが取り巻いている。
タイトル文字その他「青」が基調になっている。
ところが、色々と調べてみると、違いはそれだけではなかったのだ。
まずは、本の天地の高さが、三版の方が6ミリほども小さい。
本の左右も、やはり4ミリほど小さい。
これは、返品された本を削ってきれいにしたものらしい。
次に奥付を再確認すると――最大の違いが発見された。
3版は、なんと1ページ少なくなっているのである!
どういうことかというと、この本、戻ってきた3版を削ったものではないらしいのだ。
2版か、下手をすると初版に細工をして、3版にした可能性が高いのである。
初版では、最後の255ページが「参考文献」になっていて。
その裏側が、奥付になっている。
ところが、3版では254ページの本文で終わってしまっていて。
奥付は、見返しの紙に貼り付けてあるのだ。
その最終ページ(254ページ)と、見返しの紙も、不自然にくっついている。
これは、返品された本を削ってきれいにして、奥付ページを切り取り、新たな奥付を付け、
表紙を取り替えて作られた、ずるい「3版」なのである。
その弊害として、本来の奥付の裏にある「参考文献」ページがなくなってしまったのだ。
やれやれ、これでまた、中身が同じなのに手放せない本が増えてしまった。
本当は中身の違う本が欲しかったけど、こういう事実は両方持ってないと判明しないから、
まあ、いいか。
『日本の奇怪』をお持ちのコレクターの皆さん、奥付を確認してみてください。
その手前に参考文献ページがないと、それは「完本」とは言えませんよ。
さて、問題は「2版」がどうなっているかである。
赤なのか、青なのか。
それとも、また別な表紙があるのか。
情報をお持ちの方(いるのか?)お知らせ下されば幸いです。
もしかしたら、黄色?
……それじゃ信号だって。
「切手帳を兼ねた?推理小説」2004年3月14日
先日、古書即売会で斎藤栄の『奥の細道幻紀行』という本のタイトルが目に入った。
東北を舞台にした、奥の細道テーマのミステリである。
実はわたし、既にこの本は持っている。
(持っているからこそ「ああアレだ」と目に付いたのだが。)
発行元は、珍しいことに東北郵政局。
郵便局発行なのにはわけがある。
ところどころのページに、記念切手を貼るためのスペースが用意されているのだ。
貼ると情景イラストになり、かつ記念切手帳の役割も果たしているという代物であった。
しかも、ちゃんと「タロット日美子」のシリーズのひとつでもあるのだ。
(普通の文庫で読めるかどうかは、調べていないので不明。)
わたしの持っていた本は、切手が貼っていないまっさらなものだった。
今回、中身を見ると――おお、切手が貼ってあるではないか!
でも、貼ってないとはいえ持ってるのだから……と考えていたのだが。
「待てよ」と気が付いて、切手の枚数を数え始めた。
よくよく計算すると、貼ってある切手の額面合計金額の方が、古書価より上ではないか。
これは買っておいて損はない。
剥がして使えば、元は取れるのだ。
(剥がさないけどね。)
買って帰って、更に気が付いた。
この日、4冊の古本を買ったのだが、その合計金額の方が切手の合計額より安いのだ。
いやはや、これはトクをした。
(剥がさないけどね。)
貼ってあるのは「奥の細道シリーズ」という記念切手。
このシリーズの発行と、連動して刊行された企画本だったのだ。
小説の中で、「閑さや岩にしみ入蝉の声」という句に言及されると、そこのページに
「…蝉の声」の切手を貼るようになっている、というシステムだ。
しかも元の持ち主は、最初の方は目打ち――切手を切り離すためのミシン穴――のない
小型シートのものと、目打ちのあるもののバラとを両方貼り付けるという丁寧さ。
途中からは、目打ちのないものを切り離して貼り付けてありますが。
そんなおかげで、本来貼ってある枚数よりも、更に多かったのである。
さて、元から持っていた切手の貼ってない本である。
これは、誰かに譲ればいいや――と思ったが、はたと考えてしまった。
この本、切手の貼ってあるのとないのと、どちらが「普通の」状態と取るべきか。
切手は別に買い揃えるわけだから、普通の本の帯や月報とは話が違うのだ。
ううむ、困った。
さんざん悩んだ末、結局、「2冊とも取っておく」ことになったのであった。
「柴田錬三郎版『クルンバーの謎』」2003年12月2日
柴田錬三郎の児童向け短篇に「幽霊館の謎」というものがある。
これについては「本の雑誌」で連載していた古本コラム「神田番外地」の
2001年6月号掲載分で、報告した。
かいつまむと、まず、柴田錬三郎の児童書『魔海一千哩』を入手したことから始まる。
これは、1954年の偕成社からの発行。
表題作が長篇で、更に短篇二本が収録されていた。
その短篇のひとつが「幽霊館の謎」だった。
読んでみると、舞台は日本(山形県と新潟県の境)だし、主人公は少女尚子。
だがそのストーリーは、コナン・ドイル『クルンバーの謎』の翻案だったのだ。
そして今回、古本市で「少女の友」の付録本『夏の少女読物集』を入手。
これに、同じ「幽霊館の謎」が掲載されていた。
つまり、こちらが初出だったのだ。
ところが、9月号の付録である旨は記されているが、刊行年がナイ。
昭和24年に国鉄特別扱の承認されたことは記されているので、それ以降なのは確か。
巻末の書籍広告で「新刊」となっている本について調査したところ、昭和27年刊。
というわけで、どうやら「昭和27年9月号」の付録だったらしい。
「幽霊…」の部分には挿画が四葉掲載されているが、そのうちの一枚が『魔海…』に
流用されていることも判明した。
柴田錬三郎はホームズ物のリライトや、贋作も書いている(こちらの方が有名)。
いずれ、それらを含めて、柴田錬三郎のドイルとの関わりについて書いてみたいと思う。
「問1.以下の設問に答えよ。“怪人二十面相÷10=”」2003年11月25日
カバヤ文庫、という叢書がある。
昔、カバヤのキャラメルには点数がついており、
それを集めるともらえた児童書だ。
文庫と言っても現在の文庫サイズではなく、四六判のハードカバー。
これによって読書の楽しさを知ったという世代の人もおり、
名作だけでなくSFやミステリなども入っていた。
さて、先日、ネット古本で、カバヤ文庫を2冊買った。
一冊は『怪潜艦X』。
これはベルヌの『海底二万マイル』だと知っていた。
そしてもう一冊が『怪人二十面相』――のつもりで買ってしまった本。
カバヤ文庫から乱歩なんて出てたっけ、と思いつつも、
カバヤ文庫の相場からはやや安めだったので、2冊とも注文した。
届いてみると、『怪人…』の表紙に描かれているのは青い目の男性。
カバヤ文庫は、原題と全く違うタイトルを付けることが良くある。
だから「おやおや、ルパンか何かだったのかな」と思って、中身を確認。
登場人物の名前から、原作はすぐに知れた。
これは『ジキル博士とハイド氏』だったのだ。
「だけどなんでジキル博士が二十面相やねん!」と思いつつ、もう一度表紙を眺めた。
そして、気が付いた。本書のタイトルが、
『怪人二十面相』ではなく、
『怪人二面相』であることを!
もちろん、ネット上の目録でも、ちゃんと二面相になっていた。
わたしが、思い込みで間違えてしまったのである。
まあ『ジキル博士とハイド氏』はミステリでも幻想小説でもあるから、
しっかり守備範囲なので問題ナシではありますが。
ジキルハイド=二重人格なので、確かに「二面相」と言えなくもない。
というわけで、「怪人二十面相÷10=ジキル博士とハイド氏」が正解でした。
「ミステリ漫画の付録本」2003年8月24日
最近、秋田書店の漫画誌『サスペリアミステリー』を買うことがある。
目的は「付録本」なのである。
それも――横溝正史マンガの付録本だ。
今のところ、とりあえず『不死蝶』と『犬神家の一族』をゲットした。
作画は長尾文子。ちょっとタンビーな絵柄で、割と雰囲気は合っている。
基本的に、本誌で連載→完結したらまとめて付録本、という流れになっているようだ。
おそらくこの後さらに、→単行本化、となるのだろう。
しかし付録本というのは時間が経過すると入手し難くなる。
この「その時しか買えない」というのに、わたしはソソられてしまうのである。
そこで、今のうちに、と思って買っているわけ。
付録だけ出て、単行本にはならない、ということもたまにはある。
そうすると、付録がレア物になってしまったりする。
わたしの持っている横溝漫画では、付録ではなく別冊だが、昭和52年の
週刊漫画サンデー別冊『蔵の中』(横溝正史/玄太郎・画)がかなりレアらしい。
『サスペリアミステリー』では、最近『人形佐七』が付録に付いた月もあったらしい。
しかも更に調べてみると、昨年は何冊も横溝正史が付録になっているではないか。
ううむ、これを全部古本屋で探すのは難儀そうだ。
今のうちに、バックナンバーで注文するのがベストだろうか。
もっと調べると、昨年のものはまる一冊横溝正史ではなく、他のものも混ざってる模様。
……悩ましいところである。
少し前の号では『本陣殺人事件』も漫画化された模様。
また10月号からは『獄門島』の連載が始まる。
これらも、いずれは付録になることが期待される。
ミステリファン、特に横溝正史マニアの方々は、要チェックですぞ。
「蜘蛛之巣親分捕物帳」2003年1月29日
たまたま新刊書店で絵本の棚を眺めていて、面白い本を見つけた。
秋山あゆ子『くものすおやぶん とりものちょう』である。
福音館が月刊で刊行している「こどものとも」の最新号(2003年2月号)だ。
舞台となるのは、むしのまち。
くものすおやぶんこと「おにぐものあみぞう」が、「はえとりのぴょんきち」を連れて
見回りをしていると、菓子店「ありがたや」の店員に呼び止められた。
「今夜、蔵の中の菓子を頂戴する」という予告が届いたというのだ。
そこで、くものすおやぶんは蔵そのものを蜘蛛の巣で覆ってしまう。
しかし、夜中に怪しい雲が近付いてきて……。
――とまあ、こんな話。
これが実に、面白い。
江戸の街そっくりなむしのまちを闊歩する様々な虫たちが丁寧に描かれており、
絵を見ているだけでタイクツしない。
虫の生態なども取り込まれていて、思わずニヤリとさせられるところも。
絵本ファンも、捕物帳ファンも、虫ファンも必見である。
しかし、何よりも本書の設定が「ある意味で」興味深かった。
というのも、昨年11月に早川書房から翻訳刊行されたばかりの『名探偵カマキリと
5つの怪事件』(ウィリアム・コツウィンクル)と、ほぼ同趣向なのである。
「虫の国で起こる怪事件を名探偵が解決」という部分は全く同じ。
探偵役も「カマキリ」に「クモ」と捕食者たる虫。
刊行のタイムラグは、3か月弱。
インスパイアされて書いたにしては、短すぎる。
もちろん、原著刊行は20年近く前なので、それを読んでいた可能性はあるが。
しかし『くものす…』が『カマキリ…』に影響を受けているかどうかは、
作品を評価する上ではあまり関係ない。
これだけ面白ければ、それで良いのだ。
時間がたつと店頭からなくなってしまうので、今の内の入手をお勧めしておく。
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「『不死の怪物』所感」2003年元旦
ジェシー・ダグラス・ケルーシュ『不死の怪物』(野村芳夫訳/文春文庫/2002年)
を、2002年10月末に慌てて読んだ。
何故「慌てて」かというと、年末のミステリ・ベストのアンケートに投票するためだ。
「解説(荒俣宏)はネタをバラしているから、先に読まないほうがいいよ」と、
友人の天野護堂氏が教えてくれた。
彼は、知らずに読んでしまってモロに被害を受けたらしい。
原書は1922年の刊行。堂々たる古典である。
英国の一地方に住むハモンド家は、代々「不死の怪物」に取り憑かれており、
そしてまた今、その怪物が現れたのだ。
事件の解決を依頼されたのは、美貌の心霊探偵ルナ・バーテンデール。
彼女は現地に赴き、怪物と対決する……。
――とまあ、こんな感じのストーリー。
W・H・ホジスン『幽霊狩人カーナッキ』やA・ブラックウッド『妖怪博士ジョン・
サイレンス』と同系列の、心霊探偵物である。
怪物に呪われた一族がいて云々、という辺りはコナン・ドイルの『バスカヴィル家の犬』
と似た趣もある。
で、大変面白く読んだのだが……解説を先に読まなかったにもかかわらず、
ずいぶんと早い段階でネタに気付いてしまったのだ。
すれっからしの嫌な読者になってしまったのかもなあ、とちょっと思った。
読了後、解説に目を通すと――ああ、確かにネタを堂々とばらしてある。
これはいけませんねえ、荒俣先生。
結局わたしは、これを「週刊文春」の「2002年傑作ミステリーベスト10」で
5位に投票したのだが、ベスト10はおろか、15位までにも入っておりませんでした。
でも、本当に面白いので興味のある方はどうぞお試しあれ。
ちなみに「ミステリマガジン」のアンケートでは3位までしか選べないので、
涙を飲んで「次点」としました。
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