ちょっと工藤を弁護してみよう 1999/12/14

清松みゆき

 工藤のジャイアンツ入りが決定した。個人的には非常に残念な結果である。僕は、工藤ファンで、アンチ・セ・リーグだから。
 最初のFA宣言から1ヵ月強、だんだんと強くなってきた工藤バッシングは、このジャイアンツ入りで、頂点に達したようだ。
「結局は金」「出来レース」「お前が駆け引きしている」などなど。
 おいおい、よくそこまで「手のひら返し」ができるなあ。怒るべきか、苦笑いすべきか。
 やっぱり、怒るべきだろうな。

「出来レース」「タンバリング」論に関して、僕は一つの疑問を呈する。
 工藤ってそこまでして取りたい選手だったか?
 何度も言うが、僕は工藤ファンである。彼の底力をよく知っている。しかし、そのファンのひいき目においてすら、ホークスに移籍してからの工藤は満足な成績は納めていない。故障を相次いで発生させたこともあり、去年までの4年間で、リーグ防御率10傑に顔を出したのはわずか1度、それも10位でである。投手タイトルは、奪三振王が一度あっただけである。
 今年は、確かに好成績だった。しかし、勝ち星では、常に松坂(ライオンズ)・黒木(マリーンズ)に先行を許し、ついには、大きく差を開けられた。防御率でも、ずっと黒木の下にあり、最後の最後、黒木が右足首を故障して、ようやくひっくり返した、棚ぼた獲得に近いものである。
 僕は、ファンである。だから、工藤が3完封していることも、9回無失点で勝ちにならない試合があったことも知っている。ペドラザに2試合、勝ち試合を消されたことも知っている。「打線の援護を3点(4点以上でも2点以下でもない)」としたときの、工藤の成績は17勝6敗であることを知っている。
 だが、ジャイアンツ・フロントがそこに目が届くまで工藤個人を気にしていたとは思えない。同じFA資格取得予定者なら、星野(元ブルーウェーブ)や小宮山(元マリーンズ)に目が行っていたと考えるのが自然だろう。
 いや、ひょっとしたら、そこまで気にしていたかもしれない。だが、それほど熱心に調査するフロントであるなら、ますます、その評価を星野や小宮山より上にはしない。この5年間の安定度を見るなら、星野、小宮山のほうがはるかに魅力的なのだ。ファンである僕が、くやしい思いをしながら、工藤に「お前はそんなものじゃないはずだ」と思い続けてきたんだ。そこまで気にするフロントなら、近年の工藤が「隔年投手」であったことも、当然、知っているはずだ。
 日本シリーズ第1戦では、確かに目の醒めるようなピッチングを行なった。しかし、もう、その直前から、工藤とホークスとの間で更改交渉は始まっていたのである。思い出せ。リーグMVP発表は、日本シリーズ直後だ(投票は前に行なわれているが、カンニングはできないし、する意味ないよねえ……)。
 タンバリングをする時間は、ジャイアンツにはなかったはずなのだ。タンバリングしようと思ったら、逆に二の足を踏むはずなのだ。
 ジャイアンツが工藤に当初提示したとされる、莫大な金額は、実は、工藤に対しての調査が不十分であることを物語っている。日本シリーズでのピッチングがいつもできるという、とんでもない過大評価をしていることを示している(いつもできるもんか、年に5〜6試合だ――笑)

「結局は金」という評価に対しても、疑問である。
 5年前、工藤はホークスにFA移籍したとき、契約金も年俸1・5倍増も固辞している。当時のホークスは、バブル気分で選手に大金をばら撒いていた。同時に同じライオンズから移籍した石毛は、とてつもない金額を手に入れている。
 しかし、工藤は「優勝させるために来たのだから、優勝させるまではもらえない」と断った。このことは、今年の「ファンへのメッセージ」で初めて明らかになったのではない。5年前に、はっきりそう宣言されている。ホークス・ファンで工藤ファンである僕は、5年前のFA移籍において、強い関心をもって見ていたから、よく覚えている。
 その後、工藤は更改において、年俸では一度も揉めていない。常に、提示のままサインしている。微増や微減を繰り返し、今年の年俸は、通算162勝89敗(勝数現役ナンバー3、勝率現役ナンバー2)、2016奪三振(現役ナンバー2)の投手にして、わずか1億5000万円である。
「金に汚い」男の年俸か、これは? たとえば、ファイターズ岩本のようにガメつく交渉するなら、2億を楽に越えているだろう――岩本に悪意はない。親しみを込めて、僕は彼を「坂田三吉(from『ドカベン』)と呼ぶことにしている。
 閑話休題。
 ジャイアンツ移籍の契約では、「契約金7500万円、年俸は現状維持の1億5000万円プラス出来高払い。これに今季獲得した最優秀選手(MVP)などの三つのタイトル料として6000万円が“一時金”」の単年。
 ホークスに残留したほうがよっぽどマシな条件を自らが望んだ。本来望んでいたはずの複数年契約すら断った。
 これをポーズと呼ぶ人よ。ポーズで、できることかどうか、自分の身になって、じっくりと考えてみるがいい。僕にはできない。仮に、どっかの出版社(富士見以外)が「4年20億出しますから、専属契約してください」と言ってきたら、たぶん、「ソード・ワールド」のサポートは終わる。ごめんね、僕も二児の父親やねん(笑)。
 注:そんなことは、決してないだろうし、望んでもいないから、安心してればいい。

 ここから先は、僕の推測である。実際に起こったことを、こうであろうと、工藤の気持ちを類推しながら書くことである。
 賛同するかどうかは、読者諸氏に任せよう。工藤は「駆け引き」なんかしていない。本当に悩んでいただけなのだ。

 昨年までの4年間は、工藤にとって不本意きわまりない時間だった。「優勝させるために」と公言してホークス入りしたが、チームはBクラスを脱出できず、自分の成績もまったく期待外れ。
 プライドの高い男にとって、これは苦痛の日々だったろう。そのプライドゆえに、彼は自分に我慢を強いた。プライドは、年俸について、待遇について、文句を言うことなど決して許さなかった。
 そして、今シーズン、工藤はホークスに来て初めて、自分のプライドを満足させるだけのピッチングをすることができた。そこに、他投手の底上げが加わるという追い風も吹き、チームは日本一という結果を得ることができた。
 工藤のプライドはようやく満たされたのだ。リーグ最優秀防御率でエースとして立ち、自分が教育係を任された城島がベストナイン、ゴールデングラブを受賞するまで成長し、そして、チームは日本一になったのだ。
 今こそ、胸を張って「今年の日本プロ野球で最高の選手はオレだ」と言える。5年間待って、ようやく、そのときがきた。
「さあ、オレを評価してくれ」
 工藤は、そう思って更改交渉の席に臨んだ。

 しかし、そこで待っていたのは、何とかしてせこく値切ろうとする球団の姿勢だった。「お前のピッチングなんか、関係ない。ウチは赤字なのだ」と、自分の都合だけ振りかざす、野球に敬意を払わない人間だった。
 5年間抑え続けてきた工藤の我慢は、その瞬間にぶち切れた。最初に抱いた決定的な不信感は、その後の交渉での相手の言葉すべてを否定的に解釈させるに十分だった。
 かくして、工藤は怒りに任せてFAを宣言することになる。「もっと、マシなところでやりたい」と。

 工藤FAに対し、名乗りを挙げたのはジャイアンツとドラゴンズだった。スワローズは手を挙げかけて下ろし、他チームは見送った。
 この結果にもっとも困ったのは、工藤自身である。昨年同じホークスから武田をFAで獲得し、投手力はすでに確立されているはずのドラゴンズと、FA選手の墓場として有名なジャイアンツ。どちらも、工藤の好みとする球団ではなかった。金で選手を集める球団でしかなかった。「もっとマシなとこ」には見えなかった。
 ファンの署名嘆願、オーナー謝罪を受けて工藤の心は揺れる。ボタンの掛け違えということにしての、ホークス残留も選択肢に入ってくる。
 工藤は、自分のプライドをギリギリまで譲って、「ファンへのメッセージ」を発表する。これで、ホークス側からの歩み寄りはないかと。

 しかし、なかった。ホークス・フロントは自己保身に走り、工藤攻撃を継続する。「お前が謝ってくるまではこちらからは謝らない」。
 工藤の一流のプライドに比して、何と卑小なプライドであるか。工藤のそれを「誇り」と呼ぶなら、球団フロントのそれは「見栄」である。
 僕が、以前、「王監督にそれだけの才覚があれば」と書いたのはこのことである。この下らない「見栄」を捨てさせることができるなら、ホークス残留はありえたのである。
 王監督には、それはなかった。ひょっとしたら、監督自身、フロントに絶望していたのかもしれないが、今は、それについて語るのは蛇足であるから、どちらとも解釈しないことにする。

 国内2球団に魅力を感じない工藤は、今まで考えていなかったメジャーを視野に入れる。あるいは、メジャーのほうからオファーがあったか。
「話だけ聞いてみるか」で、工藤は渡米する。むろん、「今年、日本で最高のプロ野球選手」がどう評価されるのか、興味もあったろう。
「悪くはない、が……」。年齢、そして、家庭。工藤とメジャーを隔てる壁は大きい。工藤にとって、パーフェクトとは言い難い選択肢がまた一つ増えただけである。

 好きなもの複数の中から一つを選ぶのは、比較的簡単である。しかし、好きでもないものから一つを選ばなければならないのは苦痛である。決断は、伸ばせるだけ伸ばしたい。
 あるいは、工藤のメジャー探りは、逃避行動だったのかもしれない。
 しかし、いつかは、決断しなければならない。ジャイアンツとドラゴンズ、どちらにすべきか。

 ここで、ドラゴンズは失策をおかした。それは、工藤の「誠意」という言葉に「待ち」の戦術で対応したことだ。
 これは下策であった。悩む工藤に対して、必要だったのは、背中を押すことなのである。工藤はジャイアンツかドラゴンズかで悩んでいたのではない。踏ん切りをつけられずに困っていたのである。
「待ち」戦術が有効なのは、両者に極めて強い信頼関係があるときだけである。「お前を信じる」という言葉に、説得力があるときだけである。戦術ではない。ただの甘えなのだ。
 そして、そういう人間関係はきわめて少ない。むろん、ドラゴンズと工藤の関係は、そこまで深くはない。まして、昨年、FAで同じホークスから武田を獲得したときに、ドラゴンズは積極策を取っている。
 間接的に、工藤への評価を武田以下と表明しているようなものだ。
 トドメを刺すように、ドラゴンズ星野監督の「ジャイアンツを選んだら金」発言が飛び出す。交渉相手に敬意を微塵も払わないこの言葉は、何だったのか? たかだか、ジャイアンツをペナントで破ったぐらいで正義ヅラしてもらっちゃあ困る。ドラゴンズだって、十分、金で選手をかき集めた球団だ(福留、武田……)。パ・リーグ各球団が赤字であえぐ中、ジャイアンツ戦の放映権料で潤い、その既得権益にしがみついている球団だ。12球団1の左腕投手力を持っていながら、工藤に声掛けるような球団だ。

 背中を押したのはジャイアンツであった。結果として、工藤はジャイアンツを選ぶ。むろん、天邪鬼・工藤は星野監督の暴言を許すわけがない。
「契約金7500+年俸15000+一時金6000+出来高・単年」という契約は実に興味深い数値だ。
 契約金7500は、ホークス・フロントが提示した再契約金と同額である。
 年俸15000は、ホークスにFA移籍したときと同じく現状維持であると同時に、ホークスが最初に提示した16000を1000だけ下回る。
 ドラゴンズが提示したとされる3年80000。再契約金として旧年俸の100%に相当する15000を仮定して引いてから3で割ってみよう。答えは、21666……となる。一時金6000を足した21000は、ギリギリ、これを下回る。
 そして、出来高・単年。家族のために複数年契約を望んでいたはずの工藤は、最後の最後に、もう一度、自らのプライドを世に謳った。
「これでも金か?」
 工藤は、星野監督にそう答えたわけである。
 これは、ポーズではない。痩せ我慢だ。つくづく、損な生きかたしかできない男である。

 工藤の「誠意」という言葉は空回りしたと言われる。しかし、星野監督の「男気」という言葉も、十分に空回りした。相手の「男」を尊重しない男気なんてあるものか。自分が失うものがない位置からの正義ヅラ、それこそを、僕は「ポーズ」と呼ぶ。

 賽は投げられ、覆水は盆に返らない。後は、来年37歳になる工藤の身体、今年196・1/3イニング2941球を投げた工藤の身体がプライドに応えて動けるかどうか、僕は、それだけに注目する(アンチ・セ・リーグである僕にとって、ジャイアンツの勝敗なんざどうでもいい)。
 動いたなら、褒め讃えよう。動かなかったなら、「馬鹿なやつ」と口で言いながら、彼の悔しさと無念を心の内にわずかでも共有したい。

追記
 実のところ、僕は、ドラゴンズには工藤獲得の意思は最初からなかったかも? とも思ってるけどね。
 もし、そうなら、イメージ戦略のダシとして使われた工藤は、ますます哀れであるが。


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