「古本屋で名前を覚えられるということ」2003年12月22日
先日、近所の古本屋で古本を買った。
領収書を下さい、と言ったら、名乗る前に「北原様ですね」と言われた。
いつももらっているので、名前を覚えられていたのである。
思わず「覚えられてたか」と呟くと、「毎度ありがとうございます」と言われた。
ちょっと、くすぐったい感じである。
そことは別な近所の古本屋で、完全に顔馴染みな店がある。
こちらは、行けば必ず挨拶して、向こうが暇だとコーヒーと椅子を勧められて
話し込んだりもする。
ここ以外のところで覚えられているというのを想定していなかったので、
ちょっと意表をつかれてしまった。
しかし良く考えてみれば、割と「濃い」顔をしているので、覚えられやすい方だ。
どちらかというと、パーティなどで声をかけられ、向こうの名前が判らない場合が
あったりする。
まあ、日下三蔵氏のように、神保町の@ワンダーで名前を覚えられている域にまでは、
まだまだ達していないが。
(@ワンダーというのはSF・ミステリがすごく充実しているかわりに、お値段が
ちょっと高め、という古本屋。)
もしかすると、「北原尚彦」だということもバレているのだろうか。
ヘンな本をレジに持ってた時「おっ、こんなの買うのか」とか思われてたりして。
まあ、わたしの場合はヘンな本を紹介する文を書いてますから、今更いいですけどね。
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「“北原姓=コレクター遺伝子”説」2003年12月5日
先日、神田の古書会館の古書即売会へ行った時のこと。
帳場で、注文品を確認するために、名前を名乗った。
すると、帳場のおじさんが「私も北原なんですよ」とおっしゃるではないか。
確かに、それまでにも即売会で「北原さん、○○書房の北原さん、帳場まで来て下さい」
とアナウンスがかかり、びくっとしてしまうことが何度かあった。
北原姓はありきたりなようで、実は余り多くなく、これまでに親類以外の北原姓の人に
会ったことは数えるほどしかない。
その旨を言うと、「出身はどちらですか」とおっしゃる。
わたしは東京だけど、父は長野だと言うと、「私もイトコの照久も長野です」と言う。
オモチャコレクターの北原照久氏の、従兄弟だったのだ。
その場は、わたしが「これからも宜しくお願いします」とかなんとか言って終わったのだが、
それからつらつら考えてしまった。
北原姓の人間の遺伝子には、コレクター因子があるのではないか。
わたしの父は、いい歳をしてプラモ製作が趣味で、作れる以上のプラモデルを買い込んでいる。
プロペラ機が専門だが、以前はガンダムまで買っていた。
兄は某百貨店に勤務しているのだが、やたらと靴を集めている。
弟は服飾関係の仕事をしていて、自分でも古ジーンズやらを収集している。
わたしは、古本蒐集狂である。
そして、例の古書業界の北原氏と、オモチャの北原照久氏
これはやはり、北原姓の人間には、コレクターの血が流れているのだ。
そうだ、わたしが古本市に行きたくて行きたくて仕方がないのも、遺伝子のせいなのだ。
――と考えたのですが、駄目ですか?
遺伝子のせいにせず、自分の責任で古本を買え?
……はい、わかりました。どうもすみません。
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「パソコンのACアダプタが壊れた」2003年10月29日
ノートパソコンのACアダプタがいかれてしまった。
使用中にパソコンの位置をちょっと動かすと、突然、電源が切れたりするのだ。
どうです、かなり怖いでしょう。
大手家電屋に注文を出したら、もう古い型なのでパーツ扱いになるため、
直接製造元に注文してくれと言われた。
考えてみれば、購入したのは1997年の前半。
もう6年以上使用しており、現在7年目である。
Winマシンだが、バージョンアップせず95のまま。
この間、編集にそんな環境を話したら「ローテクだ」と言われた。
まさかパソコンを使っていてローテク呼ばわりされると思わなかった。
これを機会に買い換えることも考慮したが、本体が壊れるまでは
このマシンも生かしておきたいので、結局、製造元に注文を出した。
お値段は一万円。本体を買い換えるよりは安いだろう(笑)。
中古パーツを探すことも考えたが、中古だとまたすぐいかれる可能性があることとか、
探す手間などを考えた末、新品にした次第。
さて、待つこと暫し――新しいACアダプタが届いた。
早速、付け替える。
いくらコードを動かしても電源が切れない。
この当たり前のことが、とても嬉しい。
(実は、本体=コードの差し込み口の方が壊れてる、という可能性も頭にあったのだ)
しばらく前から、画面が時々ちらついたりしていたのだが、それもなくなった。
あれも、ACアダプタの不具合が原因だったのだ。
というわけで、何はともあれ、まだ暫くこのマシンを使い続けることになりそうである。
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「扇子を持って古本市へ」2003年9月5日
わたしは割と暑がりなので、夏場は「扇子」を持ち歩いている。
以前は団扇をカバンに入れていたのだが、友人からクラゲ模様の扇子をもらって以来、
それを愛用している。
特にこの扇子が手放せないのが、古本市の会場だ。
より正確に言うと「古書即売会」だ。
古書即売会は、「古書会館」というところで定期的に開かれるもの。
デパート古本市とはちょっと意味合いが違う。
よって、集まる客も、かなり濃い目である。
この即売会の会場は、それなりにエアコンも効いているところもあり、
必ずしも、滅茶苦茶暑いという訳ではない。
会場までざくざくと歩いていくために、入った直後は汗だくだくなのだ。
そして、扇子にはもう一つの用途がある。
実は、古書即売会に集まる人の中には「臭い人」がいるのである。
パターン1としては、年中臭い人。
滅多に風呂に入らないのか、なんだかすえたような臭いがするのだ。
パターン2としては、夏場に臭い人。
要するに、汗臭さが人より強い人だ。
ちなみにパターン1の人も、夏場は臭さが倍増してたりする。
わたしは割と鼻が利く方で、その分、強い臭いはダメである。
臭い人など、もっての他だ。
しかし、臭い人がいる棚を見ないで済ます、ということは古本極道(笑)としては、
とてもできない。
そこで、扇子の出番だ。
自分を扇ぐフリをして、自分を風上に、テキを風下に置く。
そうすれば、とりあえず臭いは防げるという訳だ。
という訳で、古書即売会会場でクラゲ模様の扇子を持っている男がいたら、
それはたぶんわたしです。
「オトコ裸エプロン」2003年9月2日
今年の夏は、なかなか暑くならなかった。
そのため、「ゼンラー始めました」となかなか宣言できなかったのである。
(冷やし中華じゃないって?)
既にご存じの方も多いと思うが、私はゼンラー――全裸生活者である。
暑い夏の間は、自宅では全裸で生活しているのだ。
それが今年は、冷夏ゆえハンラー(半裸生活者)期間が長かった。
ゼンラーには「洗濯物が少なくてすむ」「エアコン代があまりかからない」などの
メリットがある一方で、デメリットもある。
その一つが、全裸ゆえの危険性である。
今、私の腹部には、まだうっすらと茶色い痕が残っている。
腹を、ヤケドしたのである。
これはどういうことかというと、ゼンラーのまま、台所に立ったのだ。
そうしたら、お腹に油がはねてしまったのである。
熱かったっす。
しばらく、腹に氷を当ててました。
それに懲りて、以降はエプロンをするようにした。
腹だけでなく、胸から覆う形の奴である。
これで腹部ヤケドの危険は回避されたが――。
よくよく考えると、これって「裸エプロン」って奴ではないか。
それも男版。
女の子の裸エプロンは、男の夢のひとつである。
そうすると「オトコ裸エプロン」は、その筋のアニキたちにとっては、
もうたまらんスタイルなのだろうか。
どんなもんでしょう、その筋のみなさん?
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「分解した男 Part2」2003年7月8日
さて、壊れた機械を捨てねばならない。
そこで、またまた分解である。
どうしてかというと――「粗大ゴミ」として出すと手間と金がかかるから、
バラしてただの「不燃ゴミ」として出すためである。
これまた、わたしは前にもやっている。
ちなみに前回は、壊れたビデオであった。
そして今回はこれまた、大仕事だった。
モノが大きいだけに、パーツも大きいのだ。
なるべくバラしたり、折り畳んだり。
その上で、幾つもの袋に分けて、
「これは決して粗大ゴミじゃありませんよ。ただの不燃ゴミですよ」と暗に主張する。
しかし今回は、全部回収してもらえるかちょっと自信がなかった。
メインのコンプレッサー(?)部分が、かなり大きい上に、滅茶苦茶重かったのだ。
そこで、都の指定ゴミ袋に入れた上、頑丈な手提げ袋に入れて、持ち易くする。
捨てるのも、他のものをまとめて出した翌週に、別に出した。
さて、その結果はというと……無事、回収されたのである!
苦労して分解した甲斐があったというものである。
これから粗大ゴミを出そうという方には、
この「分解して不燃ゴミ化」作戦を是非ともお勧めします。
「分解した男 Part1」2003年7月7日
主に除湿機として使っていた、冷温風機が壊れた。
今年初めてスイッチを入れたら、途端にキュルキュルと異音を発し始めたのである。
慌ててスイッチを切り、色々といじるが、今度はガリガリ言い始めた。
これは本格的に壊れた。
という訳で、駄目モトで修理にチャレンジすることにした。
以前、パソコンを瞬間接着剤で直したのは例外としても、
壊れた機械を直すのは割と得意だ。
前の留守番電話が壊れた時も、中を開けてみたら、
モーターからの駆動を伝えるゴムが切れていたことが判ったので、
フツーの輪ゴムで代用して直したりした。
親父が機械いじりが趣味で、実家にはやたらと工具が転がっていた。
その影響で、機械を分解して中を調べ、また組立直すことには慣れ親しんでいたのだ。
今回は、結構大変な作業だった。
故障個所には、途中で見当が付いた
しかしモノが大きく、なかなかそこに到達できないのだ。
ほぼ中央に位置する回転部分が、長年(十ウン年前に買った代物なのだ)の振動で、
ネジがゆるんでいたのだ。
結局、悪戦苦闘してその部分に指を突っ込み、ネジをこすって締め直した。
組立直しておそるおそる電源を入れると……万歳! 異音が消えている。
しかし、待てよ。
ちっとも風が冷たくならないではないか。
試しに温風のスイッチを入れたが、やはら温かくならない。
ただの、送風機になってしまったのだ。
どうやら、そっちも壊れていたか、分解した際にラインを外してしまったらしい。
ずいぶん使ったし、これだけやったんだからもういいや、と買い換えることにした。
さっそく買ってきた新しい機械は、大きさも小さいし音も小さい。
見た目も洗練されている。
まあ、前のを買った時から十ウン年たってますから。
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「ミサンガ?」2003年6月29日
日本推理作家協会賞の、受賞パーティ三次会にて。
近くに座っておられた、推理作家A氏が、わたしの手首を指差して言った。
「それ、懐かしのミサンガですか?」
既にみなさんご存じの通り、わたしは肩凝りがひどい。
肩凝りが蓄積すると、最終的に偏頭痛を発症する。
そんなわけで、「ティングラー」やら「のぽぽん」やらの肩凝り対策グッズが導入されている。
実は、その時にわたしが付けていたのも、そのひとつだったのである。
正式名称は「ワックル・ループサポーター」というもの。
フェライト永久磁石と「ステイヤーズ」なる特殊繊維から成り、
肩凝りや筋肉痛を和らげてくれるのだ。
ダンサーなど身体を使う人々の間では、結構流行っている。
わたしが使っているのは、腕輪型のものと、ネックレス型のもの。
一箇所よりも、複数箇所に使う方が効果的なのだそうだ。
実際、これを付けてから肩凝りが楽になってきている。
その旨をA氏に説明したら、
「じゃあ、磁気ネックレスをおしゃれにしたようなもんですか」とおっしゃる。
……まあ、そんなもんです。
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「身内いじり」2003年5月29日
前回、実家の親からメールが来て「酒をまた呑み始めたとは何事か」と言われたこと、
親がこのサイトをちょくちょく読んでいるらしいことを書いた。
そうしたら、また実家からメールが来た。
「親がどうこう、と書いてくれるな」ということだった。
いやなこった。
身内いじりは、ネタの中でも基本中の基本であろう。
親族から作家が出た時点で、諦めてもらわねば困る。
お笑い芸人の家族など、シロートであるにもかかわらずとんでもない格好をしてテレビ
に引っ張り出されたり、とんでもなく馬鹿にされたりするのだ。
それに比べれば、一億万光年倍マシであろうか。
今のところ私小説の依頼も来ないので、赤裸々に、かつ商業ベースで家族のことを
どうこう書く、という予定もない。
サイトでネタにされることぐらい、可愛いもんである。
というわけで、また書いてやった。
どうだ。
「飲酒状況報告(特に実家向け)」2003年4月7日
実家の親からメールが届いた。
折角禁酒出来たのに、また呑み始めたとは何事か、という御説教だった。
どうやら親は、このサイトをしょっちゅう読んでいるらしい。
そして「古本的日常」で、わたしが規則正しい生活を送っているかどうか(笑)、
確認していたのだ。
わたしの実家は、国分寺にある。
電車(中央線)に乗れば、乗車時間は20分にも満たない。
それだけ近いと、かえってそうちょくちょくは帰らない。
正月と、何か荷物の受け渡しがある時ぐらいだ。
わたしに子供でもいれば、また違ったんだろうが。
さて、その実家の親が心配している飲酒「復活」について。
既に書いたと思うのだが、以前通りには呑んでいない。
偏頭痛発症以前は、毎日晩酌していた。
酒を呑んで帰ってきても、風呂上がりにまたビールを呑んでたほど。
で、今はというと、あくまで「完全禁酒」が解除されたというだけ。
パーティや定期的な会合などの機会に、呑めるようになっただけだ。
だから、せいぜい週に一回呑むか呑まないか、という程度だ。
という訳なので、実家、及びサイトを読んでわたしの体を心配している人がいたら(笑)、
安心するように。
「タイムトラベルとしてのクラス会」2003年3月10日
先日、中学卒業後25年にしてクラス会が開かれ、顔を出してきた。
クラス会の良いところは「何歳になった?」と聞かなくてよいところである(笑)
全員、40歳。もう、みんないいオッサン、オバサンである。
担任の先生も来てくれたのだが、すっかりオバアチャンになっていた。
各々の近況報告の際、作家である旨を公表したら――
「北原は推理小説ばっかり読んでたけど、やっぱりそういうのを書いてるのか」
――と訊かれた。確かにその頃から読書傾向は偏っていたが、
クラスメイトがそんなことまで覚えててくれてるのが嬉しかった。
それ以外に「北原って『茶くみ尚彦』とか呼ばれてたろ」と言われた。
言われるまですっかり忘れてた。
用務員室に、各クラス用のお茶の入ったでかいヤカンが置いてあり、
昼休みに係が取ってくることになっていた。
メシを食いながら茶を飲むのが好きなわたしは、
「茶ばっかり飲んでる」という印象があったらしい。
わざわざ卒業アルバムを持ってきた奴がいて、
確かにわたしがヤカンから茶をくんでいる写真が載っていた。
それ以外に、自分は忘れてるけどクラスメイトが覚えてることが各人あり、
喋っているうちに連鎖反応で色々と思い出していく。
誰と誰が付き合ってたとか。
あいつは何年で編入してきたとか。
誰がどういう状況で怪我をしたとか。
なんとなく、頭の中でタイムトラベルをしてるような感触で、心地良かった。
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「レンコン挟み揚げ数え唄」2003年2月19日
人と食事をしたり酒を呑んだりしていて、食べ物の皿が出ると、まず数を数えてしまう。
そして、人数で頭割りして、一人当たり幾つになるか(そして余りが幾つか)を計算する。
わたしは、それをごく当たり前のことだと思っていた。
だがある時。皿に残っていたレンコン挟み揚げを「これ食べていい?」と聞かれた。
で、わたしは「全部で○個あって、わたしはもう×個食べたから、それは君のだ」と答えた。
そうしたら「どうして数えるのか。どうして計算するのか」と驚かれた。
わたしはそれまで数える行為を、特別なことと意識していなかった。
だがどうやら、世の中には食べ物の数を「数える人」と「数えない人」がいるらしい。
わたしの場合、元「理科系」というのもあるかもしれない。
だがそれよりも第一に、これは育った環境にある。
わたしは、男三人兄弟の次男なのである。
当然、子供の頃、生存競争は激しかった。
オカズが大皿にどんと盛られて出された時などは、うかうかしていると自分の分が無くなる。
菓子類も、自分の分をきちんと宣言せずに置いておくと、食べられてしまう。
そんな環境ゆえ、「幾つまでは自分の分である」と数えるようになったのである。
「兄貴はもう○個食った」と、人の分まで数えたりもした。
これはさすがに、今ではしなくなったが。
飲み会などで、誰でも心当たりがあるだろう。
ツマミが運ばれてきた時、人のことを考えずに一人でばくばく食ってしまう奴。
あれは「数えない人」なのだ。
今では、食べ物を人に取られることはないし、自分の分が少なくなったからって、
(大して)気にすることはなくなった。
それでもやっぱり、数えてしまうのである。
「雀百まで踊り忘れず」なのだろう。
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「恐怖怪獣ティングラー」2003年2月8日
日曜日の朝、ぐーぐー寝ていると宅配便が届いて叩き起こされた。
なんだろう、と開けてみると、出てきたのは謎の物体。
「The Tingler」なるシロモノだった。
金属製で、グリップから何本も針金が突き出ている。
畳まれていたので平らだったが、針金を広げると放射状になる。
どうやら、頭をマッサージするためのものらしい。
(一応、簡単な解説書は付いていた。)
親は、わたしの偏頭痛を心配して送ってきたのだった。
これは世間的にどういうものなのか、とネットで調べてみた。
すると、ネット通販などで幾つかがヒットした。
どんな形態のものかは、こちらを御覧頂きたい。
放射状に拡がった針金で頭部をマッサージするのだが、これが妙な感触。
特に、人によってはかなり「ぞわぞわする」らしい。
(わたしは単に「いい気持ち」であった。)
英和辞典を引くと、「tingle」が「ゾクゾクさせる」という動詞。
つまり「Tingler」は「ゾクゾクさせるもの」ということだ。
ネット検索で、似た名前のエッチなバイブレーターも引っかかったのだが、納得。
更に調べているうちに「The Tingler」という怪奇映画があることも判明。
しかもティングラーというモンスターが登場するらしいのだ。
そこで本棚からジェフ・ロヴィン著『怪物の事典』を取って来ると……おお載ってる!
ティングラーはそもそも人体(の背骨)に寄生している。
そして人間が「恐怖」を感じるたびに成長する。
人が恐怖のあまり死ぬのはティングラーのせいなのだ。
ティングラーの弱点は「人間の叫び声」だった……。
残念ながら日本では劇場未公開。
ううむ、観てみたくなってしまった。字幕付きビデオは出ていないものか。
ティングラーを使いながら、ティングラーを観る、というのが理想である。
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「宇宙怪獣ゾーミッグ」2003年2月2日
偏頭痛の特効薬の認可が進んでいるという話をどこかで読んでいたので、
内科に行った際に訊ねてみた。
「もう認可されてますよ」とドクター。「ただ、欠点がありましてね」
なんだろう? 副作用か? 勃起しなくなるとか。
「原価が、とても高いんですよ」
ドクターは薬の原価表の本を見せてくれた。
わたしがこれまで偏頭痛の際に処方してもらってきた、筋肉の緊張を緩和する薬「テルネリン」は、
原価20円強。
それに対して、偏頭痛の薬は原価1000円以上するのだ!
わたしはびびって、テルネリンしか処方してもらわなかった。
しかし結局、テルネリンだけでは治まらなかったので、もう一度内科を訪ねて、
偏頭痛薬を処方してもらった。
とりあえず、5錠だけ。
その名も「ゾーミッグ」。
保険で三割負担なので、実質的には一錠300円強で済んだ。
(それでもテルネリンに比べれば高いが。)
で、このゾーミッグの効き目はというと――ばっちりであった。
偏頭痛には「前兆」のようなものがある。
わたしの場合、左眼窩上部が、ちりちりとする。
その段階でゾーミッグを飲めば、前兆だけで助かる。
本チャンの偏頭痛が出てしまってからだと、効かないことはないが、やっぱり治まるまでには
時間がかかった。
この薬、本来の薬剤としての名前は「ゾルミトリプタン」らしい。
「ゾーミッグ」というのは商品名なのだ。
このネーミング、なんだか宇宙怪獣かなんぞみたいである。
宇宙から来た機械獣(メカゴジラ系?)ってところか。
特にゾーミッ「ク」じゃなくて、ゾーミッ「グ」と濁るあたりがミソである。
わたしにとっては、偏頭痛と闘ってくれる良い怪獣なんですがね。
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「ただいまストレッチ中」2003年1月28日
偏頭痛については色々と書いてきた。
幸いなことに、ようやく、快方へと向かい始めた。
一時期は偏頭痛が毎日起こってしまい、薬の世話になっていたのだが、
現在では間隔があくようになり、発症しても弱いものとなった。
色々な対処法を行ったが、その中で最も効果があったと自覚しているのが――。
「ストレッチング」である。
わたしの偏頭痛の原因は、腰・背中・頚・頭が凝り固まってしまうことによるもの。
投薬や整体を受けていたものの、なかなか良くなる兆しが見えなかった。
そこで、専門家に依頼して、ストレッチングの講習をしてもらったのだ。
トレーナーをつとめてくれたのは、JOU氏。
コンテンポラリー・ダンサーで、振付や演出もしている。
国内のみならず、アメリカ・マレーシア・バングラディッシュでも活躍している。
「JOU」という名前から男性だと思っていたのだが、
実はしなやかな肢体を持つ美しい(しかも若い)女性だったのである。
JOU氏は、まず人間の筋肉構造写真の載った本を見せてくれた。
(ムキムキ男性のイチモツもしっかり写ってて思わず嬉しくなってしまう。)
構造を頭でイメージしながらストレッチした方が、効果的なのだそうだ。
これまで、運動は色々としていたけれども、ストレッチにはあまり重きを置いていなかった。
ストレッチをしても、勢いを付けてぐいぐい伸ばしたりしていた。
レクチャーのおかげで、自分の間違いを悟った。
筋肉は、なるべく力を抜いて自然に伸ばした方が良いのだ。
一時間半ほどのレクチャーを受けた後は、整体やマッサージを受けた後のような感じだった。
しかも人に揉みほぐしてもらっても表面の筋肉ばかりで内部の筋肉は伸びにくいのだが、
ストレッチでは奥の奥の筋肉まで伸びるのだ。
それから毎日、欠かさずストレッチをしているおかげで、かなり調子が良い。
わたしのように偏頭痛を持っているとか、身体が凝っているとか、どうも調子が悪い、
という方には、是非ともストレッチをお勧めする。
但し、ストレッチに我流は禁物である。専門家の指導に従うべし。
JOU氏主催のダンスシアターユニットOdorujouの公式サイト
http://www.scn-net.ne.jp/~odorujou/old.index.html
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「ゼンラーは夏期限定」2003年1月25日
まず一番最初にお断りしておく。
ホラ−系評論家・笹川吉晴氏と小説家・森奈津子氏のおかげで、
「ゼンラーの北原尚彦」という形容が一人歩きしているようだが――。
北原尚彦のゼンラーは「夏期限定」である。
そもそも、その「ゼンラー」とは何かというと。
ハダカで暮らす全裸生活者のことである。
といっても屋外で全裸でいては逮捕される。
あくまで、自宅内だけである。
家の中だけとはいえ、こんな冬場にハダカでいる訳がないではないか。
風邪を引いてしまうわい。
ゼンラーが誕生したのは、専業作家になって最初の夏のことだった。
外に出る用事がなければ、暑いから服は少ない方がいい。
初めは上半身だけハダカだったのが、パンツ一丁となり、いつしかゼンラーとなった。
ゼンラー生活のメリットは多い。
エアコンが弱くて済むし、洗濯すべき服も少なくなる。
但し、困るのは宅配便などの突然の訪問者。
玄関のチャイムが鳴ったら、「はーい」と応えながらズボンをはく。
相手が何者か判明したら「少々お待ちを」と言いながらシャツを着て、ドアを開けるのだ。
その際、パンツをはいていないのでズボンはダイレクトである。
あわててイチモツをチャックに挟んだりしないようにすることが、一番の注意事項だ。
ちなみに途中過程の「ハンラー」というのもある。
気が向いたら、今度の夏には「ゼンラー生活のススメ」を本サイト上に載せるかもしれない。
乞御期待。
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「ケェシェマレの呪い」2003年1月14日
新年の挨拶でも触れた偏頭痛が、まだ治らない。
肩凝り(正確には、腰・背・頭・頚の総合的な凝り)が原因で発症するのだけれども、
これだけ凝ってしまった理由には、心当たりがある。
まず第一は、四年分の確定申告の作業を、年末にまとめてやったこと。
そして第二は――。
『ケェシェマレ』という本である。
この本がいかに奇天烈であるかは『SFマガジン』3月号の連載コラム「SF奇書天外」
第27回「超宇宙人?による《自動書記(宇宙通信)》心霊小説『ケェシェマレ』」に
詳しく書いたので、お読み頂きたい。
とにかく物凄い内容で、読むのがメチャクチャ大変だったのだ。
『ケェシェマレ』の著者はラー・ケシェマレ・アマテシュという人。
日本人のペンネームなのだけれども、この作家にはもう一冊『アシュテ・ヴァルーラ』
という本もある。
どちらも、読んでいてどんどん眠くなるのだ。
読み進めるためには、必死で眠気をこらえるしかなかった。
この読書に根を詰め過ぎたのが、凝りの(そして偏頭痛の)主たる原因らしいのだ。
わたしはこれを「ケェシェマレの呪い」と呼んでいる。
この偏頭痛が出ると、酒が呑めない。
呑むとたちまち激痛に襲われるのだ。
そもそも、その時期は酒を口にしても美味しいと感じない。
身体が、受け付けないのだ。
この肩凝り原因の偏頭痛というのはそれほど稀ではないようで、
知り合いにもこの病気持ちが何人かいる。
ちなみに、前回の発症はいつだったろう、と調べてみたら、2001年4月だった。
そして完治は6月。
今回は、二か月もかからぬうちに治したい。
そう考えて、整体医と内科医との両方にかかっている。
もしも、肩凝りを劇的に解消させる方法を知っている、偏頭痛を解消させる方法を知っている、
という方がいたら、是非とも御教示下さい。
「私の肩凝り防止法」でも構いません。
宜しく御願いします。
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「謹賀新年」2003年元旦
新年明けましておめでとうございます。
……ところが、わたし自身はあまりめでたくない。
正月だというのに――酒が呑めないのである!
まずはじめに、年末、何かに当たって腹をこわした。
(原因として思い当たるのは、前日カラオケで飲んだサワーぐらいなのだが……。)
しかし、その日は小説家の森奈津子さんらとの忘年会を予定していたため、無理矢理に決行した。
物を食べずに酒だけ飲んでいたのだが、すると今度は偏頭痛が出てしまった。
これはわたしの持病で、肩や背中や頭が凝りすぎると、出てしまうのだ。
宴会の途中だというのに、わたしだけ一時間ほど横にならせてもらった。
頭痛は弱まったものの、その晩は、後はお茶だけにしておいた。
翌日は、大晦日。
整体治療所の類は、どこも終わっている。
そこでネットで、年内無休の整体を調べたところ、吉祥寺に中国整体を発見。
電話で予約して、急いで駆け付ける。
一時間みっちりとほぐしてもらい、なんとか人心地。
とはいえ、酒を呑むとまた再発しそうな感じ。
そんなわけで、元旦にお呼ばれしていた宴会もパス。
実家へ顔を出しても、酒を呑めない。
ええ口惜しや。
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「壊れたパソコンを瞬間接着剤で修理した男」2002年12月19日
ノートパソコンの電源コードに足を引っかけ、テーブルの上から床にどっかり落とした。
これまで何度か同様の事故はあったが、座卓からだったり、
落とした先も畳だったりカーペットの上だったりで、無事だった。
今回は高いテーブルから、そして下はフローリングだったので、青くなった。
閉じてあったのは、不幸中の幸いだった。
おそるおそる開いてみると……無事に稼動するではないか。
やれやれ、とその晩は安心して寝た。
翌日。パソコンを使ってから閉じる時、どうもうまく閉じないな、と気付いて、
前日落としてしまったことを思い出した。
よくよく見ると、落下時の衝撃で、蓋(つまり液晶ディスプレイ側)が微妙にずれてしまっているのだ。
閉まることは閉まるが、どうも気持ち悪い。
直らんかな、と思って反対方向に力をかけたら――外装が部分的にボロッと欠け落ちた。
本当に青くなった。欠落部分を、本体に合わせてみる。
断面はギザギザだが、ぴったり合致する。微細な破片は飛び散っていなかったようだ。
ここが欠けているままでもパソコンは使えたが、やはり落ち着かない。
瞬間接着剤を冷蔵庫から取ってくる。両断面に丹念に塗布し、欠落部分を接着する。
はみ出した接着剤をこそぎ落とす。押さえ付けて待つことしばし。
ゆっくり手を離すと……おお、きちんとくっついている。
蓋を開け閉めしても取れることはない。
切断線に段差が出来てしまったが、これぐらいは我慢できる。
――壊れた模型を、接着剤で直したような気分だった。
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「反省の弁」2002年12月7日
このサイトを開設するにあたり、2001年分までは津原泰水氏のサイトに連載させてもらっていた
「ふるほん的日常」の、未公開だった2002年分を「古本的日常」と改称し、載せることにした。
そこで一通り読み返してみたのだが……買い過ぎである。分量のことではない。
「買ったことを忘れるほど」買っていることに気付いたのである。
たとえば、2002年3月23日に高円寺の古本市で購入した
『別冊モダン日本』(モダン日本出版部/昭和26年1月)。
自分で書いた内容紹介を読むと――ホームズが浅草に来る「全裸楽園事件」掲載――とあるではないか。
これは埋もれて現在では誰も知らない幻の作品であり、自分で言うのもなんだが、
日本におけるホームズ・パロディ史上、非常に意義ある発掘品なのである。
しかも、買うだけ買って満足して読んでないし。
本を読むのに仕事関係を優先するのは仕方がないとしても、もうちょっと買った古本に目を通して
内容を把握しておかないと、ただ意味なく部屋を狭くしているだけになってしまう。
埋もれていた作品を、自分の部屋で埋もれさせてどうする。
――と、ちょっと反省した次第である。
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