タイトル

カウンター
  • ホーム
  • 遠藤周作
  • ノッティンガム
  • 水彩画レポート
  • リンク集
きよたのみどりホームページ>遠藤周作>年譜
  • 遠藤周作ホーム
  • 年譜
  • 文庫本一覧
  • 英語翻訳作品
  • 私と遠藤周作氏
  • おすすめと感想
  • 引用集
  • BBS
遠藤周作・年譜

1923年

 3月27日、東京市に生まれる。

1933年

 カトリック教の教会で洗礼を受ける。

1943年

 慶應義塾大学文学部予科に入学。

1945年

 慶應義塾大学文学部仏文科に進学。

1948年

 同上の大学を卒業。

1950年

 フランスへ留学。リヨン大学入学。

1953年

 帰国。

1954年

 文化学院の講師となる。母他界。

1955年

 「白い人」で第33回芥川賞を受賞。

 岡田順子と結婚。
 「堀辰雄」を刊行。
 「白い人・黄色い人」を刊行。

1956年

 長男誕生。

 「神と悪魔」を刊行。
 「青い小さな葡萄」を刊行。
 上智大学文学部の講師となる。

1958年

 「月光のドミナ」を刊行。
  「海と毒薬」を刊行。
 「海と毒薬」で第5回新潮社文学賞、第12回毎日出版文化賞を受賞。

1959年  「おバカさん」を刊行。
1960年

 「新鋭文学叢書6 遠藤周作集」を刊行。
  「火山」を刊行。

 「あまりに碧い空」を刊行。
 「聖書のなかの女性たち」を刊行。

1961年  「ヘチマくん」を刊行。
1962年  「結婚」を刊行。
1963年  「宗教と文学」を刊行。
1964年  「わたしが・棄てた・女」を刊行。
 「浮世風呂」を刊行。
1965年  「留学」を刊行。

 「狐狸庵閑話」を刊行。
 「哀歌」を刊行。

1966年

 「沈黙」を刊行。

 「沈黙」で第2回谷崎潤一郎賞を受賞。
 成城大学の講師になる。

1967年  「ぐうたら生活入門」を刊行。
 「私の影法師」を刊行。
 日本文芸化協会理事になる。
1968年  「影法師」を刊行。
1969年  「薔薇の館・黄金の国」を刊行。
1970年  「石の声」を刊行。

1971年

 「切支丹の里」を刊行。

 「埋もれた古城」を刊行。
 「遠藤周作シナリオ集」を刊行。
 ローマ法王庁よりシベストリー勲章を受ける。

1972年  「ぐうたら人間学」を刊行。
 文芸化協会常任理事になる。
 「海と毒薬」、「沈黙」がヨーロッパで翻訳され出版。
1973年  「死海のほとり」を刊行。

 「メナム河の日本人」を刊行。
 「イエスの生涯」を刊行。

1974年  「遠藤周作文庫」(全51冊)が刊行され始める。(講談社)

 「口笛をふく時」を刊行。
 「喜劇新四谷怪談」を刊行。
 「最後の殉教者」を刊行。
 「おバカさん」がイギリスで出版。

1975年  「遠藤周作文学全集」(全11巻)を刊行。(新潮社)

 「彼の生きかた」を刊行。
 「吾が顔を見る能はじ」を刊行。
 「観客席から」を刊行。

1976年

 ポーランドにてピエトゥシャック賞を受賞。
1977年  芥川賞選考委員となる。

 「鉄の首枷――小西行長伝」を刊行。
 「走馬燈――その人たちの人生」を刊行。

1978年  「イエスの生涯」で国際ダグ・ハマーショルド賞を受賞。

 「人間のなかのX」を刊行。
 「キリストの誕生」を刊行。
 「イエスの生涯」、「わたしが・棄てた・女」、「火山」がヨーロッパの出版社から出版。

1979年

 「キリストの誕生」で読売文学賞を受賞。

 「王妃マリー・アントワネット―@A」を刊行。
 「銃と十字架」を刊行。
 「十一の色硝子」を刊行。
 「異邦人の立場から」を刊行。
 「お茶を飲みながら」を刊行。
 「口笛をふく時」ヨーロッパの出版社から、
 「イエスの生涯」がアメリカの出版社から出版。

1980年  「侍」を刊行。

 「かくれ切支丹」を刊行。
 「王妃マリー・アントワネット―B」を刊行。
 「作家の日記」を刊行。
 「真昼の悪魔」を刊行。
 「侍」で野間文学賞を受賞。

1981年  「王妃マリー・アントワネット―合本」を刊行。

 「名画・イエス巡礼」を刊行。
 芸術院会員となる。

1982年  「女の一生(第一部・キクの場合)」を刊行。

 「女の一生(第二部・チエ子場合)」を刊行。
 「侍」がヨーロッパの出版社から出版。
 「冬の優しさ」を刊行。

1983年  「私にとって神とは」を刊行。

 「よく学び、よく遊び」を刊行。
 「イエス・キリスト」を刊行。
 「イエスに邂った女たち」を刊行。

1984年  「Stained Glass Elegies」がヨーロッパの出版社から出版。

1985年

 アメリカのサンタ・クララ大学から名誉博士号を受ける。

 「私の愛した小説」を刊行。
 「ほんとうの私を求めて」を刊行。

1986年  「心の夜想曲」を刊行。

 「スキャンダル」を刊行。

1987年  アメリカのジョージタウン大学から名誉博士号を受ける。
1988年  「スキャンダル」がヨーロッパの出版社から出版。
 文化功労者になる。
1989年  「春は馬車に乗って」を刊行。

 「反逆(上・下)」を刊行。
 「落第坊主の履歴書」を刊行。
 「留学」がヨーロッパの出版社から出版。
 父他界。

1990年

 「変わるものと変わらぬもの」を刊行。

 「考えすぎ人間へ」を刊行。
 アメリカでキャンピオン賞を受賞。

1991年  「生き上手死に上手」を刊行。

 「決戦の時(上・下)」を刊行。
 「男の一生(上・下)」を刊行。
 「人生の同伴者」を刊行。
 アメリカでジョン・キャロル大学から名誉博士号を受ける。
 台湾で輔仁大学から名誉博士号を受ける。

1992年  「心の砂時計」を刊行。

 「王の挽歌(上・下)」を刊行。
 「異国の友人たちに」を刊行。
 「狐狸庵歴史の夜話」を刊行。

1993年  「万華鏡」を刊行。

 「深い河」を刊行。
 「キリスト教ハンドブック」を刊行。

1994年

 「深い河」で毎日芸術賞を受賞。

 「心の航海図」を刊行。
 「狐狸庵閑談」を刊行。
 「遠藤周作とShusaku Endo」を刊行。

1995年  「女」を刊行。
 文化勲章を受章。
1996年  病没。

▲上に戻る

バー