エリハルディア王立学校の人々
第一話
数奇な運命に導かれて



【飛行場 アルベリオ】
空の旅を終え、快適に空気調節された旅客船から出る。
外の空気は暑く感じたがそれも一瞬の事で、穏やかに吹く風が今が春だと気付かせてくれた。
にっこりと微笑む綺麗な添乗員にくすぐったいような感覚を覚え、頬を指先で掻きながら会釈をする。
初めて乗ったシップに名残惜しい気持ちを覚えたが、それを抑えて僕はその場を後にした。
大型の旅客船から吐き出される人の波。その中をゆっくりと歩く。
そうする事で、僅かな時間の間に目まぐるしく変わった環境に少しでも馴染めるような気がした。



【回想 アルベリオ】
ここから遠く離れたセセトという街に僕は住んでいた。
家族と呼べる女性と、彼女の子供と共に。
字の読み書きが出来た僕は、頼み込んで図書館の雑用として働きながら日々の糧を得ていた。
セセト新市街にある図書館は大きくて、本が充実している。
僕は仕事の傍ら、時間を見つけては図書館で勉強して暮らしていた。
国語や歴史、地理、数学、音楽、剣術、魔法、錬金術。
様々な事柄について勉強したけれど、ある事がきっかけで特に魔法を深く勉強していた。
実際に街外れの森の中で実践し、僕は少しずつ魔法が使えるようになっていった。
そして二週間前、ある女性と出会った時に、僕の人生が大きな転機を迎えたのだ。



【空港 ジェシカ】
「アルベリオ!!こっちよ!」
映像の拡大縮小を自在に行える錬金術処理の施されたサングラスを外し、私はアルベリオを呼んだ。
綺麗にセットされた黒髪。健康的な印象の割に肌の色はやや白い。
白いシャツの胸には黒地に銀褐色の細いストライプのネクタイ。
黒いズボンは同色のサスペンダーで吊り下げられ、同じく黒い上着は折り畳んで腕にかけていた。
寒くないのかと思い、一瞬の後に思い直す。
彼の故郷セセトはここから北西に遠く離れた寒冷地だった事に気がついたのだ。
何か考え事でもしていたのだろうか、顔を上げたアルベリオは心ここに在らずといった表情をしていた。
だが手を振る私の姿に気付くと、幼さの残る顔立ちに少し気恥ずかしそうな微笑みを浮かべる。
物思いに耽り、反応が遅れた自分自身をからかうように。
本当に普通の少年だ。こうして彼を見ると改めてそう思う。
小走りに駆け寄ってくるその姿に、私は二週間前の光景を重ねていた。



【回想 ジェシカ】
私がセセトの街へ訪れたのは、ほんの気まぐれだった。
セセトは七年前に蒼の貴族エルセルマ家が別荘を建てて以来、街並みが大きく変わっている。
それに伴い観光業も盛んになっていたので、両親の墓参りをした帰りに立ち寄ってみることにしたのだ。
近くまで行く農業用の馬車に便乗し、セセトへ枝別れしている道で降ろしてもらう。
時々盗賊みたいな連中が現れるらしく、馬車の主がセセトまで送る事を提案したが断わった。
まだ日が高く視界の中に街が見えている為、滅多な事は無いと思ったのだ。
だが二十分後、私は自分の予想が間違っていた事に気が付く事になる。
雪上航行型の個人用シップが数台、操縦者達の奇声を響かせながら近づいてきたのだ。

二月中旬、セセトは冬のさなかにあり空気は乾燥していた。
威嚇の声は遠くから響いて来た為、私は彼我の距離が大分開いた状態でそれに気付く事が出来た。
護身用の剣をいつでも抜けるよう、鍔の部分までを外気に晒して逃げ出す。
荷物の大部分を既に郵送していたので荷物自体は重くないが、雪が積もっている為、逃げ道は限定される。
盗賊達は相手が激烈な美女一人である事に色めき立ち、威嚇の声を高めた。
私は一度振り返り、シップが軍用品の流出物である事を確認する。廃棄された物を組み立てたのであろう。
変化が起きたのは、盗賊との距離が百メートル位に近づき、私が交戦を選択肢に入れた頃だった。
にわかに空から少年が降ってきて、私の進行方向十メートルの位置に着地したのだ。
道を外れた柔らかな雪上に降り立った少年は、真直ぐに私の背後から迫るシップを見据えている。
私は何時でも抜刀出来る様に剣の位置を確かめ、少年の横数メートルの場所にある道を駆け抜けた。
真横を通り過ぎる瞬間、聞こえる声。魔力を帯びた言葉に私は一瞬時間が止まった錯覚を覚えた。
「《我が命により爆ぜよ氷雪の大地! タイダルウェイブ!》」
<ドザッドザッドザッ>
三連の衝撃波が立て続けに地面に堆積した氷雪を巻き上げる様子に私は驚き、立ち止まり、振り返る。
最も高い位置が十メートルになる氷雪の膜がシップを包む様に緩やかな弧を描いて巻き上がった。
黒髪の少年の遥か前面に張られる氷雪の膜。再び紡がれる呪文が私の翡翠色の瞳を引き寄せる。
「《冷厳なる氷の女王よ!彼の者に氷結の息吹を与え給え! フリーズブレス!》」
<ピ・・・キィィイイン>
硬く凍結する音が乾いた空気に響く。巻きあがった氷雪の津波は凍結し、そのまま堅牢な檻に変化を遂げた。
雪の白と氷の透明で彩られた壁の発生に、盗賊は慌ててシップを停止させる。
壁は半球状になってシップを包んでいるため、深く入った彼等は容易に方向転換さえ出来ない。
黒髪の少年は、驚きに目を見張る私を見て同じように驚いた表情を浮かべる。
一瞬後、彼は雪を掻き分けて道の上に出ると、私を後ろから抱きかかえて呪文を唱える。
私は半ば呆然としたままそれを受け入れていた。少年が自然な動作で行ったため、抵抗する気にならなかった・・・というより、そのタイミングを逸してしまっていた。
「安全な場所まで飛びますから・・・失礼します。《風よ偉大なる我が友よ。我が望みは汝と共に舞う事也。シルフィードダンス!》」
風が私達の周囲を巻き、魔法の発動と共に彼と私は宙を舞った。
張り詰めた空気は鮮烈で、空は薄い蒼を幾重に重ねた奥深さ。
雪の白が大地と街並みを漂白し、雪化粧された山稜が空の一角を白く削り取っている。
―――美しい光景だった。
目算で二キロをほどの距離を飛んで行き、私達は街に程近い森の中に降り立った。
宙を飛んでいる間に精神的な再建を果たし、窮地を救った小さな勇者に礼を言う。
「ありがとう。御陰で助かったわ。私はジェシカ。ジェシカ・シェリマー。・・・貴方は?」
「アルベリオ。アルベリオ・サイアスです」
それがこの少年・・・アルベリオとの出会いだった。
私は礼をする一方で彼の魔法の才能を認め、教師を務めるエリハルディア王立学校の特別奨学生として推薦したいと申し出た。彼はそれを受け、二週間後の今日こうして試験を受けるために王都へやってきたのである。



【シップ アルベリオ】
窓の外を、景色が凄い速さで流れていく。
小さな街から出た事の無い僕を、ジェシカさんが学校まで送ってくれる事になっていた。
初めて訪れる王都。一人だったら絶対に学校に辿り着けなかったと思う。
建ち並ぶ巨大な建物、個人用のシップが行き交う道路、高架線。
行き交う人々は皆急ぎ足で歩いていて、少し僕を慌てさせる。
窓の外はどれもこれも目新しく、驚きの連続でまるで現実感が無い。
今日ジェシカさんが迎えに来てくれた事に僕は心から感謝していた。
「どうしたの?外ばかり見て」
運転席から声がかかる。勿論、ジェシカさんの声だ。
「いやその・・・何て言うか、信じられないなーって」
僕は家族と呼べる人達に別れを告げ、これからは遠く離れたこの場所で暮らす事になる。
恵まれた環境で、僕の才能――自分にそんなものがあるのかは半信半疑だけど――を伸ばすために。
王都ボルファノでも有数の名門校、エリハルディア王立学校に通うのだ。
いや、正確には通えるかどうかが決まる。
ジェシカさんが強引に推薦した特別奨学金を得るのに相応しいかどうか、今日試験を行うからだ。
これに落ちれば、学校に通う金の無い僕はセセトに戻るハメになる。
流石に気が重い。ジェシカさんの期待を裏切りたくないし、何より僕は学校に通いたい。
だけどその一方で不安もある。
自分の実力が周りから見てどれくらいか解らないのだ。
ジェシカさんはシップを運転しながら、呑気に鼻歌を歌っている。
それが細く優しい旋律なので、少し気分が落ち着いた。
ジェシカさんが落ち着いているのを見ると、案外いけるかもしれない。
そんな気楽な事を考えながら、初めての長距離移動に予想以上に疲れた身体を倒してゆっくりと瞼を閉じた。



【車内 ジェシカ】
初めて乗ったであろうシップでの長距離移動に疲れたのか、アルベリオはシートに深く座り瞼を閉じた。
今日の試験でアルベリオが特別奨学生として認められるかが決まる。
エリハルディアは名門校なので上流階級の者が多いが、才能ある者には援助を惜しまず広く門戸を開いている。
独学で知識を身につけ、魔法の才能を開花させた少年アルベリオ。彼のような人物にチャンスを与えるために。
使用できる魔法には偏りがあるが、その精度は極めて高い。
それに血縁者でもないのに家族同然に暮らしていた女性とその子供に、彼は自分の言葉で決意を告げた。
アルベリオの意志は強い。だから私は確信している。
彼が今日合格する事。そして学校生活の中で素晴らしい成長を遂げる事を。
バックミラーで寝息を立てる少年のあどけない表情を見て、子守り歌を口ずさむ。
せわしない首都の中、ここだけが切り取られたように穏やかだった。




【夢 アルベリオ】

吹き荒ぶ雨と風が大きな窓を叩き続けている。

強く弱く。激しく緩やかに。

遠く光る稲光。遠雷の音。

僕の手が握り締めるナイフと、それに脅える少女の瞳。

焦燥感が心を焼いて犯した罪と、罪悪感で凍りついた心。

一生忘れる事の出来ないだろう一日の記憶。

僕の運命を変えた最初の日。

あの日自らと交わした誓いは、今もこの胸に生き続けている。

生き続けているよ・・・



【校門前 ジェシカ】
「アル、着いたわよ・・・」
「・・・!!」
耳元でそっと囁くと、アルベリオは肩をビクッと震わせて飛び起きた。
悪戯心のおもむくまま、わざと艶をつけた声に余程驚いたのだろう。
シートの背もたれからずり落ちながら、見開いた目で私を見つめる。
真っ赤に赤面したその顔を見て、私はつい吹き出してしまった。
「・・・ぷっ・・・ふふふっ」
からかわれた事に気付いて、アルベリオが私に批難の目を向けてくる。
「・・・コホン」
私はわざとらしく咳払いして、彼に手を差し伸べた。
アルベリオが少しの逡巡の後、私の手に掴まってシップから降りた。
浮力制御されたシップが小さく揺れる。
開かれた校門の前で止まったシップ。
そこから降り立ったアルベリオはゆっくりと学校を見上げ、息を呑む。
呼吸すら忘れたように学校を見上げるアルベリオに、私は同様に学校を見上げながら話し掛けた。
「ここがエリハルディア王立学校。世界でも有数の名門校よ。国中から集まった優秀な生徒達が、ここで己を高めていく。武術、錬金術、神学、文学、工学、考古学、芸術・・・。勿論、魔法科もあるわ」
アルベリオの背後に立ち、その両肩に手を置く。
「今日、試験にパスすればアルベリオ。貴方もここに通う生徒の一員になれるのよ。・・・頑張ってね」
「・・・・はい!」
私の言葉に、アルベリオが力強く肯く。
「私は試験官だから、ここまでしか送れないわ。学校に入ったら、受付の案内に従ってね」
「はい、ありがとう御座いました、ジェシカさん」
私の方に振り返り、深くお辞儀をする。
私は再びシップに乗り込み、窓を開いて言葉を紡ぐ。
「大丈夫。貴方ならきっと受かるわ。自分が身につけた力を信じて、迷わない事。・・・そうすれば、きっとね」
「はい!」
元気の良い返事にウィンクで応え、駐車場のある裏門に入るため私はシップを走らせた。
サイドミラーに映る少年は、曲がり角に消えるまで私を見送っていた。
そんな礼儀正しさに、思わず笑みが零れる。
「頑張りなさいよ、アル」
どうやらこの短期間に、私は随分とあの子を気に入ってしまったらしい。
そんな事を考えつつ、私は裏門に自分のシップを滑り込ませた。



【校門 アルベリオ】
春の風はまだ少し冷たいが、陽射しは微かに暖かい。
校門の前から学校を見上げ、一度大きく深呼吸する。
蘇る様々な光景、遠く離れた故郷への想い、自らと交わした約束。
絶対に受かりたい。そしてもっと前に進むんだ。
大きく息を吐いた後、決意を胸に秘めて、僕は一歩を踏み出した。
第二話:幾つかの出会い

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