今年は、去年に比べるとよほど勝ってほしい日本シリーズだった。
うんざりするほどのマスコミのジャイアンツ、ジャイアンツの大合唱。ON対決と言いながら、長嶋の格好の引き立て役として王監督を配した報道。ホークスのリーグ優勝の日、ホークス選手を迎えてのインタビュー直後に仁志の「大差をつけて勝つ」などという言葉を放映したTV局もあったほどだ。
そうした中、シリーズ直前に藤井の訃報があり、一方でジャイアンツは直前キャンプの宮崎で、「お前ら在日米軍か!」というような、綱紀の乱れぶり。
予想はしていたが、無茶苦茶だった。
もし、野球に神様がいるのなら、神罰をジャイアンツに下したはずだ。少なくとも、僕が神様ならそうしている。
だが、神様はいなかった。それどころか、小久保は負傷するは、1点差を争う第4戦で2回も誤審が不利に働くは。……不運は、すべてホークスに降りかかった。
そんなこんながなければ、シリーズ勝敗は逆になっていて、まったくおかしくなかったのに。
その無念の思いがないと言えば嘘になる。
結局のところ、野球に神様なんていないのである。いるとしても、彼が持つ幸運の天秤は、人間の思いなどとは無関係に振り回される。
「負けたのは、自分が弱かったからです」
シドニーオリンピック決勝で、不可解な判定負けを喫した後、柔道105キロ超級篠原はこう語った。
誤審など起こりえない1本勝ちをすることができたなら、自分は勝っていた。篠原は、そう言ってのけた。それができる自分を仮定し、そこに至っていなかった自分を弱いと表現した。
その通りだ。ホークスが負けたのも、自分(たち)が弱かったからだ。
この4勝2敗をどう埋め合わせるか。神様は埋め合わせちゃあくれないことは骨身に染みたよな? なら、人間が埋めるしかない。そうだな?
選手は、それをわかったはずだと信じたい。外角逃げる球を空振りし続けた柴原、バッティングを崩されているのに調子がいいと勘違いし続けていた松中、失投の許されないタイトなリードしかできなかった城島(ホークスの投手陣は失投するもんやろ――笑)、取れる打球を取れなかった大道、エンドランでベースに早く入り過ぎて三遊間を抜かれた井口、見送るべき打球を見送れなかった湯上谷(オマケ)、気を抜いた球を本塁打された若田部・田之上、投手に与えたものも含め、四死球から失点した永井、ウィニングショットのコントロールを間違えた斎藤和・渡辺秀。
足りないものはいくらでもある。それが成されれば、わずかな幸運のブレなど無意味なものにできるだけの上昇の余地が残されている。
神様に喧嘩を売れ! 神様なんざ力で捩じ伏せてしまえ!
遠慮することはない。しょせんは、藤井をむざむざ死なせる程度の存在だ。