Kiyoshi Suzuki  Soul and Soul 1969 - 1999
          
夢からの走り3年・・・

マヒルとわたしが鈴木さんの作品活動をたまたま話題にし、思い出し、「いつかまたあの写真群を見てみたいね」といったのはもう3年前になる。マヒルは同意し、嘆息して一言「彼は時代より早すぎる作家だった」と言った。そのあと、マヒルは別のプロジェクトで東京に来た折り、鈴木さんご一家に思い切って申し入れたいと言った。元村和彦さんに紹介していただき、渋谷の喫茶店で、奥様の洋子さんと娘の遊さんにお会いした。2006年の春だった。

その秋、横浜のお宅にお邪魔し、さらに倉庫2室にあるという遺作の全容を見せていただいたが、まだ手をつけられなかった。企画はもう一年先まで待たざるを得ない事態に陥り仕事の調整がつかない関係者もではじめたが、誰も断念しようという人はいなかった。マヒルはとんでもないことを言い出した。「どこかだだっ広い場所と、人手と、輸送手段を確保してくれ」というのである。

2度目の春の来日は、横浜にある鈴木さんの写真学校の生徒であった大久保昌生氏の広いスタジオだった。大久保氏の厚意で開放していただいた10日近くの期間、マヒルは、鈴木さんの自宅一室を占め、倉庫2室分満杯だった全作品をそのスタジオの床にひろげ、細大漏らさず点検することと格闘した。娘の光さん、遊さんと写真学校の生徒であった小椋さん、長岡さんが洋子さんとともに立ち会った。

これら2年以上の経過には、合い間に、鈴木さん旧知の原芳市さんとマヒルが親交をかわす機会もあったし、元村さんんも足をはこんでくださる場面があった。誰も一言もいわないことがあったがそれは自明だった。全員がこんな回顧展の実現を心から望んでいたということだと思う。ひとつだけ、3年を準備に費やしたこの回顧展でも全面的に紹介されない部分がある。闘病時期を含めたロバート・フランク氏と清氏の終生の交流である。この親密な関係の全容はまだご家族だけのものとなっている。 

コーディネーター
梶村 信